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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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暗雲

 いよいよライブに向けての、初のリハーサルを迎えることとなった。リョウは久々のライブに緊張しているリュウを愛車ハーレーダビッドソンのワイドグライドの後部座席に乗せ、都内のスタジオへと向かった。

 「リョウ! 安全運転してよ!」そう赤信号で停車をするたびに叫ぶリュウは、昔からバイクに乗るのが苦手である。仕方なしに乗せられてしまう時には、いつも大騒ぎである。リョウがバイクで出かけるとなると、決まって「いいな、いいな、私も乗っけてほしいな」などと言い出すミリアを、異星、異次元の住人のように見てしまう。

 「安全運転してんじゃねえか。」リョウは渋々答える。

 「ス、スピード違反してない?」

 「してねえよ。」リョウはちら、と後ろを振り向く。「法定速度はバッチリだ。」

 「でも何か、すっごい揺れてるよ!」

 「こりゃあトルクの揺れだよ。それがハーレーの醍醐味だろが。」

 「何だよそれ!」

信号が青に変わる。リョウは無言でアクセルを回した。再び後部から悲鳴が轟く。

 「泣くんじゃねえよ! 俺が誘拐してるみてえじゃねえか!」

 「誘拐のがマシだよ! あああああ!」

 リョウはリュウの叫びを背に、こいつは一体誰に似たのだろうかと思う。リョウは昔からバイクに乗っていれば、嫌なことの八割方は吹っ飛んだ。変に頭がいいからか、そんな単純さがないのは気の毒でもあった。

 「ほうら、着いた。」

そう言う頃には、リュウは目を充血させ、まさに這う這うの体であった。バイクからふらふらと降り立つと目を擦り、擦り、ほとんど非難するような眼差しでリョウを睨んだ。

 「何だよ。時間ぴったりに着いたぞ。さあて、シュンもアキも来てるかな。」

リュウは慌てて目を拭った。バイクが怖くて泣いていた、などと思われるのは絶対に、厭であった。少なくとも今回は自分がバンドリーダーなのだ。それに自分の曲を弾いている時ぐらい、最強の自分でいたかった。そんな自分を見るも無残に破壊したリョウを、再び睨んだ。


 果たしてシュンもアキも、余程楽しみにしていたのであろう。既にスタジオで準備を始めている最中であった。その最中、「もう、面倒くせえ。Last Rebellionもこれで固定でいいじゃん。」とシュンが呟いた。

 「タツキも悪くねえが、あっちはあっちでバンドが忙しそうだしなあ。今度は韓国だの台湾だの、アジアツアーに出るって話らしいぞ。でかくなったもんだよなあ、大したもんだ。」アキも同調する。

 「ダメだ。」しかしリョウは言下にそれを否定した。「……ダメだ。リュウは受験生なんだから。しかもな、バカの一人もいねえ、進学校なんつう所を受けんだから。」

 「リョウ!」リュウが怒鳴る。「……早く準備してよ。」

 リョウは黙ると、足下のエフェクターを踏みしだいた。

 「いいじゃねえか、リュウ。リョウはな、バカな親からお前みてえな頭のいいガキが生まれて、鼻が高いんだよ。」シュンはそう言ってリュウのいかり肩を撫でた。

 「ミリアはバカじゃない。」

 「おい、俺は?」

 リュウはふん、と鼻を鳴らして「ミリアは滅茶苦茶料理上手だし、ギターだって俺より断然巧い。何だってできるんだ。頭のいい証拠だよ。」と自慢げに言った。

 「おい、俺は?」

 リュウは無言でエフェクターを繋いでいく。

 「リョウ、……お前何やらかした?」シュンが声を潜めて訊いた。

 「……ミリアに、ツアーの土産買ってくんの忘れただけだ。」

 「何度言っても忘れるんだ! ミリアは毎日リョウの帰りを待ってるのにさ!」

 「……じゃあ、しょうがねえ、な。」アキがそう言って甲高いシンバルの音を鳴らした。

 リハーサルは順調に進んだ。それもそのはずである。リョウとシュンとアキの付き合いはもう既に三十年以上に及ぶ。何を言わずとも音を合わせれば一つの世界を生み出すのは至極当然とも言えた。しかし問題は、そこにリュウが加わっても何の不協和音を生み出さないばかりか、漣一つ立てることなく、重厚感と洗練された空気のみをそこに加えていくことであった。それはセンスとしか言いようがなく、新生Last Rebellionと言うのに相応しい音であった。

 シュンはベースを掻き鳴らしながら、胸中、これをLast Rebellionのファンに聴かせたならば、どれほど歓喜してくれるであろうと期待で胸が熱くなった。音は無論のこと、話題性においても絵面においても、この、リュウが最適なのではないか。

 だから二時間半に及ぶリハを終えると、真っ先にシュンが独り言めいて言ったのは、「リュウが入れば面白いんだけどなあ。」という言葉であった。

 初のヴァッケンでのライブを終え、ミリアがギタリストの座を降りてから早十五年、その間一度たりともLast Rebellionにパーマネントなギタリストが入ることはなかった。リーダーであるリョウが入れぬのであるから、シュンとアキはそれに従い続けている、というだけのことであるが、そろそろシュンもアキもその心根に気付きつつある。すなわち、リョウはミリアが復帰するのを待っているのではないか、ということに――。

 レコーディングやら作曲やらには関わっているようであるが、ステージに出ることだけは頑なに拒んでいるミリアが、何を思ってそのようにしているのかはわからないが、リョウはミリアが復帰することを信じているが故に、ヘルプでしかギタリストを入れないのではないかと、そう、シュンとアキには思われてならなかった。

 以前一度、シュンがリョウの自宅にレコーディングに行った時、たまたま二人きりになったのを契機に、ミリアに直接、なぜギターを辞めてしまったのかと聞いたことがある。

 「あら、辞めてないわよう。おうちでは弾いてるの。」ミリアは平然と答えた。

 「そうじゃなくってよお。」シュンは頭を掻き、掻き、言葉を探す。「そうじゃなくって、もうバンドやらねえのかってこと。」

 「リョウの作曲は一緒に考えたりするわよう。ギターソロ考えたり、してるもの。」

 「そりゃあいいけどさ、ステージ立つ気はねえの?」

 「ううん。」ミリアは照れ笑いを浮かべながら、言葉を躊躇した。しかしシュンがミリアの言葉を待ち続けたので、ミリアはどうしても返事をしなければならなくなった。「……おうちでリョウを応援するのも、いいかなって。」

 「おうちで応援?」

 「そう。美味しいご飯作ったり、おうち綺麗にしたり、そういうの。」

 「まあ、……悪くはねえかもしんねえけど、……でもさ、寂しくねえの? お前今までずーっと、それこそガキの頃からずーっとさ、リョウと一緒だったわけじゃん。」

 「うん。」ミリアは俯きながら苦笑する。

 「生活もバンドも何もかもさ。なのに突然あいつだけ急に海外だ、ツアーだ、って家何か月も空けたりするわけじゃん。そういうの、大丈夫なわけ?」

 「リュウちゃんがいるから。」ミリアは意外にも即答した。

 「リュウが?」

 「うん。……ミリアはほら、ママに可愛がられたことがなかったから、ちゃんとママになれるのか、リュウちゃんを可愛いって思えるのか、ずっと心配してたの。」

 「え。」

 ミリアはえい、と自己を叱咤するように言葉を続けた。「虐待って、……された人は自分の子供にもしちゃうんだって。だから、ミリアもリュウちゃんのこと、放ってどっか行っちゃったり、ご飯あげるのやめちゃったり、蹴っ飛ばしたり、そういうこと、体が勝手にしちゃうんじゃないかって。それで、心配で。怖くて。だからリュウちゃんが大きくなるまでは、ママだけをやろうって思ったの。そう、……決めてたの。」

 シュンは暫く何も言うことができなかった。

 「そう、……だったんか。それってさ、リョウには言ってんの?」

 ミリアは俯いて、静かに首を振った。「言って、ない。」

 もし言ってしまえば、リョウに嫌われる。大好きなリョウに軽蔑されてしまう。そんな思いがあったのではなかったか。シュンはそう思い至り、慌てて笑顔を取り繕った。「な、なあんだ。お前、そんなこと心配してたんか。馬鹿だな。たしかにさ、虐待を受けてた人の中には、自分の子供にも同じことやっちまう人がいるってえのは俺も聞いたことあるけど、お前がそんなこと、するわけねえじゃん。ミリアはガキの頃からいつだってリョウが好きでさ、そんな愛情に溢れた人が、んなこと、間違ったってするかよ。」

 ミリアは顔を上げると、安堵したように微笑んだ。

 「んなこと勝手に一人で思い悩んでねえで、リュウも大きくなってきた死さ、俺らもお前とまたバンドやりてえし。ちっとは前向きに考えてくれよ。な。」

 ミリアは笑顔で小さく肯いた。

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