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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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思慕

 ずっとずっと自分にとって、リョウは唯一無二のヒーローだった。神様みたいな存在、と言っても過言では無いかもしれない。リョウのギターはこの世の者とは思われない程メロディアスで美しく、それでいて暴虐で凄まじい圧倒感があった。そして一緒にスタジオに入る誰からも慕われていて、尊敬されていて、ミリアからも物凄く愛されていて、リュウはずっとリョウは完璧な世界一のヒーローだと思っていた。

 自分もリョウに少しでも近付きたいと思うからこそ、ギターの練習にも励んだ。自宅で練習をしていると、リョウがいつも付き合ってくれた。自分のメロディに合わせてハモリをやってくれたり、伴奏をやってくれたり、また、何かにつまずいているとその原因から懇切丁寧に優しく教えてくれた。その時間は何にも代えがたいと思っていた。だのに、いつからだろう。そこに不満、でもなく、嫉妬、でもなく、自分はリョウとは違うんだとばかりに全く違う方向へと進もうともがきたがる、そんな妙な心境を培わせてきたのは……。

 あれは、リョウの知り合いのレコード会社の人に声を掛けられ、デビューアルバムを作っている時だった。

 リョウと一緒に弾きたいのに、リョウに教えて貰いたいのに、リョウはちょうどその頃、アメリカに二カ月にも及ぶツアーに出て行ってしまったのだ。向こうのスラッシュメタルバンドからお声がかかって。ツアーが決まった矢先、そこのギタリストが事故死をしてしまったという極めて悲惨な状況で、更にはそのギタリストが生前リョウのプレイに心酔していたということでリョウに声がかかり、リョウは躊躇も相談もなく勝手に決めて行ってしまった。自分のアルバムを作る、その手伝いをして貰いたかったのに。ブックレットの最後に「Special thanks to My Father RYO!」と入れる、ただそればかりを思って受けたデビューアルバムの話であったのに。

 でもそんなことはとてもではないが言い出せなかった。ミリアだって寂しいのに、「頑張ってきてね」などと健気な笑みを向けているのである。それさえも気づいているのか気付いていないのだか、さっさとキャリーバッグに荷物を詰め込んでギターケースを肩に掛けたリョウに、言い出せるわけがなかった。もうリュウはその時小学校六年生になったばかりであった。

 「お前もレコ頑張れよ。俺も頑張ってくっから。」

 別れの朝、玄関先でリョウが笑顔で言い放ったその一言によって、リュウは打ちのめされた。完全に突き放されたと感じた。もう、頼れないんだ。甘えられないんだ。そんな衝撃で、立っているのもやっとなぐらいだった。

 「リュウちゃん?」異変を感じたミリアが、でも笑顔でリュウの顔を覗き見る。

 リュウは頭を必死に巡らし、睨むようにしてリョウを見上げた。「……僕は、最高のCDを作る。」

 リョウの顔が、何の疑念も持たない顔が、ぱっと輝くような笑顔になる。リョウは勢いよくリュウを抱き締めた。

 「うわ!」

 「おお! おお! 頼もしい奴だな! さすが俺の子だ! マジで本気で楽しみにしてるかんな! 最高の曲聴かせてくれよ?」

 「……うん。」

 「ほら、レコード会社の担当に言えば、海外に音源送るのも簡単だから、途中でも何でも向こう送ってくれよな? 俺、最高に楽しみにしてっから! 何せリュウの初めてのCDだもんなあ! 楽しみ過ぎんだろ!」

 しかしリュウの胸中では、猛烈な嵐が吹き荒れていた。言葉にすればよかったのかもしれない。――行かないで、と。僕の初めてのCDを作るのに、傍にいてよ、と。一緒に弾いてよ、と。心配じゃないの? 僕は何もわからないんだから、レコーディングのこと、教えてよ。エンジニアなんかに任せないで、どうして父親なんだから自分がやるって、言ってくれないの? どうしてそんな、見も知らぬバンドのために海の向こうなんかに行ってしまうの。僕がようやく、本当のギタリストになれるっていうタイミングで。ミリアも、行かないでって言ってよ。リョウが行っちゃうと誰よりも寂しい顔をする癖に。どうしてそんな笑顔で立っているんだよ。

 「楽しみに、してて。」全てを押し留めて発したリュウの声は、だから微かに震えていた。

 しかし幸福な両親は、それを別れの悲しみによるものと思って疑わないのである。リュウはそれすらも、我慢ならなかった。だからリョウが最後にミリアを抱き締めて、背中を摩り、最後にもう一度笑顔を向けて玄関を出て行った途端、リュウは自室へと戻ったのである。

 リュウはただただ、やみくもにギターを弾いた。何も他に考えられなくなる程、没頭した。リョウに思いを届けるためには音しかない。ギターしかない。自分の思いを表現するには、たしかにこれしかないのだ。リュウがまた一歩、ギターに近づいた瞬間だった。

 「行っちゃったわねえ。」

 知らない間にミリアが、リュウの部屋の扉を開けていた。壁に身を持たせかけながら、悲し気に微笑んでいた。

 「ミリア……。」ギターで暫く思いを吐露した後からか、リュウは不思議と素直になれた。「リョウがいなくなったら寂しいって、何で言わないの? どうして、行かないでって、言わないの?」

 ミリアは笑顔のまま目を丸くする。「え。」

 「だって、ミリアはリョウのことが大好きじゃないか。二か月も会えないのはイヤじゃないの?」

 ミリアは無言でリュウの隣に腰を下ろし、頭を撫でた。

 「私はリョウが大好きよ。会えないのは寂しい。」

 リュウはほら見たことか、と言わんばかりに口を尖らせた。

 「でもね、どんなリョウが一番好きかっていうとね、ギター弾いてるリョウ、歌ってるリョウ、曲作ってるリョウ、ステージ立ってるリョウ、……つまり、音楽をやってるリョウが一等好きなの。音楽やってるリョウがこの世で一番輝いているの、知ってるでしょ? だからリョウから音楽を奪うことは絶対したくない。」

 リュウはそう言って悪戯っぽく笑うミリアの顔を、でも少し不満げにじっと見つめていた。

 「リュウちゃんが今度リョウがびっくりするようなCD作ったら、リュウちゃんの傍にいて一緒に制作できなかったこと後悔するかも。ああ、日本にいればよかったって、息子のファーストアルバムに参加できなかったの、悔しいって。そんな顔もちょっと、見てみたいかも。」

 リュウははっとなった。ミリアは全て自分の思いに気付いていた。気付いていたところではない。知悉、していた。

 リュウは最高のアルバムを作ろう。リョウが驚くような、ミリアの言うよう、制作にかかわれなかったことを後悔するような――。

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