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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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愛憎

 ここまでリョウの対応を不満に思うのには、理由があった。それは今リョウがかかわっているバンドのことである。何でも四半世紀を超える長い歴史を有しているベテランのバンドらしいのだが、彼等に関する噂が頗る、悪い。グルーピーを十数人も引き連れてツアーをしていただの、特にボーカルは十代の女の子を何人も取り巻きにしていただの、他にもドラッグだのアルコールだの、とてもではないがリョウとは関わってほしくない連中ばかりなのである。バンドのメンバーもリョウも五十歳を超えているのだから、今はだいぶ落ち着いているのだろうが、かつてそういう噂が絶えなかったバンドであるだけ、リュウは心配でならない。

 万が一にも、リョウが浮気なぞしたものなら……、自分はどうなるかわからないとリュウは思う。あんなにもリョウを愛しているミリアを泣かせたりしたら……、大暴れに暴れてやる。反抗期と言う特権を盾にしてこの世の終わりもかくやとばかりに、暴れてやる。屈強なリョウ相手だろうが何だろうが、やってやる。リュウは物々しい決意を胸に帰宅した。


 「ただいま。」

 玄関の扉を開けた途端、リビングの方から何やら音楽が聴こえて来る。それが何であるかはすぐにわかった。――リョウが今ヘルプで入っているバンドの曲だ。リュウはまたミリアがリョウのことを考えているのだと思いながら、リビングへと入って行った。胸中を過るのは恥ずかしさとも悔しさともつかぬ感情。

 「あら、おかえりなさい。」

 ミリアは台所で朝とそのまま同じように料理をしている所だった。足元には老猫の白がミリアの足首に頬を擦りつけている。

 「今日、一日料理してたの?」

 ミリアはくすくす笑って、「朝からずーっとお料理している訳じゃあないわよう。今日は、お洗濯してお掃除して、それから美桜ちゃんと駅前の『ロンド』にお茶にも行ったし。それから白ちゃんの予防接種にも行ったわねえ。ねえ、白ちゃん。」

 「にゃあん。」

 「でも、……朝とおんなじじゃん。」リュウはどうしようもなく不満げに呟くと、「今日、リョウ何時に帰ってくんのかな?」と訊いた。

 「飛行機はね、六時に着くって。だから、そのまますぐ帰ってくれば、……七時頃かな。今日は特別美味しい夕飯作らなくちゃ。パーティーだもの。」

 「ミリアのご飯はいつだって美味しいよ。」

 「まあ。」ミリアは大袈裟に両手を頬に充てにっこりと微笑むと、「ありがとう、リュウちゃん。」と言った。

 「ちゃん付けはやめてくれって言ってるだろ。もう、中学生なんだからさ。」

 ミリアは知らんぷりをして、思い出したように「でも、リュウちゃんがお腹にいるってわかった時から、ずっとリュウちゃんって呼んでるんだもん。」と、言い訳にしてはあまりに楽し気に、鼻歌を歌いながら言った。相変わらずあの、変な歌。

 そうしてミリアは再び鍋の蓋を持ち上げ中を覗き込んだ。見なくてもわかる。リョウの大好物のローストビーフだ。それから同じくリョウが大好きなコーンビーフも付けて。リョウがツアーから帰って来た日はいつもこのメニューだった。リョウの一番喜ぶ顔を見たいから。ミリアはいつの日か、照れもせずそう言ったことがある。

 ともかく、これだけ楽しみに待っているのだからリョウよ、七時より前に絶対に帰ってこい。そうでなければ多感なる絶賛反抗期の中学生だ。どこまでだって暴れてやる、中学生をなめるなよ、とそうリュウは固く決意した。


 果たして、リュウの決意は決行されずに済んだ。七時より十分も前に慣れ親しんだバイクの音が、庭で、止まった。

 テーブルに皿を並べていたミリアが大仰なぐらいにぴたり、と動きを止める。エンジンが停まり、無言で耳を澄ませている内に玄関を開ける音がした。ミリアは気の毒なくらい体を硬直させている。リビングの扉が、開かれた。ミリアは脱兎のごとく駆け出した。リュウも後を追う。そこにリョウがいた。あたかもヒーローの登場の如く、堂々と。諸手を広げて。

 「帰って来たぞ!」リョウは満面の笑みで叫んだ。でも、そんなことは言われなくとも、見ればわかるのである。しかしミリアは歓声を上げてリョウに飛び付き、そのまましっかと抱き付いた。「キャー! おかえりなさい! おかえりなさい!」白もにゃあんと言いながらリョウの足元にすり付く。

 「あっははは! ミリアもリュウも白も皆元気にしてたか?」

 「元気よ、元気。一等元気。」ミリアは必死に答える。

 リョウはリュウにお前はどうだ、と言わんばかりに微笑みかける。

 「僕も、……元気。」遠慮がちに瞬きを繰り返す。心の中を覆っていた不満や嫉妬が一気に雲散霧消していく。

 「そりゃあよかった。よかった。俺もお蔭さんでな、まいんち絶好調でライブかましてやったぜ。」

 「良かった。」リュウは涙ぐみながら答える。

 「……っていうか、おい。旨そうな匂いしてんな。入っていいか。」

 「いいのよ! 断然いいの!」

 リョウはミリアを抱き上げたままリビングに入り、ずらりと豪華な食事の並んだテーブルを見て瞠目する。「誰の誕生日パーティーだ、こりゃあ。」

 「リョウが帰って来ておめでとうパーティーだわよう!」

 「こ、これはね!」リュウが慌てて叫んだ。「ミリアが朝早起きしてせっせと作ったものなんだ。ミリアはカレンダーにまいんちバツ付けて毎日毎日、リョウが帰ってくるのを待ってたんだ。だから、大事に食べなきゃダメだ!」

 「おお、そうなんか。」リョウはミリアの顔を覗き込むと、その照れたような顔を真正面にして見据えた。「大変だったな、ありがとうな、ミリア。」そのまま抱きしめる。

 ミリアはもうその一言で、全てが報われたと言わんばかりの、いかにも幸福そうな笑みを浮かべる。

 「だってねえ、ヨーロッパは随分遠いものねえ、そんな所に二か月も行ってギター弾いて帰ってくるんだから、今日はパーティーだわよう。」

 リュウはとりあえず言うべきことは言えたと安堵の溜め息を漏らす。

 「そうなんか。嬉しいなあ。」

 「じゃあ、食べましょう。準備するわね。」ミリアはひらりと身を翻し、すたとんと飛び降りると、再び台所へと姿を消した。

 しかしリュウはどこか不満げである。

 「リョウ。」こそりと耳元に囁く。「ミリアにお土産、ないの。」

 「土産?」

 「そうだよ。土産。」

 「まあ、なくはねえかな。Tシャツとか、CDとか、ツアーで対バンした連中のな。」

 「ダメじゃないか!」リュウは目を丸くして怒鳴った。「Tシャツとか、ステッカーとか、バッチとか、そういうのじゃあダメなんだよ! 女の人にあげるんだから! 指輪とかネックレスとかそういうのなんだよ! 前言ったじゃん! 何で人の話を何で聞かないんだ! ミリアは毎日楽しみに待ってたんだぞ!」リュウは大袈裟なぐらいに憤り、頭を抱えた。「酷い夫だ! 離婚されるぞ!」

 実の息子に「酷い夫」との烙印を押され、さすがのリョウも落胆した。「そ、そう、だったな……。あっちで対バンやったバンドのグッズで、キャップとキーホルダーも貰ったんだが、……それもダメ、だよな。」

 リュウは遂にリョウの背を打った。「だからそういうんじゃあ、ないんだよ!」リュウは地団太を踏む。「アクセサリーとか、バッグとか、そういうのだよ! 何でわかんないんだ?」

 リョウは不審げにリュウを見上げ、「……お前、彼女でもできたんか?」眉を潜めて尋ねた。

 「何言ってるんだ! 普通、普通、女の人にプレゼントするって、CDだのバンドTシャツだのじゃあないだろう? 一体リョウは何を考えてるんだ! あんなにミリアは毎日楽しみに待っていたのに!」

 「まさか、……美都ちゃんか?」

 「バカじゃないのか!」リュウは話の合わなさに呆れ果て、リビングを荒々しく出て行く。

 そこにミリアがお盆を携えて戻って来た。

 「なあに? 帰ってきたばかりなのに、もうケンカ?」

 「否、……ケンカっつうか、何つうか。」リョウは口籠った。「あいつ、最近彼女でもできた?」

 「ううん、わからないけど……。美都ちゃんとは毎日仲良く一緒に学校行っているわよう。」

 「ほお。思春期っつうやつか。」リョウはそう勝手に納得して肯くとミリアの持ってきた盆を受け取り、「旨そうだな。やっぱミリアの飯が世界一だかんな。」と言ってミリアを座らせると、茶碗をテーブルに並べ「いただきます。」と食べ始めた。

 「旨ぇな!」リョウは即座に感嘆の声を上げる。「海外から帰って来ると、ミリアの飯の巧さが余計に際立ってしょうがねえよ。」

 ミリアはさも嬉し気に、頬杖ついてリョウを見詰める。

 「まあ、俺らはライブやりに行ってるわけで、旨い飯食いに行ってるわけじゃねえからよお、あんま、んなことでグチグチいうのはよかねえが。でもやっぱ、日本……つうか、ミリアの飯が最強だよなあ。メタルでいやあ、世界有数のヴァッケン常連バンドって感じだ。」

 「ありがと。」褒め言葉だかなんだかよくわからない言葉を、それでも嬉しそうにミリアは受け止める。

 「長い間留守して悪かったな。しばらくは、うちにいっから。」

 「うん。」

 「……俺が留守してた間、なんか困ったこと、あった?」

 「ううん。何もないわよう。」ミリアは小さく首を振る。「リュウちゃんはいい子だし。美桜ちゃんはいつも仲良くしてくれるし。」

 「そっか。良かった。……そうだ。」リョウは立ち上がり、旅行鞄を漁ってCDを取り出す。「これな、一緒に対バンやった奴等のCD。結構かっけーんだ。んで、……こっちが」更に黒いTシャツを引っ張り出し、「俺のやってきたバンドのな、ライブ会場でしか手に入んねえ、限定Tシャツ。お前用にSサイズ貰って来た。それから、キャップだろ、キーホルダーだろ。」

 「まあ、ありがとう。」ミリアはそれらを大切そうに抱き締める。リョウはしかしふと頭を掻き、「こんなんで悪いぃな。……今度、その……ネックレスとかそういうの、買ってくっから。」と済まなそうに呟いた。

 「ネックレス?」

 「リュウがそう言うんだもんよお。でもそうだよなあ。妻に土産渡すのに普通、そういうんだよなあ。」リョウは頭を抱え出す。

 「うふふふ。リョウが元気で帰って来てくれるのが一番嬉しいのよう。他にはなーんも、いんないんだから。」ミリアはそれよりもリュウがそんなことを言い出したのがおかしくてならない。もしかしたら心密かに美都にそんなものをくれてやりたいと考えているのかもしれないと思えば、少し小遣いも余分にあげてみようかという気にもなる。

 「あ。」リョウは頭を上げて「あいつのレコーディングどうなってる?」

 ミリアはさあ、と首を傾げた。「あんまりね、口出ししないの。リュウちゃんはリュウちゃんなりに、一生懸命考えて曲作りしてるみたいだから。ミリアは美味しいご飯を作るだけだわよう。」

 「……そうか。ちっと飯食ったら話してくっかな。」リョウはそう言ってミリアと共に久方ぶりの団欒をし夕飯を食べ終えると、リュウの部屋へと向かった。

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