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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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復帰

 「ねえねえ。凄い人ね。」美都がリュウの耳に口を寄せて言う。それはそのはずだ。今日はミリア復帰のライブである。それもリョウとミリアの希望で、多数のキャパを誇るホールではなく、昔から出続けていたライブハウスでのライブなのである。その結果チケットは無論完売。本当にミリアが出るのかという問い合わせの電話が、事務所には絶えなかったという。

 「ねえねえ、この辺だったら大丈夫?」美都は心配そうに、窮屈になってきた周囲を眺め回した。デスメタルのライブなんぞは初めてなのである。

 「大丈夫だよ。」リュウは何でもなさそうに答えた。「真ん中あたりだとモッシュが起きてちょっと危ないけど。」

 リュウと美都は客席後方の物販の隣で、じっとざわめく客席を見詰めていた。

 「あ、そうだ、これ。」そう言ってリュウは耳栓を差し出す。「耳がキーンってなるからね。」

 「ありがと。」

 美都は耳栓をしっかり締める。

 「始まってからで大丈夫だよ。」と呆れられ、「そっか。」と照れながら再び外す。

 「おばさん、夜遅いのによくライブ許してくれたね。」

 「だってリョウさんとミリアさんのライブだもん。それから高校合格のお祝いだって言って。」

 美都も無事に都内の女子高に合格を果たしていた。

 「そっか。」

 「よくJ女子に受かったって、ママったら私以上に大喜びしてるんだから。リュウ君にくっ付いて行って塾行ったからだって、リュウに滅茶苦茶感謝してた。」そう言って美都はクスクスと笑う。

 「そんな。……美都が頑張ったからだろ。」

 美都は頬を綻ばせて、「リュウも、リョウさんのことで大変だったのに凄いね。流石だよね。」と言った。

 「リョウのことよりもさ、ミリアがどうにかなっちゃうんじゃあないかって、そっちの方が心配だった。」

 美都はリュウの顔を見詰める。リュウは遠くステージを見詰めながら、呟くように続けた。

 「だから、行方不明になってる時はミリアのために、絶対に見つかってくれって、それしか考えられなかった。悲しいとか、辛いとかよりも。」

 「……そう、だったんだ。」昔からリュウにはそういう所があったのを、美都は思い出す。すなわち、自分の感情を置いてけぼりにして周囲のことを配慮してしまうような。でも後になってそれを思い出し、自分の思いを曲にするのだ。

 「無事に見つかった時にはさ、もう絶対離れてくれるなって思ったよ。一日も半日もね。ミリアがこんなになるのは、とても見ちゃいられないからさ、もう、自分の世話とかそんなことは考えなくていいから、ずっとリョウと一緒にいてくれって、だから、そう、言ったんだ。」

 「……じゃあ、リュウがミリアさんの復帰を後押ししたの?」

 「……まあ、ミリア自身ずっとギターは弾き続けてたから、俺が言わなくてもそうなったとは思うんだけどね。タイミングは早めたかもしれないな。」悪戯っぽく笑った。

 「親孝行だなあ。」美都はそう言って微笑んだ。

 「違うよ、ミリアを見てれば誰でも自然とそう言うって。リョウのことがさ、滅茶苦茶大好きなんだから。」

 「……いいなあ。私にもいつかそんな人が現れるかなあ。」美都は独り言のように言った。

 するとその時、それまで静かに流れていたSEの音量が一気に上がると同時に、客席が暗転した。スモークの焚かれたステージに明かりが灯る。Last Rebellionのバックドロップがおどろおどろし気に浮かび上がった。既に客席前方では「Oi! Oi! Oi!」と力強い掛け声が始まっていく。

 そこに真っ先に現れたのは、アキであった。スティックを持った右手を高々と掲げながら、ステージ中央に進み出、そしてドラムセットの奥に座る。続けてシュン。ステージを駆け巡りながら客席を呷り、ローディーにベースを掛けられる。そして次に出てきたのは、一人ではなかった。――ミリアの肩を抱き、リョウが共に出てきた。客席からは感極まった絶叫が轟いた。ミリアはさも嬉し気な笑みを浮かべながら、ゆっくり、ステージ中央でリョウの腕の中から名残惜し気に離れると、ギターを、初めてLast Rebellionのステージに立った時から使い続けている赤のFlying Vを肩に掛けられ、期待と愛情のこもった眼差しで、ステージ中央に聳え立つかのように立っているリョウを見詰めていた。

 美都は耳栓を握りしめたまま、涙ぐんだ眼でじっとステージを見詰めていた。

 ギターを掛けられたリョウは客席を満面の笑みで見渡しながら、くるりと身を翻し、おそらくはアキにスタートの合図でもしたのであろう。アキは高々と両方のスティックを掲げると、即座に落雷の如き凄まじいドラミングを始めた。三人のベースとギターが、そこに物語を紡ぎ出して行く。

 --ああ、これだ。これを待っていたのだ。

 リュウはその確信に身を震わせ、頬に一筋の涙を零した。幼馴染の少女に見られるであろうことを恥じるだとかの、そんな余裕はなかった。それよりも、これからこの光景が幾度となく繰り返されて行くのだという期待に、苦しくなる程の幸福感を覚えた。

 リョウとミリアはあそこにいるべきであるし、それはもうずっと途方もない程の昔から決まっていたことなのだ。いうならば、運命。だからこれだけの自他共の幸福を生み出せるのだ。

 リュウはリョウとミリアの全く同一の、呼吸さえ僅かにも違えぬリフに身を委ねながら、必然的奇跡の紡ぐ物語の世界へと没入していった。

今夏、西日本豪雨で被害に遭われた方が、一日も早く平穏な日常を取り戻されることをお祈りしております。また、お亡くなりになられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。

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― 新着の感想 ―
Ⅰ〜Ⅵ もう何回読み直したろうか? たんびに涙が出て困る。 ...だいぶ時間が経つが、続きが読みたいものだ。 如何でしょうか?mariaさん。
[良い点] あなたの書く物語がすごく好きです。 これからも書いて下さい(_ _) [一言] 続きが読みたいです!無責任ですが、本当に読みたいのでお願い致します(_ _)
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