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12.Escape

 街中で突然響いた銃声に人々は互いに顔を見合わせざわめき合う。

 しかしいつまで経っても騒ぎ立てる者が出なければ、二発目も鳴らなかったことで次第に落ち着きを取り戻していった。

 乱闘騒ぎになっていたり人が死んだりしていればそれを目撃した人によってさらに騒ぎになる。それが無いということはたぶん暴発したんだろう……と考えるのはごく当たり前のことだったからだ。

 しかしある者達は目でコンタクトを取りあうと何度か頷いて音のした方へごく自然な動きで歩き始めた。

 門から離れ、すれ違う人の数が減るたびにその足取りは速くなっていく。


「……あの音、あれ(・・)ですよね?」

「ああ、どうやら動き出したようだ」


 二人の少年が薄い髭面の中年男に並走しながら確認すると中年男は頷いた。


「……今回の相手はシナトラだけじゃない。アビレオの連中も裏で手を引いている可能性がある。気をつけて当たれ」

「もちろんです」

「すでに第二隊との連絡が取れなくなっています」

「分かっている、だからこそ慎重に事を進めろ。どうやら相手はうちの団長を酔い潰せる酒豪なだけではないようだ」

「了解しました」


 二人は中年男から離れると人目から隠れやすそうな路地裏に足を踏み入れた。

 そこには一人の少女が忙しなく辺りを見回して立っていた。


「お嬢さん、いかがしましたか?」

「あ、誰ですか?」

「私達はここの騎士です。もし困っていることがあればお答えしますよ」


 密命を受けているからと言って、困ってそうな人を見捨てるのは騎士として恥ずべきことである。その使命感から少年は襟に縫い付けられた紋章を見せた。

 白髪の少女はどうやら外国からの旅行客らしく、心配そうに手を胸の前で合わせながら片言のアンテロープ語で答えた。


「私、人、探してます。見ませんでしたか?」

「どんな人ですか?」

「黒い、短い髪の人で、銃持ってる。すごい強い人」


 少女の説明で少年達の脳内に、今まさに追っている相手の顔が浮かぶ。

 しかしこの少女が彼を探しているわけがない……とその考えをかき消した。

 その瞬間まるで待ち構えていたかのように背後に一人の人間が音もなく降り立ち、流れるような手つきで少年を撃った。

 少年が短い悲鳴を上げて倒れ、もう一人は慌てて後ろを振り返ったがもう遅かった。

 フードを目深に被った不審人物は一瞬で距離を詰めると少年の首を掴むと、軽々とその体を持ち上げて壁に押し付けた。


「ぐ、くそっ、はなっ」

「……さぁ、私の目を見なさい?」

「あ、ああっ……!?」


 紫色に染まった口から抵抗しようと声が漏れる。しかし完全に押さえつけられている状態でその目から逃れることはできなかった。

 少年の動きが次第に弱々しく緩慢になり、無くなったのを見計らって手は離された。

 長時間首を締められていたにも関わらず少年は咳込むことなく、地面に足をつけると何の意思も感じさせない虚ろな目で正面を見た。


「あなたの名前は?」

「……ネグローニ」

「そう。じゃあネグローニ、私がこの町を出られるまであなたの仲間の邪魔をして」

「……了解しました」

「くれぐれも殺さないように。あ、あと催眠が解けた後にあなたの地位が危うくならない程度に、ほどほどにね」


 少年(ネグローニ)は力なく何度も頷くと表通りに戻っていった。そしてその姿が見えなくなった頃に気絶させていた少年を叩き起こして同じことを繰り返した。


「素晴らしいお手際で」


 少年達の姿が無くなった所で少女はゆっくりと拍手をする。それを聞いた不審人物はフードを外した。

 現れたのは長髪になったアルバートだった。


「ふふふ、これくらいお茶の子さいさいよ。褒められるほどじゃないわ」


 まるで女性のような口調でアルバートは頭を振るが、長髪は全くずれる様子がなかった。


「あと何人ぐらい釣れば門まで安全にいける、アルバート殿」

「いや。二人とももう合流して遠くに連れ出してくれてる、これなら余裕で抜けられるでしょ」


 どうして見えてないことをそう自信満々に言えるのか、とブレイトは思わず眉をひそめた。


「えーっと後は……あー、あれ? なんであいつがここにいるのかしら。でもまー、あれだけならどうにかなるかなー」

「ち、ちょっと待て! 本当に大丈夫なのか⁉︎」

「へーきへーき」


 頭をかきながらアルバートはふらふらと表通りに歩いていく。慌ててその後を追うブレイトの呼びかけにも気楽そうに笑いながら答えた。

 しかしその根拠の見えない自信を裏付けるように二人は門まで誰にも呼び止められることなくたどり着いた。


「お久しぶりですね、アルバートさん。……いや、今のあなたは違いますか」


 そんな二人に声をかけてきたのは灰色のスーツを着た眼鏡の男性だった。


「リーブスさん……だったかしらね。お久しぶり」

「おや、私のことを覚えてくださってるとは光栄ですね」


 眼鏡の奥で(リーブス)の目が緩む。対してその名前を聞いたブレイトの目が見開いた。


「リーブス……オータム・リーブス伯か⁉︎」

「おや、お嬢さんまで知ってくれているとは驚きました」

「知っているもなにも、アンテロープの首相だろう! なんでこんな所に⁉︎」

「なんで、と言われましてもどこかの誰か様がうちにとんでもない生物兵器を送りつけてきた可能性がありましてね……ご挨拶をしにいく必要があるのですよ」


 仰天するブレイトに対しリーブスはアビレオ語を流暢に喋りつつ、やれやれ、と言わんばかりにうんざりした様子で両手を広げて首を振る。

 その理由が明らかに自分が関わっていそうなだけにブレイトはすぐに苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


「だから第十騎士団の面々に護衛を頼んだんですが、アルバートさんがいるとわかった途端に皆さん揃って護衛対象をほっぽり出してどこかに行ってしまいましてねぇ……まったく、軍部(あちら)には彼らの評価を考え直してもらう必要がありそうです」


 どこまでが本当のことか分からないことをつらつらと並べるリーブスにアルバートは首を傾げながら笑った。


「あら、あなた達皆この子を欲しがってると思ってたんだけど」

「もちろん私だって欲しいですよ。でも、あなたの実力を考えれば今ここにある戦力だけで連れ帰ることなんて不可能です。アルバートさんだけ(・・)ならなんとかなったかもしれませんが」

「あら、そんなこと言っていいのかしら?」

「ええ、アルバートさんも確かに実力者です。しかし彼の戦績は他の影響による貢献があまりにも大きい。主にあなたの」

「私は何もしてないわ。私目当てに勝手に寄ってきただけよ」

「本当にそうですか? その腰の物はあなたの魔力も借りなければ到底扱えないでしょう?」

「はい、お二人とも。これくらいにしてもらえるかな」


 二人の間にバチバチと火花が散り始める。

 堂々巡りの言い争いになりそうなそれを見かねたブレイトはその間に入って、話の主導権をぶんどった。


「ええと、リーブス伯……いや、総理の方がいいか」

「いえ、気軽にさん付けで構いませんよ」

「ではお言葉に甘えて……リーブスさんは、今私達をどうこうする気はないんだな?」

「ええ、残念なことですが」


 心底無念そうにリーブスは首を振る。その行動に裏が無いことを周りにいる兵士達の動きから確信したブレイトは真顔のまま告げた。


「では私達はこれで失礼させていただきたい。いつ第十騎士団の面々が戻ってくるかもわからないし、ここで面倒事は起こしたくない」

「そうですね、こちらもこんな真夜中に騒ぎは起こしたくないので。これからの外交にも確実に支障が出ますし」

「ありがとうございます、ではこれで」


 そう切り上げてブレイトはアルバートの手をとり、無理やり引っ張って門をくぐっていく。

 対するアルバートは未練タラタラなようで下まぶたを引き下げ、舌を出してリーブスを挑発していたが当の相手はニコニコと笑顔を浮かべたまま小さく手を振っていた。

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