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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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真実

 エレベーターのボタンを押し、待つ間、「あれ、見ただろ。」とシュンは全く目を合わせずに言った。

 「あれ……?」

 「手術の同意書。」シュンは無感情に呟いた。

 リュウはどくり、と心臓を高鳴らせた。――妻の字を消し、妹、と書き直されたミリアの癖のある文字がはっきりと脳裏に浮かんだ。

 チン、という音を立ててエレベーターが開いた。アキは相変わらず真っ直ぐ前を見つめたまま乗り込む。リュウももちろんその後に続いた。

 「リョウとミリアの関係、……お前、知ってたんか。」

 「……認知、されてたんです。僕は。」リュウは震える声で答えた。「パスポート取ろうと思って、戸籍見たら、僕はミリアの子だけど、リョウには認知、されてた。本当のお父さんじゃあないのかもしれないって、思った。でも、そんなこと誰にも聞けなかった。ミリアを悲しませたくなかったから。けど。ずっと、どういうことなのかなって思ってた。」込み上げて来る思いに耐え兼ねて、リュウは固く目を閉じ、肩を何度も上下させた。

 アキはリュウの頭を強く撫でた。

 「リョウとミリアは夫婦だよ。」

 リュウは縋るようにアキを見上げた。

 「ちっと面倒臭ぇ事情はあるが、どこのどいつよりも愛し合う、上等の夫婦だ。」

 アキはエレベーターを降りると、売店前のベンチにリュウを促し、そこで次のようなことを話し始めた。


 ミリアは小さい頃、母親に捨てられ父親に育てられたんだ。で、その父親ってやつは異常な奴でな。てめえのガキに飯は食わせねえ、暴力はふるう、つまり虐待、っつうもんをミリアにかましてやがった。だからさ、お前から見てもわかんだろ。未だに滅茶苦茶痩せてるし、巧く言葉だって出やしねえ。ありゃあな、ガキの頃さんざ痛めからだ。痛めつけられると人っつうモンは、きちんと成長できねえっつうんだよ。一生モンの、絶対ぇに癒せねえ傷を負うんだよ。

 で、ある日そいつがくたばった。アル中だったらしいよ。死因は酒の飲み過ぎっつうことだ。そんで役場の人間やら近所の世話焼きの人やらが、ミリアを代わりに育ててくれる身内の人間を捜す中、異母兄弟のリョウにあたったんだ。

 もちろんミリアは、それまでリョウの存在なんか知る由もねえ。でも、んなこた言ってられなかった。実の母親は早速男作ってやがってミリアの扶養は即座に拒否して、祖父母っつうのもまあ、そんな感じだった。で、とにかく、リョウの他にミリアの面倒看てくれるっつう奴は誰もいなかった。まあ、当時のリョウもなかなか無茶苦茶な野郎だったかんな。あんな喧嘩っ早ぇえ人間味の皆無だった野郎が、よく小っちぇえ女の子育てようと血迷ったもんだ。いやあ、今はいい奴だよ。バンドマンとしても父親としても、本当にいい奴だ。それはわかってる。

 ……まあ、でも、話はそこからだ。ミリアとリョウが兄妹として一緒に暮らし始めたのはな。で、リョウがあんな身形してる割にはしっかり飯も食わせる、服も買ってやる、風邪ひきゃあ医者にも連れてくし、とにかくちゃあんと面倒看てやってたんだ。そしたらな、ミリアがいつの間にやらリョウに心底惚れこんじまった。

 そんで中学卒業する頃、もうそん時はミリアはモデルをやってたんだが、結婚式場でウェディングドレス着て撮影するっつう仕事のついでにな、リョウに迎えに来いっつって、んで、何も知らねえリョウ呼びつけて、その場で結婚式を挙げさせちまったんだ。とはいっても、戸籍上は兄妹だかんな。婚姻届けは出せねえ。でも社長が牧師やって、十字架と、友人仲間らの前で、永遠の愛を誓わせたんだ。リョウも最終的にはノリノリだったしな。まあ、いい結婚式だったよ。本当にな。

 で、ミリアは高校行って、大学行って、まあ、そん時も正直色々あったんだが、大学卒業した辺りだったかな、ミリアがどうしても、リョウとのガキが欲しくなって、勝手に遺伝子検査っつうのをしてみたんだ。何だか、口の中に脱脂綿みてえなの突っ込んで、それ送って数日ぐれえでわかるらしいな。したらな、結論から言うと、リョウとミリアの間に血の繋がりはなかった。

 ミリアの母親っつうのが、ミリアを孕む時に男とっかえひっかえやってやがったらしくてな、どいつが父親かよくわからねえ状況だったらしい。で、たまたま近くにいたか何だかで押し付けたのが、あの、アル中の親父だったと……。だからミリアのこと虐待してたのかな、そりゃ、死んじまってる今となってはわかんねえけど……。

 で、リョウがその、ミリアの母親探し出して、問い詰めて、アル中親父が違うとなりゃあ、他に実の父親候補はいねえのかっつって言って出てきたんが、まあ、正直他にもわんさかいたらしいんだが、一番確率的に高いだろうっつうのがジュンヤさんだった。で、こいつも早速遺伝子検査だ。今の世の中凄ぇよな。数万払って、口ん中ぐりぐりやって、それ送って数日すりゃあ本当の親子かどうか判明すんだからよお。

 で、それやった結果、ミリアの本当の親父さんはジュンヤさんに決まったんだ。つまりリョウとは何の血縁関係もねえってことが判明したの。でも戸籍上は兄妹になってる。ミリアの母親が適当に近くにいたアル中男を父親にしちまったんだから、しょうがねえ。でも、そのせいでリョウとミリアは他人なのに結婚できねえ。

 戸籍っつうモンは、そんな理由じゃ変えられねえらしいよ。そりゃそうだよな、んな、親父のわかんねえガキこさえて、適当に近くにいる男に押し付ける女がそうそういたら、おちおち男共は生きていけねえしな。ミリアの話は滅茶苦茶レアケースだ。そんなのに、いちいち区役所はかかわってらんねえっつう話。

 でもそれが何だってんだ? 紙切れ一枚の話じゃねえか。しかも普段目にすることもねえ、どこにあんだかろくに知りもしねえ紙切れ。んなモンに何書いてあろうがなかろうが、リュウ、お前には何の引け目もねえだろ。だってあんなにお前の親父とおふくろは愛し合ってんだから。


 リュウは全身の力が抜けていくような気がした。はいもいいえも何も出てこなかった。そういうことであったのかと、しかし不満は一つも沸いてこなかった。ただただ、自分が悪いことなど一つもないのに、長らく言い出せずにいたミリアがいじらしく思えてならなかった。

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