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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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黎明

 そうしてリュウのレコ発ライブの日が来た。いつも以上に勉強や睡眠をないがしろにしてまでギターにかかりきりとなり、リュウがその日を心待ちにしていることを誰よりも知っていたミリアは、ライブハウスの前にたくさんのひまわりを用いたスタンド花を立ててやった。ミリアばかりではない。本番のその日、レコード会社やリョウの友人、ファンらによって、小さなライブハウスの入り口はあたかも花屋の如き様相となっていた。

 リュウは当日のリハを終えるとそこに佇み、一人、喜びというよりは身の引き締まる思いを感じていた。--これらは自分がリョウとミリアの子であるから与えられたものである。もし自分がただの将来、ギタリストになりたいと思っているだけの中学生であったなら、これらはただの一つもなかったに相違ない。そればかりか――、CDを出すことはもちろん、ライブだのTV出演だの、そのようなものは一つだって与えられなかったに相違ない。これを当たり前だと、自分の技術やセンスによるものなどとは思ってはいけない。そう、馥郁と香る花の匂いを嗅ぎながら、強く念じるように自分に言い聞かせた。

 「なあに、やってんだ。」突然後方からリョウに声をかけられ、リュウはぎくりと肩を震わせる。

 「……否、お花が、たくさん、あるなあって、思って。」自ずと返事はぎこちなくなる。

 「ああ、ああ。ミリアのやつ、あれこれ楽しそうに悩んでたなあ。……これにしたんか。」リョウはひまわりの前に顔を突き出す。「可愛いモンじゃねえか。」

 それはひまわりが可愛いのか、ミリアが可愛いのか。リュウはそんなことを思いつつ、リョウにライブ直前の緊張を悟られぬよう、ひたすらひまわりを注視した。

 「あっちも、こっちも。お前凄ぇな。なかなかここまでして貰えるギタリストってねえぞ。ありがてえもんだなあ。」

 「それは、僕がリョウとミリアの子だから。」夫婦ではなかったとしても、それだけは何よりも明白な事実だ。リュウはだから噛み締めるように言った。

 リョウは驚いたようにリュウを見詰め、それからぼそりと「ま、正直、それもなくはねえだろうな。」と呟いた。

 「それも、じゃないよ。僕が小学生でアルバム出せて、中学生でその二枚目が出せて、そんでライブまでさせて貰ってしかもチケットが完売するっていうのは、僕がリョウとミリアの子だからなんだ。」しかしそこには不満も諦めもなかった。ただ両親の戸籍上の関係について思い悩むリュウが、今最も大切にしたい事実、であった。

 リョウはしかし、どこか詰まらなさそうにリュウを見詰めていた。

 「でも、それはとてもありがたいって思ってる。そこから本当の評価をされるためには、自分が頑張らなくちゃいけないんだから、結局はギタリストの子供でも、そうじゃなくっても一緒さ。僕は、リョウとミリアの子供なのに所詮このレベルかって思われないために、頑張らなくちゃいけない。」

 リョウは小さく噴き出した。「大したもんだ。」

 「だって僕は、リョウとミリアの子どもなんだから。」リュウはそう繰り返すうちに何だか泣きたくなった。本当に、そんな当たり前のことをどうして役所は認めてくれないのであろう。何がいけないのだろう。

 「そうだ。お前の親父は俺で、おふくろはミリアだ!」

 リュウはその言葉を聞いて涙が出る程に歓喜した。そうだ、それだけで充分ではないか。戸籍がどうであろうと、そんなものは関係ない。リョウとミリアが愛し合い、そして自分がこの世に生を受けた。そして今日まで家族三人、仲良く大切に思い合って生きてきた。それこそが何よりも得難い幸福ではないか。

 「お前がまだ腹に入ってる時な、俺とミリアは初めてヴァッケンのステージに立ったんだよ。」それは既に何度も聴いたことのある話だった。「凄ぇの。地平線の彼方まで埋め尽くす7万人の観客がな、俺らの音を聴いてくれんだよ。その光景見てるとな、マジでこれが現実かって感じでな。俺が長年求めてきたものはこれだったんかって。恍惚となったな。で、絶対死ぬ間際にはこれを頭に思い描いて死のうって決めた。」

 「でも、それから三度もヴァッケンに立てたんだ。」

 言おうとしていた言葉を先に言われ、リョウは照れ笑いを浮かべながら「ま、そうだな。でもミリアと一緒に立てたのは、……つうか腹ん中のお前もカウントすりゃあ家族三人でヴァッケンに立てたのは、あれっきりだ。今度は腹ん中に納まってるんじゃなくって、ちゃあんとギター弾いてる息子とヴァッケンに立てたら、最高じゃあねえか。なあ。」と言って笑った。

 つられてリュウもくすくすと笑い出す。

 「まだ百人のお客さん前に弾くのにだって緊張してしょうがないのに、リョウは考えが早すぎるよ。」

 「俺は二、三十人の客を集めるのがやっとだった時代に、打ち上げでヴァッケン出るっつって豪語して笑われてた口だからな!」

 リュウはその様を思い起こし、更に笑い出した。「リョウは考えなしすぎるよ! でも叶えちゃうんだもんなあ。リョウには神様でもついてるのかなあ。」

 「メタルの神様の気配ならそこいらに感じてるよ。多分あいつら、八百万だな。」嘘だか本当だかよくわからないことを平然と言ってのけ、リョウは近くのコンビニに水を買いに行くと言ってリュウの肩をぽんと叩き出口へと向かって行った。


 オープンと同時に客席はあっという間に埋まっていった。中にはリョウの友人たちもいて、周囲のメタルファンたちのざわめきを生み出してもいった。

 「……おい、あれ、後ろにいるの、I AM KILLEDのタツキさんじゃね。」

 「マジか。一緒にいるのは? ……彼女?」

 「否、妹かなんからしいぞ。ほら、よく物販にいる人。顔に痣がある。」

 「ああ、ああ。いっつもいるよな。何、あの人、タツキさんの妹なの。」

 「らしいぞ。一緒に住んでる。」

 「言われてみりゃあ、たしかにタツキさんと顔似てんなあ。つうか、綺麗な人だよなあ。前、渋谷でのライブん時、俺あの人に『タツキさんに差し入れ持ってきたんで渡して下さい』ってビールとつまみのセット手渡したらさあ、『ありがとうございます』ってにっこり笑ってくれてさ、こりゃ完璧彼女だろって思ってたんだ。なーんだ、妹なんか。」

 「ダメだぞ、妹だろが何だろがお前に脈はねえかんな。」

 「何でだよ。」

 「あの人、医学生らしいぞ。」

 「はあ?」

 「前、I AM KILLEDの客席でウォールオブデスやって、頭打ってぶっ倒れた客がいたんだよ。そしたら、あの人がさっと寄ってきてさ、すぐにその場で処置してくれて事なきを得たことがあったんだ。で、あんまり手際が良かったもんだから看護師さんかなんかやってんすかって、誰かが聞いたら、医者んなる大学行ってますって。なのでまだ見習い以下です、みたいに答えたって。」

 「マジかよ。」

 「だってタツキさんだってな、ああ見えて医者の息子らしいからな。で、バンドやるため親と縁切って上京してきたって。何か昔、メタル雑誌のロングインタビューで書いてあった。」

 「マジか。」

 男二人組は黙ってタツキたちを見詰めた。二人で談笑しながら開演を待っている。そこにぴたり、とSEが止んだ。歓声が上がる。スモークの中ライトの照り始めたステージに、数人の人影が登場してきた。

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