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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
14/39

発売

 ある晩、リョウがスタジオでのリハから帰ってくるなり、既に夕飯の食卓に着いていたミリアとリュウを前に興奮混じりに発した。

 「今度、あいつらが日本来てツアーやるんだと!」

 「あいつら?」ミリアが無心に尋ねる。

 「Damnation Callingだよ!」先日リョウがヨーロッパツアーを一緒に回った、あのバンドである。

 「でな、また俺にギター弾いてほしいんだと。仙台、東京、名古屋、大阪、広島って。」

 その口ぶりからは一応まだ、正式な返事はしていないようであったが、リョウの出そうとしている答えは、何を見るまでもなく明らかであった。リュウはそれを想起してどこか不満げにリョウを睨んだ。

 「まあ、今度は日本でツアーやんの?」ミリアも嬉し気に返す。

 「そうそう。結構あいつらのCD、日本でも売り上げがいいらしくってジャパンツアーの話が来たらしいんだ。」

 「そうなったら、リョウがギター弾くしかないわよう!」

 「ミリア。」何もそんなに早々と結論を出さなくてもいいではないか。リュウは渋い顔をして、肉じゃがを摘まんでいた箸を下ろした。

 「だーって、ずっとツアーではリョウがギター弾いてんだもの。リョウしかダメだわよう。それに国内なら近いし、時差もないし、連絡だってすぅぐつけられるものねえ。」

 「ミリア!」リョウは己が胸中をそのまま代弁してくれたミリアを抱き締める。

 「話、受けてもいいか? ツアーっつってもな、十日できっちり終わるし、それが終わったらLast Rebellionに専念する予定なんだ。だからもう、海外の仕事は暫く、ねえ。」

 「当ったり前じゃないのよう! 絶対全体ツアー行って来て頂戴!」ミリアは嬉し気に身を乗り出す。「あ、そんでツアー終わったら、みんなでうちに遊びに来たらいいわよう。美味しいものいーっぱい、作って待っててあげるから。」

 リョウは満面の笑みを湛え、ミリアの頭を力強く撫でた。その隣で憮然としたリュウに気づき、「リュウも、俺、ツアー行っていいか?」と恐る恐る尋ねた。

 「あ、もちろんお前のライブには絶対行くし。ヘルプが必要なら絶対する。約束だ。俺が言ってんのはな、その後だ。ツアー出んのは、秋だから。」

 「頑張ってきてよ。」ぷつん、と極めて事務的に言った。

 「あ、土産はちゃんと買ってくるからな。その、……ミリアにネックレスとかそういうの。」

 「忘れちゃダメだぞ!」すかさず叫ぶ。

 「そんなの、いらないわよう。」ミリアは遠慮がちに言った。

 「ダメだ、いる、いる。そんでリュウには、……そうだな、仙台の蒲鉾と、名古屋の八丁味噌と、大阪のタコ焼きと……。」考え、考え、どうにか紡ぎ出した言葉を、「僕はいらない。」リュウは言下に断った。

 「僕はお土産より、勉強。受験生だから。夏からは毎日塾の夏季講習行くんだ。」

 「ほお、んな賢そうなやつやるんか。」

 「リュウちゃんが、自分で塾申込んできたのよう。立派なんだから。」

 一体誰の血なのか、とリョウは再び危険な思考に陥りつつ、「大したもんだ。」リュウの頭を力強く撫で摩った。

 「リョウもツアー頑張るし、リュウちゃんもお勉強頑張るし、うちの男の子はみんな立派ねえ。」

 ミリアの足元にいた白がそうだ、と同調するようににゃあん、と鳴いた。

 「ねえ、白ちゃん。そうだわねえ。」ミリアは抱き上げ、老猫に頬擦りをした。

 「そりゃあミリアが家のこと、なーんでもきっちりやってくれるからだ。お陰でリュウはいい子に育って、白も年寄りながら病気一つしねえんだから。」

 「ふふふ。」ミリアはさも嬉し気に身を捩る。

 「それよりちゃんと、ミリアにお土産買ってきてよね。今度こそ、ちゃんとしたやつ。」リュウは幸福な雰囲気に呑まれまいとでもいうようにそう一言訴えると、「勉強しなきゃ。」と言って部屋へと上がっていった。


 リュウのセカンドアルバムの売れ行きは至極良好であった。発売したその週の売り上げではギターインストゥルメンタル部門での一位を取り、レコード会社も大喜びをして、リュウが以前から欲しがっていたマウンテンバイクを特別に送って来た程である。

 「それで、チケットも三回ともソールドアウトですよ。」

 リョウとミリアが微笑みながら、リビングの電話を使っているリュウを見詰めているのである。リュウは冷静さを装うのに必死であった。

 「そうですか。」

 「リュウ君は冷静だね。これはなかなか凄いことなんだよ。今はCDが昔程には売れる時代でもなし、そのせいでライブに足を運ぼうという人もだいぶ減っているんだから。」

「そうですか。」リュウはちら、と後ろで微笑んでいる両親を見た。

「リュウ君はアマチュア経験もないし、まだ、わからないか。……そうだ、どう? 自転車は、乗った?」

 「あ、あれは、……まだ。……高校入学したらあれで通学しようと思っています。」

 「そうか。リュウ君は受験生だったんだっけ。」

 「そうです。だからライブが終わったら暫くライブとかレコーディングはお休みして、勉強に専念するつもりなんです。」

 「そっか、そっか。リョウさん、……お父さんから聞いてるよ。リュウ君、学校での成績一番に頭が良くて、なんでも都内の有名進学校を目指しているんだって?」

 「そんな!」リュウはリョウを睨む。リョウは何だ? と言わんばかりに面白そうに見つめている。「め、……目指しているだけですから。受かった訳じゃないのに。これから受験勉強するんです。まだまだです。」

 「いや、そりゃそうかもしれないけど、リョウさんはとても優秀だってよく褒めているよ。頑張ってくれよ。ライブも楽しみにしているから。リハの日程は前メールした通り。大丈夫だよね?」

 「大丈夫です。その日はちゃんと、塾も休むって言ってありますから。」

 「いやあ、本当にリョウさんの言う通り優等生だなあ。」

 「一体、リョウは何を言っているんですか。」リュウの顔は次第に赤くなってくる。これが電話で本当に良かったとさえ思う。

 「そりゃあ、もう、うちの息子はギター最高だろ、から始まって、頭もいいんだ、成績も学校で一番なんだ、しっかりしててミリアを大事にしてくれるって。まあ、大体そういうパターンだな。」

 「親ばかなんですよ。」リュウは最早隠しようのない程に、耳まで顔を赤くしている。

 「いいじゃないか、親子なんだから。仲違いしているより、断然いい。」

 「そりゃそうかもしれませんけど。」

 「ライブの日も、お父さん来てくれるんだろう? もしかしてヘルプで頼む?」

 「ま、まだ決めてません。」

 「でも、親子でのステージングなんてことになったら、お客さんも大喜びするだろうなあ。リュウ君のファンはだいたいリョウさんのファンでもあるしね。」

 「そ、そりゃあ、わかってます。」

 「お母さんも来られるのかな?」

 「た、多分来ます。」多分どころではない。天地が引っくり返ったって来るに決まっているのだ。

 「そっか、そっか。じゃあ、是非かっこいい所見せてあげてよ。」

 「……はい。」

 「それじゃあ、早速明後日からか? リハ始まるから、風邪なんか引かないようにね。お父さんにもよろしく伝えて。」

 「はい、わかりました。ありがとうございます。」

 リュウは静かにそのまま電話口を置いた。

 「リョウ!」慌てて振り返って怒鳴る。「もう、外で僕のことあんまり言わないでよ!」

 「何をだよ。」

 「成績がどうとか、高校どこ目指してるとかさあ!」

 「だってしょうがねえじゃねえか。みんな聞くんだもん。リュウはどうしてる、ってな。」

 「仕方がないわよう。未来のギタリストなんだから。」

 「僕は、自分の将来は自分で決める!」リュウはそう言い捨てると、慌ててリビングの戸を立て締めて自分の部屋へと戻った。

 「むつかしい年齢なのねえ。」ミリアがしかし呑気にそう微笑んだ。

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