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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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黎明

 そろそろライブが終わった頃合いであろうか、と思う時刻も過ぎ、よほど打ち上げが盛り上がっているのだろうかと、遂にミリアがリョウからの連絡を諦めてベッドでうとうととしかけた頃、枕元で電話の着信音が鳴り響いた。

 ミリアはそれをベッドに横たわりながら笑顔で取った。

 「もしもし。」

 「ミリアか。」その声はリョウのものではなく、ミリアはにわかに不機嫌になった。「榊田だ。ミリア、落ち着いて聞いてくれ。リョウが、リョウたちの乗ったバンが川に流された。」

 ミリアは一体何を言っているのだろうかと訝った。自分はまだ夢を見ているのだろうか。わけがわからない。

 「ミリア? 聞いているか?」

 「……うん。」ミリアの脳裏が、次第に明瞭になってくる。

 「台風で氾濫した川のほとりを、リョウたちを乗せた車が走っていたようなんだ。それで、その、車が流された。」

 「な、がされた……?」その声は妙に張り付いて、ミリアは割れながら自身の声ではないように感じた。

 「そうだ。ライブが終わった後、一旦ホテルに戻り、それから打ち上げにでも行く途中だったんだろう。川沿いを走っている最中、突然鉄砲水が来て川が氾濫し、バンごと一気に流されたようなんだ。あっという間に濁流に呑まれたのを近所の人が何人か見ていたらしく、すぐにその方々が警察に連絡を入れてくれた。今、警察が中心となって捜索をしている。」

 「リョウは? リョウは?」そう金切り声で言い、電話を震え出した手で必死に握りしめた。

 「……わからない。何分まだ台風も居座っている状況で、夜でもあるから本格的な捜索は出来ていないらしいんだ。明日の朝から、百人体制で開始するらしいのだが。」

 「いやあ!」

 そう叫ぶと同時に異変を察したリュウが、慌てて部屋に飛び込んできた。「ミリア、どうしたの?」そう覗き込んだミリアの手に電話が握られているのを見て、リュウは何か不吉な連絡がきたのだと察した。

 「ミリア、明日の朝一で、新幹線で広島に向かってくれるか。」

 「い、今、今から行く。」それは悲痛な響きを帯びていた。

 「落ち着きなさい。もう電車は出ていない。車で行っても台風の影響であちこち遮断されている状況で、現場付近まで行けるかどうかも分からないんだ。だからミリア、明日の五時に車を君の家に迎えに行かせる。その後新幹線で現地に向かうのが一番いい。それまでに準備を整えて待っていてくれるか。私も明日の昼には向かう予定だ。」

 ミリアは頭を振ってしゃくり上げた。何もかもが信じられなかった。早く夢から覚めてほしい、そればかりを切に祈った。

 「間もなく警察からも連絡がいくと思う。今晩はとにかく家で待っていてくれ。早まったことをするなよ。」

 ミリアは夢の可能性が砕かれたことを感じ、わあ、と声を上げて泣き出した。

 「ミリア。しっかりしろ。君がしっかりしなければ、リュウだって混乱する。」

 しかしミリアはいやいやと頭を振りながら、大声を上げて泣き始める。

 その尋常ならざる様相に、遂にリュウはミリアが握り締めている電話を、奪い取るようにして出た。

 「もしもし、リュウジです。一体、どうしたんですか。」

 「ああ、リュウか。大変なことになった。聞いてくれ。」社長は言葉を選びつつ、ミリアに述べたことを繰り返した。

 「……とにかく、私も明日には現地に入る予定ではいるが、今のところは地元の警察からの連絡を待つ以外にはないんだ。しかし向こうは土砂崩れの被害も出ているし、川に流された人は他にもいるらしい。明日の朝から本格的な捜索が始まるらしいが、今はどうすることもできないらしい。とにかく今回の台風の被害は甚大なんだ。リュウ、もし可能であれば明日、ミリアと向こうに行って貰えるか。」

 「もちろんです。」リュウは泣きじゃくるミリアを見詰めながら言下に答える。「こんな状態のミリアを一人でなんて絶対、行かせられない。僕も朝一でミリアと一緒に向かいます。」

 「ありがとう。同行していたメンバーの家族にも連絡した所、すぐに駆け付けると言ってくれたんだが、何分全員がアメリカ人なのでね。向こうではまだ公共機関が動いている時間帯だから今日すぐに出立をして、日本にやってくるそうなのだが、到着にはどうしても時間がかかる。」

 「そうですか。」

 「リュウ、済まない。とりあえずミリアと明日、現地に向かってくれ。向こうの駅に着いたらすぐに現地に向かえるよう、車で迎えに行って面倒を見てくれる人も頼んでおくから。」

 「ありがとうございます。」と言葉では発しつつ、リュウは未だ正直なところリュウが行方不明であるなど、現実として受け入れることができなかった。ただひたぶるに、気分の悪くなる程に胸騒ぎをするのを覚えた。――リョウがそんな目に遭うなんて。リョウがミリアをこんなに悲しませるなんて。リョウが今笑顔ではないだなんて。いずれも信じられないことばかりであった。

 「じゃ、ミリアを頼む。明日には私も行くから。」

 「ありがとうございます。」

 そうして電話は切れた。

 リュウは荒れる胸中を静まらせようと深呼吸を繰り返しながらしゃがみ込み、布団の中で蹲りながら泣き続けるミリアの肩を撫でた。

 「ミリア、きっと大丈夫だから。明日一緒にリョウの所へ行こう。大丈夫だから、大丈夫だから……。」それは自然と自分に言い聞かせるような形になった。そう言っていないと自分の心さえも粉微塵になってしまいそうだった。しかしそれよりもミリアの震えと泣き声はいつまでも止まらず、リョウは胸が張り裂けそうになった。

 「リョウ、リョウ。どこにいんの。どうして電話くれないの。」ミリアは人事不省に陥ったように呟き続ける。

 「温泉行くって言ったのに。美味しいもの食べに行くって言ったのに。リョウ、リョウ。」

 夜は長かった。窓の外を眺めてもいつまでもいつまでも空は明るくならず、リュウは遂に世界からは太陽が消えてしまったのではないかとさえ思いなした。否、そんなわけはない。太陽は必ず昇るのだ。地球が始まって以来、一日たりとも昇らなかった日はないのだ。

 そのまま約束の五時に近づくと、二人は未だひっそりと静まり返った家の中で無言理に数日間の準備をまとめ、スーツケースを携え、時間を僅かにも違えず迎えに来たハイヤーへと乗り込んだ。その時リュウは初めてほんのりと東の空に紫雲が棚引いているのを見、なぜだか安堵を覚えた。

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