表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
8/39

至上

ドアを開けると、「いよう。」と片手を挙げ、そこに佇んでいたのはシュンである。

「おお、どうしたよ!」リョウはシュンの肩を叩いた。

「だって今日帰国だっつってたじゃねえか。だから例の新曲聴かして貰おうと思ってよお。ツアー中作ってんだろ? バンドの新曲。」

 「おお、おお、そうだ。入れよ。」リョウはそう言ってスタジオのある奥へと歩み出した。リビングからミリアの喚き声がする。

 「おい、……どうしたんだ?」シュンが顔を顰めて言った。「夫婦喧嘩でもしてたんか? 珍しいな。」

 「い、いやあ、何でもねえんだ。何でも。」

 ガタン、とリビングの扉が開いた。リュウが真っ赤に染めた顔を出す。「ミリアに謝れよ!」そしてシュンに気付いて、慌てて「……あ、シュンさん。こんばんは。」と俯いた。

 「おお、久しぶり。どうした、ミリアとなんかあったんか。」

 「酷いんですよ。」リュウは新たな仲間を獲得せんとばかりに、リョウを睨んだ。「リョウがね、ミリアに浮気したんじゃないかなんて、とんでもないこと言って!」

 「否、言ってねえし。」リョウは渋々リビングに戻って行くと、テーブルに突っ伏しているミリアの肩にそっと腕を伸ばし、「悪かった、悪かった。でも俺、お前が他の男に興味ねえって知ってっから。本当に。」

 ミリアは涙に濡れた顔を上げる。「リュウちゃんはリョウの子なの。リュウちゃんが一人だけ賢いのは、今思い出したんだけど、きっとジュンヤパパのパパに似てんの。ジュンヤパパのパパは政治家で、とっても頭良かったっておばあちゃん、言ってたから。」少々冷静さを取り戻しつつ、しかしぐす、ぐす、と鼻をすすりながら言った。

 「何お前、リュウが賢過ぎて自分の種じゃねえって思い始めたの。」シュンが身も蓋もないことを言って哄笑した。

 「思ってねえよ!」慌てて否定した。

 「でもたしかにリュウは凄いよなあ。ギター弾いて、ライブやって、そんでまいんち飽きもせず学校通って、優等生もやってんだもんなあ。通信簿オール5だぞ、オール5。そんなのあり得んのかっつう次元だよ。人非人だったリョウの子としちゃあ、たしかに上出来中の上出来だ。」

 「そうそう。俺も褒め言葉としてな、リュウが頭いいっつっただけなんだよ。ほら、トンビが鷹、みてえなノリでさ。だって学校で一番なんだとよ? 一番。凄いだろ。俺らだって、ほら、初めて国内メタルCD売上数で月間一位とか取った時はよお、飛び上がるぐれえ嬉しかったもんだろ。一番っつうモンは何だって凄ぇんだよ。」リョウは助けを得たとばかりに、シュンの肩を摑んだ。

 「そんなんじゃ……。」リュウはさすがに下を向いて言った。

 「でもミリアが他の男に色目使ったり、リョウが他の女にちょっかいかけたりなんざ、この世が終わってもあり得ねえから、安心しろ。」シュンが優しくリュウに語り掛ける。

 「違うんです。」きっぱりとリュウは言った。「僕、……何かで読んだんです。浮気を疑う人は自分が浮気をしているから、人も自分と同じで怪しく見えるんだって。リョウは、……」じろりと睨む。「グルーピーなんていうものを引き連れてるバンドと一緒にツアーをやってきたから、そんな下品な女の人とイチャイチャしてるんじゃないかって、不安で。だってミリアは毎日毎日リョウの帰りを待ってるっていうのに、そんなのって酷いじゃあないですか。」

 「何お前、そんなこと考えてたんか。」リョウは呆気に取られた。

 「ああ、たしかにたしかに。」シュンが腕組みをしながら勝手に肯く。「あのバンドは若い頃は相当酷かったっつう話だったよなあ。グルーピー専用バスを率いてツアーやってただの、マリファナの売人ステージ下で待機させてライブやってただの、ろくでもねえ話ばっか。」

 リュウの顔が引き攣る。

 「あのな! 五十過ぎたらんなことしてらんねえからな! その、……体力的にも。」

 「本当か?」リュウが渋面作ってリョウに迫った。

 「あ、ああ、ああ。誓ってもいいが、グルーピーもマリファナも一切無縁だ。絶対だ。」

 リュウの顔がみるみる弛緩していく。「……良かったぁ。」

 「ああ、ああ。」

 リュウが拳で瞼を拭おうとしたので、リョウはそのままリュウを抱き締めた。「お前、一体何考えてんだよ。」

 「だって、だって、……」リュウはやはり赤くなった目をひたとリョウに向けて言った。「リョウの入ったバンドの噂、ネットで探せば探す程、酷いんだもん。ミリアは毎日楽しみに帰りを待ってるし。ミリアが泣いたら、可哀想じゃあないか。」

 「まあ、そりゃそうだけどリョウは何だかんだ言って、基本、昔っからミリアの言いなりだからな。結婚したのも、そうだ。」

 リュウは目を見開いた。「ミリアの言いなりになったから、結婚したのか?」

 「い、いい、いいや、そう言うとちっと語弊があるが……。」シュンは慌て出す。

 しかしそこに落ち着き払ってミリアが言った。「そうなの。私が結婚式を内緒で準備して、リョウを呼びつけたんだわ。リョウはでも、もう私ドレス着てたし、お客さんも大勢いたから断れなかったの。だから、リョウってばバイクで式場来たまんま、革ジャンに迷彩パンツで結婚式を挙げたんだから。」

 「ええ!」リュウは両頬を押さえて目を瞬かせた。「だから結婚式の写真、リョウだけ普段着だったの?」

 「まあ、着るモンなんてどうだっていいだろ。人間中身が大事だ。」リョウはなぜだか威張って言った。

 「リュウ、こんな冗談みてえな話だけど、一切嘘はねえぞ。何せ俺も結婚式に呼ばれたかんな。証人だ、証人。」シュンは胸を張って答えた。

 リュウはふと、区役所で見た戸籍謄本が脳裏に浮かんで項垂れた。――結婚式を挙げながら、そして多数の友人も呼びながら、そして実際に長年連れ添いながら、結婚届を出せない理由なんてあるのだろうか。リュウはますます混迷に呑み込まれていくこととなった。

 「だからよ、そんな一人で思い悩むなって。リョウはこう見えてミリア至上主義なんだよ、ミリアが臨むことは何でもしてやる、慈愛に溢れた夫なの。だからリュウは安心してギターでも勉強でも頑張んな。セカンドも期待してっから。またベース必要なら幾らだって入れるぜ。」シュンはリュウの肩をぽんと叩いて、「じゃ、リョウ、曲聴かしてくれよ。ツアー中作った曲をよお。」

 「あ、そうだそうだ。じゃあ、こっち来てくれ。」

 二人は大きな背中を見せながらレコーディングルームへと向かっていった。リュウはほっと安堵の溜め息を吐いて、ミリアを見詰め微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ