第116話 試運転
「ケルベロスモードF!。」
そう叫んだディードの身体から銀色の魔力が霧の様に立ち込め全身を覆い隠す。
霧は即座に消え姿を現したのディードは、腰近くまで一気に伸びた銀色の髪をなびかせ、少し野性的な顔立ちに魔物達を取って喰らうかのような鋭い眼光で睨む。
以前、イーリスとの戦闘のした時よりも一回り洗練したような姿でディードは刀を抜く。
ケルベロスモードFと呼ばれた姿は、ディードの身体をベースにファグの魔法の才能を合わせた姿となる。
『時間が惜しい、行くぞ!』
『存分に暴れろ!?3分は全力でカバーしてやる。』
ディードは体勢を屈め一気に宙を駆け抜ける。
足の裏から兎の盾を発動させ、それを地面代わりに使い走り込む。
近くに居た魔物達はディードが刀に魔力を通し、すれ違いざまに切り裂く。
閃光の様に駆け抜けた姿を20体近い魔物達は振り返る事は無かった。
何故なら振り返る前に既に魔物達は身体を2つに切り裂かれ命を落としている。
トレント、芋虫、甲虫達は、死んだことさえ気づく事無く獲物であるディードを一瞬見失い、キョトンした顔をしながら命の灯は消えていのだ。
『便利だな、兎の盾。』
『次は近接魔法だ。やるぞ!』
ファグの念話にディードは頷き刀を収める。狙うはトレントの集団。そこにディードは宙を飛びながら辿り着く。
トレント達は突如迫った来たディードを、自身の身体をしならせ勢いをつけた枝で撃ち落とそうと攻撃する。
「んなもん効くか。」
ディードは真向から拳を突き出し、枝と対峙する。
だが枝はディードの身体に触れる事無く、彼の拳から突き出された風の刃で細切れにされていく。
「風刃乱舞。」
次々と拳から打ち出される無数の風の刃にトレント達のみならず、近くにいた魔物達も次々に切り裂かれていく。
『なぁ?これ近接魔法なのか?。』
『なら拳の形をした魔力の衝撃波を放って、ペガ〇ス流星拳とかやるか?。』
『却下だ!?』
『ほらお前がくだらない事言ってるから甲虫が酸を飛ばすぞ。構えろ。』
『それファグだろ?・・・って。』
ディードを捉えるべく飛んできた甲虫達は彼目掛けて口から酸を飛ばしてくる。
その酸は強力で、普通の人間が当たれば、皮膚は簡単に溶け出す程の強力な酸。
だが当たればの話だ。
ディードは大地に手を叩きつけ魔法を解き放つ。
「巻き上がれ『上昇竜巻!』」
ディードの周囲を囲い込むように突如現れ巻き上がる竜巻。高さは5m、幅3mの竜巻は甲虫の酸など軽く吹き飛ばし、甲虫本体のみならず近くに居た魔物達も一緒に竜巻の中に巻き込む。
互いにぶつかり合いその身を少しずつ削っていく。その上に先程小さく刻んでしまったトレントの枝がさらに削るのを加速させてしまう。
渦の中はまるでミキサーの様に魔物達を細かく砕けさっていってしまう。
『ファグ!威力強すぎ!?』
『むぅぅ、加減が難しいな。もっと練習が必要だな。』
『残り時間は?』
『残り1分30秒。』
魔法を解除し無残に散った魔物達を尻目にディードはさらに奥へと駆け抜ける。
鬱蒼とした森を高速で切り抜けたディードの先に見えるの物は、膝まで生い茂った草原のエリア、そこには先程の竜巻を見たのか、緑色のオーク達が集まってきている。
『丁度いいわ、ここで私と変わりなさい。』
『だ、そうだディー。後は頼む。』
『はいよ。』
念話でアイリスが交代を要求しファグとディードはそれを受け、モードFを解除すると同時にアイリスとディードの声が交差する。
『「チェンジ、モードI。」』
叫ぶと共にディードの銀色の長髪はもとの黒髪に戻り、今度は両腕と両足に銀色の魔力が沸き上がり彼の腕を包み込む。
両腕の肘から先、膝から先が銀色に輝き異彩を放っている。
『いい?ディー、その両腕が銀色に輝いている状態じゃないと私の武器は扱えないわ。まずは試しで1つ送り出すわよ。』
『了解。』
ディードの右肩上に突如銀色の渦が浮かび上がる。
それはアイリスのアイテムボックスでありディードは迷いなくその渦に片手を入れる。何かを突かんだ感触がありそれを一気に引き抜く。
そこから出てきたのは1本の長剣だ。
2m程の直刀片刃の剣は、先端に半月上の刃がついており長剣の中心には蒼い宝石が埋め込まれている。
見た目は実践的な武器というより、儀式的な剣に見える。
『なんだこれ・・・?』
『それに魔力を込めてオーク達目掛けて振りぬきなさい。』
アイリスに言われるがまま、ディードは長剣に魔力を込める。
蒼い宝石がディードの魔力を受け、剣全体に蒼い光を纏わせ輝く。
『行くわよ、魔刃剣!?。』
アイリスの声と同時にディードはオーク目掛けて剣を袈裟斬りに振る。
すると剣からは高速の光の刃だけがオーク達目掛けて飛んでいく。
オーク達は突如剣から放たれた光の刃を前に防御する。
だが、オーク達いとも簡単に真っ二つとなりその場に崩れ去って行く。
『凄いな、飛ぶ斬撃なのか・・・この魔武器、名前はあるのか?』
『・・・・・そんな事よりここのオーク達を殲滅する方が大事でしょ!?時間が惜しいでしょ。』
剣の名前を聞こうとしたディードにアイリスは少し素っ気なく答える。
その素っ気なさに少し疑問を感じたディードだったが、その疑問はファグによってすぐ明かされる。
『・・・アイLOVE剣という名前の剣だぞ、ディー。』
『・・・・へ?』
『うぁああああ!?ふぁあああぐうう!バラすなぁぁ!』
ファグの一言に悲鳴とも絶叫とも聞こえるアイリスの念話が届く。
普段ファグに冷やかされていても決して聞くことの無かった声にディードは驚く。
だがその驚きはさらに加速する事になる。
『いい?ディー。これは私が付けた名前じゃいのよ。この剣を作った奴のネーミングセンスがなかっただけ。いいわね?い・い・わ・ね?』
『お、おう・・。』
念話越しからも伝わる程アイリスの気迫に、ディードを気圧される。だが
『でも、お前喜んでいただろ?遠距離攻撃出来る武器が手に入ったって・・・。名前も可愛――。』
『だからばらすんじゃなぁぁぁい!?』
アイリスの怒号と共に打撃音が聞えファグの念話は途切れる。
『いい?ディー。余計な事考えないで次に行きなさい。』
『いや、ファグ・・・』
『行きなさい!?』
『は、はい。』
アイリスの気迫の念話にディードは意見する事をやめ、残りのオーク達を即座に葬りこのエリアを出る。ディードが単身突入してから5分もかからずにオーク、トレント、甲虫達はほぼ壊滅状態であった。
「フン!。」
力む声と共に、草原狼を2つにするのはガロン。
左手に持つ刀、巻雲で草原狼の牙を受け止め、右手に持つ刀、夕立で狼たちを切り裂いて行く。徐々に位置をずらしながら狼の達の死骸を踏まない様、且つ動き回れる足場を確保しつつ戦かっている。
「開始早々狼達がこの数で仕掛けて来るとは思わなかったな・・・だが。」
ガロンの周囲には草原狼の死骸が5つ程ある、だがそれより先で戦っているレミィはその数を遥かに上回っていた。
彼女は草原狼の集団を見つけるや否や、単身特攻し集団に戦闘を仕掛けたのだ。
兎の盾を駆使し上空から大地に双剣を差し込み大地の牙を発動。数匹が串刺しになり、上空と大地からの攻撃に驚き、レミィへの対応が遅れた草原狼達は戸惑いながらもレミィに攻撃を仕掛けようとしていた。
だがその一瞬の戸惑いが彼等の命取りとなり、レミィの双剣によって次々と命を奪われていく。
その数は既に10数匹に上っており、彼女は今も臆すること無く果敢に狼達に戦いを挑んでいる。
(あれが少し前まで、ビクビクしながらポーターをやっていたとは思えないな・・・・。)
ガロンも以前のレミィの姿を知っている。内気で常に何かに怯えビクビクしながら冒険者達の後ろを重い荷物を背負って懸命について来た姿を。
しかしそれがたった一ヶ月程度で自分よりも1歩も2歩も先にいく冒険者になっているとは想像もつかなかった。
(もっと、もっと強くなりたい。リリアさんと肩を並べる強さを身に付けたい、ディードさんの背中を守れる位強くなりたい。)
強くなりたいと彼女は秘めた思いを募らせる。
イーリス戦ではディードの助けになるどころか、一瞬にして足を折られ戦線離脱させられた悔しさが胸の中でしこりの様に残っている。
もっと強くなりたい、誰よりも早く動きたい、だからこんな所で止まっている訳には行かないと彼女は双剣に力を込める。
左右から牙を立て襲って来る草原狼に対し、瞬時に兎の盾を発動し行く手を阻める。
その柔らかそうな身があるのに噛みつけない、先にいけない狼は苛立ち何とかその先に進もうと藻掻く。
それが命取りになるとも思わずに。
「ハァッ!」
気合と共に片側の兎の盾を解除し、剣を突き刺すレミィ。
草原狼はあっさりと魔核を貫かれ命を落としその場に倒れ込む。
もう片側に居た狼はこれ以上進めないと分かると、迂回し再度レミィを襲うが、彼女の蹴りが顎を捉え、打ち上げられた状態のまま心臓を突き刺されてさらに胴体に蹴り入れられ吹っ飛ばされる。
彼女の強さを見誤った草原狼は集団でレミィをジリジリと囲いはじめ距離を一定に保ちはじめる。
数は6匹だが、今のレミィにとって敵ではない。
「来ないならこっちから行きますよ。」
言葉の通じない狼相手にレミィはそう言い放ち動こうとするのだが、彼女のに視界に嫌な物が映る。
それは、草原大蛇の群れだ。数はざっとみても20匹近くはいる。
迫りくる蛇の行軍に対しに、レミィは焦りを感じていた。
(まずい、私は宙に飛び距離を取れるけれども、後ろの2人が標的にされちゃう。私一人じゃ対処しきれないかも。後方に下がって3人で対処・・・・いや、ガロンさんは出来てもミロダさんは難しいかも・・・いっそ・・)
いっそ2人をこの場で置き去り・・・なんて思考が一瞬でもよぎったレミィは、自分の考えに対し頭を振る。それだけは絶対にやってはいけない、やれば2人の信頼どころか命までも失ってしまう。もしそうなったら、彼からの信頼も失い、私はまた一人になる。
かつて自分は6階層で生贄にされ、ディードとリリアに助けられた。
それを一瞬でも他者に繰り返そうとした自分の弱さを恥じいた。
(そんな事するぐらいなら、私が特攻して数を減らすだけ減らしてから後退すればいい。多少の怪我ならディードさんが何とか助けくれるはず。)
そう覚悟を決め体制を低くし一気に飛び出そうと力を込めた時。
レミィの視界に奇妙な光景が映る。
「ぬうううあああぁぁぁぁぁ~~~止まれないいいいいいいいい。」
それは森エリアに単身飛び込んで行ったディードが物凄い勢いでこちらに走ってくる姿だった。