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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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確信

 それから二人で売店へと赴き、ペットボトルのお茶だのおむすびだのを買っている所に、シュンがやってきた。

 「おい、リョウはどうした。」

 頭には手ぬぐいが巻かれ、以前見たことのある、自慢の履き古したリーバイスは泥に塗れていた。リュウは目頭の熱くなるのを覚えた。

 「手術中だ。……予定じゃあ、夕方五時頃終わる。」代わってアキが答える。

 「そっか……。大変だったな。」シュンはそう言っていつものようなお調子者じみた表情もなく、リュウを真っ直ぐに見詰めた。そんな表情をリュウは初めて見た。

 「シュンさんも……。」そう言って、シュンの泥に塗れた長靴を見る。

 「あのなあ、あいつらやるぜ。」シュンは無理やりにいつもの笑顔を作った。「メタラーっつうモンは馬鹿にできねえよな。否、馬鹿にしたつもりはねえが、さすが日頃からヘドバンだのモッシュだのって大暴れしてる連中だよ。あの川沿いの家、あいつらの手でどんどん元に戻りつつあっかんな。マジ凄ぇよ。」

 「ボランティア、してくれてるんですか。」リュウが震える声で尋ねた。

 「そうそう。あいつら、ライブ終わって帰るはずだったのによお、リョウの捜索に真っ先に加わってくれた。夜通し川沿い歩きまくって、土砂の撤去してくれて。わざわざ新幹線だの夜行バスだのなんだのキャンセルしてまで、泥ん中必死になってリョウを探したんだ。んで、無事、発見されて、でもリョウの……、意識が戻らねえっつう話聞いて、何かやれることはねえかってあいつら勝手に話し合って、んで、……決めたらしい。地元の人のために役立つことをすりゃあ、回り回ってリョウのためになんじゃねえかって。よくわっかんねえ理屈だけど、仕事休んで学校休んで、縋れるモンには徹底的に縋ろうっつうんで、片っ端からな、川沿いの家手伝いして回って……。」シュンはそこで声を詰まらせた。慌てて咳払いをする。「だから、大丈夫だ。リョウは必ず元気になる。すぐにステージに戻ってくる。」

 「たりめえだろ。」アキはくるりと背を向けて、ペットボトルを選びながら言った。咄嗟に、泣いているのかもしれない、とリュウは思った。「リョウがくたばる訳ねえだろ。あのリョウだぞ。何十年もさんざ振り回してきてよお。」最後は涙声のような気がするのである。

 「僕にギターを教えてくれるって言ったんだ。それにミリアのことを置いてく訳がない。リョウは、ミリアを悲しませるのがいちばん嫌いなんだ。」

 アキは振り向いて目を瞬かせながら、「だな。」と手短に頷くと、カゴをレジに運び、肩を回しながら再び二人から顔をそむけていた。

 プロセスがどんな理屈に合わなくても構わない。リュウは深々と溜め息を吐いた。とにかくリョウを救ってくれさえすれば。リョウが再びステージで暴れてくれさえすれば。リョウの復活を皆が祈っている。デスメタルを通じて、絶望からの昇華を謳ってきたのだ。どうか現実においてもそれに相応しい復帰を。それだけを……。リュウは固く目を閉じて胸中に誰よりも強く、ほとんど必死に輝かしいリョウの姿を思い描いた。


 再び五階に戻った。ミリアはベンチに深々と背凭れながら俯いていたが、シュンの姿を認めると「シュン。」と呟き唇を震わせた。

 「ああ、大丈夫大丈夫。あのなあ、リョウのファンが今総出で頑張ってんかんな。もちろんリョウの復活をかけて頑張ってんだ。メタルの神様が放っておく訳ねえよ。」

 ミリアは、ほんの僅かに口の端を持ち上げた。

 アキが買って来たおむすびだのお茶だのを一人一人に渡していく。「ミリア、食えよ。少しでもいいから。……お前が飯抜いてふらふらしてたら、リョウは心配するからな。」

 「……リョウが。」ミリアは涙声で繰り返す。

 「大丈夫だ。あ、そうそう。リュウには、お前らのことちゃんと説明しといた。」

 ミリアははっとなってリュウを見つめた。

 「同意書の文面な。お前の息子は賢いから、すぐ理解したよ。安心しな。」

 「ずっと言えなくって、辛い思いさしたね。」リュウはミリアを安堵させたくそう微笑んで言った。

 ミリアは目を見開いたまま、何度も頭を振った。言葉を必死に探し、そして、

 「……言わなきゃって、思ってた。ずっと。……ごめんね。」

 ミリアの目が再び無理な輝きを帯びてくる。

 「謝ることないよ。ミリアもリョウも、何も悪いことしてない。」

 ミリアはリュウの手を取って、俯いた顔に当てた。

 「どっちも僕にとって最高のお父さんとお母さんだ。世界一の夫婦だよ。紙切れなんて、必要ない。」

 ミリアは耐えきれずに静かに泣いた。先程までとは違った涙が、とめどなく溢れ続けた。そんなミリアの隣に座り、細い肩に腕を回しながら、リュウは完璧な家族のピースを完成させるためにリョウが無事に手術室から出、そしていつもの輝かしい笑顔を見せてくれることを心から祈った。

 窓の外には台風一過の雲一つなくどこまでも高い青空がほんのりと赤く染まり、一日の終焉を飾ろうとしていた。その色はリョウの髪の色を想起させ、リュウは僅かに微笑んだ。

 必ずやリョウは無事に復活する。空のように大きく包容力のあるリョウが、この世から消えてしまうはずがない。リュウはそう確信して一つ大きく肯いた。

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