13.Watcher talks her body.
大抵の英雄と呼ばれる人間には表と裏がある。
それは普通の者たちも同じである。しかし英雄達は常に多くの視線が向けられる。それが故に裏の部分を目にされることが多いために、広く知られてしまうのである。
当然、フランシス・アルバートもその例にもれない。
良い方では内戦に大きく貢献した功労者の一人。軍神。凄腕の銃使い。大物殺し。殺戮者。
悪い物では一匹狼。歩くデコイ。あらゆる報酬を拒否した変わり者。恩知らず。
しかし彼の場合はこれ以外に反応に困るもう一つの評価があった。
二重人格者。魔に取り憑かれた者。
アルバートの中にいるもう一つの人格。アルバートが出た戦場にやって来た、知能ある獣達はこぞってそれを『姫』と呼んでいた。そしてその姫に気に入られたいが為にアルバートの邪魔をする王国軍を蹴散らした。
しかし姫は満足せずにアルバートに彼らを殺すように命じて、アルバートはそれを履行した。
それが彼の良い方の異名を増えた理由である。
だが実力としては姫の方が圧倒的に上だった。長い髪を風になびかせながら獣にしか出来ないようなことをアルバートの体でやってみせる。
そのうち姫は革命軍の間から女神様と崇められるようになった。
その姫が今、ガタガタと音を立てて揺れる幌馬車の荷台の中で未だに苛ついた様子で組んだ腕を指で叩いていた。
「なぁアルバート殿、もうそろそろ機嫌を直してもらえないか?」
「直せるわけないでしょ」
何と呼べばいいか分からないまま、とりあえず体の元々の持ち主の名前を呼ぶブレイトだったが、窘めようとした結果は油を火に放り込む結果になった。
「だいたい私に魔力なんて残ってないし、やってきた獣を最終的に退治してんのはアルだし……それをたった騎士団一つと街の守備隊だけで無力化出来ると思ってる時点で間違いなのよ。戦績を文字でしか読んでないことがバレバレ。というかそもそもこんな深夜にフリーの幌馬車が一台だけ街の外にポツンといること自体不自然すぎるのよ。罠なのがもう見え見えじゃない」
「言われてる、御者さん、待ち伏せじゃないですよね?」
疑うアルバートを安心させるためか、ブレイトが幌をめくって御者席に顔を出す。すると御者はビクッと震えて慌てて答えた。
「え、ええ! そんなことありませんよ!」
「ほら、こう言ってるぞ。心配のしすぎではないか?」
「どうだかね」
その反応が納得のいく物ではなかったらしくアルバートは銃をいじり始めた。
まるでいつ刺客が来ても用意してます対処します、と言わんばかりのその態度にブレイトは口を尖らせた。
それを見逃さず細目で睨みつけてきたアルバートにブレイトは思わず視線を逸らした。
「アビレオがどうなのかは知らないけど、ここはアビレオじゃなくてアンテロープなのよ? 御者が買収されてたっておかしくないわ」
「たしかにそうではあるが……」
「あるが、何?」
「……少しでも距離を稼いでおきたかったのだ。もしこれがアンテロープ軍の陣地に向けた馬車だとしても、全く無関係な人を巻き込む可能性を少しでも減らしたかった」
「ふーん……」
興味なさげに反応しながらアルバートは立ち上がると、不意に銃口をブレイトの体に向けて放った。
「お客様、どうなさ……?」
「心配しないで、気絶させただけよ」
銃声とブレイトが倒れる大きな音を聞いたからか、馬車が止まる。
そして中を覗き込んできた御者の顔にアルバートは素早く右手から左手に持ち替えた銃の口を突きつけた。
「安心なさい、ブレイトちゃんにもあなたにも迷惑をかける気は無い」
「な、なら一体何の用ですか!」
「あなたは一体何者? 馬の操縦は下手だし、聞いてた感じブレイトちゃんと同郷の人みたいだけど……ひょっとしてお目付役の方かしら?」
アルバートが問いかけると御者はしばらく黙った後ため息を吐き、被っていたフードを脱いで顔を見せた。
フードの中身はまだあどけなさが残る赤髪の少年だった。
「……馬はともかくとして、出来る限り訛りが出ないように気をつけてたんだがな」
「こんな少年を斥候に送り込まなきゃいけないほどアビレオは困窮してるの?」
「こう見えてもあんたの体と同い年だよ、フランシス・アルバート・シナトラ」
先程までとは一変してふてぶてしい口調になった御者は目の前で葉巻を取り出し、口に咥えた。それを見てアルバートは銃を腰に戻した。
「シナトラは余計だ、ってこの子は言うでしょうね。……その容姿と声で二十一には見えないわ」
「よく言われるよ。だが今は俺の身の上話はどうでもいい。ブレイトの話を聞きたいから気絶させたんだろう?」
「察しが良くて助かるわ」
御者はアルバートに背を向け、炎魔法を唱えて葉巻に火をつける。そして煙を思いっきり吐いた。
「昼の獣人の件でもう分かってるとは思うが、今の彼女には血が通っていない。とはいえ痛みとかは普通に感じるらしいがな」
異常に白い肌。長時間走った後も全く息切れを起こさない体。明かりなしで真っ暗な洞窟の奥に走っていける目の良さ。そして今日の病院での一件。
これらからブレイトがもう普通の人間ではないことは明白だった。
「……まあ、あんな凄惨な様を見てたら説明しなくても分かるか」
「で? なんでこの子は何なの?」
「それにはまず彼女の身の上を知ってもらわなきゃならない。まず彼女の生家にはあるしきたりがあってな。十二年に一度、妙齢の女性を神に捧げて航海の安全を確保しなければならないんだ。そしてそのために産まされ、育てられてきたのがあいつだ」
まるで偏狭的な信者が口走りそうなことを話し出した御者にアルバートは面倒臭そうな表情を浮かべる。
その反応を予期していたのか、すぐに御者は説明を止めて言い訳を始めた。
「……アビレオの議会でも実際に神と呼ばれているんだ。勘弁してくれ」
「分かった。……捧げた結果があれ?」
「話が早くて助かるね。いや、彼女はイレギュラーだ。普通捧げられた者は神に喰われてそのまま死ぬ。……普通の者が聞いたら哀れんだり怒ったりするんだが、あんたは気にしないんだな」
意外そうに首を傾げる御者にアルバートはしばし無言になった後口を開けた。
「……国が黙認していることに一介の市民がわーわー騒いでも無駄な話よ。『しきたり』になってしまうだけの犠牲があったからそうなってしまったんでしょう?」
「ああ。こちらにも大災害という程で伝えられているだろう」
「あいにく最近の世界史には詳しくないの。で、そのイレギュラーはなんで起きたの?」
「分からない。食べられる前に全身に塗りたくっといてたという毒が効いたのか腹の中で意識がなくなるまで剣を突き刺しまくったのがよかったのか。とにかく彼女は助かり、長年我々を悩ませていた神は斃れた。……だがな」
御者は葉巻を席を補強する鉄板に擦り付けて火を消した。
「斃れた神の胃袋を切り開いて彼女を救出した。だが救出された次の瞬間に、その切り開いた箇所が塞がっていってしまった」
「死んだのではなく、休眠状態に入ったと?」
アルバートの予想に御者は目を丸くしたがすぐに真顔に戻った。
「聡明な者なら分かるか。学者連中の見解ではそうだ。……ただ、ここで新しい問題が起きた。救出された彼女の体も神と同じ物になっていたんだ。検査のために採血をしようとした時に発覚したらしいんだがね」
他人事のようにそっけなく話しながら御者は消したばかりの葉巻を目の前で二つに割いた。
「こんな感じで神が彼女の魂と自分の体の一部を素材にして切り分けて逃げ道を作ったんだ、なんて言う者もいる」
「……じゃあ今の彼女は神そのもの、ってか?」
「分からない。ただ、もしそうだった時に神の意識が戻ったら」
そして手の中の葉巻を両方とも握り潰した。
「怒り狂っているであろう神は彼女の体も使って暴れ回るだろう、と判断された。だから彼女は海から離されることになった」
「こっちの都合は無視?」
「その点はすまないと思う。だが海に残すよりも遠い陸地に打ち上げた方がまだマシだろうと判断されたんだ。……あと、神を倒せそうな者が国内にいなかったのもあるが」
当人も今の現状が外交的にも色々とまずいことがわかっているのだろう、御者は視線を逸らしながら小声で呟いた。
「内戦に大きく貢献した功労者の一人にもかかわらず全ての報酬を辞退した男。軍神。凄腕の銃使い。英雄。大物殺し……それだけの異名のある男は俺らの国にはいない」
「……こんな人格がコロコロ変わる奴でも?」
「別に変人であろうと無かろうと構わない。今重要なのは狂ってしまった時のあいつを止められるか否かなんだ」
御者はアルバートに向き直ると頭を下げた。
「頼む、どうかあいつを助けてやってくれねぇか。あいつは生け贄だって分かっていても外の世界に憧れて、日陰者の俺たちなんかにも教えて欲しいからって話しかけてくるような馬鹿で世間知らずだが……可愛いお嬢様なんだ」
その時、突然辺りが暗くなると繋がれている馬達が何かから即刻逃げ出したいが如く嘶き暴れ出した。
「なっ、ドラゴン……⁉︎」
咄嗟に綱を握り直そうとした御者だったが、馬のすぐ前方から盛大な爆音がしたのと同時に荷台の中に転がり込んでくる。アルバートは入れ替わるように御者席の方から顔を出すと開口一番文句を言い出した。
「ようやく寄ってきたか……遅いわよ」
重い羽ばたき音と共に低い唸り声が聞こえてくる。するとアルバートは振り返って御者を見た。
「街道から森の中に逸れたせいで降りられなくて遅れたって。本当に街まで送ってくれるつもりだった?」
「当然だ。この先の街道はリーブス伯が通るからっていつもより警備が厳しくなっている。こういう薄暗い脇道を通るしかなかったんだよ」
「でしょうね。ねぇ? あなたの通り道からその陣地は見えた?」
アルバートの問いかけに外から唸り声が返ってくる。
気になった御者がアルバートの横から外を覗き込むと夜の闇にそのまま消えてしまいそうなほど黒いドラゴンが馬車の向かう先を塞ぐように鎮座していた。
「ふーん……。その規模だとせいぜい二師団くらいかな。あなたが来てくれなかったらちょっと苦戦したかも」
「アルバート殿はドラゴンの言葉すら分かるのか?」
「なんとなくだけどね」
今更な質問にアルバートは適当に返しているとドラゴンはけたたましいがなり声を上げた。
「はいはい、分かった分かった。私のことが大切ですぐに駆けつけてくれたことはよーく分かったわ。それじゃあ私のお願いも聞いてくれるよね?」
口に人差し指を当て、可愛くお願いする男の姿は側から見ていて非常に珍妙な物だった。
しかしアルバートの縦にも横にも何十倍も大きいドラゴンはそのお願いに歓喜のものらしき雄叫びを上げた。
「あなたが見たっていう二師団を食い止めて欲しいの。死人を全く出さずに」
すると一転、ドラゴンが不服そうな唸り声を上げる。しかしアルバートは怯むことなく続ける。
「今の私は清廉潔白な身なの。ここで私が使役した獣が人を殺した、ってなったらあっちに私を追う大義名分をあげちゃうことになるでしょ? そうしたらお仲間が充分集まる前に終わるわよ? あなたが一体いる程度じゃどうにもならなかったことはもうわかっているでしょう?」
ドラゴンは鼻を何度か鳴らすと雄叫びを上げて飛び去っていった。
「……大丈夫なのか?」
「長台詞を言われて処理できなくなって逃げただけよ。それにあれの視界から見えた、ってことはあっちも気づいてるだろうから遅かれ早かれ戦闘になる。足止めには充分でしょう。万が一のことがあっても知らぬ存ぜぬで押し通せばいい。ドラゴンの言葉なんて誰にも分からないし私もテイマーじゃないし」
「そういう物なのか?」
「そういう物なのよ」
アルバートは何事もなかったかのように御者のいた位置から下がると荷台の中に再び腰を下ろした。
御者がおそるおそる元の位置に戻ると所在なさげにしていた馬達は目の前の脅威が去り、指示を出す者が戻ってきたからか次第に落ち着きを取り戻していった。
しかし御者は中々出発の合図を出せなかった。
「どうしたの?」
「……いいのか?」
御者が困惑気味にアルバートを見直す。
「何が?」
「確かに俺はアビレオ出身で、内情に詳しい者かもしれない。だがお前達を裏切っているかもしれないんだぞ? それなのに手綱を任せるのか?」
「ああ、さっきの口論のこと?」
アルバートは目を丸くするとニコリと笑みを浮かべた。
「あれはブレイトちゃんがちゃんと考えて行動してたかどうか確かめただけよ。あなたのことは最初から疑ってなかったわ。……少し血で澱んでるけど、あなたからはブレイトちゃんと同じ匂いがしたから」
それ以外に言うことはないわ、と言い残してアルバートはブレイトを寝ていても体が痛くならなさそうな所へ運んでいった。
御者はその後ろ姿を見ながら、自分の雇い主やリーブス伯が言っていたことを反芻していた。
姫が本気を出した時に起こる周囲への影響とその能力、物事を見極める力。国としてはずっと手元に置いておきたいだろう。兵器としても、国民の安全を確保するためにも。
しかし姫はその力を常に出し続ける気はない。おそらく体の持ち主にも。
それでも、これだけの力を持っていると分かれば少しだけ安心できた。
「これは、確かに手離したくなくなるな」
目を閉じた御者は手綱を握り直し、ふと笑みをこぼす。
多くは望まない、裏切られた時が辛いから。
それでも、この男か女かよく分からない存在に御者は雇い主は無理だと思っていることを成し遂げてくれそうな気がする。
そんな予感を抱かずにいられなかった。




