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BLOOD STAIN CHILD Ⅵ  作者: maria
10/39

同苦

 なぜ自分の両親は結婚をしていないのだろう。あんなに、いつだって仲良さそうなものなのに、一体何があったのだろう。他の両親が当たり前のようにしていることを、なぜうちの両親だけは、していないのであろう。

 リュウは美都が自分の部屋にやってきて勉強をし始めてからも、そんなことを考えながらギターを弾き続けていた。

 「ねえ、ちょっと私、リュウに言っておきたいことがあるの。」

 物々しいその言いぶりに、リュウの手がはたと止まった。「え、何だよ。」

 「あのね、実はね……。」美都はシャープペンシルを握ったまま、リュウの座っているベッドの傍までやって来ると、立ったまま俯き、「私、実は、リョウさんのこと、好きだったの。」と呟くように言った。

 リュウは目を瞬かせた。「ああ。なんだ。……それ、何となく知ってた。」

 「ええ、何で?」美都は口許を両手で覆って、小さく叫んだ。

 「何でって……。」リュウは暫く考え込む。「だって美都はいっつもリョウのことばっか見てたじゃないか。ギター教わってる時も、うちでご飯食べてる時も。いつでも。……なんか、そんなの、見てりゃあわかるよ。」

 「ええ、どうしよう。どうしよう。」美都は頬を赤く染めた。「ミリアさんも気付いてたかなあ。」

 「どうだろうね。」至極関心がなさそうに言った。

 「でも、でも、リュウが気づいてるぐらいなら絶対ミリアさんのが気付いてる!」

 「でもミリアは美都のこと、気に入ってるし。」

 「でも、それとこれとは話が別じゃないの?」

 「でも今更しょうがないじゃあないか。昨日今日の話じゃないんだし。」

 美都は図星を指され、赤い顔をして押し黙った。

 「ミリアは優しいから、大丈夫だよ。許してくれるよ。」

 「そ、そう……。」美都は何やら口元を歪めながら考え込んだ。

 「っていうか本当に今更だよ、今更。何でそんなこと今更言うの?」

 「……あのね、もう、リョウさんを好きでいるのは、やめようと思って。」

 「ふうん。」リュウは再びギターを爪弾きながら、興味なさげに肯いた。

 「っていうか、リョウさんは見ているだけで良かったの。別に付き合いたいとか、じゃなくって。」

 「それは困るよ!」思わずリュウは声を荒げ、指を停めた。「いくら美都だって、うちの家庭をぶち壊したらただじゃおかないからな! ってか絶対美都のおばさんだっておばあちゃんだってぶちキレるよ! だって美都のおばさんはミリアの親友なんだからさ。」

 「わかってるわかってる! だからそんなんじゃなくって! ……リョウさんがギター弾いてる所見てるのが幸せなだけだったっていうことに、気付いたの。あの音っていうか、曲っていうか。」

 「なーんだ。それは好きじゃなくって、ファンって言うんだよ。」リュウは安堵したように言った。 「リョウにはファンがいっぱいいるよ。世界中にいるんだ。美都もその一人ってことだ。全然珍しいことじゃない。」

 「ああ、そうか。」美都は茫然と呟いた。「……じゃあ、これからもファンでいたらいいのか。」

 リュウは可笑しそうに微笑んでそれには答えず暫くギターを弾いていたが、はたとギターの手を止めると、「……ねえ、美都。」と小声で囁いた。

 「なあに?」

 リュウは深々と溜め息を吐いた。美都のおそらくは一世一代の告白を聞いて、自分もなんだか最早一人でため込んでいられないような心境になったのである。

 「あのさ、俺も聞いてほしい話があるんだ。」

 「なあに?」

 「凄い変なことを言うけど、……いい?」

 「いいよ。」美都は不思議そうにリュウの顔を凝視した。

 「あの、……もしかするとさ。リョウとミリアは本当に結婚してないかもしれないんだ。」思ったよりスムーズに言葉は紡がれた。

 美都は眉根を寄せて「……何でそんなこと、言うの?」とほとんど非難するように言った。

 「……内緒だぞ。おばさんにも、絶対誰にも言うなよ?」

 美都は怪訝そうな顔つきをしながら、小さく、でも確かに肯いた。

 「その……この前、区役所にパスポートの申請に行ったんだ。その時、戸籍謄本っていうのを見たらさ、リョウは僕のことを、認知していたんだ。」改めて言葉にすることで、心臓が冷たくなっていくのをリュウは感じた。

 「認知?」

 「そう。……結婚している夫婦の間なら、認知なんていらない。つまり……。」そこから先はさすがにい憚れた。

 「まさか。」しかし美都は、その無言をたしかに理解した。だから喉の奥に張り付いたように、変にくぐもった声で、「何かの、……間違いじゃないの?」そう尋ねた。

 「区役所の人は、間違いはあり得ないって言ったよ。」

 「……でも、どうして?」

 「わからない。」

 「お母さんに聞いてみようか?」

 「バカ! 誰にも言うなって言ったろ?」

 「ごめん。」

 「とにかく、もう少し情報を集めてみないことにはなんとも言えないんだけれど、リョウとミリア、その、……結婚、……してないのかもしれないんだ。」リュウの声は悲痛に響いた。

 「でも、でも、……リョウさんとミリアさんは、とても素敵な夫婦だわ。本当に私から見てても、憧れちゃうぐらいにとっても仲良しだし!」

 「それは、子どもの僕から見たってそうだ。」

 美都は安堵の笑みを溢した。

 「ミリアはツアーで何か月も家空けられても、ギターばっかり弾いてて放ったらかしにされても、とにかくとにかくリョウを好きなんだ。それは、間違いない。」リュウはそこまで言って虚ろになった視線を下げ、「だから、もし、リョウに結婚できない理由なんかがあったら、僕は一生許さない。」と呟くように言った。

 「結婚できない理由って?」

 「たとえば、日本で禁止されているのは、……重婚とか。」

 「まさか。そんな。」美都は慌てたように言った。

 「わからない。だから、これから情報収集してみるんだって。」

 美都は苦しく肯く。「……リョウさんが他所に家庭を持ってるなんて、絶対あり得ない。区役所の人だって、人間だもん。間違いぐらいあるはずだよ。絶対そう。」

 「そう。俺もそう、信じてる。」しかしその言葉とは裏腹に、リュウの鼻梁にはいかにも苦し気な皺が寄っていた。

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