8.Attacco
「へー、ブレイトさんの家は神職だったんですか」
「そうです。お仕事、いっぱい」
アルバートが上で物騒な会話を繰り広げているとは知らない二人はのほほんと世間話を続けていた。
「航海の安全大事。だから私の家、お金いっぱい渡される」
「へー……航海かぁ。私、海に行ったことないから憧れるなー」
「リアさん、海行ったことない?」
「はい、私山の方の出身なので。といってもブレイトさんのと違って本当に何も無い、イメージそのまんまの村ですよ。畑があって山があって川が流れてて」
リアは故郷を思い出したのか、ニコニコと笑いながら話し始めた。
「あ、でも年に一回格闘大会があって。一応私、六連覇してるんですよ?」
「それすごいですね! だからゴブリンボコボコできた」
「ホブゴブリンに受け止められてからは返り討ちでしたけどね……」
「ご、ごめんなさい。変なこと言った」
「いいんです、実力が無いのは自分でも分かってますから」
その時のことを思い出したのか、リアの表情が曇る。ブレイトは慌てて両手を振って謝った。
しかしリアは責めることなく、天井を見上げて息を吐いた。
「村では歳上の男の子相手でも余裕で勝てて。この力をもっと多くの人のために使いたい、って駄々をこねて出てきたんですけど。最初に入った所では荷物持ちぐらいしか任せてもらえなくて」
「荷物持ちは荷物だけ運んでればいい」と大したことも教えてもらえず、扱いに不満を抱いたリアは早々にそのパーティを辞めた。
しかし新しいパーティへの就職活動や個人での活動をしていくうちに町には自分なんかよりも強い人達がゴロゴロしていることに遅ればせながら気付いた。
野生の獣には人型の物を倒すために作られた拳法は通用しないことに気づかされた。
そのうち、彼らが自分にああいう扱いをしたのは自分のやり方にも問題があったことを察し始めた。
こうして満々だった自信や高かったプライドは完膚なきまでにへし折られた。
しかし村に帰る選択肢は選べなかった。
「父に約束してしまったんです。名前が知れ渡るようになるまで村には帰らない、って」
それだけの覚悟を示していたから、父は折れてくれたのかもしれない。
しかし覚悟だけで活躍できるほど現実は甘くなく、自信満々で言ってしまった目標は自らを縛る鎖になっていた。
明日はどうなってるか分からない、不安定なその日暮らしを続けること一年。
ある日、いつも通りに依頼が沢山貼られた掲示板に目を通していると後ろから突然声をかけられた。
それがティント達だった。
「ティントさんはどれだけ実力が無くても、初めて私がやりたかったことを『やってもいい』『一緒に頑張って成長しよう』って言ってくれたんです。……だから、守りたかった」
思いの丈を吐き続けるリアの言葉を遮らず、ブレイトは黙って聴き続けた。
「いつも思うんです。私にもっと力があったら、余裕があったら、知識があったらスーラさんも救えたんじゃないか、って」
「それ、分からない。結果論、何でも言えます」
「分かってます、分かってますけど! でも……うっ」
「リアさん、大丈夫ですか?」
興奮しすぎたのか、リアは咳き込み始めた。ブレイトがその背中をさするがそれが止む様子はない。
ますます苦しそうに体を丸めさせるリアのただならぬ様子を見て、ブレイトはベッドの脇に置いてあったナースコールのボタンを押した。
その伸ばした腕を突然リアが握りしめた。
「リアさ……?」
折れているはずの手に込められた強い力にブレイトは思わず言葉を失う。
荒い呼吸のままあげられたリアの瞳孔は開いており、明らかに常人のそれではなかった。
まずい、とブレイトが感じた時にはすでに遅く。
「大丈夫ですか⁉︎」
医師やアルバート、看護師らが病室に飛び込むのとほぼ同時に、ブレイトの右胸をリアの左腕が貫いていた。
看護師が悲鳴を無理矢理口の中に押し込めるが、その微かな声に気づいたリアはゆっくりとアルバート達の方を向いた。
その肌はじわじわと自分を犯した物と同じ色に変わっていた。
「そんな、予定では明日の夜のはず」
「そんなこと言ってる場合か!」
次の標的を見定めたのか両の口角を引き上げて笑うリアを前にして恐慌状態にある医師達を叱咤してアルバートが一歩踏み出す。
その時、聞こえるはずのない声が響いた。
「はぁーあ。気に入ってたのにな、このワンピ」
声の主は逃げられないように左腕でリアの腕をしっかりと握りしめると、声に反応して振り返ったばかりの頭に全く加減されていないハイキックを食らわせた。
不意打ちを食らったリアはその勢いのままベッドの脇に備え付けられている金属製の柵に強く頭を打ち付けて倒れた。
「か、確保ー!」
リアが意識を失ったのを見て、職務を思い出した医師達が慌ててベッド脇に突入する中、功労者はその邪魔をしないように脇に寄ってそのまま病室を出ようとした。
「おい、どこにいくつもりだ」
入口の前に唯一残っていた男に声をかけられ、足を止める。
「宿に戻る。さすがにお仕事の邪魔をしてまで見舞うつもりはないからな」
「ならせめてその胸に開いた穴は隠していけ」
「穴? そんな物はないぞ」
血で染まっていない布を引っ張り、無傷の胸を見せつけてくるブレイトにアルバートは苛立たしげに舌打ちしてから自分が羽織っていた上着をかぶせた。
「お前は良くてもすれ違う奴らが困るんだよ。貸してやるからさっさと宿に戻って代わりの服を着てこい」
「……ああ、そっちか」
妙に納得した風のブレイトがぶかぶかな上着のボタンをきっちりしめる中、アルバートは厳しい目つきで呟いた。
「その体は『爆弾』とやらの副作用か?」
「おや、覚えていてくれていたのか。会っても話に出してくれないからすっかり忘れ去られていたものだと思ってたぞ」
拘束するための金具の音が背中越しに聞こえる中、ブレイトがからからと笑う。
「詳しい話を聞いたら後には引けなくなるが構わないか?」
「見てしまった奴を皆殺しにしない程度の秘密程度で人を脅そうとするな」
「つれないな。……今晩の七時にアスールの酒場で落ち合おう。また後で」
あっさりと論破されてしまったブレイトは口を尖らせながら一方的に予約すると病室を後にした。




