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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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受験

 本格的な冬が到来し、例年に比べては質素な年末、年始を迎え、いよいよリュウの受験の日がやって来た。

 ミリアは朝からリュウの好物である中華風の弁当をやたら本格的な手順で拵え、リョウは何故だか早朝からリビングにアンプを持ってきて、これまた本格的にギターを弾いた。リョウなりの激励は辛うじて、リュウ本人には伝わったようである。どうして早朝からギターを弾いているのか首を傾げるミリアを他所に、リュウはリビングの食卓で、朝食を途中にしながら目を閉じてじっとリョウのギターを聴いている。

 「これはな、『凱歌』だ。まだ正式なタイトルはねえんだが、お前のな、今日までの努力の結晶だ。」

 「戦士を送り出す歌だね。ありがとう。」

 ミリアはリュウはなんて素直な子だろうと感心する。

 「結果がどうであれ、プロセスの方が長い。つうことは、プロセスの方が大事だっつうことだ。人生もプロセスだしな。で、お前は今日までやり切って来た。それをそのままそっくり出して来さえすればいいんだ。何も虚飾を張ることはねえ。んなのは、ただのエゴだ。」

 ミリアは一体リョウは何を言っているのだろうかと、キッチンに立ちながら訝った。

 「うん、わかってる。それしかできないし。」しかしリュウは類稀なる読解力ですぐに頷くと、目を開け、朝食のトーストを頬張った。半熟卵がとろりと零れそうになるのを慌てて吸い上げる。

 「一人に受け入れられなくてもな、世界が受け入れねえってことじゃあねえ。俺だってな、デスメタルなんざあやって世間の十中八九には受け入れられねえよ。否、もっとだな。99%ぐれえか。否、もっとだ。まあ、そんなことはどうだっていい。……でもほんの僅かな人間が、熱狂的に受け入れてくれている。俺はその場を死ぬ気んなって自分で創り上げて来た。それで最高の幸せを得ている。人生それでいいじゃねえか。」

 ミリアは、たしかに自分も人生においてリョウに大切に思ってもらう、それだけでどれだけの力が湧いてきたことだろうかと、ここで初めて納得をする。

 「うん、そうだね。」リュウは再び素直に頷く。

 ミリアはキッチンの時計を見て、「リュウちゃんそろそろ時間だわよう。遅刻しちゃあ大変。」と慌てて言った。

 「あ、本当だ。じゃあね、リョウ、ミリア、今まで色々とありがとう。行ってくるよ。」

 リュウはミリアの作った弁当を鞄の中に詰め込むと、慌てて席を立った。

 「あ、受験票持った? 上履きは?」

 「持った、持った!」もうそう言い終わる頃には玄関を出ているのである。

 「リュウちゃん、大丈夫かしら……。」窓越しに庭を走るリュウの後姿を眺めながら、ミリアは心配そうに呟いた。

 「大丈夫だろ。まあ、ダメなんつうことはねえな。まだ十五やそこいらなんだ。失敗したって失敗にはなんねえよ。幾らだってやり直しがきくんだからさ。」

 「そう。……リョウの子だもんね、強い子だもんね。」

 「癌になろうが、土砂崩れにぶっ潰されようが。」リョウは可笑し気に言い、ミリアも思わず噴き出した。


 清新な空気がリュウの頬を掠った。どれだけ今日の日を待ち望んだであろう。この数か月間、教師たちが危惧するような思い――すなわち、辛いであるとか、逃げたいであるとかの感情――は不思議となかった。

 唯一、辛かったのはリョウの身に大きな事故が起きたこと。でも今となって見れば、それを契機に家族であることが再確認されたのだ。自分の出自と、リョウとミリアの関係にかかわる――。そう考えればあの事故は必然であったし、平凡な生活を送っていれば、自分は今もただの両親に不信を抱きつつ、反抗期を迎えたばかりの子供に過ぎなかったし、ミリアも自分の人生を振り返り、自分のための人生を送ろうと決意することはなかったであろう。と考えればやはり、あの事故は(二度と同じことを繰り返すのは絶対にごめんであるが)あって然るべきであったと確信されるのである。

 リュウは、今頃リビングで自分の健闘を祈り、それから何やら話に花を咲かせているであろう二人の姿をまざまざと思い浮かび上がらせ、頬を緩めた。

 そして自然とこれからのことを考える。――ミリアは自分の受験がひと段落したら、ギターに専念するのだろう。リョウが昨晩、ミリア愛用のFlyng Vの弦の張替えをしていたことを、リュウは知っている。夜遅く、勉強の合間にトイレに降り立った際、自宅スタジオに灯りの点いているのを不審に思い覗き込んだら、嬉し気にFlyng Vの弦を張り替えるリョウの姿があったのだ。リョウもミリアと再びステージに立てるのが楽しみでならないのだ。それは、そうに違いない。ミリアはミリアにとってリョウが必要不可欠であると同じかあるいはそれ以上に、リョウにとってミリアは必要不可欠な存在なのだ。ミリアがいれば、それだけで場が華やぐ。空気が温かく流れる。幸せなことが起きる確信が生まれる。実際に、ミリアが作ったギターソロはリョウの曲に華を与え、完璧にしていた。きっとリョウだけでは絶望と強靭さだけに覆われたそれになる所、ミリアが手を加えることで、曲は多くの人の耳目に届く普遍性を獲得するのだ。

 リュウは電車を乗り継ぎ、やがてここ数か月の間一日たりとも、頭から離れることのなかった志望校の門に辿り着く。周囲には、自分と同じように学生服に身を包んだ受験生たちが、緊張に頬を固くしながらぞろぞろと門へと向かっている。リュウはふとその場に立ちすくんだ。なんだかこの景色を視界に焼き付けておきたい、そんな気がしたのである。

 目の前には歴史ある堅牢そうな校舎が、聳え立っていた。しかしなぜだかリュウにはそれが非常に温かなもののように見えた。あたかも自分を包み込んでくれるような……。リュウは自分の根拠のない前向きさに思わず小さく噴き出し、急ぎ足で校舎内へと入って行った。

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