第102話 大切なもの
光の矢、改。
それはアイリスの光の矢を改良した魔法。
彼女の切り札である光の矢は一撃の破壊力は凄まじい。
放たれる1本の魔法の矢はその射線上のあらゆる物質を光の中に飲み込み消し去る。
強力な切り札であるが代償も大きい、使う場面も選ばざるを得ない。
使った後は魔力枯渇で動けなくなる上に、一直線上の敵にしか使えないので左右、背後に敵がいたら敗北は免れない。
「だから改良したのよ、ディーに内緒でね。まだ試作段階だけど。」
アイリスの指から放たれた3本の光。
それは光の矢を4分割に分けて3つを圧縮、連射出来るという機能を付けた。
分割にした分、一撃の威力は劣るが、圧縮することで面から点の攻撃へとチェンジ、貫通性を高め、数回に撃てるように調整し、魔力枯渇でダウンする事を防ぐ事に成功した。
そして放たれた3本の矢。
2つの矢はイーリスの心臓と頭を、もう1つの矢は背後に黒き杖の水晶部分に当たっていたのだが、貫通はせずに亀裂が少し入る程度になっていた。
「アンタに言われて何年も試行錯誤でやっと出来たけど、ははは・・・さすがに厳しいわね。ごめんファグ・・・。」
「気にするな、俺もだアイリス。」
アイリスは苦笑いしながらそう言い残す、それと同時にディードの肉体にも変化が起こる。
銀髪だった毛髪は黒く色を戻し、一回り大きくなっていた肉体も徐々にしぼんでいき元に身体へと戻って行った。
さらに≪住処≫ではディードの左手に繋がれていた鎖、【魂の楔】に変化が起こる。
ディードは鎖からは何かを引き上げるのを感じる。
鎖を見つめていると地面から横たわったアイリスが浮かび上がり、完全に浮かび上がると鎖は音も無く消え去って行く。
少し遅れてから右手にも同じ反応が起き、今度はファグが浮かび上がってきた。
鎖の捕縛が解けたディードは2人の様子がおかしい事に気づきすぐさま駆け寄る。
2人は姿こそは保っているものの、全体的に色素が薄く身体の一部が半透明になってぼやけている状態になっていたのだ。
「おい!ファグ、アイリス大丈夫なのか?しっかりしろ!。」
「ディー、ごめんね。アイツを倒せなかった逃げて。」
「許せ・・・そしてすぐに逃げろ。今なら奴は動けないはずだ。」
「何を言っているんだ?説明をしてくれ。」
「そんな悠長な事を言っている場合じゃない。早く・・・い、・・いけ。」
ファグは消え入りそうな身体をさらに酷使し、ディードを覚醒さえるべく無理矢理住処を追い出そうとするが、その前にディードの身体に強い衝撃が入り、彼は強制的に覚醒させられ住処を後にするのだった。
その様子を見たファグは、忌々しそうな顔をしながら身体を横たわらせていた。
「もう起きたのか奴は・・・。くそっ!?。」
「・・・準備不足だったわね私達。」
「ああ・・・まさかこんなに早いとは思わなかった。色々と準備はしていたが間に合わなかったな。ディーには迷惑をかけてしまったな。」
「そうね、悔しいけど今の私達はこれで精一杯の抵抗だったわね。」
「ああ・・・悔いはないさ。・・・・・アイリス。」
「・・・・何?。」
「最後になるかも知れん、今のうちに言っておく。種族は違えど、君を愛している。」
「いきなり何よ・・・・ばか・・・・・わたしもよ。」
二人は横たわりながら見つめ合い笑っていた。
「うぐっ!?。」
ディードは腹部に強すぎる種撃を加えられ覚醒する。
その衝撃は腹部への蹴りとわかるのはさほど時間が掛からなかった。
何故ならば蹴り上げた足が次のモーションへと移行しているのをディードは見ていたのだから。
次の瞬間、胸部に更なる衝撃が入る。
右足で蹴り上げ浮いたディードを、もう1度右足で地面へと蹴ったのだ。
地面に叩きつけられ数度バウンドするディードの身体。
ただ蹴られたという事だけは理解したディード、その後は何かを考えようとするが、激痛が身体を思考を支配している。
痛みを堪え急いで大回復をかけようとするが、まるで道端に落ちている木の枝を持ち上げるような仕草でディードは首を正面から掴まれ持ち上げられる。
(・・・がっ・・い・・息が・・)
呼吸が満足に出来ない中、ディードはその首を掴む女性を睨みつける。
その女性は先程までのドレスアーマーの女性ではなく、髪は蒼く後ろに大きくみつあみに束ねられ背丈は160cmぐらい、紫の瞳で黒を基調したゴシックドレスを着ており、先程の黒き杖を左手に持ちながらディードを見据えていた。
「ふん・・・魔力切れか、存在が消えかけておるな。消費の量から察するに無駄が多すぎるのか。だが、あの旧式の武器の真似を本来の光の矢でやられていたら、流石に防ぎきれなかっただろうな。」
ディードの中のファグ達の存在を見つめているのか女性は呟く。その声に反応するかのようにディードは首を掴む右手を掴もうとした。
「なに・・・もの・・・だ。」
「ほう、この状態で喋れるのか。宿主の方も少しは丈夫だな。」
「さっきから・・・コロコロと人がかわりやが・・・。」
ディードが喋りを続けようとしたが、女性は首に更なる力を入れじわじわと嬲り悦な笑みを浮かべている。
「我が何者か・・・いやこの身体は喋り難いのが特徴だったっけな。まぁどうでもよい。先程のやり取りを聞いておったじゃろ?我はイーリスだ。聞き覚えはないかえ?。」
そう言いつつ右手に更なる力を入れディードを喋れなくするばかりか、保っていた意識すらをも刈り取ろうとする。
「さすがに喋れんだが、まぁ男には興味が無いのでな。器としても使えぬし、何より我は一途での・・・ふふふ。まぁあの2人は我が貰って使ってやるから安心せい。」
その一言には、色々な意味が見え隠れしているのが分かる。イーリスと名乗る複数の女性はきっと同一人物である。ディードはそう考える、ファグ達のやり取りからもその考えで間違いはない。自分の死後、リリアとレミィはきっとその手に落ちる事になる。そんな事させてなるのもかと、その一言にディードに必死になる。
「させ・・るかよ。」
首を掴むイーリスのを剥がす様にディードは両手は彼女の指を掴み外そうとしていた。
「ほぅ・・・その怪我でまだ動けるのか、大したものだ。」
必死の抵抗をし始めるディードを少し感心したような表情をしたが、すぐに先程まで以上の力を込めディードの首をへし折ろうと試みる。
外そうとした指さえをも巻き込み、容赦なく締め上げ首をへし折ろうとするイーリス。
(どこにこんな力が・・・・?ま、まずい・・・意識が。)
ディードの意識が薄れ力が入らなくなる中、イーリスの左側面から一筋の赤い閃光が走る。それを左手に持つ杖から魔力壁を展開し防御するイーリス。
防ぎきるとほぼ同時に今度は右側からレミィがイーリスの右腕を目掛けて突きを放つ。
「いい連携だな。そんなにこの男が大事か?。」
「大事に決まって」
「いるでしょう!。」
レミィは突きを簡単に回避されられる、だが彼女はそれを予測していたのか左手に魔力を込め大地の牙を地面へと突き刺す。
「行け!大地の牙。」
地面から突如突き出る大地の牙がイーリスの胴体目掛けて飛んでくる。
「この程度・・・。」
イーリスは迫りくる大地の牙に黒き杖を振るい魔力壁を出す。牙が展開された魔力壁に砕け散りながらも伸び続ける。
その瞬間を逃すと言わんばかりにレミィは兎の盾を展開、背後に周り再度イーリスに斬り込む。
イーリスは右手を離し双剣のを刃の部分を掴む。掴まれた事に驚きはしたが、レミィは剣を手放しその場で回転しかかと落としでイーリスの頭部を狙った。
しかし、頭部には届かずあっさりと右手で防がれる。
「くっ!?・・・この!!。」
「ふむ、素材にしては中々の芸達者だな、器にしても面白いかもしれんな。」
「何を・・・きゃぁあああ!!。」
イーリスの言葉に反応したレミィは右足を掴まれた事に気づき外そうと行動を起こす直前、右足から突如ベキッ!?という音が聞こえた。
それは彼女を足をイーリスは拳が折った音だった。
レミィはたまらず悲鳴を上げその場で崩れ落ちる。
「・・・・甘美な声を上げるじゃないか、だが少し脆いな。だが改良の余地はまだあるな。男共に汚させ魂を剥がしてから少し改良をするのもいいかも知れん。」
「そんな事させる訳ないでしょ!。」
リリアが声をあげイーリス目掛けて斬り込んで来る。しかし再びイーリスは杖を振り魔力壁でリリアの剣を止める。
「くっ!?。」
「器も封印されているとは言え、中々の魔力よのぅ。研鑽すれば私の器の中でも一際輝くいい器になるであろう。」
「封印!?って事はアンタは魔族関係の輩ね。人をさも当然の様に道具として見ないで頂戴!【チャージ】」
魔力壁を強引に斬り込む為リリアは剣のギミックを解放し更なる魔力を放出する。
すると魔力壁はパリンと音を立てて壊れイーリスの喉元へと剣を振うがあっさりと躱されてしまう。
「中々よのぅ、やはり我の見込みは間違い無かったな。どうやってレイスからここまで来たのかは知らぬが、これもまた一興よのぅ。」
「レイス!何故それを知って?。」
「ふふふ、それは我が犯人と言っておけばいいのかや?。」
「!?・・・この!死になさい。」
「甘いわ。」
再度剣を振りイーリスを狙う、だが彼女の剣は荒くイーリスに難なく躱されてしまう。やがて疲れが出たのか剣の動きが完全に読み切られ、リリアはディードと同様に首を掴まれてしまう。
「剣の腕は駄目じゃな、魔力剣の威力だけに頼って振り回しているに過ぎない。」
「・・・・当たり前でしょ。・・私は剣士じゃないもの。」
「ふむ、知っておる。そのままレイスで準備が整っておれば、このコアを回収して後にでも器を取りに行こうと思ってたのでのう。」
「・・・・やっぱり魔族の関係者か。しかも王族の・・・。」
「察しがいいのぅ。正解と言えば正解じゃな。だがな・・・。」
イーリスは首を絞め力を入れようとするが、ふと魔力が一つに集まるのを感じた。その魔力の集まりに視線を向けると、ディードが指を構えイーリスを狙っていた。
「・・・・光の矢、改」
「・・・チッ!。」
リリアを離しすぐさま杖に全開の魔力壁を展開する。
ディードの指から発射された光の矢、改は即席で作った為か魔力壁を壊すことなく弾かれてしまう。
「抜け目のない奴め。」
「くそ!?折角2人が時間を作ってくれたのに。」
悔しがるディードを忌々しく見つめるイーリス。
ディードを蹴飛ばし距離を取る。
「やはりアイツ等の息子だけあって侮れんな。早急にトドメを刺すとしようか。」
「逃げろ、リリア、レミィ。」
「アンタを置いて逃げるわけないでしょ。」
「そうですよ、まだ負ける訳には・・・。」
ディードの声に反応す2人、レミィは必死に大地の牙を掴み、リリアは紅玉の杖に魔力を送り込み次なる反撃の準備を整えようとしていた。
その姿に若干の呆れた表情を見せるイーリス。
「邪魔だなお前達。そんなに仲良く死にたいのなら纏めて葬り去ってやろう。喜べ、永遠を彷徨わせてやる。」
イーリスはそう言うと黒き杖を高らかと掲げ呪文を唱える。
「天地を繋ぐ隠しき絶海の門よ、その力を持って顎を開き全てを飲み込め。」
掲げられた先に突如集まる膨大な魔力の渦。その渦からは凄まじい音と共に稲妻が走っている。
「もう会う事もないが、楽しかったぞ小童達。」
「させるか!。」
ディードは再度光の矢、改を打ち込み、レミィは足を引きずりながらも大地の牙をもう1度刺し、リリアは紅蓮の鳥をイーリス目掛け放つ。
だが、その攻撃は全て魔力の渦によってかき消され無へを還ってゆく。
「褒美だ。5人纏めて飛んでいけ!【異次元の顎】」
イーリスはそう言い放つと同時にその渦をディード目掛けて放つ。
放たれた魔法は徐々に大きくなりディードの元に届く頃には、周囲を飲み込みながら巨大化していく。
「「きゃああああああ!!。」」
「リリア!レミィ!。」
2人はディードよりも先に黒き渦に飲み込まれようとしていく。
声をあげるも2人は黒き渦に飲み込まれ、姿が徐々に小さなくなって行く。
やがてディードも飲み込まれ黒い渦はその役目を終えたのか、徐々に小さくなり消えて行った。
「・・・・ふむ、世界は繋げるようになったな。これで我の復讐も1つは・・・・おや?。」
ディード達を異次元に飛ばし独り言を呟きながら考え事をするイーリスだったのが、彼女の身体にも変化が訪れる。
それは右手に亀裂が入り、ポロポロを崩れて落ちて行き、やがて腕、肩へと徐々に壊れていく。
「・・・・ふむ。この器でも持たないのか。もっと丈夫な器を探さないと駄目なのかしれんのぅ。」
そう呟くと彼女はどこかへと姿を消していった。