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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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厳父

 リュウは部屋に戻り机上に問題集を広げたものの、実が入らない。どうにも自分の両親は、普通の夫婦とは異なっているような気がしてならない。書類上夫婦ではない、ということ以外にもたとえば、年の差も随分あるし、それに今聞いた結婚式の逸話もとんでもない。

 リュウは深々と溜め息を吐いた。ミリアだけなら、婚姻届けを出すのを忘れてしまっていたということもあり得るが、二人が二人して忘れっ放しということは、さすがにないだろう。だからと言って日常生活に何か差支えがあるのかと言われれば皆無であるのだが、それでも、なぜあんなにミリアはリョウを慕っているのに、リョウもミリアを憎からず思っているのに、なぜ「認知」などということになっているのか。つまり、結婚の届け出をしていないのかがわからない。自分の出生に関してはリョウが認知をしているのだから私生児ということにはなっていないが、それ以前に両親が結婚をしていないとなれば宙ぶらりんのような、非常に心許無い気がする。リュウは答えの出ない難問に頭を抱えた。

 机の上に広げてある問題集は、全て、答がある。少し頭を捻れば、あるいは先生に聞けば必ず出る答えだ。しかし人生はこんな単純なものではない、リュウはそれを思い知らされて再び溜め息を吐いた。


 翌朝、リョウは遅くまでシュンと何やらレコーディングに励んでいたらしく、なかなか起きてはこなかった。

 「リョウ、帰国してすぅぐレコーディングなんて始めて。」とは言いつつ、顔は決して糾弾するそれではない。尊敬と慈愛に溢れた眼差し。リュウはそれを眩し気に見詰めながらミリアと朝食を食べ終えると、インターフォンが鳴った。

 「まあ、まあ、どなた。」リョウが帰って来てからというものの、頗る上機嫌なミリアはパタパタとスリッパの音を立てて玄関に出て行く。

 「ミリアさん、こんにちは!」聞き間違えようのない声であった。「リョウさん帰って来たんですよね?」美都である。

 慌ててリュウも飛び出して行った。「リョウはまだ寝てるよ。」

 「ああ、そうなの。」大してめげもせずに美都は大きな包みを差し出した。「これ、もしよかったら皆さんで食べてください。おばあちゃんと一緒に作ったドーナッツ。」

 「まあ、ドーナッツ! 美桜ちゃんのママのお菓子はとっても美味しいのよねえ。さあ、美都ちゃん、上がって上がって。」

 「リョウさん、元気ですか?」

 「元気だわよう。昨日はね、夜中までレコーディング。ツアーで疲れてるでしょうに、音楽のことだと全然疲れないみたいなの。」ミリアはドーナツの箱を受け取り、戸棚からティーカップを取り出して、お気に入りのフレーバーティーを淹れ始める。

 「リョウさん、しばらくはこっちにいられるんですか?」

 「ううん、そうは言ってるけれど、どうかしらねえ。」ミリアはくすぐったいように微笑んだ。「起きてくるなり、明日からヨーロッパに行くことになった、なんてこともあったし。何言われたってもう驚かないわよう。」

 「そんなのダメだろ!」リュウは厳しく怒鳴った。「もう一か月も家族を放ったらかしにしてるんだから、ちょっとは家族サービスさせないと。」

 「でもリョウは、ギタリストなんだもの。世界一のヘヴィメタルギタリストよ。」

 「その前にミリアの夫で、僕の父親だ。」

 鼻息荒く発したリュウの前に、湯気立つ紅茶を置く。続いて美都の前にも。

 「リュウは甘えたいのよ。」美都が鼻を鳴らして言った。

 「違うよ! ミリアが可哀想だから。放ったらかしにされて。」

 「だってミリアさんは、そんなこと言ってないもん。」

 「ミリアは我慢強いだけだ。泣き言は言わない主義なんだ。」リュウは拗ねたようにティーカップに口づけた。

 「おいおい、随分朝から賑やかだな。」と、リョウが頭を掻き、掻き、スウェット姿で起きて来る。

 「リョウさん、おはようございます。」

 「おお、美都ちゃん、来てたんか。まずかったな、こんな格好じゃあ。」

 「お構いなく。リョウさん、ツアーどうでした? 大変でした?」

 リョウはどっかとソファに腰を下ろし、そこにいた白を持ち上げて撫でてやる。「まあ、大変っちゃあ大変だけど、何でも順風満帆じゃあつまんねえからな。トラブルはつきものだ。まあ、いいスパイスって所かな。」

 「リョウは電話も寄越さないんだ。」

 「くれたわよねえ、三回。」ミリアは台所から言った。リョウの朝食のために、パンをトーストし始める。

 「たったの三回じゃあダメだ! もっともっと、まいんちくれないと。」

 「済まねえなあ。」リョウは欠伸をしながら言った。白が手の中からするりと逃げ出す。

 「全然反省してないだろ!」

 「リュウ、最近怒りっぽくない? 牛乳飲んでる?」美都が心配そうに顔を見詰めた。

 「毎朝飲んでる!」リュウはがちゃりとティーカップを置いて、リビングを出で行った。

 「リュウ、学校でもああなの? 何だかリョウが帰って来てから、怒りっぽくて。」ミリアが問い掛ける。

 「学校では全然怒ったりしないですよ。勉強ができて、優等生で。きっとおうちにいると、甘えたくなっちゃうんじゃあないんですか?」

 「まあ、他所様に迷惑かけてねえっつうなら問題ねえよ。それにレコーディングも頑張ってるしな。昨日あいつのエンジニアから電話あって、相当入れ込んでるっつう話だったかんな。今日からは俺も参加するしな。楽しみだ。」

 「リョウさんは今まで、リュウのCD作るの、手伝ってあげてないんですか?」

 リョウは苦笑すると、「手助けが必要なら、するつもりだったけど。」と呟くように言った。

 「そうじゃなかったってことですか?」

 「まあ。そうだろうな。ツアー中に来たメール、悲壮感も焦燥感も何もなかったしな。まあ、昨日の夜初めて泣き言言われたけど……。」リョウは微笑みながら、出されたコーヒーを啜った。「お、旨いな。……そうそう、あいつが今回形にしなきゃなんねえものはね、自分自身の限界を破った所にあるんだ。……真剣に自分の内面と向き合って、自分のダメなところも厭なところも全部ひっくるめて厭っつう程凝視してな。そりゃあ残酷なもんなんだけど、でも音楽家っつうものはそうやって作品を世に出していくしかねえんだ。」

 美都は盛んに目を瞬かせてリョウの話を聞いていた。「そう、なんですか。……厳しいんですね。」

 「自分を抉って抉って、作ってくんだよ。」リョウは楽し気とも見える笑みで答えた。

 美都は暫くぼうっとしてリョウの横顔を眺めていたが、少し悔しげな顔をしながら立ち上がった。「そうだ。リュウに勉強教えてもらおうと思ってたんだ。ちょっと、部屋に行ってきます。」そうしてリビングを出て行った。

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