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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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未来

 リョウが実際に自分で食事を摂れるようになり、脚の術後の経過も良好でリハビリに移行できると判断されたのは、それから一週間後のことであった。その間、他の病院に入院中の、比較的軽傷であった、リョウと共にツアーを回っていたバンドのメンバーもやってきて、互いに軽口を叩き合いながら(「その顔の傷は何だ。随分中途半場なタトゥーだな、もっといい彫り師を紹介するぞ」、「何で脚の骨なんざ折ってるんだ。エフェクターの踏み過ぎか。」等)それでも絶対にツアーを止めるなどという話は出ず、そればかりかまたツアーの際にはリョウにギターを依頼するからよろしく、ヨーロッパ、日本と回ったら次はアメリカだろうかアジアもいいななどと、そんな話ばかりをしているのに、リュウは苦笑するしかなかった。さすがリョウと気が合うだけのことはある。

 ミリアとリュウは病院近くのホテルに宿を取り、とにかくリョウが東京の病院へ移れるようになるまで、リョウの病室に足しげく通っていた。

 「お前さ、勉強は大丈夫なの。」ふと、突然そんなことをリョウが言い出した。

 「リョウが勉強のことを言うなんて、槍でも降るのか!」リュウは思わず叫ぶ。

 「否、だってお前が言ってたんじゃねえか。受験生だって。まいんち塾通いなんだって。」

 「リョウは何にもわかってないなあ! あのねえ、リョウが大変な目に遭ったってことは、ニュースでも大々的にやってんの。ヘヴィメタルバンドがツアー中に、台風被害に巻き込まれたって、ね。バンドのこと知らない人だって、日本国中がみんなみんな知ってる。だから学校の先生だって塾の先生だって、それから友達だって、みんなお父さんの所にいてあげてって、その一点張りだよ。」

 「そう、なんか。」肩を窄めて肯く。「……でも、ほら、俺もだいぶ経過良くなってきたしな。粥も自分で啜れたし、脚だって明日にも抜糸だっていう話だし。そろそろ俺に付きっ切りじゃなくっても大丈夫だかんな。」

 「良かったのねえ、本当に。」ミリアがうっとりと呟く。

 「勉強しねえと不安じゃねえか? ほら、リュウは行きてえ高校があるっつってたじゃねえか。馬鹿じゃ入れねえ所なんだろう?」

 「……正直言うとさ、勉強もしなきゃなって思ってる。駅前のデパート行って、そこの本屋さんで問題集と参考書、買ってこようかな。」

 「おう、そうしろそうしろ。先に東京帰ってもいいんだぞ。……つうか、社長たちが先帰るっつう時そう言ったじゃねえか。」

 「ダメだよ。」リュウはリョウを睨んだ。「家族なんだから。家族は一緒にいなくちゃ。」

 「そうなの。」ミリアもにっこりと首肯する。

 リョウは深々と溜め息を吐いて、「……悪かったな。心配させた、なんてもんじゃねえよな。」と呟いた。

 「そうだよ。ミリアは何にも食べなくなるし、泣いてばかしになるし、本当にリョウは病気だの事故だのをしちゃあダメだよ、絶対に。だからこれからはミリアとリョウは一緒にいるんだ。家でだってバンドでだって。」リュウはそう言い切ると、ふふ、と笑った。それがとても幸福なことのように思えたので。まるで物語の最後、めでたしめでたしとでも言いたくなるような、そんな幸福感を感じた。

 「そういえばさ、ライブ終わって、リョウは何しにあんな所走ってたの。」リュウははたと思い至って尋ねた。

 「……ああ。」リョウはまるで大昔のことを思い出すかのように、頭を捻った。「ありゃあな、旨い牡蠣食わしてくれる店があるって聞いて、そんなんじゃ、お前らとそれからツアー中世話んなった恒田さんにも食わしてやりてえなって思って。そんでメンバー連れて俺が運転して行ったんだ。日本で使える免許持ってんのは、俺しかいねえしな。まあ、台風っつっても、所詮雨風だしスピード落として行きゃあ大丈夫だろうって思って。まさか、あんな細い川が氾濫して、濁流で川沿い走ってる車押し流すとは思いもしなかったかんな。」

 ミリアは悲し気に眉根を寄せるとベッドに座り込み、リョウを抱き締める。

 「なのにこんなことになっちまって。」リョウはギプスに覆われた右脚を呆れたように眺めた。

 「生きててくれて、良かった。」ミリアはそう言ってそっと目を閉じ、リョウに身を凭せ掛けた。

 「県内では亡くなった人もいるし、まだ避難生活の人も大勢いるんだ。家が土砂崩れで押しつぶされたって人もいるし。リョウが生きててくれて、本当に、本当に、良かったよ。聞いたでしょ、もし川沿いに草木が茂ってなかったら、それからバンに緩衝材積んでなかったら、リョウの車はめっちゃくちゃになってたんだよ。海まで流されたかもしれないんだよ。そしたらリョウは……。」リュウはさすがにそこで言葉を噤んだ。

 「ああ、聞いたよ。あの状況でバンド全員が無事だったのは奇跡だってな。つまり、俺らが生かされたのには意味があるっつうことなんだろうよ。まだまだ、てめえの人生でやらなきゃいけねえことがあるって、思い知らせた気がする。」

 「ミリアの傍にいること。それからバンドを続けること。」リュウははっきりと言った。「リョウがやるべきことは。」

 「それからリュウの力になること。」リョウは即座に付け加える。「まあ、俺が力になってやれんのは、ギターと作曲のことだけだけどな。」

 リュウは照れ笑いを浮かべる。

 「心配かけて済まなかったな。東京戻っても暫くはリハビリ生活だから、もうちっと迷惑はかけることになると思うけど。」

 「……大丈夫。車いす用のタクシー用意して貰うから!」ミリアは意気揚々と言った。

 「お風呂で背中洗ってあげるよ。」リュウも笑顔で言った。

 「マジか……。」リョウは目を丸くすると、小さく噴き出してベッドに伏しているミリアと、それから手を伸ばしてリュウを抱き締めた。「俺にこんな家族ができるなんてなあ、思ってもなかった。本当にありがとう。」

 リュウはその言葉を聞きながら、自分がもはや「認知」の語に何のわだかまりも抱いていないことを確信した。リョウは自分の大切な父親である。ミリアは母親。そして二人は何よりも大切に思い合っている。リュウはリョウの腕の温かさに顔を埋め、ほんの少し涙を滲ませた。

 「これからはずーっと一緒なの。バンドでも。」ミリアが楽し気に言う。

 「ああ。そしてLast Rebellionで、ミリア復活ライブをかますんだよな。その頃にはリュウも高校生か。楽しみだな。」

 リュウはその景色を頭に思い描いてみた。金色に輝く熱いステージに両親が立ち、それを高校生になった自分が見上げているのだ。いつかそこに自分も加わることを夢見て。それは至極幸福な絵図であった。来るべき最も美しい未来であった。一日も早くその日が来ることを、リュウは心密かに祈った。

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