第108話 2人の朝
朝、グラドゥにも本格的な強い日差しが降り注ぐ。
季節は初夏に入る。
2の鐘が鳴る前にも関わらず外は蒸し暑く、歩く人々はその暑さにやや悩まされながら日常を歩もうとしている。
リリアは今スースーと寝息を立てているディードを見つめ、小さな幸せを感じていた。それは彼と肌を重ね、彼を受け入れ、愛し愛されるという事を知った嬉しさを噛みしめている。
(ふふ、寝顔が可愛い。昨日はあんなに逞しく感じたのに不思議なものね。)
リリアは昨夜の事を思い出しては頬を赤く染める。
恥ずかしさで頭が真っ白になりながらも、彼に全てをゆだね、受け入れる。絡み合う指を唇、甘い愛の言葉、動く度に痛みを伴いながらも彼の全てを受け入れ幸せを感じていた。
(でも思い出すと、少しディーが余裕に見えたのは少しムカつくわね。やっぱり経験あったのかしら?)
リリアは少しだけディードの過去に嫉妬し頬を軽く摘まむ。
それは彼女のとしての、女としての小さな嫉妬なのだろうか、それとも・・・
頬を抓られ少しだけ嫌がる素振りを見せるディードの寝顔を見て、溜飲が下がったのか抓る手を離し自分の胸に彼の顔を埋める。
(封印が解けたら全てを捨ててディーの元に・・・ファルナさんも歓迎してくれるかな?あの時の魔法で伝えた言葉に嘘は無いと思う。)
ディードとリリアがミリア村を離れる際に、ファルナは風の魔法で小さな小鳥を作り出し、リリアに言葉を託していた。
――辛くなったらいつでも戻って来なさい。出来ればディーのお嫁さんになって戻ってきて欲しいけどね。私は歓迎するわ――
(いっそ封印なんか解けなくてもいいからミリア村に戻ってもいいかもしれない。魔法は碌に使えなくても、畑を耕し、森の恵みを分けて貰い、ディーと共に生きていく・・・それもいいかもしれない。そしていつかはディーとの子供を・・・・。)
小さな幸せを想像し笑みを溢してしたリリアだったが、ディードの寝息が消え起きようする姿に気づき様子を伺っていた。
「ん・・・・おはようリリア。」
「おはよう・・・ディー。よく眠れた?」
「ああ、リリアも眠れたかい?。」
「私は少し寝不足かも・・・。」
「もしかして、無理させちゃった?。」
「ううん、寝顔を見ているのが楽しくて・・・・。」
「寝顔?なんでまた?。」
「こうやって好きな人の寝顔を見ているだけも楽しいものよ。」
「そんなもんか?。」
「ええ、そんなものよ。」
互いに見つめ合い、少し笑うとどちらからとも無く自然に2人はキスをする。
「名残惜しいけどそろそろ起きないと。」
「そうね、今日はギルドに行くの?。」
「そうだなぁ、まずはジロエモンさんとララさんが心配していると思うから、先に顔を出しに行こうか。」
「そうね・・・行きましょうか。」
2人は上体を起こし、脱ぎ散らかした衣服を拾い始める。
すると、昨夜は暗くて良く見えなかったリリアの綺麗な身体がはっきりとディードの視界に入って来る。
きめ細かい金色の髪、蒼色の瞳、白磁器のように艶やかで美しい肌、ツンと上向きで張りのある二つの双丘、見事な流線形を描く腰回りなど、見事なプロモーションの前にディードは思わず見惚れていた。
その様子に気づいたリリアはシーツを素肌に巻きつけディードの視線から逃れようとする。
「・・・あんまり見ないでよ、恥ずかしいじゃない。」
「・・ゴメンあまりにも綺麗なもので・・・その・・・見惚れていた。」
「・・・・スケベ。」
「・・・否定しきれないのが辛い・・・。」
「また・・・今度ね。」
ボソっとリリアは独り言のように呟き、頬を赤く染めながら彼女はいそいそと着替え始める。
その言葉はディードにとって何事にも代え難い言葉であった。
それは次があり、求めれば拒まれないという事。
それは彼女も次があると言う事を期待しているという事。
嬉しさと愛おしさでその場で抱きしめ、もう1度肌を重ね合いたいと思う気持ちをグっと堪え一人身悶えする。
義替えを終えた2人は揃ってドアに向おうとする。
「そう言えば何かを忘れていた様な気がするのよね・・・・。」
「何かって?。」
「ん~大事な事だったと思うんだけど・・・。」
リリアは思い出そうとしながらドアを開ける。するとそこにはレミィがそこに居た。
「多分私の事じゃないですか?り・り・あ・さん。」
「あ・・・・レ、レミィちゃん。」
レミィの顔を見てリリアは忘れていた事を思い出す。
「少しディードさんの様子を見て来るって言って一緒に朝を迎えるって素敵ですね。」
満面の笑みでリリアに微笑むレミィ。しかし、リリアはその笑顔を見て逆に顔を引き攣る。
「あの・・・その・・これは・・・ね。」
「ゆうべはおたのしみでしたね。」
「ぎゃ~それは言わないでレミィちゃん。」
「うふふふ、お話はじっくりと聞かせて貰いますね。あ、ディードさんおはようございます。」
「お・・・おはよう・・・。」
レミィの言葉を受け、顔を赤くさせ身悶えるリリア。
明確には言われていないが、察せられ少し気恥しく頬を掻くディード。
リリアの悶える姿は朝食が始まるまで、レミィによって続けられていた。
朝食が済み、ディード達3人はジロエモンの工房へと向かう。
時間が2の鐘がなり響き周囲がせわしくなりはじめる頃に工房へと辿り着く。
工房の外では一人の獣人がため息をつきながら店の前を掃除していた。
ララだ。
「ララさ~ん。」
「にゃ!!その声はレミィかにゃ!!生きてのか!?。」
ララはレミィを見た途端、掃除道具を放りなげ3人の所に寄って来る。
「やっぱり生きてたにゃ!?よがっだにゃぁ~。」
ララはレミィに抱き着き涙ぐみながら3人の生還を喜んでいる様に見えた。
「お前等が死んだと聞いてびっくりしたにゃ!でも絶対生きてるって信じてたにゃ!よがっだにゃ!よがったにゃ~~!?。」
「ララさん、そんなに私達の事を心配してたんですか。ごめんなさい、でもこの通りだいじょう――――。」
レミィは涙声で喋るララに対し優しく抱擁しようとした時、突如彼女は目の前から消え、店の中に入って行く。
「ジロさ~~ん!?アイツ等、ディード達が生きてたにゃ~!?、これで素材と労働力が確保出来たにゃ~!?。」
「なに~!?アイツ等戻ったのか!?。」
「そうにゃ!?これでウチ等はご飯の心配いらくなるにゃ!?。」
レミィはララを抱きしめようとした腕をどうすればいいかわからずにその場で固まり、ディードとリリアはその様子を見て苦笑いをするしかなかった。
「素材が高騰し過ぎてる?。」
「ああ、そうだ。お主らが16階へと行ったあの日前後だったかな?突然街の武具が飛ぶように売れたんだ。」
「ああ、それは2つの騎士団が予備の武具や備品を買い占めたって聞いたような。」
「ああ、そうだ。それでお主等が死んだって聞いた後辺りからギルドが魔物の素材を卸さなくなったんだ。」
「素材を?なんでまた?。」
「どうも事情が変わって素材を確保しなくては行けなくなったらしくての。だから今はどこもかしこも素材が高騰しちまってるんだ。俺の所の武具は全部売れたのはいいが、今度は材料が手に入らなくてな、入ったとしても劣化した物や、高くて手を出せないでな。このままだとマズイと思った矢先だったんじゃ。」
冒険者ギルドに持ち込まれ換金された魔物の素材は当然冒険者ギルドの物。
基本的にはそこで一括管理され、余剰分や不足分などを把握し市場へと流される。
当然大元である冒険者ギルドがその流れを止めてしまえば、物流が滞ってしまいその物流を受けられな人は他の手段を模索するしかない。
余っている所や、冒険者から直接買い取りをするわけだが、当然需要が追い付く訳がなく物品は必然と高騰してしまい悪循環に陥ってしまう。
「ギルドが素材の流通を止めているせいで、どこもかしこもおかしな値段が付き始めてるにゃ!?。特に食べ物は2倍から3倍の値段がついているにゃ!?。」
ジロエモンが冷静に話していたが、ララはその逆で興奮気味に口を挟む。
「ディード!?だから魔物の素材や売れる物をいっぱい持って来て欲しいにゃ!?お前さんなら一杯持てるからウチに流して欲しいにゃ!?。そうしたら・・・。」
「そうしたら・・・・?。」
「3倍で売って儲けさせてやるにゃ!?。」
ララは自信に満ちた表情で親指を立てディードに宣言する。
だが、3人はその表情を見て唖然としてしまう。
「バカモン!?それをやったら信用が無くなる上にさらに高騰に拍車がかかるだろうが!?。」
「ぎゃん!?痛いにゃジロさん!?。」
ジロエモンはララの頭を平手打ちし叱る。
「すまんな、だが素材や材料が余っているなら売って欲しいのは本音だ。勿論無理にとは言わないが。」
「ああ、今すぐは無理だな。素材もそんなに無いんだ。あるのはスピアバードと言う魔物だけだ3匹置いて行くよ。」
「すまない、恩に着る。」
ディードはアイテムボックスから3匹のスピアバードを取り出しジロエモンに渡す。
「それじゃ代金を・・・。」
「いや、それは後でいいよ。俺達はこれからギルドに向わなくちゃいけないから。」
「なんじゃお主等、ギルドに呼ばれておったのか。」
「昨日呼ばれて行ったんだけどね。今日も行かなくちゃ行けないんだ。」
「そのついでに聞いてきてあげるわ。なんで物流を止めたのか。」
「おお!?それはありがたいにゃ!?。やっぱりお前達はいい奴らだなにゃ!?」
「ちょっとそんなに抱き着かないでよ。今日は暑いんだから。」
ララは嬉しさのあまりに近くにいたリリアに抱きつく。
嫌がるリリアはララを離そうとする。
だがその直後・・・・ララは何かを感じ取りリリアの周囲の匂いを嗅ぎ始める。
「ちょっと何よ?。」
「なんでリリアからディードの匂いがするにゃ?。」
「ちょっ!?。」
その言葉を聞き、リリアは一瞬で顔を紅潮させる。
その一瞬を見逃さなかったララは、何か察したのか邪悪な笑みを浮かべはじめた。
「ゆうべはおたのしみだったようだにゃ。」
「~~~~~~~!?」
リリアは否定する事も出来ずに俯き、恥ずかしさの余りにプルプルと震え出していた。
「おぃレミィ、先を越されたようだにゃ。」
「ええ、いい事です。これで私の番が回ってきますから。」
「おお、正妻の余裕ならぬ。愛人の余裕かにゃ?。」
「ふふふ、どうでしょうね。」
ララはレミィは不敵に笑い、リリアは恥ずかしさの余りに震え出す。
そんな状況の中、ディードは苦笑いするしか出来なかった。