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4.Cattivo esempio

「おーい、俺だー。開けとくれー」


 農夫が門の前で大声を上げると反対側から軽い返事が聞こえ、木で出来た門が地面を擦りながらゆっくりと開き始めた。

 村の周囲には簡素ではあるがトゲの生えた鉄縄を巻きつけた柵が張り巡らされており、一応外敵から村を守る準備はなされていた。

 しかしそれだけで身を守れるわけがない。だからこそ村外の人々に助けを求めたのであろう。


「おう、お帰り」

「ただいまー。一緒に今回の受け手も運んできたぞ」

「お、中にいるのか? じゃあ村長に伝えてくるよ」


 農夫の言葉に門番は見張りの台から飛び降りて走っていった。

 荷台を降り、軽くストレッチをして体を解すアルバートとブレイトにティントが呼びかけた。


「よし、それじゃ早速森に入ろうか」

「はぁ?」


 アルバートがわざと(・・・)不満げに聞き返すと早速、というより案の定ベラーノが噛み付いてきた。


「何よ、森のゴブリンを退治するだけでしょ? 何が不満なのよ」

「まずは依頼主に詳しい話を聞かないと駄目だろう。ひょっとしてこの森全部をしらみつぶしに探す気か?」


 本当は挨拶やら契約条件の確認やらそれ以外にも色々と依頼主とは話すことがあるのだが、それを今言っても癇癪娘(ベラーノ)が聞くとは思えないので、アルバートは共感が得られそうな条件だけ口にした。

 すると村の周り一面に広がる木々を見てティントも考え直したらしく、顔を引きつらせながら頷いた。


「そ、そうだな。俺たちも森に入る前に村長の家にいこうか」

「さすがアルバートさん」

「お前の情報のおかげだ」


 ティントが方針をあっさり翻したことにリアが小声で拍手を送るが、アルバートは素っ気なく返した。

 すると褒められたからか、リアは「えへへ」と照れた声を上げて頰をかいた。


「ああ! ようこそおいでくださいました!」


 家が近くにあったのか、村長と見られる小太りの男がものすごい勢いで駆け寄ってきて先頭にいたアルバートの手を取った。


「まさかまた来ていただけるなんて……(わたくし)、感激しております」

「御託はいい。現在の状況を教えてくれるか?」

「はい、ただ今!」


 そう元気よく答えた村長の後をついていくと、周りの家とそう変わらない大きさの一軒家に通された。


「村長の家にしてはしょ……」

「しっ!」


 思ったことを口走ったベラーノをスーラが咎めるが、運が良いことに村人たちの耳には届かなかったらしく表情を変える者はいなかった。


「えー、これが村の周りの地図です」


 村長がテーブルの上に、村とそれに繋がる道以外は木々の緑と岩山の茶色しか描かれていない簡易的な地図を広げた。


「ゴブリンが最初に見つかったのはここら辺で、次がここ。最新はここですね」

「今の所はその三ヶ所か?」

「はい、そうです」


 アルバートとクランが覗き込む中、迷い無く村長は地図の森に赤鉛筆で点を打っていく。


「……だんだん村に近づいて来てるか?」

「偵察範囲を広げているだけかもしれない。村長、群れの数は?」

「全部三、四体ぐらいの群れだったらしいです、ハイ」

「じゃあ偵察隊で間違いないな。狩りの時や攻め入る時はもう少し多めで行動するはずだ」


 アルバートは手持ちの鞄からコンパスと鉛筆を取り出した。


「村長、俺も書き込んでいいか?」

「ええ、もちろんです!」


 許可を得たアルバートはコンパスを広げると赤の点が線にかかるように円を書き始めた。


「これは何を書かれているんですか?」

「この赤点が偵察範囲の限界とした時……っていう仮定法だな。建物のある所と反対の方に中心を打って……重なる所に巣があることが多い」


 そうしてアルバートが書いた三つの円の重なる位置の近くには岩山の記載があった。


「この場合だと……この岩山のどこかを拠点に動いてる可能性が高い、ってことですか?」

「そうだ。ゴブリンは洞窟を巣にすることが多いから可能性は高いだろう」

「おや、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」


 問答を繰り返すアルバートとリアにブレイトが嫌らしい笑みを浮かべる。

 その生温かい視線をアルバートは頭から無視したが、リアは妙に固い表情を浮かべてブレイトに話しかけた。


「ブレイトさん、今なんといいましたか?」

「え? えー、いつの間に、お二人、仲良くーなりましたか?」


 まさか言葉が通じないはずのリアに聞き返されると思っていなかったのか、ブレイトはやや狼狽しながら片言で返した。


「昨日の夜、不寝番を一緒にやった時に色々と教えてもらったんです」

「そ、そうなんですか。良かったです、ね」


 ブレイトは困惑、リアは歓喜の眼差しとガッツポーズをアルバートにそれぞれ送る。

 しかしアルバートはそれに全く目もくれず、勧められた椅子に座り村長の奥さんからもらったお茶に口をつけてながら村長との会議を続けていた。


「この岩山に洞窟は?」

「それなんですがね……ここらへんの山はあちこちに洞窟があって」

「逆に絞りきれない、と」

「はい……分かっていればもう少しお助けが出来るのですが」

「あのー、残りのお連れ様はどちらに?」

「え?」


 三つのカップを載せたお盆を持って困惑する村長の奥さんにアルバート達は腑抜けた声を返した。

 言われてみればさっきから三人の声を聞いてないなとアルバートとリアが辺りを見回す中、ブレイトは広間を飛び出した。

 そしてすぐに戻って来た。


「先を越された! 村長! 同じ地図をあと二つくれ!」

「え、えぇ?」

「村長、これと同じ地図は二つ以上あるか?」


 気が動転しているのか、アビレオ語でまくし立てるブレイトの言葉をアルバートが訳すと、村長は同じ棚からすぐに地図を持ってきた。

 アルバートは地図をひったくると最初の地図とほぼ同じ所に乱雑な丸を書いて女性陣に投げ渡した。


「少なくとも家の中には入っていた。適当だろうが話は聞いていたはずだからその円の辺りに向かっ」

「分かっている!」

「あっ、ブレイトさん!」


 そう言ってブレイトは再び広間を飛び出していった。

 履いている金属製の靴がきちんとはまっているか確認のためつま先で床を叩いていたリアもその後を慌てて追った。


「……最近の若者は元気が良すぎますな」

「一応俺もまだ若者って歳なんだが?」

「あ、いえ、そんなつもりでは」


 気を害したと思ったのか慌てて弁解する村長にアルバートは小さく笑った。


「別に構わないさ。……俺もバカな後輩の尻拭いに行ってくるかね」

「は、はい。お願いします、シナトラさん!」

「俺はシナトラなんかじゃない。……ただのアルバートだよ」


 そうアルバートはどこか遠くを見ながら否定していた頃、獣道すらない森の中を突き進むティントとベラーノにスーラは声をかけていた。


「ねえ、本当に良かったの?」

「何が?」

「リアにしろブレイトさんにしろ、戦闘時は私達の盾になってくれる人よ。連れて行かない選択肢はないように思えるんだけど」

「何、大丈夫さ。ゴブリン程度の攻撃、俺だけでも防ぎきれるって」

「そうよそうよ。それにたった三、四体ぐらいならどっかの口うるさい傭兵なんて放っておいても私達だけでできるわ」


 妙に自信満々な二人の様子にスーラは安心したように息を吐いた。


「さぁ、さっさと仕事を済ませて、村の人達を安心させてやろうじゃないか!」

「おー!」


 そうして鼻息荒く森を進んでいくはいいものの、この広大な森でそう簡単にゴブリンに出くわせるわけがない。

 さらにいえば、地図無しに何の特徴も無い森の中を目的地に向かって進むことが無謀である。

 そんな最低限のことも知らない三人は当然のように道に迷い、集中力もだんだん切れていった。


「ねぇねぇティント、あんなとこに野苺があるよ」

「野苺か、そういや最近食べてないな……。少し採っていこうか」

「うん!」

「月夜草に狐竹……素材になる植物が一杯生えているわ。これを卸せれば……」


 その結果、依頼に全く関係ないことに夢中になった三人は彼らの視線の外にある草むらが小さく音を立てて震えたことに全く気づかなかった。

 そんな彼らをあざ笑うかのように木立の隙間を縫うようにして数本の矢が飛ぶ。

 勢いは弱く狙いも甘かったが、それでも動かない的に当てるには充分だった。


「あっ!?」


 ほとんどはティント達の防具に当たるだけだったが、その内の一本が運悪く、ベラーノの頰を掠めて、わずかな血飛沫を散らした。

 思わず苦痛の声を上げたベラーノに、ティントとスーラの視線が向く。

 その隙を待ってました、と言わんばかりにゴブリンは粗悪な弓を投げ捨てながら草むらから飛び出すと三人に向かってやや太い木の棒を振りかぶりながら突っ込んできた。


「くそっ! ゴブリン共め!」


 ここでようやくティントは剣を抜き、浅く裂かれた傷口を魔術で治すベラーノのフォローに入る。

 スーラが小声で何かをブツブツと呟くと、彼女の前に巨大な水の球が現れた。


「薙ぎ払え!」


 その言葉と同時に水の球から巨大な水流が飛び出し、背丈の低い草木を押し流す。

 その濁流に飲まれたゴブリン達は後ろにあった木の幹にぶつかり水流に押しつぶされて絶命した。

 仲間がいとも簡単にやられた様を見た残りのゴブリンは何か耳障りな喚き声を上げると一目散に足を翻した。


「逃がすか! 追うぞ!」


 抜き身の剣を掲げてティントが指示を出して駆け出す。治療を終えたベラーノとスーラもその後に続いた。

 ゴブリンに自分達の痕跡を消しながら移動するような知恵はないため、その痕跡を追いかけることは特徴さえ分かっていれば歳半ばもいかない子供でも問題なく行える。

 そんなわけで三人は一回も足を止めることなくゴブリンが逃げ込んだとみられる洞窟にたどり着けた。


「これはまた、親切なことで」


 洞窟の入り口にはここには何かが潜んでますよ、と言わんばかりに木の枝と一本の角が生えている獣の頭蓋骨を組み合わせて作られた人形(ひとがた)が一つ突き刺さっていた。


「光よ、我が手に集い辺りを照らせ」


 スーラが魔法を唱え、光球を生み出すとティントに投げ渡した。

 ティントはその光球を落とさずにキャッチすると足元にあった人形を蹴り壊した。


「さぁ、俺達の伝説の始まりだ」


 洞窟の中は一本道で途中途中に人形が点々と飾られていたが、それ以外に何か手が加えられたようには見えない。

 その代わり通路は緩いカーブを描いており、直前まで進まないと奥の方まで見通せないような状態だった。


「ちょっと待って、明かりが見えた」


 そのため、ティントがそう言って足を止めた時には奥の二人からもその光が見える所が小部屋のように広くなっていることが分かる所まで進んでしまっていた。


「ゴブリン達の待ち伏せ?」

「弓が相手側にいるのが少々面倒ね」


 敵が目前にいるかもしれないのに酷く暢気な会話を交わすベラーノとスーラ。

 すると何事か考え込んでいたティントが意を決したような表情で二人に向き直った。


「俺が先頭に立って矢を防ぎつつ突っ込むから、ベラ達はフォローに回ってくれるか」

「防御の魔術は必要?」


 ティントが頷くと、スーラは目を閉じ精神を集中させて魔術を行使する。するとティントの体が一瞬光った。


「よし、行くぞ!」


 その雄叫びを合図代わりにしたかのように、部屋から大量の矢が飛ぶ。

 ティントはそれを剣で全部切り払おうとしたが見事に失敗した。

 それでもその身を包んでいる守りの魔術が、ただでさえ弱い矢の勢いをさらに弱めたため体に突き刺さることなく、革鎧の表面を浅く削り取っただけで地面へ落ちた。

 全く痛みを感じなかったせいか、ティントは意気揚々と部屋の中は飛び込んだ。

 しかし次の瞬間、ティントの姿が二人の視界から消えた。


「ティント!?」


 二人の叫びが重なり、揃って部屋に飛び込む。

 すると通路から一段下に床があった小部屋に格好悪く転がるティントの姿があった。どうやら踏み外して体勢を崩したらしい。

 しかしその隙を逃すほどゴブリン達はバカではない。持っていた弓を投げ捨てるとすぐに色んな石や金属が打ち込まれてる棍棒に持ち替えて走りこんできた。


「くっ! 水の女神よ……」


 スーラは迎撃すべく、再び呪文を詠唱しようとした。

 次の瞬間、スーラの額から槍が生えた。

 スーラは事態を理解できないまま口を止め、ゆっくりと前に倒れていく。

 頭の周りに血が広がっていき、宝物だと言っていた臙脂色のフードがみるみる赤色に染まっていく。


「あ、あ……」

「ベ、ベラ! 早く回復魔法を!」

「む、無理よ、死んだ人が生き返る魔法なんて知らない!」


 そう悲鳴を上げたベラーノに後ろからゴブリンが飛びつく。その勢いと重さに耐え切れず、ベラーノは仰向けに倒された。


「い、いやっ、やめて!」

「ベラ! くそっ!」


 ベラーノのさらなる悲鳴を背中で聞きつつ、体勢を直したティントは前後から襲いかかって来るゴブリン達に向かってめちゃくちゃに剣を振り回した。

 目の前で仲間が死に、現在進行形で襲われていることに対する焦りのせいで、ブレブレになった剣先は向かい来るゴブリン達の勢いを殺すことは出来てもその命を刈ることは出来なかった。

 そうしていくうちに無闇に振り回したせいで体力が無くなってきたティントの剣筋はゴブリンですら見切れるようになり、振りかぶって上段から切ろうとした所を矢で射られた。


「しまっ、ぐはっ」


 痛みから手から剣を離してしまい自衛手段を失ったティントの腹部にに向かってゴブリンの振り回した棍棒が直撃する。

 革鎧がえぐれ、下の皮膚に傷が出来るほどの一撃にスーラの援護を失ったティントは体をくの字に曲げた。

 狙いやすくなった頭部にゴブリンは第二撃を容赦なく上から叩き込んだ。

 勢いそのままに地面に叩きつけられたティントの周りをゴブリン達が囲む。

 そして他のと比べてガタイのいいゴブリンが拾ったティントの剣を振りかぶり、腕の付け根を狙った。


「はああっ!」


 次の瞬間、小部屋の入口から吹き飛ばされたゴブリンが振り上げられた剣に触れ、真っ二つになった。

 この時ゴブリン達はようやくある異変に気が付いた。仲間が飛びかかったはずの女の嬌声が先程から全く聞こえてこない(・・・・・・・・・)ことに。


「大丈夫!?」


 息を切って小部屋に入ってきたのはリアだった。

 ゴブリン達は新たな敵の出現に包囲網を解きつつも気味の悪い歓声を上げる中、リアは反応しないティントの襟を掴むと後ろに放り投げた。


「早く、回復を!」

「ティ、ティント!」


 ベラーノの服は引っぺがされ、中に着ていた鎖帷子が露わになっていた。どうやらゴブリンが鎖帷子を脱がすのに手間取ったおかげで助かったらしい。


「今すぐ回復するから! 大いなる生命よ、ティントの傷を塞ぎ、新たなる活力を与え給え!」

「ぐはっ!?」


 ベラーノが回復魔法を唱えた途端、ティントは意識を取り戻したものの口から血を盛大に吐き出した。


「ベラーノ!?」

「ち、違う、呪文は間違えてないはず……! 大いなる生命よ、ティントの傷を塞ぎ、新たなる活力を与え給え!」


 ベラーノが信じられない、といった表情でもう一度詠唱するが、ティントの容態は全く変わらない。

 リアは正面を見直すとゴブリン達は新しい標的に向けて思い思いの武器を構え直し、その隙を伺っていた。

 どうやら仲間が軽々と吹き飛ばされたのは目の前の(リア)の仕業だと分かり、今までの奴と毛色が違うようだと警戒してくれているらしい。

 リアはスーラの亡骸とベラーノ達を順に一瞥すると大きく息を吐いた。


「ベラーノ、早く逃げて」

「で、でも……」

「何も出来ない魔術師を庇えるほど私は強くないの! 早く逃げなさい!」


 いつもはオドオドして小さくなっているリアからの一喝にショックを受けたのか、ベラーノは怯えた表情でティントに肩を貸しながら走り逃げていった。


「さあて……」


 ベラーノ達の姿が後ろ目で見えなくなったところで、リアは泣きそうな顔を浮かべながら三十体を優に超えるゴブリン達に向かって構えた。


「どれくらい、時間稼げるかなぁ……」

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