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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
33/39

前進

 しかしリョウの顔は相変わらず変化はない。シュンとアキは落胆したような顔を見合わせた。

 そこに看護師がやってきて、忙しなく点滴を検分し出す。

 「あの、看護師さん。今、リョウの指が動いたそうなんですが……。」

 否定されるのを覚悟でシュンが恐る恐る言った。

 「良かった。先程、手術後に胃腸の温水洗浄を行い、今も加温した輸液を入れている最中です。脱水症状と低体温症が和らげば、意識は戻ってきます。」

 ミリアの顔がぱっと輝いた。

 「リョウ! お願い。目を開けて。ミリアって呼んで。お願い。」

 しかしリョウはやはり微動だにしなかった。

 ただ点滴だけが落ち続け、それだけが時の経過を表していた。ミリアの感じた指の動きとやらも、ミリアの強い願望がそう感じさせただけなのかもしれないとも三人には思われた。そこに恒田が戻って来る。

シュンとアキの視線に、恒田は「別の病院ですが、他のお三人は無事に意識が戻られたようです。」と告げた。「ただ、ジェームズさんが頭部に三十針縫う傷をしておられ、その処置がまだ続いているとのことでした。」

 「残るは……、リョウだけか。」シュンはそう呟くと、リョウに向き直った。「おいリョウ、ミリアともう一度ギター弾きてえだろう? バンドを成功に導いてくれた、お前の最高の奥さんだぞ。いつまで寝てちゃあ、呆れられちまうぞ。」

 アキもそれに応戦する。

 「ミリアが復帰するっつうんじゃあ、とっとと復帰ライブ打たねえとなあ。さあ、どこでやる? 長年世話んなってる聖地か? それともでけえホールでぶっ放すか? どっちにしたって、精鋭どもも大喜びすんだろうなあ。お前そんな顔見たくねえか? みんなが十数年ぶりのミリアを拝みに大挙して押し寄せるライブ。滅茶苦茶盛り上がんだろうなあ。」

 ミリアは再びびくりと背を伸ばした。「動いた。また、動いた。本当に、動いたの。」

 シュンとアキは肯き合う。今度は確信を籠めて。

 「お願い。リョウ。目覚めて……。」ミリアは再びリョウの上に重なるようにして顔をうつ伏せた。その時であった。

 リョウの瞼が小さく痙攣したかと思うと、ゆるゆると開き、黒い瞳が躊躇いがちに現れる。

 「リョウ!」

 リュウの感極まった叫びに、ミリアもがばりと半身を起こし開いたばかりの瞳を覗き込んだ。

 「リョウ! リョウが起きた! リョウが起きたわ!」ミリアはそう叫んだ。

 慌てて看護師がやって来る。

 「リョウ! ミリアよ。わかる? リュウも、シュンも、アキも、みんないるの!」

 リョウはゆっくりと瞬きを繰り返しながら、どうにか開いた目で順繰りに見回した。焦点が定まっては崩れ、定まっては崩れ、した。

 「リョウ! 僕だよ、わかる?」

 「リョウ。……さすがリョウだ。絶望から打ち克つ歌を歌い続けてるお前が、んなことでくたばる訳がねえよ。そうだよなあ。」シュンがそうくぐもった声で言うと、鼻を啜り上げた。

 「リョウ。俺らを置いてくなんざ百万年早ぇぞ。」アキが続く。

 「リョウ。リョウがいなくちゃあダメなの。リョウの所にこれからはずっと付いていくから。本当に、絶対。ずっと付いていくから。」

 リュウはそれを聞いてなんだか泣きたくなった。

 戸籍上は兄妹で、であるから結婚はできず、産まれた子も認知する以外にないというリョウの境遇なんざ、どうでもいいことなのだと心の底から思い知らされたのである。こんなにもミリアから必要とされているのであるから。愛されているのであるから。これ以上何を望むことがあるだろう。ずっとこれからはミリアと一緒に世界中を回ればいい。いつか自分もギタリストとしての実力を十分に身につけられた暁には、そこに加わろう。それはどんなに素晴らしい人生となろう。

 リュウはそう思って布団の中のリョウの手を握りしめた。表面はかさついて冷たかったが、ほんのりと奥に熱を秘めているのがわかった。この手が世界を歓喜させていくのだ。ミリアと共に。そして自分と共に。


 リョウの意識がはっきりと戻って来たのはその晩のことであった。集中治療室から個室に戻されたリョウの元には、ミリアとリュウ、シュンとアキ、それから恒田に代わって東京から駆け付けた社長が加わった。

 社長は病院に来る前にリョウが行方不明となった現場に寄り、捜索に加わってくれた自衛隊や警察官に礼を述べ、近隣住民と彼らの復興に尽力していたファンに、支援物資を届けた。そこから更に市役所に寄り、決して少なくはない義援金を差し出して病院へと駆け付けたのである。その間は恒田より詳細な報告を得ていたので、リョウの目が覚めたということも到着する頃には知るところとなっていた。

 「……社長。」リョウが到着したばかりの社長に、しゃがれた声で呟く。看護師から白湯を飲まされ、どうにか声が出るようになっていたのである。

 「ああ、無理はするな。とにかく意識が戻って何よりだ。良かったな、ミリア、リュウ。」

 「うん。リョウが、ミリアって言って。ミリアって呼んでくれるの、本当に幸せなんだってわかった。」ミリアは照れもせずそう言った。

 「そうか。」社長は目を細める。

 「それからリュウ、って呼んで。リョウったらね、川に流されてからのこと、全然覚えてないんだって。今何日で何時だ、なんて聞くの。」

 「……ぶつかった。」

 「そう、ぶつかってからは、全然わかんないんだって。」ミリアは泣き笑いのような声で言った。

 「一晩中土砂崩れの中にいたなんて、わからない方がいいだろう。」社長はそう微笑みながら言った。

 「怖くなかった?」ミリアは傷だらけのリョウの顔を覗き込む。

 「……ミリアとリュウの顔と、……ヴァッケンの風景が、見えた。」

 「死んじゃうと思ったの?」ミリアの悲痛に満ちた声が空気を劈く。

 リョウは静かに首を振った。「……ただ、お前らを、思い出した。」

 「ふうん。」ミリアは不満とも納得ともつかぬように言った。

 「俺らがしてたミリアがバンドに復帰する話は、わかったんか。」アキが不思議そうに尋ねた。

 「……わかった。」リョウの顔がほんの僅かに緩む。

 「ええ!」ミリアが感極まった声を上げる。

 「……また、ミリアとステージに、立てる。」リョウは掠れた声で言った。

 「そんで、地獄から蘇ったんか!」シュンが叫び、そして笑った。ミリアは頬を抑え、さも嬉し気に満面の笑みを浮かべた。

 「リョウは、ミリアと音楽やるために戻って来てくれたんだ。」リュウが誰へともなく呟く。ミリアは歓喜に涙を零し、慌てて拭う。

 「とにかくさ、さっき看護師さんも言ってたじゃん。栄養の点滴続けて、ご飯も食べられるようになったら、退院できるんだって。ねえ、そしたら一緒に帰ろう。一緒にギター弾こう。ミリアと三人で。家族で。」

 「……ああ。」

 リョウの未だ蒼白で傷だらけの顔が、この上なく愛おしいものに見え、ミリアは思わずリョウに抱き付いた。そこにリュウも加わる。三人は幸福な絵図を見るように、いつまでもこの家族を見守っていた。

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