多幸
アキがスティックを高々と掲げ登場し、次いでシュンが躍り出るようにして客を煽った。そしてリョウが片手を上げながら上手の方へとやってくる。
「リョウ!」歓声が一気に上がった。
三人は下手を見た。最後にやってくるのは三人と比べるとまだ体も小さい、リュウである。リュウは固い笑みを浮かべながら客席に向かって手を振り、そして中央に進み出ると、溢れるような音でアキのリズムに合わせ、華麗なタッピングを披露した。それに合わせるようにシュンとリョウの音がユニゾンを奏でていく。
客席はいつしか揺れるように蠢いていた。これは思い出深き、リュウが最初に作った曲である。とはいえ、まだ作曲の方法もわからない程小さな頃、リュウが弾き始めたお気に入りのフレーズにリョウが伴奏を付け、そして曲に仕上げたものである。クレジットは無論リュウになってはいるが、幼少時の曲に関してはリョウが完成させたものばかりであった。
そんなリュウの曲は一言で言えば、幸福感に満ちていた。物心の付いた頃から両親はお互いを、また子供を心から愛したし、争いやいがみ合いとは無縁のまま成長した。日々は、物語の最後にある、「これで二人は無事に結ばれましたとさ、めでたし、めでたし」の延長線上のように過ぎていった。中には喧嘩をしたり、果ては離婚をしたりしてしまう夫婦があると知ったのは、リュウがだいぶ大きくなってからのことであった。だからリュウの曲は疑いもなく幸福で満ち満ちていて、聴く者の心を純化さえした。
リュウはそろそろそれこそが自分の持ち味であるということに気付き始めていた。芸術とは個性の発現である。リョウが常に絶望から這い上がるエネルギーを音で体現しているように、自分にも音楽を通じて、自分の生き様を生かすべき方法がある。――それは、誰よりも愛情を注がれて成長したということ。
リュウはだからいつもミリアを、リョウを思ってギターを奏でた。そうすれば自ずと音は愛に満ちてどんどんと輝きを増していったから。
ミリアはいつも美しい笑顔を振り撒きながら生きている。リョウや自分、愛猫の白はおろか、ギターも、料理も、家も、果ては世の中の全てを愛しているようにさえ見えた。リョウも口は悪いが何だかんだ言って、ミリアを何よりも大切にしていることは明らかであるし、もちろん自分のことを常に気にかけてくれていることも十分すぎる程わかっていた。特にギターを弾いているとリョウはいつも楽し気に寄ってくるのだ。いつの間にやら勝手に合わせてバッキングを弾いてくれることもあったし、作曲に行き詰っていると一緒に考えてくれたり、もちろん完成させてくれたこともあった。
もちろん音楽以外であっても、近所の美味しい行きつけの中華屋に連れていってくれたり(そこの親父さんがリョウとハーレー仲間なのである)、ミリアの誕生日プレゼントを買うのにあちこち買い物に連れていってくれたり、それからライブも、(バイクの後部座席で自分が恐怖に絶叫するだけの)ドライブも、リョウとの思い出は思い出すだけで頬が自ずと緩んでくる。それを、音に籠めるだけで良かった。この世は愛に溢れている。無限に、溢れている。
いつの間にやら曲はどんどん過ぎていった。MCは基本的にはリョウとシュンとの掛け合いで行われ、シュンはいつものことながら人を笑わせることばかり言うので、時折漫才のような体を成すこともあったが、それもLast Rebellionのファンにとっては慣れ親しんだものである。ふと客席を見ればLast Rebellionのファン、いわゆる精鋭たちの姿もある。
「次で最後の曲だ。ほら、何か言え、リュウ。」
突如シュンにふられる形でリュウの心臓はどくん、と大きく脈を打った。
「え。」リュウは頬を赤くした。
「え、じゃねえよ。こいつね、さすがリョウの息子。人前で喋るのは厭だってリハ中だだ捏ねるんすよ。でもね、リュウは学校じゃ優等生なんですよ。頭も良くってテストのたんびに堂々一位。」
おおお、と歓声が上がる。リュウはますます顔を赤らめ、シュンを睨んだ。「やめて下さいって!」
「さすがだろ、優秀な父親に似たんだな! あっははは!」リョウはそう哄笑して仰け反った。
「……優秀なこいつ、この間まで六本木ヒルズのことアイドルグループだと思って奴だかんな。」ぼそり、とシュンが呟き客席は失笑に包まれた。「で、AKBが出てきた時、KGBの親戚かっつってたかんな。そういうのに枚挙にいとまはねえ程、優秀だ。」
「いつの話だよ!」リョウがシュンの肩を引っ掴む。
「あ、あの皆さん!」リュウが慌ててマイクを掴んだ。「今日は僕のセカンドアルバムのレコ発に来てくれてありがとうございました! 高校受験までちょっとお休みしますが、無事どこかの高校に入れたらまたCD出したりライブやったりするので、その時はよろしくお願いします! では、これで最後の曲です! Sign!」
慌ててアキが最初のシンバルを鳴らす。リョウもぱっとシュンから手を離すと、イントロのリフを刻み始めた。
客席をちらと見遣ると誰もが笑い、中には腹を抱えている者もいた。リュウはほっと安堵の溜め息を吐いて、再び胸中にリョウとミリアの姿を思い描きながら泣きのフレーズを奏でた。ふと上手側を見るとリョウが満足げな笑みを浮かべつつ、五度上のユニゾンをリュウと全く同じビブラートを掛けながら奏でていた。このままどこまでも歩んでいけたら……。ふと、リュウの脳裏にはそんな願望が芽生え始めていた。