1.Personal history
隣国シエル・エトワールへの玄関口であるアンテロープの街、ヘサス。
国境線にも関わらず壁が無く、街を出る時以外にはパスポートを使う必要がないためガイドブックなどでは隣町でもあるシエル・エトワールの街、バルデスと一纏めにされることもある。
そんな立地条件からこの街にはアンテロープとシエル・エトワール両国から依頼が集まってくる。
結果、依頼仲介所の規模も他の建物とは比べ物にならないほど大きく立派な物となっている。
そんな仲介所の前に広がる広場に一台の幌馬車が止まった。
「ここがヘサスとバルデスの境目か?」
居ても立っても居られない、という感じで馬車から元気よく一人の少女が飛び降りる。その肌や髪はまるで一度も日の光を浴びたことがないかのごとく真っ白だった。
「元気だなぁ……」
「まぁ、あいつにとって初めての大都市ですから。テンションも上がってるんだろう」
アンテロープとシエル・エトワールの国境を示す看板の前で反復横跳びする少女を男二人が御者席から生暖かい視線を送っていた。
「なんだ、ヘルバシオとかベキオナチには行かなかったのか?」
「最初はその予定だったが、カンポスにあんたがいるという噂を聞きつけて早々に方向転換したんだよ」
黒い短髪の青年にフードを被った少年は火のついた葉巻を加えながら含み笑いを返した。
しかし優先するだけの価値が自分にある事に青年はあまり自覚がないらしく首を傾げていた。
「そっちに行っておけば俺程度のやつなんて二、三人は釣れただろうに」
「はっ。あんたレベルの男が何人もいてたまるか」
「アルバート殿、何をしているのだ! 早く入るぞ!」
「おや、大切な依頼主様がお呼びですよ。お代は結構ですから早く行ってください」
仲介所の前で手招きする少女を見た少年は青年の手を取ると、その手に何枚かの銀貨を握らせた。
「お代は結構ってか?」
少女が飛び降りる前に少年にきちんとお代を払っていたことを思い返しつつ青年が問いかけるが少年は片方の口角を少し上げるだけで何も答えなかった。
青年は押し返さず、乱雑に銀貨をポケットに入れると御者席から飛び降りた。
それから数歩進むと何か思い立ったのか突然立ち止まって少年を見た。
「そういや、その馬と馬車はどうするんだ? 斥候から運搬業に転職か?」
「適当にそこら辺の組合に売っぱらいますよ。任務をほっぽり出せるほどの余裕うちにはないんで」
「そうかい。……じゃあまたいつか」
青年が改めて正面を向いて歩き出すと同時に馬が嘶き、蹄と車輪が地面に当たる音が背中に響いた。
「何を長々と話していたのだ、アルバート殿」
「ちょっとした世間話だ」
不満そうにしつつも律儀に待っていた少女を横切り、青年は仲介所の扉を開けた。
中では沢山の人が通路の前でごった返しており、怒声にも歓声にもとれる大声が交わされていた。
明らかに異様だと分かるその光景に少女は暇そうにしていた女性に声をかけた。
「すいません。あれ、何やってる?」
「ああ、あれ? 昨日夜遅くにね騎士さん達が討伐した竜が担ぎ込まれて、これからあの部屋で臨時の競りが行われるの」
「競り」
「そ。で、今はその競りに参加するための券が配られてるとこ。流石に今からじゃ行っても間に合わないだろうけど」
女性がそう言っている間にも通路の前に出来ていた人だかりは少しずつばらけ始めていた。
「ふうん、やっぱりやられたか。別に残念でもないさ」
少女が話を聞く横でアルバートはつまらなそうに鼻を鳴らすと真っ直ぐ掲示板の元へ足を向けた。
ヘサスでも掲示板の前には依頼を吟味する人々が壁を成している。その中に紛れ込むと同じように流し見を始めた。
「……流石に半日じゃ大きな動きは無いか」
「アルバート殿、どうだ? 良さげな物はあったか?」
「いや」
女性との会話を終えた少女がアルバートの横に駆け寄ってくる。アルバートは首を振るとちょうど空いたスペースに体を入れた。
「これからどうするつもりなんだ? ここにはお目当ての傭兵はいるのか?」
「いや、ヘサスにはアルバート殿のアンテロープ脱出以外の目的は無いぞ。新しい傭兵は……運が良ければ、かなぁ」
「運が良ければ、ねぇ」
少女は少し悩んだ様子を見せてからそう答えた。アルバートは目をつけていたと見られる依頼を一枚剥がし取り、読み始めた。
「何を取ったんだ、私にも見せてくれ」
低い背を目一杯に伸ばし、少女はアルバートの手元の紙を覗き込む。
アルバートの取った紙は臨時の護衛を募集する物だった。
「何だ? 商隊の護衛か?」
「そうだな」
そう答えるとアルバートは少女が全て読み終わる前に掲示板に貼り直してしまった。
「あ、まだ読んでいたのに」
「……ヘルバシオに行く商隊の依頼だ。受けたら二度手間になるがいいか?」
「そういうのは先に言ってくれないか?」
分かりやすく頰を膨らませる少女にアルバートは謝らず他の依頼に目を向けた。
「あれを取ったのは先に取った者勝ちじゃなくて大抵一ヶ所に集めて面接だったり試験だったりをしてから決める依頼だったからだ。大手の傭兵団だとそこで出会った競合先に所属してない傭兵に声をかけるらしい」
「らしいとはえらく不明瞭だな」
「今までされる側だったんでね」
自慢とも取られるようなことをさらりと無意識に言うアルバートに少女は呆れたような視線を送った。
「表向きに探すならこれみたいに組みたい、って真っ向から募集するのも手だな。……これは年齢からみるにお前が欲している実績のある人材じゃなさそうだが」
次にアルバートが手に取ったのはパーティを組む相手を募集する依頼で依頼主の年齢はまだ十五と若かった。
「なんだ、私と同い年じゃないか」
「……今後しばらくはアンテロープで酒を飲むな。バレたら面倒くさいことになる」
アルバートの真剣な表情に少女はただならぬ脅威を感じて小さく何度も頷いた。
「話を戻すが……これみたいに自分の長所を書いて掲示して雇われるのを待つ奴もいる。気合の入ってるやつだと写真をつけてたりするな」
アルバートの取った依頼には写真はついていなかったが、合流する時に見た目が分からないと不都合だからだろう、自分の容姿についての記述が下の方に書いてあった。
「使用武器は拳。体が小さい所からみるにヒットアンドアウェイで小刻みに打撃を与えるやり方だろう」
そう言って再び貼り直そうとするアルバートの腕を少女が掴み、止めた。
訳がわからず無言で見下ろしていると少女は申し訳なさそうに微笑んでいた。
「私は会ってみたいんだが……構わんか?」




