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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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光輝

 「お疲れ様です。」リュウたちが戻るなり、楽屋には大勢の関係者たちが集ってきた。

 「あ、タツキさん!」真っ先にリュウが声を掛けたのは、リョウのバンド仲間であるタツキである。クラシックを学んでいただけあり音楽への造詣が深く、リョウに対するのとはまた違った意味で、その人が生み出す音楽の美しさをかねてよりリュウは尊敬していた。

 「来てくれたんですね。」

 「ああ。良かったよ。また一段とファーストの時よりも表現力がついてきた。」タツキはにっと笑ってリュウの頭を撫でた。

 「ありがとうございます!」

 そこにリョウもやってきて、「来てくれたんか! ありがとう!」と、タツキの肩を抱き締めた。「そういやお前、来週からアジアツアーだって? 凄えじゃねえか!」ぐい、と顔を覗き込むようにして言った。

 「ええ。まずはソウル、それから北京、台北、そして高雄。初の海外ツアーだから、リハにも力入り過ぎで。楽しみですよ。」

 「俺も初の海外は台湾だったけどな、ありゃあ、今考えても最高にいい経験だった。言葉通じねえ所で純粋に音楽だけで勝負できるっつうのはよお! 色んなモン吸収して戻ってきてくれよ!」

 リュウはタツキの隣に静かな微笑みを浮かべながら佇む、アオイの手を取った。「アオイさん、今日はありがとうございました。」

 「とても良かったわ。ねえ、私CD持ってきたの。サイン貰えないかしら。」

 「ええ?」

 アオイは驚くリュウを尻目に、そそくさと鞄の中からCDとペンとを取り出した。

 「ぼ、僕のサイン? ですか?」

 「そうよ! 他に誰がリュウ君のCDにサインするの?」アオイは顔を両手で覆いながら、大笑いした。アオイの顔にはその三分の一も占めようとする大きな痣がある。それを時折気にしてるのかもしれない、と思わせる動作があった。しかしそんなことは関係なく綺麗な人なのに、といつもリュウは思う。

 「わ、かりました……。」リュウはペンを握りしめ、楷書で黒崎竜司、と書いた。「ごめんなさい、普通の書き方で。」

 「わあ、嬉しい。ありがとう。大切にするわね。」

 「ねえ、それよりアオイさん。大学はどうですか? 楽しい?」

 「ええ。やりたいことがやれているから、とっても楽しい。とは言ってもまだ、入学して三か月ちょっとだけどね。どうにか授業とサークルとの両立が図れてきたかなって感じね。」

 「アオイちゃん、お医者さんになるんでしょ。すっげえよなあ。俺もサイン貰っておくかな。」シュンがそう言って腕組みをした。

 「あははは、私こそサインなんてある訳ないじゃないですか。それに医者になれるかどうかは、これからの六年間で決まります。」

 「アオイね、卒業して医者の試験合格したら、実家の病院継ぐんだって。」タツキが言い、アオイが肩をぶった。「何で言うの? 内緒だって言ったじゃない!」

 「いいじゃん。リョウさんたちなら。」

 「まあ、そうだけど。」

 「へえ。」リュウの脳裏には家業を継ぐことに反発していたクラスメイトの姿が思い浮かんだ。「アオイさんは、家の仕事、厭じゃないんだ。」

 「家の仕事って言っても、小さい頃両親が亡くなって、すぐにタツと一緒に上京してきてるから、正直、全然知らないの。ただ、S市で祖父の後任という人が病院をやっているっていうぐらいで。でもその人から是非跡を継いでほしいと言われていて……。いつの間にか自分もそういうものかなあなんて思ってしまって。だから単に憧れ、みたいなものだけかもしれないのだけれど……。」

 「そう、なんだ。」リュウは自分の将来を思った。リョウと一緒にヴァッケンに立つのか、それとも、音楽は生涯の趣味として自分に合った別の仕事を探していくのか。まだ全く見当もつかなかった。

 「リュウ君もこれから高校生でしょ。将来の夢とか、あるの?」

 リュウはふとリョウを見上げた。その期待に満ちた眼差しはギタリスト、と言って欲しいのかもしれないと思いつつ、「まだ、わからないんです。」と正直に答えた。

 「そっか。そうよね。……でも、きっと一生懸命目の前のことに取り組んでいたら、ステキな未来が切り開けると思う。」

 「は、はい。」

 「ギタリストでも、何か別の道でも。」

 もしかするとアオイは自分の思いを知っているのかもしれないとリュウは思った。それからレコード会社の関係者、音楽雑誌の編集者、リョウの音楽仲間に次々と挨拶をし、関係者席でステージを観ていたミリアに力いっぱいのハグをされ、そしてライブは終わった。


 「良かった、良かった。」ミリアは、リョウとリュウと帰途に着きながら、車中、そう引っ切り無しに言い続けた。「本当に良かった。リュウちゃんの音楽もギターも、とっても優しいのよね。でもどうしてリョウのギターと合うのかな。曲にそうゆう、二面性があるのかな。そうねえ、親子だしねえ。」そうぶつぶつと面白そうに呟くミリアの横顔を、キラキラとネオンが照らしていく。

 「まあ、ともあれいいライブだったよな。」リョウも深々と背に凭れながらぷつんと呟く。「何か、いい雰囲気だった。」

 リュウは気恥ずかしくなって言った。「次はリョウだね。」

 「何が。」

 「ツアー。」

 「そうだな。」リョウは何でもなさそうに言った。ツアーもライブも、最早日常なのである。

 「僕も高校受験がなければ、行くんだけどな。」

 「まあ、ほぼほぼ日本縦断だからなあ。……でも、ラストの東京は来んだろ。」

 「うん。」

 「じゃあ、いいじゃねえか。」

 「うん。」

 心地よい疲弊感がリュウの瞼をそっと閉じさせる。瞼越しに街の光が煌めいたり、夜の闇にのまれたりした。リュウはふと、このままタクシーに乗って三人でどこか遠くへ行ってしまいたい、とそんな気を起こした。やはりどこまでも天才的な技量を持つ、なのに愛情に満ち溢れたリョウと、そんなリョウと自分とを紛れもなく世界で一番愛してくれるミリア。いつまでもいつまでも、この三人で夜の街を彷徨していたい。リュウは知らず夢の世界へと誘われて行った。

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