9.鶏群孤鶴
「ねえ、隣いいかな?」
宣言通り、アスールの酒場でブレイトが鎧姿で両肘をついてテーブルについていると後ろから声がかけられた。
振り返るとそこには同じ短い黒髪でもアルバートと違って爽やかな笑顔を見せる青年がいた。
ここの男はこういう声のかけ方をするのが普通なのか? とブレイトは内心呆れかえった。
「ごめんなさい、人、待ってる」
「うん、知ってるよ。フランシスだろう?」
アビレオ語で告げられたその一言に面倒くさそうに答えていたブレイトの目と耳がピクリと動いた。
青年は笑みを崩さないまま、断らなく対面の席に腰を下ろした。
「君の身元はもう把握しているよ、クラン・セレ・ブレイト嬢」
「私はもう実家とは縁切りさせられた身だ、ただのブレイトでいい」
「縁切りして国外に叩き出す人とは思えないほどの援助をもらってこの国に来てるみたいだけど……そこは今はいいか。では早速だけどブレイト嬢。君はフランシス・アルバートについてどれだけ知っている?」
「……それは傭兵としてのアルバート殿のことか? それとも『一兵士』としての、アルバート殿のことか?」
ブレイトの全名を言い、他にも色々と調べていることを匂わせてくる相手にあえて一兵士、という部分を強調して言ってきたことに青年は目を細めた。
「やっぱり下調べ済みだったか」
「雇ってみたらろくでなしではいかんからな。傭兵の時と戦争時の評価が見事に正反対すぎて逆に困ったが」
「それはそうさ。傭兵達にとっては自分達が取るはずだった手柄をぜーんぶ掻っ攫っていった相手だからね、悪評は喜んで流すさ。……まぁ、全部本当の話なんだけど」
困った顔をして笑う青年にブレイトは目を細めた。
「で? 現在絶賛フリーの英雄様を雇おうとしている私に何の用かな?」
「言わなくても分かるでしょう?」
青年は大量に何かが入った皮袋をテーブルの上に無造作に置いた。
ブレイトが目で牽制しながら中身を確認するとそこには大量の金貨が詰まっていた。
「彼は劣勢だった戦況を一人でひっくり返した、まさに戦場の女が……いや、神様さ。もし残ってくれていれば隊長どころじゃない、大臣の椅子だって用意されていた。……でも戦争が終わった時、彼は抜け殻になっていた。そんな状態の彼を要職に置くわけにはいかないからね、上も僕らも泣く泣く彼を手放さざる負えなかった。でも立ち直った今なら違う。うちの宝をみすみす他国に渡すわけにはいかない」
「……つまり、これで手を引けと?」
その通りだと言わんばかりに青年はわざとらしく鼻をすする。
ブレイトが大きく息を吐いて天を見上げるととほぼ同時に前から低い声が聞こえた。
「何をやっている、リッキー」
「お、フランシス! いつ以来かな? 受任式以来?」
青年は振り返ると先程までの笑みが作り物だと察せれるくらい満面の笑みをアルバートに向けた。
「どうしたんだい? えらく不機嫌そうだけど」
「目の前のやつのせいで仕事が一つオジャンになった」
「うわっ。それはお気の毒に」
打って変わって馴れ馴れしい態度を見せるリッキーを冷めた目で見ながらブレイトは口に水を含んだ。
「で? お前は何をしてるんだ?」
「何って、そりゃー商売のお話ですよ」
「……商売、ねぇ? この間人身売買を禁止する法案が通ったはずだが」
「言葉の綾じゃん。それにあれは傭兵の契約権までは禁じてないしー」
空いてる席を引きずってきたアルバートのわざとらしい指摘にリッキーはまるで子供のように言い返す。
その様子を見ていたブレイトは羨ましそうに呟いた。
「仲が良いのだな、そなた達は」
「まぁね。同じ釜の飯を食った仲ですし」
「一応な。……だからといってお前の傭兵団に入る気はないがな」
おそらく前からそういう申し出を何度も受けてきたのだろう、アルバートがそう言うとリッキーはアルバートの左腕にしがみついた。
「なんでさー! 依頼ないなら一緒にやろうよー!」
「うるせぇ。お前のとこみたいに指示を出し合いながらやるのは性に合わねぇんだよ」
「フランシスは好き勝手にやっていいからー!」
「お前はよくても他も良いとは限らねぇだろ」
「フランシスが加入する、ってだけでみんな大喜びだよ!」
まるで子供の口喧嘩のような押し問答が交わされる中、ブレイトはわざとらしく咳払いをした。
「……失礼。ちなみになんだがリッキー殿の傭兵団は護衛任務は受けてくれるのか?」
「ん? 受けるよ?」
「なら私の護衛を受けてくれないだろうか」
「いつから?」
「出来れば今から。期限は私が死ぬまで、という物なのだが……」
本当に戦力になりそうであれば誰でも良いのだろう、ブレイトはリッキーにも依頼を持ちかけた。
しかし条件が条件なだけにリッキーは困りながら首を傾げた。
「んー、それはいくらお金積まれてもすぐには無理かな。それこそ仲間に迷惑がかかっちゃう」
「そうか。なら譲るわけにはいかないな」
「へ?」
ブレイトは立ち上がると突然アルバートの右腕に抱きついて言い放った。
「アルバート殿には私の護衛をしてもらうつもりだからな」
「はぁ?」
ブレイトの暴走に二人は困惑の声を揃って上げた。
「依頼を受けてくれそうな、他の傭兵団も欲しがるような逸材をみすみす逃すわけにはいかん」
「……だから、それはちょっと困るんだよ」
まるで正論かのごとく言い張るブレイトにリッキーは苦笑いを浮かべた。
「フランシスはうちの英雄なんだ。外国にそうホイホイと連れていかれちゃうのは、ねぇ」
「ねぇ、と言われてもな……」
同意を求められたアルバートは居心地悪そうに頬をかいて隣を流し見たがブレイトに譲る気は全く無いようで、目を爛々と光らせていた。
「俺としてはすぐにでもここから立ち去りたいんだが」
「それは困る」
今度はブレイトとリッキーの言葉が重なった。
「と、に、か、く、フランシスにそんなわけの分からない内容の護衛依頼なんて受けさせないよ。そこら辺の金に困ってる奴らを適当に捕まえてもらえる?」
「ふん、詳しい内容も聞かないで勝手に判断してもらいたくないな。というかそもそも部外者に口を挟んできて欲しくないんだが?」
「おうおう兄ちゃん達、そこら辺にしてもらおうか」
互いに睨み合う中、その後ろから声がかかった。
三人が声がした方を向くと、大柄な男店主が笑顔で仁王立ちしていた。
「ここは酒神の酒場だ。アスールの御前で争うってんなら、決着の付け方は一つしかねぇ。飲み比べだ」




