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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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暗雲

 駅前で車を降り、電車を乗り継いで新幹線に乗る頃、既に外は明るくなっていて、車内を占めているのも日常を具現するようなサラリーマンと学生の姿が目立った。その中でミリアは赤い虚ろな目をしながらリュウに導かれ、指定の座席に座った。

 「ミリア、朝ごはん買ってくるから。ここにいてね。何か食べたいの、ある?」

 「……何もいらない。」

 「一口でも食べた方がいいよ。ここからまだ何時間もかかるんだから。」

 ミリアは無言で俯いている。

 リュウは仕方なしに立ち上がると、キオスクに弁当を買いに向かった。

 その時リュウははたと思い至る。ミリアが好きなものは何だろう。ミリアはいつだって自分の好みよりもリョウや自分の食べたいものを優先させて作ってくれた。――リョウが好きだから今日はローストビーフ。リュウちゃんは辛いやつが好きだから、今日の麻婆豆腐は辛めなの。――いつもそうだった。

 リュウはそれに甘んじていた自分の今までの生活に、初めて気づかされ嫌気を感じた。

 そうだ。そしてふと思い出す。ミリアは卵料理が好きだった。リョウが休日の昼ご飯にオムライスを作ってくれ、それをミリアが「美味しい」とニコニコしながら食べていたことがあった。その時リョウは「ミリアは卵好きだかんなあ」と、しみじみ言っていたのである。リュウは目に付いたオムライスの入った弁当を一つ勢い込んで手にすると、自分用に中華丼の弁当を持ち、レジで温めて貰い座席に戻った。

 相変わらず俯いたままのミリアの隣に座りながら、「ミリア買ってきたよ。ミリアの好きなオムライス。」と、囁くように言った。

 ミリアはゆるゆると顔を上げてリュウを見た。目は赤く腫れて、何だか顔全体もむくんでいるように見えた。リュウはそれには動じずに微笑んだ。

 「ミリア、卵好きだよね。」

 「……好き。」無表情に答えるミリアは、いたいけな子供のように見えた。

 「ミリア、美味しいもの食べて元気でリョウに会おう。リョウはすぐ見つかるって。だってリョウだもん。大丈夫だよ。」

 「……うん。」

 ミリアはどうにか箸を握らせられ、新幹線が発車するのと同時に蓋を開けると、一口、二口、口に運んだ。でもそれが限界だった。

 「僕さ、ミリアの好きな食べ物咄嗟に思い浮かばなくってさ。ごめんね。ミリア、いっつも僕らの好きな食べ物作ってくれるから。……でもさ、思い出したんだ。リョウが休みの日に昼ご飯でオムライス作ってくれたろう。その時ミリアが美味しい、美味しいって食べてて。リョウはミリアは卵好きだかんな、って言ってたこと。」

 ミリアは再び俯いた。

 「僕も好きだよ、オムライス。リョウって料理上手だよね。焼きそばも旨かったな。あ、焼きそばには薄焼き卵乗ってたし、リョウはいつもミリアに卵食べさせるために作ってたんだ!」

 「焼きそば……。」

 「そう。ミリアも好き? リョウの焼きそば。滅茶苦茶美味しかったなあ。」

 「焼きそば……。リョウが初めて、食べさせてくれたやつ。」

 「そうなんだ。」リュウはミリアが話し始めてくれたことが嬉しく、どうにか会話を続けていきたいと頭を捻った。

 「うっすーい卵焼き必ず乗っけてくれてさ。リョウ、器用だよね。よくあんなの焼けるよ。」

 「リョウは、……昔食べ物屋さんでバイトしてたから。」

 「そうなんだ。リョウは最初からギタリストなのかと思ってた。産まれた時から。」

 「ふふ。」久方ぶりにミリアが笑った。

 「だってそうだろう? リョウはいーっつもギター弾いてるし。King V持って産まれたって言ったって不思議じゃないよ。ふーん、ってなるよ。」

 「……そう、ね。」

 ミリアはリョウが好きなのだ。リョウの話をしていると、自然と頬が綻んでくる。だから絶対にミリアの前からいなくなってはいけない。ミリアのカレンダーに丸やバツが付けられなくなるなんて、考えることさえ許されない。

 ミリアは再び弁当の蓋を開け、再び一口、二口と口に運んだ。


 車窓の風景はどんどん過ぎていく。それと共に、空は次第に雲が濃くなっていく。リュウは冷めきった、ミリアのほとんど残った弁当を片付けると、ぼうっと窓の外を眺めた。

 その時ミリアの携帯が鳴った。

 「も、もしもし。」少なからずその声には焦燥と、危惧と、悲痛とが含まれていた。

 「ミリアか。今な、警察の方に連絡を取ってみた。今朝は日が昇ると同時に自衛隊の方も含めて百人体制で捜索をしてくれているらしい。川の流れも大分急だということでな、十キロ先の海辺の下流域まで捜索範囲を広げているということだ。それに、リョウたちが泊まる筈だったホテルの人たちや、地元のボランティアも続々集まってくれているそうだぞ。」

 「……そう。」

 「大丈夫だ。それだけの人が協力してくれればすぐに見つかる。今日は台風も過ぎて天気もいいそうだし、必ず、すぐ、リョウは見つかる。」

 ミリアは小さな悲鳴を漏らし、口を手で覆った。

 「しっかりするんだ。リュウは側にいるんだるう?」

 答えずに蹲ったミリアから携帯を取り上げ、リュウは「もしもし。」と応答する。

 「リュウ。向こうに着いたらまず、駅にコーディネーターを待たせているから、その車に乗り込んでまずは現場に行ってくれ。多分そこで警察からより詳細な説明があると思う。で、今日に関してはとりあえずホテルを用意している。現場近くのホテルだ。どうかミリアを頼む。ミリアは……。」

 暫くの沈黙が訪れた。

 「……頼りない母親だと思うだろうが、わかってやってくれ。誇張でも何でもなく、リョウが人生の全てなんだ。ミリアは、リョウによって生きることができるようになったんだ。」

 「生きる?」

 「……言いすぎたな。済まない、忘れてくれ。きっと近い将来リョウかミリアから話がある筈だから、私からはこれ以上は控える。でも、ミリアはリョウを心から愛しているし、リョウもミリアを世界一大切にしている。それはわかるな。」

 「もちろん、十分にわかっています。」リュウは即座に言った。

 「だな。君は本当に素晴らしい夫婦の元に生まれたんだ。それだけはわかってくれ。」

 「それも、……わかっています。」

 「年寄りは余計なことばかり言って、済まないな。……とにかくミリアを頼む。私も一旦会社へ出て指示をした後、間もなく広島へ向かうから。」

 「ありがとうございます。」

 リュウは携帯を切ると、蹲ったままのミリアの背を撫でた。窓の外は低く垂れこめた空が広がり、リュウの心中にも暗雲を広げて行った。

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