試行
リュウは自宅スタジオでデモを製作しては、それを元に必要なメンバーを呼び出し、都内のスタジオでセカンドアルバムのレコーディングに励んでいた。帰国してからはリョウもそれに加わり、急遽リョウがギターを弾いた曲も数曲、あった。
「最高だな。」リョウはレコーディングルームで出来たばかりの曲を腕組みしながら聴き、唸る。「これ、Last Rebellionでもやってみてえなあ。雰囲気がぴったりだ。」
「だってそれは、アキさんがドラム入れてくれた曲だから。」
「おお、やっぱそうか! どう考えてもこの金物の使い方はアキだよ!」
リョウはそう言ってもう一度イントロから聴き始める。
「リョウがツアー行ってた時、アキさんもシュンさんも、しょっちゅうレコーディング手伝いに来てくれたよ。」
「そっか。ありがてえもんだ。」
「ねえ、リョウ。」リュウは眉根を寄せて言った。
「何だ。」機嫌よさそうにうっとりと目を閉じている。
「あのさ、リョウ、今までいっぱい曲CD作って来たじゃん。レコーディングってさ、……その、……これで完成っていう感覚ある?」
リョウは苦笑しながらリュウを見つめた。「ある時もあれば、ない時もある。」
リュウは長い吐息を吐いた。
「どうした。何か悩んでんのか。」
「……。」リュウは視線を彷徨わせる。「何かさ、締め切りがあるじゃん。だからそれまでに計画立ててレコーディング進めていくじゃん。ただ、それだけっていうか……。もっといいアレンジの仕方とか、ギタープレイがあるんじゃないかとか。そういうのが完成してからも、いつまで経っても払拭できなくって。だからレコーディングって、ただ今の自分の限界を突きつけられるっていうか。」リュウらしからぬ、歯切れの悪い言い方であった。
リョウは腕を伸ばして、リュウの頭を撫で回す。
「そうだ。だから日頃からレコーディングを意識して自分の限界値を上げとくんだ。思いを形にするにはな、ある程度の技術が必須だ。その方が思いを形にできる方法が増える。可能性が増す。それは表現力に繋がる。日頃の鍛錬はだから大事なんだ。」
リュウは肯く。
「まあ、金のあるアーティスト様ならな、何年、何十年もかけてレコーディングやっても許されるがな、そんなのはごく一部だ。俺らは決められた時間内で、最高の音楽を創り上げるしかねえ。じゃねえと人様に聞いて貰えるツールにならねえから。……でもな、それって凄ぇワクワクしねえか? そんな風なことやって生きていけるって、史上最高じゃねえか?」
「……僕、将来どうしたらいいと思う?」
リョウはリュウに顔を近づけて言った。
「俺は俺の人生しか歩んでねえから視野は無茶苦茶狭ぇが、とにかくこれだけは自信持って言える。……音楽は絶対飽きねえってことだ。まいんち発見がある。俺は至上最強だって思う瞬間と、まだまだなんにもわかってねえガキ同然だっていう瞬間がきっかり交互に訪れる。だから一つも退屈しねえよ。お前にもさ、金だのなんだのっつうより、そういう人生を送って貰いてえもんだとは思う。でも、それはきっと音楽だけが特別に経験できるモンじゃあねえんだ。てめえがそういう情熱を注ぎ切れるものがあれば、人生は面白ぇ。死ぬ間際にきっと笑えるようになる。」
リュウはじっとリョウの顔を食い入るように見つめていた。
「お前は、音楽に、そういう……、ジェットコースターみてえな感覚を持ったことはあるか。」
リュウはどこか遠い目をしながら、それでもしっかりと頷いた。「……ある。」
リョウは顔を綻ばせて、「じゃあ、お前には音楽の神が付いてるのかもしんねえ。」
「神?」
「そう。人生楽しめる要素を持ってる奴のことだよ。そういう奴はすぐわかる。内側からにじみ出てるエネルギーが凄ぇんだ。それから味方がぐんぐん寄ってくる。」
「味方はいっぱいいる。アキさん、シュンさん……。」
「そうだよ。集まってくんだよ。」
リュウは暫く何かを考えている風だったが、「そろそろ次の曲、いかないと。」と誰へともなく呟きレコーディングルームへと入って行った。その後姿をリョウは目を細めながら見詰めていた。
セカンドアルバムのレコーディングは順調に進み、そして締切日であるリュウの夏休み前に完成した。リョウがLast RebellionのCDジャケットを長らく依頼しているデザイナーに描いて貰ったジャケットは、リュウの今回顕わしたかった世界観を如実に反映させる風景画で、その、地平線の向こうに星々の煌めく風景画に、リュウは興奮する程喜んだ。
「何だ、あいつ、こんなん描けたんか。綺麗じゃねえか。俺らん時と全然違ぇ!」と、リョウは不満げに言ったが、「それは、リョウがいっつもおどろおどろしいデザインを注文するからだよ。」とリュウに一蹴され、リョウは肩を窄めた。
それよりも、重要であるのは音楽である。しかしそれもリョウに言わせれば、期待以上の出来であり、リュウ以上にリョウの歓びは大きかった。リョウはリュウを引き連れて渋谷だ新宿だ御茶ノ水だと、自分の馴染みの都内CDショップに挨拶へ赴き、リュウのサインに加えて自分のサインも書く始末であった。店長並びに店員に、親子でCD発売のご挨拶に見えたのは初めてですと言わしめ、天才の子は天才なんだとほくほく笑顔で返したのを、リュウに窘められながら帰宅の途に着いた。
玄関に入ると、中からはリュウのアルバムの曲が漏れ聞こえて来る。リビングに入ると、出来上がった夕飯の食卓を並べつつミリアが笑顔で二人を出迎えた。
「おかえりなさい。ご挨拶ちゃんとしてきた?」
「リョウったらさ、」リュウは苦笑を浮かべつつ「セカンドはファーストを超えた。天才の子は天才なんだなんてさ、O店の店長さんに親バカなこと言うんだよ。恥ずかしいったらないよ。」
「うふふ。」ミリアは笑い出す。「あすこはもう随分長いことお世話になってるから。」
「だよな。リュウが産まれた時も、祝いに洋服贈ってくれてんだよ。」
「だったら猶更じゃないか。変なこと言うなよ。」
「変なもんか。今回のセカンドは最強なんだからよお、覚悟して聴けって言っとくのが逆に親切ってモンだろ。」
「でもジャンルの好き嫌いはあるからさ。」
「ギターが好きで今回の曲聴けねえっつう奴はいねえだろ。」
「そんなのわかんないよ。」リュウはそう言って食卓に座った。
「後は明日、無事にCDが並ぶのを待つだけだわねえ。」
「ライブは?」
「来月に三回。夏休みだけにして貰ったんだ。そしたら受験勉強しないと。」
「ほお。」リョウは何か感得したように肯いた。
「リュウちゃんは頭いいから。ミリアとは大分違うのよう。」
「そうだな!」リョウは面白そうに笑った。「お前ん時は0点ばっか取って俺が学校に呼び出されて、そんでユウヤに家庭教師頼んで……。あん時は色々大変だったよなあ。」
リュウはびくりとして耳を澄ませた。リョウとミリアは中学時代から家族同然であったのか。「……リョウとミリアは、中学の頃から一緒に住んでたの?」
リョウは何でも無さそうに、「違ぇよ。ミリアが小学一年の頃からだな。」と答える。
「その時から結婚してたの。」
「何言ってんだ!」リョウは腹を抱えて笑い出した。「んな訳ねえだろ! お前頭いい癖に無茶苦茶だなあ!」
リョウの哄笑はリュウの更なる疑問を封じ込めていく。ミリアはなんだか辛いような苦しいような、妙な笑顔を貼り付かせながら台所へ消えて行った。
「あっはははは! いっくら何でも小学生と結婚しねえよなあ。」リョウはそう言って冷蔵庫からビールを取り出し、呑み始める。
リュウは落胆しながらテーブルに置かれた白パンを千切って口の中に放り入れた。