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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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清福

 湯気立つティーポット越しに、二人は笑みを交わしながらいつもながらの子供の話題に花を咲かせた。

 ――リュウちゃんも美都も、受験勉強頑張っているわね、リュウちゃんが行くとわかって慌てて美都も同じ塾に夏季講習申し込んだのよ、ありがたいわ、あの子、受験生だっていうのに全然うちじゃ勉強しないんだから。美都はリュウちゃんが始めれば何だって一緒にやりたがるのよねえ。ギターだって塾だって、全然リュウちゃんには付いて行けはしないのにねえ。

 そんなことを美桜はクスクス笑いながら言った。

 --美都ちゃんは優しいから助かってるわよう。リュウはぼーっとして人の話そっちのけになっちゃったり、いきなり音楽の方に頭が切り替わっちゃったり、ちょっと変わった子なのに、美都ちゃんは呆れもせずいつも一緒にいてくれるんだもの。ああいう子がいてくれて、本当に助かってる。

 ――美都はリュウちゃんのことが好きだから。相手にされないのに頑張ってるのよ。

 --そんなことないわよう。リュウちゃんは美都ちゃんしか、女の子でおうち連れてきた子はないんだから。

 --勝手に押しかけてるだけよ、美都は。いつか本気で迷惑がられて怒られちゃうんじゃあないのって、釘指しているのよ。

 二人の会話は大抵、同じ年齢の子どもたちのことばかりである。それこそ生まれて間もない頃から夜泣きが大変、立った、歩き始めた、喋った、幼稚園はどこにしよう、小学校は、中学校は、そんなことを逐一相談しながら子育てに励んできたのである。それは義務教育を終えようとする今になっても変わらない。でも美桜は、美都が高校生になったら、勤務している会社の海外出張にも応じ、本格的なキャリアアップに取り組んでいこうかと考えていた。それに感化され、ミリアも少しずつモデルの仕事を増やしたり、更にはリョウと同じステージに――と、考えたりしなくもないのである。小学校以来の親友は、人生においても二人三脚の大切な相棒であった。

 「あ」、とその時美桜は何かを思い付いたように言った。「この間、美都がやたらミリアちゃんとリョウさんのこと、聞きたがったことがあったのよ。」

 「ええ、何を?」

 「いつ知り合ったのか、とかそんなことね。それは言えないわ、昔のことよって煙に巻いちゃったけれど。」

 ミリアも目を瞬かせる。「もしかして、それ、……リュウちゃんがお願いしたのかもしんないわ。」と呟いた。

 「どういうこと?」

 「最近、リュウちゃんに同じこと聞かれたから。」

 「……やっぱり。」

 ミリアは恥ずかし気に肩をそばだてた。

 「何か、……最近気になり始めたみたい。」

 「そうねえ。中学生だもの。恋愛とか結婚って、とっても興味がある年代だものね、」

 ミリアは紅茶の満ちたティーカップに映し出された、ぼんやり沈んだ自分の顔を、じっと見つめながら言った。

 「ちゃんとリュウちゃんに言わなきゃ、って思うんだけど。私はお話が上手じゃあないから……。」

 「そんなことないわよ。」美桜は慰めるような優しい微笑みを浮かべる。

 「でも、ちゃんと説明するってなると、色々辛いことも、大変だったことも、それから言葉にしにくいことも全部言わなきゃならなくって。……きっとリュウちゃんは理解してくれるけれど、私の問題だわ。ちゃんとお話できるか、不安なの。」

 「焦らなくても大丈夫よ。」美桜はミリアの肩を撫でた。「……大丈夫。」

 ミリアは俯いたまま小さく肯いた。

 「きっとあの子たちも、今はそれより自分の受験のことで手一杯でしょうからね。ミリアちゃんがちゃんと心の準備をできるようになるまで、急ぐことないわ。まずは母親としてあの子たちの高校受験を、応援していきましょうよ。」

 「そうなの。うちなんて、毎日夜食作ってんのよう!」

 「あら、やっぱり? うちもよ。毎日きっかり十時過ぎになるとお腹空いたーって降りて来るんだから。だから最近は夕飯ちょっと余計に作ってるの。」

 「うちもうちも!」

 「中学生って本当に食欲旺盛なのね。でも思えば私も中学生の時は、母とレストランなんて連れていって貰うと一人前じゃあ足りなくて、追加でデザートだのなんだのって、色々頼んで貰ったっけ。」

 ミリアは思わず噴き出す。

 二人の母親の会話は、空がうっすらと染まる夕暮れ時まで続いた。


 やがてリュウがただいま、とさすがに疲れた態で帰宅をする。準備した夕飯を二人で食べる。リュウは特に塾だの勉強だののことは話さないし、ミリアもそのことについては訊かない。二人は大抵リョウの話や音楽の話に花を咲かせる。今日はリョウと三人で行く、温泉宿の話であった。ミリアの事務所の社長が幾つかの温泉宿をピックアップしてくれ、その中から選ぶ手筈となっていたのである。

 「リョウにも聞いてみなくちゃね。」リュウは、関東にある比較的近い温泉宿三つを選び、その最終決断をリョウにゆだねることを提案した。

 「うん、じゃあリョウが帰ってきたら聞いてみようか。それとも電話でも大丈夫かな。」

 「どっちにしても、きっとミリアがいい方にしようっていうよ。」リュウははっきりとその様を思い描いて言った。「いつだってミリアの希望が、リョウの希望なんだから。」ミリアはその言葉を聞くと心がほんのりと温まっていくのを感じた。

 その後リュウが勉強のために部屋に行き、ミリアが夕飯の片付けを済ますと、ライブを終えたリョウから高揚した声で電話がある。ミリアはそれで散々笑わされた後、また明日、おやすみ、と言い合って風呂に入る。髪を乾かし終えてからピリ辛の肉団子が入った中華粥の夜食を作り、リュウに食べさせた後、再び片づけをしてベッドに入る。

 この世の中にリョウとリュウがいて、美桜とその家族がいてくれるこの世界を、心から愛おしみながら入って行く夢の世界は、とりとめもない夢を見せてくれる。それは水泡のように一瞬一瞬で消えてしまうものの、どれも全てが至極幸福であった。


 翌朝、朝食を摂りながらテレビが報じるニュースは、昨日のフィリピンの甚大であった台風の被害状況を映し出していた。水没した家々。泣く母親。ひたすら流木撤去に取り組む壮年。そんな姿が次々に映し出される。

 ミリアはその様を見ながら眉を顰めた。

 「この台風は今週末にも九州、四国地方に上陸し、その後日本を縦断する可能性があります。十分に注意をして下さい。」

 今日はリョウは大阪でのライブを行い、その後は広島へと向かう。渦巻きの幾重にも書かれた日本列島地図は、ちょうどリョウが向かうその日に広島に台風が直撃する様子を映し出していた。

 「リョウ、広島で台風と待ち合わせしちゃうね……。」

 リュウはミルクを飲み干すと、「きっと台風吹き飛ばすみたいなライブやって帰って来るよ。」と言って笑った。

 しかしミリアがあまりにも気落ちしているようなので、「それよりさ、」リュウは声を張り上げて言った。「リョウ、温泉どこがいいって言ってた?」

 「ミリアの好きにしていいって。」

 案の定、ミリアの頬に再び笑みが戻って来る。

 「やーっぱりな。」リュウは立ち上がって、「じゃあ選んどいてよ。僕は昨日言ったののどれでもいいからさ。久々にリョウとミリアと三人だけで行けるの楽しみにしてるんだから、お願いね。」と言った。

 「わかってるわよう。」ミリアがいつもの声色に戻って来たことに安堵しながら、リュウは「あ、もうこんな時間。ミリア、行ってくるね。」と弁当をいそいそと鞄に仕舞い込んだ。

 「行ってらっしゃい。」

 リュウが慌てて靴を履き、玄関を飛び出した後、明るい美都の声が外に響いた。きっと今日も庭先で待っていてくれたのだと思えば微笑ましく、ミリアはさて、と朝食の片づけをし、ソファの上で寝そべっている白の頭を撫で、今日も始まりゆく日常の幸福を噛み締めた。

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