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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
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 「ただいまー。」美都は一応勉強道具の入ったカバンを肩に掛け、玄関扉を潜った。

 「おかえりなさい。」リビングから明るい母の声がする。美都は一種の緊張感もて、リビングの扉を開いた。

 「どうだった? リョウさん、元気そうだった?」キッチンで夕飯を作りながら母は朗らかに微笑む。

 「うん。そうね。」美都は無理矢理口角を上げた。酷く不器用なものだとは十分に理解しつつ。

 「凄いわよねえ。世界のあっちこっちでライブをして回るなんて。昔から凄い人ではあったけれど。ますます凄い人になっていくわ。」

 「うん。」美都は母の笑みの中に一体何が隠されているのだろうと訝った。「昔っから、リョウさんは、凄かったのよねえ。」だから不自然な言い方になってしまった。

 「そりゃあね。私がミリアちゃんと一緒の学校だったのは、小学校、中学校だけだったけれど、その時既に、リョウさんは全国ツアーだなんだといってあちこちライブに回っていてね。」

「ふうん。」

「その間ミリアちゃんがうちに泊まりに来てくれてね。楽しかったな。修学旅行みたいで。」

「ミリアさん、リョウさんと暮らしてたの? そんなに小さな頃から?」

 美桜はふと手を止めて、何かいけないことだったかと頭を巡らせた。そして、「そうね。」と手短に答えた。

 「小学生の頃から、夫婦だったの?」

 「まさか。」美桜は思いの外真剣になってきた美都を、どこか恐れるように眺めた。「小学生じゃあ、結婚はできないわよ。」必死な作り笑いを浮かべながら、至極当然の物言いで返す。

 「でも。」美都はこの端緒を逃してはならぬと、最早隠しようもなく必死であった。「じゃあ、どうして小学生の頃からリョウさんと一緒にいるの?」

 美桜は夕飯を作る手を止めて、エプロンの裾で手を拭き拭き、美都の前までやってきた。「詳しいことは、言えない。他人様のことだから。でもミリアちゃんはずっとリョウさんのことが大好きだったし、リョウさんもミリアちゃんのことを誰よりも愛していた。だから今はとても素敵な夫婦だし、それに対して他人があれこれ言うことじゃあないわ。」

 「リョウさんは他に結婚している人がいるの?」

 「どうして!」さすがに美桜は驚嘆する。「そんなこと、あるはずがないじゃないの。古今東西、リョウさんはミリアちゃんだけよ。」子どもの突拍子もない思考にさすがに美桜は心労さえ覚えた。

 美都はふうと長い溜息を吐く。「……良かった。」

 「どうして。」美桜は滲んだ美都の目元を、そっと人差し指で拭ってやった。

 「だって、だって、……リュウが悩んでいたから。」

 「何を悩むことがあるのよ。」

 美都は口を閉ざす。約束だけは守りたい。どんなことがあっても。

 「……リョウさんが長く海外に行っちゃってたから、変な心配してたみたい。ああ見えて、子どもみたいな所あるから。」

 美桜はくすり、と笑って「リュウくん、しっかりしてるから、その分色々余計な心配しちゃうのね。そんな必要全く、ないのに。あなたの呑気っぷりを半分あげたいぐらいだわ。」と言った。


 「リョウさんね、重婚なんてしてないって。」部屋に戻って来た美都は声のトーンを落として、そう電話口に向って囁いた。

 「本当か?」リュウも同様に声を潜めて答えた。窓の外からは虫の音が聞こえてくる。夜も更け、リョウとミリアは久々の夫婦水入らずを楽しんでいるのだろう。時折、階下から笑い声げ聞こえてきた。

 「うん。……でもね、ちょっと不思議なことが、あるの。」

 リュウは生唾を飲み込む。

 「ミリアさんがね、小学生の頃からリョウさんと一緒に住んでたっていうの。」

 「小学生の頃から?」

「そう。」

「ミリアのお父さんは、たしかミリアが大学生の時に亡くなってるんだ。お母さんはとうに別れてて、ミリアは顔も知らないって話だけど。でもお父さんだけだったとしても、そんなの絶対許さないだろう。小学生の女の子が大人の男と一緒に住むなんてさ。……ミリアとリョウはどうやって知り合ったんだろう。」そう絞り出したリュウの声はしわがれていた。

 「ギターの先生、じゃないのかな。」

 「ギターの先生か。」リョウは今でもギターの専門学校で教鞭を取ることがあるのだ。

 「そうかもしれない。だってミリアさんもギターを弾いてたんでしょう?」

 「そうだ。」リュウの声が少し元気になった。「リョウのギターレッスンに、小学生だったミリアが通ってたんだ。」

 「それで、先生に恋をしちゃったんだ。」

 リュウはにわかに不機嫌になる。「ミリアがリョウを好きになるのはいいとしてもさ、リョウがそんな、小学生を好きになって一緒に住んじゃうっていうのはまずいだろ。だって十八も年上なんだぞ。そんな、犯罪じゃないか。」

 「さすがに小学生の頃には付き合ってないでしょ。」

 「でも一緒に住んでたんだろ。」憮然と答えた。

 「もしかして、親戚なんじゃない?」

 「親戚?」

 「そう。ミリアさん、預けられてたのかも。」

 リュウは考え込んだ。「……もしかすると本当に、兄妹、なのかな。」

 「戸籍は、間違ってなかったってこと?」

 リュウは暫く沈黙した。

「兄妹だから、……結婚はできなかったのかもしれない。でも、僕ができて……。」

 「リュウは成績も学年一番だしギターも天才で……!」美都は慌てて叫んだ。

 「僕は、……禁忌の子なのかもしれない。」リュウの声は酷く落ち込んでいた。

 「そんな訳ない!」美都は悔し気に怒鳴った。「リュウは頭もよくって優しくって、ギターもめちゃくちゃ巧いし曲だって凄いの創るし、ひとっつも! 本当にひとっつも! ダメな所なんてないんだから!」

 「そんなことないよ。」リュウの声は完璧に落胆のそれであった。「すぐリョウに対して怒りたくなるし、ミリアがリョウを愛していることを伝えようとして失敗するし、レコーディングが巧く行かないとリョウが手伝ってくれないせいだって、思っちゃうし。……甘えてんだ。ダメな人間なんだ、僕は。」

 「そんなの当たり前じゃん。私だってさ、ママと喧嘩するなんてしょっちゅうだよ。そういうもんだよ、親子って。特に同性同士だと気付かなくてもいい所に気付いちゃって、厳しくなって喧嘩しちゃんだよ。」

 リュウは溜め息混じりに噴き出した。「ありがと。慰めてくれて。」

慰めだとわかってしまった瞬間で、失敗である。美都は口をひん曲げた。

「それからミリアとリョウのこと、お母さんに聞いてくれてありがと。これからももし何かわかったら教えてよ。」

「もっちろん。」

「もうさ、事実がなんであれ、本当のことを知っておきたいんだ。」

美都はなんとも言うことができなかった。

「否、やけっぱちって言うんじゃないよ? だってリョウはリョウだし、ミリアはミリアだし、本当の関係が何であってもあんなに仲のいい夫婦ってないよ。」

「そうだよね。本当に。憧れちゃうよ。」美都は訴えるように言った。

「美都んちだって、親父さんとおふくろさん仲いいじゃん。」

「ま、そうだけど。」未だに休日には二人きりでデートだなんて、出かけたりするのだ。仲が悪い訳がない。

「これで毎日いがみ合ってた上で、本当の夫婦じゃないなんて確定したらショックなんだろうけど、うちはその点、大丈夫だから。」

「そうだよ。リュウは何も心配することない。」美都は母が言っていたことを繰り返した。

「ありがとう。じゃ、そろそろ切るよ。また明日。テスト頑張れよ。」

「わかってるって。」美都は思わず噴き出す。「おやすみ。」

「おやすみ。」

 リュウはそう言って電話を切ると、そのまま自分のギターの映し出された待ち受け画面をぼうっと見詰めた。

 果たして、リョウとミリアは一体どうやって知り合い、結婚をしたのだろう。ミリアはモデルもするぐらいに容姿がいいのだから、きっとリョウ以外からもアプローチはされていたに相違ない。でも美桜の言うように、小学生の頃からリョウと結婚することを願っていたというのなら、ミリアはその生涯のほとんどを、リョウのことだけをずっと愛し続けて現在に至る、ということになるのではないか。それはくすぐったくも、どこか羨ましいような、輝かしいような思いをリュウに抱かせた。しかしリュウはそんなことを考え付いた自分に気恥ずかしくなり、ベッドに転がった。いつか自分もそんな風に人を愛したり、愛されたりすることがあるのだろうか。その人は一体どんな人なのだろう。リュウは目を瞬かせ、いけないいけないとでも言うように首を振ると、突如ギターを抱え、勢いよく弾き出した。

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