第114話 策と罠
ダンジョンの8階層にまでたどり着いたディード達は一時休憩を取っていた。
現在の時刻は3の鐘が鳴り少し経った所。
普段の進行速度とは比べて桁違いの速さに、ガロンの仲間ミロダは少し茫然としていた。
「兄貴、俺は夢でも見ているんですかね?。ダンジョンの攻略が早いってレベルじゃないです。それに狩った魔物はアイツが次々をしまっていくし・・・俺は未だに信じられないですが?。」
「目覚ましが必要なら、コイツで斬ってやろうか?。」
ガロンはディードから受け取った刀を手に添えミロダに問いかける。
その様子を見たミロダは慌ててガロンを止める。
「あ、アニキ冗談はやめてくだせぇ。その刀で斬られたら腕くらい簡単に落ちちまいそうです。」
「だろうな、俺もそんな感じがする。ミスリルの武器とはいえ、ここまでの業物は中々お目にかかれないだろうな。」
ガロンは刀を引き抜き、じっくり見つめている。
白と赤色の鞘に黒い鍔、浅い反りが入った青白いその刀は刃こぼれ一つなく輝きを放つ。
鉄と同じ程度の硬度を持つ兵士蟻でさえも、いとも簡単に切り裂く力を持つ。
刀に魔力と通せば、振る速度が増し一撃で兵士蟻の頭と胴体が別れれ告げた様を見せつけられた。
刀の銘は『夕立』と名付けられ、夏の激しい通り雨の如く魔物を切り裂いて行く。
「それにしても・・・このドレインスピアでしたか。まるで魔武器のようですわ。魔力を込めて突くと少しだけ力が湧きあがるのを感じるんです。」
「俺の夕立も似たような物だ。こっちは速さと威力があがる。使いこなすのには時間が掛かりそうだ。」
ディードが住処で手直しをした槍鳥の嘴を素材にした槍。ドレインスピアと名付けられメイとリン、ミロダにとジロエモンに渡されていた。
住処で打ち直した際、ディードとアイリスは追加効果で体力吸収を出来る様に改造する。
トレントの柄に槍鳥の魔核を取り込ませ魔力を込めて突くと、刺した対象から少しだけ体力を吸収出来るように作り直した。
柄にもトレントの木だけではなく魔力効率や補強を考え草原大蛇の皮を撒きつけながら仕上げていた。
本来ならその程度の物で魔武器になるはがない。だがアイリスの持つ女神の槌の効果があがり、他の魔核を大量に消費する事によってこの武器は作製されている。
武器を見つめる2人にディードが近づき、彼は軽く手を挙げながら話しかけて来る。
「よう!果実水と水どっちがいい?。」
「水を・・・。」
「俺も水をくれ。」
「はいよ。」
ディードはアイテムボックスから水差しとコップを取り出し、彼等にコップを持たせその場で水を注ぐ。
ここまでハイペースで来たせいか2人は一気に水を飲む。
冷たく冷えた水は、2人の喉を駆け抜けるように流し込まれ、潤いを与える。
「っぷはぁ~!?うめ~生き返る~。」
「ああ・・・ダンジョンの中でこんなに水が旨いと感じたのは初めてだ。」
「そりゃどうも。」
未だ乾きが癒えないのか、それとも欲望なのか2人はディードにコップを差し出しお代わりを要求する。
ディードはその差し出されたコップに水を注ぎ、さらにアイテムボックスから串焼きを差し出した。
「ペース的には早いが大丈夫か?。」
「ああ、俺達は問題ない。武器も良好だ、普段ならとっくに体力が尽きてそうなミロダがまだまだ元気だしな。」
「そりゃあの大盾を担いで走りますからねぇ。アチ、アチチ。」
串焼きを一気に頬張るミロダは、その熱さに驚きつつも咀嚼を繰り返す。
アイテムボックスにしまい込まれた物は時間が経過していない。
熱い物は熱く、冷たい物は冷たいままだ。
「やはり便利だな、その能力。」
「ああ、おかげでこうして手荷物要らずで戦闘に専念できる。」
「その上、魔武器まで複数用意して・・・一体アンタは何者なんだ?。」
「何処にでもいるハーフエルフだけど?。」
「「お前の様なハーフエルフが何処にでも居て溜まるか!?」」
声を合わせ突っ込みを入れる2人に対し、ディードは軽く笑みを浮かべる。
「それだけ元気ならこのまま女王蟻まで行っても良さそうだな。それとガロン、ジロエモンさんの刀もちゃんと使えよ。2本で一対の刀になる様に作られているんだから。」
「『巻雲』・・・・か、ああそうだな。」
巻雲を名付けられたジロエモンの刀。刀身は夕立よりも少し短く振り回しやすいその刀は、攻撃よりも防御用に作られている。
魔物の攻撃を巻雲で受け流し、夕立で一気に切り裂く事を想定として作られた刀。
本来ならばジロエモンが夕立も製作する予定だったのだが、石炭などの資材は高騰し断念をせざるを得なかった、だがその意匠をディードが引き継ぎ完成させた共同作品だ。
「いつかこれを使いこなし、お前に再び挑んでやるからな。」
「ああ、その時まで楽しみにしているよ。」
「ディードさーん。こっちに果実水頂けますか~?。」
「はいよー。」
ガロンの言葉に、不敵な笑みを見せ少し睨み合う2人だったが、レミィに呼ばれディードはその場を後にする。
休憩が終わった後、少しペースを落としながら10階の女王蟻がいる場所へと向かう面々に、リリアはふとした疑問をディードにぶつける。
「ねぇ、ディー?このまま女王蟻を倒したとしても、金貨1枚分だっけ?それぐらいにしかならないじゃない?このまま20階まで挑むの?。」
「いや、それだと時間的にさらに3日以上使ってしまってライーザさんを救い出すことが難しくなる。それにガロン達は20階までついて行けるとしても、ジロエモンさんとララさんは流石に戦力としては厳しい。怪我ぐらいなら俺の回復魔法で治せるけど、命まで治せないから無理はさせないよ。」
「でも、ディードさん。20階まで行かないとすると何処でお金となる魔物を狩るんですか?」
リリアとレミィの疑問は尤もだ。ライーザが奴隷落ちするまで残された時間は後5日、このまま20階まで向かい20階層のボスを倒すものだと2人は考えていた。
しかし、その考えはディードによって否定され目指す階層も告げられていない事に、意図が読めないでいた。
そして現在の階層は8階層、行く先々で葬った魔物は全部ディードのアイテムボックスに収納されているが、その数だけで金貨50枚程確保出来るようになるとは思っていなかった。
「一応ね、考えはあるんだ。そこだと多分結構な数の魔物や素材などが手に入れられる予定。それにギルドで不足している素材なんかも一気に手に入って一石二鳥なんだ。」
「そうんな場所ありましたっけ?。」
「あるじゃないか、とっておきの場所が。」
これから向かう場所が、彼女達にとって地獄のような場所であったのに2人は思い出せないでいた。
同刻
奴隷商の地下に自ら入ったライーザは、混沌とした思考の渦から這い上がって来るように自我を取り戻そうとしていた。
(・・・・ここは?私はどうしてここに居るんだ?。そして私は・・・・何故鎖に繋がれている?・・・駄目だ思い出せない。)
自分の行動を思い出そうとしているが、まるで思い出せない事に不安を感じる。
まるで思考そのものが、その事を思い出さない様に仕向けられているような感じさえする。
(ここを見る限りはどこかの牢屋。しかも私は繋がれている。そもそも私はハヴィ様の命でグラドゥに・・・そうだ!彼!?)
彼とはディードの事だ。忘れかけていた記憶の断片を無理矢理つなげ拾い上げるように思い出した途端
「ぐ、ぐああああぁ!?。」
脳に直接電流が走るような痛みが駆け巡る。
(な、なんだこれは?私は何かの術をかけられているのか?。)
痛みに蹲り必死に頭を抑えるライーザ。やがてその痛みは徐々に消え、思考がクリアになっていく。
その時、牢屋の扉が開く音が聞こえる。
「・・・だ、誰だ・・・?。」
「おや?、変換の術式が解けかかっているのか?。」
「貴方はインディス子爵・・・・!?。」
ライーザは意外な人物の登場に驚きを隠せないでいる。
しかし、それと同時に霞ががっていた記憶が思い出されていく。
それはインディス子爵家に呼び出された時の事、ライーザ、メイ、リンの3人は騎士団が討伐に成功したとの報告を聞き、兄の愚行に謝罪すべく彼等の泊っている宿へと向かった。その際
「貴方の指輪から発せられた紫色の光を浴びて、そこからの記憶が無い。何か知っての訪問でしょうか?。」
「ふほほほ、混沌とした思考の中で、よく思い出せましたね。ライーザさん。いや、ライーザよ。」
「貴殿に呼び捨てにされる覚えがないが?これは一体どうゆう状況なのか説明していただきたい。」
ライーザは警戒感を強める。
同じ子爵と言えど突然呼び捨てにされる覚えはない、とライーザは厳しい目つきでインディス子爵を睨みつけるが、彼はそのままライーザを見下す様に見たまま卑下た笑みを浮かべていた。
「どうしたもこうしたも無い。貴女・・・は自分の罪を認め、自ら借金奴隷となるべくこの場所へ来たのだ。そして5日後には私の奴隷として生涯を尽くす・・・それだけだ。」
「罪?何を馬鹿な!?そんな事が!?出来るはずな・・・・。」
ライーザは言葉途中で口を止める。
彼女は確信してしまったのだ。出来るはずがない事を出来てしまうという事実に。
それは彼女の自身がたった今証明している。
「さすがスカーレット騎士団の戦乙女と称えられる事があるな。理解が早くて助かるよ。」
「メイやリンだけではなく、まさか兄様もか・・・?。」
キッっと睨みつけるその表情に、インディス子爵は極上の笑みを浮かべる。
「ふふふ、その表情がいい。実に良い!?ああ楽しみだ。その表情が苦悶に満ち絶望の表情に変わる瞬間を間近で見て見たい。いいぞ、いいぞ。私にも運が向いてきているのだ、復讐を成し遂げる日はもうすぐだ。もうすぐだぞハヴィ!?。」
インディス子爵は叫ぶと同時に右手の薬指に嵌められていた指輪に魔力を込め、怪しく輝く紫色の光が部屋を襲う。
突如叫ばれ不意を突かれる形になったライーザは彼の術中へと再び嵌り、思考に霞が掛かったように混沌とする。
「ぐぅぅぅ・・・い、いんでぃ。」
「ライーザよ、お前が忠誠を誓う相手は誰だ?。私か?それともハヴィか?」
「それは・・・勿論ハヴィ――。」
「変換!。」
「ぐ、ああああああ!。」
ライーザはインディスの言葉を受け、反抗するかのようにハヴィへの忠誠心を口にした途端、インディス子爵の呪詛に似た言葉が彼女を襲う。
先程彼女が受けた脳に直接電流が駆け巡る様な感覚に襲われ悲鳴をあげ苦しむ。
その直後、彼女の目からは生気を失い、意識を思考を奪われる。
「さぁ、ライーザよ。お前が愛し忠誠を誓う相手は誰だ?。」
「・・・・インディス様です。私はインディス様に忠誠を誓い、生涯貴方様の奴隷として仕えます。・・・以下なる様にでもお使いください。お慕いしております。」
「そうだ・・・私に生涯仕えるがいい。まずは性奴隷として昼夜問わずに奉仕させてやる。喜べ。」
「・・・勿体なきお言葉。私は・・・貴方様に・・・。」
彼女はうわ言の様に言葉を呟く。
その様子を見たインディス子爵は卑下た笑みを浮かべる。
「この魔道具、《変換の指輪》があれば、いかに屈強な騎士でもこうなる。いや、心が強ければ強いほどこうなるのか。後5日か、待ちどおしな。・・・・ハヴィ、お前の娘が俺の忠誠を誓う姿を見て絶望するまで死ぬんじゃないぞ・・・・クハハハハハハ!。」
インディス子爵は用が高笑いしながら牢屋を出ていく。
その後牢屋からは聞こえる小さな呟きは、インディス子爵を称え、愛を紡ぐ声が静かに木霊していた。