第102話 異界へ
「リリア!レミィ!!」
姿は見えるが声は届かない。彼女達も声を出している様に見れるが聞こえてこない。
視界に映る彼女達は、現実なのか幻影なのか、視界に映る身体は、伸び縮みを繰り返し、あり得ない光景を映し出している。
大地は無く、どこが上下で左右なのか判別がつかない空間に放り込まれ、落ちているのか上がっているのかわからない無重力にも似た空間。
特殊な空間に放り込まれたせいなのか、奇妙な感覚と浮遊感がそう感じさせるのか3人は意識が混濁し始めていた。
右足の痛みを堪えながら手を伸ばしているレミィ、何かを必死に叫んでいるリリア。
2人の姿が徐々に離れていくのが見える。
(くそ・・・このままじゃ2人が離れしまう。引き寄せないと・・・。)
アイテムボックスから取り出したのはディードが何時も使っている木精の鞭。
それに魔力を込めて、比較的近いレミィに鞭を伸ばす。
伸びてきた鞭を必死に掴み手繰り寄せられる。次にリリアにも鞭を伸ばし手繰り寄せてきた所で、ディードの意識が朦朧としてくる。
(まずい・・・最後に見様見真似で使った光の矢、改の反動か。)
「ディードさん!大丈夫ですか?。」
「ディー!しっかりして!。」
「すまない、魔力が切れ掛かっているんだ。今ボックスからマナポーションを。」
「待って、ディー。それなら私の魔力を持ってきなさい、私の方が量があるでしょ?。」
アイテムボックスからマナポーションを取り出そうとしたディードの手をリリアは軽く手を添え制止する。
そしてその右手から静かにディードへ魔力譲渡を送り始めた。
だが、その直後リリアに異変が起こる。
ドクンドクンと彼女の身体から何かの鼓動が聞こえ、突如魔力が身体から溢れ出そうとしている。それを抑え込むように両腕を抱え込むように震えだした。
溢れ出した魔力は彼女の背中に纏わりつき、何かを形どろうとしている。
「どうした!?リリア?。」
「リリアさん!だ丈夫ですか?。」
「何これ・・・?苦しい・・・身体の中が・・・何が起こっているの。」
リリア自身も突如を起こった我が身に事が分からず苦しんでいる。
呼吸は荒く、暴走する魔力に翻弄され身体を丸め蹲っている。
レミィはリリアに近寄り背中をさすろうとしたが、そこに高熱が宿っていて触れた瞬間思わず手を離すほどだった。
「きゃっ!?リリアさん背中がもの凄く熱い、大丈夫ですか?。」
「だ、ダメ!!レミィちゃん離れて!?抑えきれない!。」
リリアは抑えな込めない自分に近寄らない様にレミィを離そうとした。
その直後。
「あああああああああああああああああ!!!!。」
リリアは丸めていた身体を仰け反らせ、天を仰ぎ吼えた。
彼女の背中から魔力が溢れ出し、間欠泉のように勢いよく飛び出している。
「リリア!」
「リリアさん!」
2人はリリアを心配し声を上げる、だが彼女は天を仰ぎながら時が止まっているかの様に動かない。
しかし、彼女の背中からあふれ出ていた魔力は次第にしぼみ、落ち着きを取り戻している様にみえた。
「は・・・は・・・。」
「リリア!。」
リリアが言葉を発すると同時にディードは叫ぶ、彼女はそれに反応するかのようにゆっくりとこちらを向きはじめた。
「・・・羽が生えた・・・・。」
「・・・は?。」
「・・・え?。」
リリアからあふれ出ていた魔力が晴れる。それと同時に彼女の背中には大きな翼が生えていた。右側は白く美しく、左側は黒く艶やかな2色の翼を持ち彼女は困惑していた。
「綺麗・・・・。」
「・・ああ、リリア体調は大丈夫なのか?。」
「う・・うん。羽が生えたら暴走してた魔力が落ち着いたの。だけど魔力の3分2位は持ってかれたわ。いきなりの消耗と変化で少し気だるいくらいよ。」
「そうか・・・よかっ・・・。」
リリアの大丈夫そうな姿を見てホッとしたのかディードはその場に崩れる倒れる。
「ディー!そうだった。魔力が・・・待ってて今・・・あれ?。」
ディードの抱きかかえようとリリアは近づき魔力譲渡を行おうとしたのだが、身体の変化のせいなのかいつものように魔力譲渡が出来ないでいた。さらにレミィまでもがその場で崩れる様にしゃがみ込みはじめる。
「レミィちゃんどうしたの!?。」
「・・・なんか力が抜けていくような。この空間はもしかすると私達に悪影響を及ぼすのかも知れません。」
レミィはそう言うと力無く項垂れ初め、具合が悪いくなっていのか呼吸が荒くなりはじめる。
「2人共しっかりして!?。」
リリアは2人を声をかけ揺さぶり意識を保たせようと必死になるが2人は時間が経つにつれ徐々に悪くなっていく。ディードは意識が途切れ途切れになりレミィも徐々に返事が鈍くなってきた。
焦るリリア、羽を羽ばたかせ風を送ったり、2人を起こそうと必死になるが効果は得られずにさらに焦る。
「落ち着けリリアよ、これを使え。」
ほぼ意識がないディードの口から発せられる声、それはファグの声だった。
「ファグ様?。」
「ああ、以前ディードに渡してた物だ。今の君なら使い方はわかるはずだ。頼む、時間が無い。2人を救う為に・・・。」
リリアの目の前に突如として現れるアイテムボックス。その中から出てきたのは、以前住処でファグがディードに渡していた白く輝く魔石に黒い羽が付いている物だった。
それを受け取るとリリアの頭の中に突如として情報が濁流の様に流れ込んで来る。
魔石に込められた情報がリリアの翼に関する情報であり、それが頭の先から足の先、翼の先にまで情報が送られてくる。
その急激な情報量にリリアがすぐにはついて行けず、頭の中が破裂しそうな程の頭痛が彼女を襲い、頭を抱えながら声を荒らげていた。
「ああああああ!?。」
「頼むぞ・・・そこに行ってくれ・・・・俺達ももう意識が保てない。」
ファグがそう言い残すとプツンと糸が切れたようにディードの身体は力なく崩れる。
やがて頭の中で駆け巡っていた情報は、身体の隅々まで行き渡りと落ち着く。
痛みが引いた彼女はヨロヨロとしながらも立ち上がり動き始める。
「ハァハァ・・・何なのよ一体!?絶対今日は厄日よね?こんな説明書を作った人物に絶対文句言ってやる!?。」
そう文句を言いながらリリアは翼を広げ魔力を行き渡らせ大きく広げる。
魔力の行き渡った翼がさらに美しく輝く。
すると翼の先からは光が零れ落ち、周囲の歪んた空間は一時的に通常の空間の様な景色が現れる。
「これが・・・私の力・・・異世界を渡る翼・・。でも感傷に浸っている場合じゃないわ。2人を助けないと。」
リリアは新たな力を得たが感傷に浸っている場合でない。この独特な空間にディードとレミィは成す術は無く倒れている。その事に気づいているリリアは一刻も早くこの場から脱出する方法を模索する。
「この魔石から得た情報だと、私の魔力で空間の揺らぎが見つけられるのね。それと限定的に封印状態が解かれると・・・・それは再生と破壊を繰り返す私の固有能力が・・・ってなんでこの魔石の情報は私の事色々と知ってるの?訳わかんない!?。」
リリアは魔石から送られてきた情報に困惑しながらも今必要な情報だけを必死に取り出し確認していた。やがて必要な情報を確認できた彼女は、呼吸を整え呪文を唱える。
「
『――世界を隔てる壁を翔け巡る1対の翼、異界の海を渡る大いなる我が翼に、世界の揺らぎを示し給え【世界巡航】』
呪文を唱え翼をさらに大きく広げるリリア、その羽先から放たれる小さな波紋。
それは幾重にも重なり共鳴し、打ち消し合い広がっていく。
その波紋一つ一つに意識を集中させリリアは世界の揺らぎを探していた。
やがて・・・
「見つけたわ!一番近いのはあそこね。一気に行くわよ、2人共少しごめんなさいね。影束縛」
小さな世界の揺らぎを発見したリリアはその先を見つめながら2人に闇の魔法である、影束縛を放つ。その魔法で2人をぐるぐる巻きにしながら、リリアはその揺らぎに向って羽ばたこうとしていた。
「行くわよ!。」
リリアはその揺らぎに向って飛翔する、彼女は2人を離さない様にしっかりと魔法せ縛りながら一直線に向かって飛ぶ。
飛び立つ彼女達を祝福するかのように、空間はリリアの周囲だけの景色を移り変わってゆく。流れる景色に感動するも、今は喜びをかみ殺し3にでこの空間を脱出する事を優先していく。やがてリリアは目標である空間に辿り着く。
「この空洞みたいな揺らぎを突き抜ければいいのね?・・・・え?何?トンネルを抜けるとそこは雪国・・・ではないから安心しろ?。一体なんなの?この無駄な情報は!?。」
流れ込んで来る無駄な情報に翻弄されながらもリリアはその空洞を抜けようとする。
空洞を抜けきり薄い空間の壁を突き破ると世界は一変する。
中央に黒い石が敷き詰められ人工的な道が続く場所、左右は整備された崖に木々が生繁っている。その道の両端には白い線が描かれている。
リリアは空間を抜けると、白と黒の一対の翼は先端から徐々に光となり消えていく。
それを見た彼女は慌ててすぐ下へ降りようとする。
2人を先に地面に置き彼女も着陸すると、翼は全て消え影魔法も全て解除されていった。
「・・・・取りあえずあの空間から脱出できたけど、2人の具合は・・・?ディー、レミィちゃん大丈夫?。」
リリアはディードとレミィを軽く揺さぶり起こす、ディードの方は反応は薄いがレミィの方はリリアの声掛けによりすぐ覚醒する。
「リリアさん・・・ここは?。」
「わからないわ、とりあえずあのヘンテコな空間は脱出できたの。体調はどう?。」
「ええ、大分良くなりました。ただ足が折れているので走る事は厳しそうですが・・・・。」
「それはマズイわね、ディーに治して貰わないと。ねぇディー起きてお願い。」
ディードを気遣いながらもリリアは声をかけ起こそうとする。
「リリア・・?・・・ッツ・・ここはどこだ。」
「大丈夫?ディー?痛むのはわかるけど回復をお願い出来る?レミィちゃん足が折れてるらしいの私の魔力譲渡で回復させるから。」
「ああ・・すまない。回復を・・・・・。」
ディードは返事しながらも痛む身体を起こし辺りを見回す。そこにある景色を見てディードの表情が一変し青ざめた顔になる。
「どうしたの?ディー?。」
「おい、ここは・・・まさか?。」
「ここはどこだかは分からないわ。一番近い場所に通り抜けてきたの。ここどこだかわかるの?。」
「・・・・・。」
ディードは知っている。
この場所、いやこの景色と言うべきだろう。左右を見渡せば整備された石垣があり、その上は落石防止用の鉄の柵が突き出ている。
下を見れば綺麗に舗装された黒い・・・アスファルト。両端には白いライン。
その少し先に書かれている菱形と数字は、日本人なら誰もが1度は見た事があるであろう表示。
(ここは・・・・まさか日本なのか?それにこの景色は見覚えが・・・)
景色に呆気に取られ我を忘れているディード、リリアは心配になり顔に手を触れ声をかける。
「ディー?大丈夫?顔色悪いわよ。」
「あ・・・?す、すまない狼狽えていた。」
「何に・・・・?。」
「ああ、それはな・・・・。」
「――!何かが近づいてきます!?」
呆気に取られていたディードがこの場所を説明しようとした瞬間、レミィが近づいてくる音に反応し座りながらも戦闘態勢を整えようとする。
音のする方向に耳を向ける3人、徐々に近づいてくる音は少なくとも2人には聞き覚えが無く警戒する。ただディードだけはその音の正体を知っていた。
(ちょっと待て・・・この音・・もしかして・・・?)
近づいてくる音に動揺するディード。
そして姿が現した時、心臓が鷲掴みにされた様な衝動を受ける。
(く、車!?)
「何コレ?凄い勢いで近づいてくる。ディー!アレを知っている?。」
かける声に反応が出来ずに茫然とするディード。
リリアは声を荒らげるが、彼の耳にはその声が入って来ないでいた。
「ディー!?ディー!!どうしたのよ?。」
「ディードさん!?・・・・ダメです!あの速度で来られとマズイです。防御します!。」
レミィは迫ってくる車に対して兎の盾を大きく1枚展開しその進行を防ぐべく集中する。
ドガン!!!と大きな音を立て兎の盾は衝撃に耐え切れず砕け散る。
「くぅ・・・何とか勢いは止められましたけど、直ぐには動けません。」
「大丈夫よ、任せて!。」
リリアは紅玉の杖を車に向け【音速の炎】を放とうとした。
「だ、駄目だリリア!。」
「え?ディー!?何?。」
突如我に返ったディードに紅玉の杖を掴まれ方向を捻じ曲げられた。
崖の頂付近に向けて放たれた音速の炎、赤い閃光は山に突き刺さり爆発する。
「ディー!?さっきから何をしているの?。」
「あれは撃っちゃたダメだ・・・アレは・・・アレは!?」
ディードは焦りながらも説明をし始めようとした時、大地から突如大きな轟音と共に大きな揺れが発生する。
その揺れは立って事が出来ないぐらいの揺れ、大地震だ。
3人はその揺れに翻弄されまいとその場で堪え始める。
「今度は何?地震?。」
「なんですか?この大きな揺れは!?」
身体が上下に左右に揺らされていく、周囲の木々は揺れで互いにぶつけ合い木片を辺りに散らしながら倒れはじめ、道路は大きな音と共に亀裂が走る。
すると先程の音速の炎を誤射させた方角から揺れとは違う音が鳴り響く。
それにいち早く反応したレミィは声を荒らげた。
「落石です!?」
直径10mはあろうかと思われる大きな岩は、轟音を立て木々をなぎ倒しながらディード達へと下って行く。しかしその大きな岩はディード達の方では無く、車へと転がっていく。
「危ない!?」
ディードは車の方に向って叫ぶ。だが運転していたであろう人は座席に座りながら気を失っている様に見えた。
その気を失っている人物はディードが良く知っている人物であった。
ディードが痛む身体を無理に起こしながら立ち上がろうとすると、今度は自分達の足元に異変が起きる。
黒い大きな渦が現れ、3人を飲み込み始めたのだ。
「これは!?。」
「異界への門だわ。気を付けて私に掴まって!?。」
異界への門はさらに大きくなりディード達を完全に飲み込もうとする。
丁度その時、落石が車に直撃し姿が見えなくなる。
ディードはリリアの伸ばした手に触れる事無く、ただ目の前の落石を見つめながら異界へと飲み込まれていく。
飲み込まれていく中で彼はぼんやりと一人呟いた。
(ああ・・・これが・・・福々山高樹の最期だったんだ・・・。)