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Sanctus~聖なるかな~  作者: かきみ
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序 章   はじまりより前


 蔓薔薇が背の低い塀の上に張り巡らされた黒い鉄柵に絡みついている。幾重にも巻きついて絡み合った蔦の隙間から裏庭が見えた。

 赤、黄色、白、ピンク。

 一面の薔薇の海だ。

 その色鮮やかな波の向こう側から、しなやかなピアノとヴァイオリンの旋律が聴こえてくる。鼓動が爆ぜ、鳩尾の底が軋むように痛みだした。

 彼は小走りになった。ずしりと重たい封筒を強く胸元に抱き締める。鼓動は収まるどころか、ますます激しく高鳴っている。皮膚を突き破って飛び出してしまいそうだった。

 彼は裏門を押した。いつも出入りはここからだ。この家で三十年近く運転手を務めている父や、病に倒れるまで家政婦として出入りしていた母から、「使用人は使用人としての分を弁えなければいけない。いくらお嬢さま方が親しくしてくれていても、旦那さまが高校に通わせてくださっていても、増長してはいけない」と教え込まれていた。

 彼は母の発病の時点で、進学を一度は諦めていた。だが、理数系と美術にずば抜けた才能を持つことを見抜き、惜しんだ現在の当主が大学まで面倒をみると言ってくれた。その代わり、すべて頭脳をこの家のために役立てることを約束させられている。母を良い病院に入院させてくれた上に、学資まで払ってもらうのだから、当然のことだと思っている。

 自分の頭脳なんかが、多くの企業を吸収しつつ拡大していく現代の財閥・奥脇家で生かせるとは思えないけれど。旦那さま――会長が望むのなら、それに応えられるように精一杯頑張るだけだ。

 いまは、学校に通いながらも、週に三日、アルバイトをさせてもらっている。給料はもらっていない。労働内容に見合う金額は払うと言われたが、とんでもないと断ったのだ。

「失礼、いたします」

 彼はぺこりとお辞儀をした。奥脇家の敷地に足を踏み入れる際の絶対的なマナーだ。

 赤錆で覆われた裏門は醜い音を発てた。周囲を気遣って、いつもそうっと取っ手を掴むのだが、まるで意味がない。静かにやわらかく開閉するのは油を点したわずかの間だけだった。

 彼はほんの少しだけ門を開けて、身体を滑り込ませた。

 途端に、薔薇の波に視界を支配された。息が詰まるほどの色の乱舞だ。全部知っている色なのに、混ざり合うと判別が出来なくなる。まるで万華鏡のように。

 彼は大きく深呼吸して、裏庭に面した離れに歩み寄った。

 戦災を乗り越えた豪奢な西洋建築の母屋から渡り廊下で繋がる二十畳ほどの洋間である。先代当主夫人が隠居部屋に使用していたものだが、六年前に亡くなったとき、取り壊さずにサンルーム風に改築した。南向きの窓が、三十センチ四方のガラスを八枚、寄木細工みたいに縦横に並べた洒落た造作になっている。室内には、中央に据えられたグランドピアノ以外は、天井まで伸びる背の高い本棚と二人掛けのソファが二脚だけ。

 あとはなにもない。もったいないほど物が置かれていなかった。高級な家具をむやみやたらと押し込むよりも、空間を持て余して遊ばせている方が贅沢だと、彼はこの離れを見るたびに思う。

 彼は、二度、この贅沢な部屋でピアノやヴァイオリンを聴いたことがある。クラッシックなどわからない。興味もない。音楽の授業で聴かされても、うつらうつらしてしまう。

 それなのに、ここで聴くピアノやヴァイオリンには眠くならなかった。どきどきした。夢の中にいるようだった。

 彼はガラスに鼻先を近づけた。吐息の白い輪が出来る。

 ピアノを弾いている少年が見えた。

 滑らかな頬。癖のない黒髪。唇の左下の小さなホクロ。まだ骨格の完成していない華奢な身体つき。白いセーターを透かして、下に着ているシャツの薄いブルーのチェック柄がわかる。小学二年生だから言葉つきこそまだ幼さが残るが、ピアノの腕前は相当のものらしい。

 そして、少年の傍らでヴァイオリンを奏でる少女。年齢的には十八歳で、彼より三歳上なだけだから、充分少女に分類される年代なのだが、ほんの少し前まで制服を着ていたとは思えない。聡明で凛とした面差しには、既に大人の色香が漂っていた。すれ違う誰もが振り返り、鼓動を高鳴らせるに違いない完璧な美貌である。それでいて、微笑みは無垢でピュアで綿菓子のようにふわふわしていた。

 彼女は、この春から音大に進学した。合格祝いを口にした彼に、彼女はそのふわふわした笑顔で「子どもに音楽を教える人になりたい」と夢を語ってくれた。

 この家に生まれたお姫さまのような彼女が、そのささやかな夢を叶えられる可能性はゼロに近い。四年間のモラトリアムを終えたら、きっと、ほんの数回形式程度のデートをした男と政略結婚させられるに違いないのだから。

 彼女が美しければ美しいほど、高い値がつく。あるいは、もう水面下では彼女の価格はついているのかもしれない。彼女が語ってくれた夢は、本当に夢で終わる。彼女自身がそれは一番良くわかっているだろう。だから「せめて」と夢を語るのだ。

 彼は食い入るように室内を見つめ続けた。

 鼓動が痛い。手足が冷えていくのに顔だけが燃えるように熱かった。彼女を前にすると、いつもこうなる。会話を交わさなくても、至近距離ではなくても。

 これは「恋」なのだろうか。日々募っていく熱と昂ぶり。折り重なる想い。

 七歳のとき、はじめて彼女と出逢った。名門の私立小学校に通っていた彼女は、品の良いワンピース風の制服姿で彼の前に現われた。滑るように階段を駆け下りて来る背中には、確かに白い羽根が見えた。幻などではない。本当に天使だと思ったのだ。

 当時、彼女は彼より数センチ背が高かった。まっすぐな視線で彼を見つめ、ふわりと微笑んだ。

あの瞬間の微笑を、彼は永遠に忘れないだろう。

 彼女は演奏の合間に首を傾げて少年を見やった。腰まで届くくらいの長さのまっすぐな黒髪に、脆く儚い春先の光が踊っている。

 少年が困ったように指を止め、彼女も顎を起こした。ヴァイオリンを下ろして、少年を覗き込む。弓をピアノの上に置くと、鍵盤に置かれた少年の指に指を添えた。指使いを教えているらしい。少年は小さく頷いて、演奏の続きを始めた。

 今度は、彼女はヴァイオリンを弾かずに、ピアノの傍に佇んでいた。胸元に抱えたヴァイオリンの横腹を指先で弾いて、静かにリズムを取っている。

 なんて綺麗なのだろう。

初めての出逢いから八年。彼女の背中には、いまでも白過ぎるほどの羽根がある。

 不意に、彼女が顔を上げた。

 どきりとした。声をかけたわけでもないのに、彼女は彼に気づいたのだ。長い睫毛を瞬かせて、あの日のようにまっすぐにこちらを見つめている。あの日と同じような微笑みが浮かんだ。

 彼は思わず後退った。油の切れたカラクリ人形みたいにぎこちなく足が空廻る。抱えていた封筒がちょうど靴の上に落ちた。

「仁志さん」

 踊るような足取りで歩み寄って来た彼女が、窓を開けた。

 ピアノが止まった。少年が振り返り、彼を凝視している。

「お久しぶりね。今日はどんな御用?」

 彼女は屈託なく微笑んで、窓から身を乗り出した。

 思考がショートした。もう、冷静に何かを考えたり、次の行動に移ったりなど出来やしない。手のひらは汗ばんで震えていた。

「……書類を届けるように言われたんです」

 かろうじて発した声は、自分でもそうとわかるほど上擦って掠れていた。声変わりが人より遅くて、中学を卒業する頃になって、やっとボーイソプラノではなくなった。遅れた分、彼の声は友人たちより低いものになった。だから、多少の動揺で掠れても、他人には気づかれないだろう。浅ましい動揺の反映に羞恥を感じるのは自分だけだ。

「届ける? お父さまに?」

「いえ。京一郎さんに、です」

「お兄さまに?」

 彼女が訝しげに首を傾げた。なにかおかしなことを言っただろうか。会社で頼まれたままの内容なのに。

「今日はお出かけよ。ひょっとしたらお戻りにはならないかもしれないわ。ねぇ」

 そう言って、彼女は少年に同意を求めた。少年は無言のまま、大きく頷いた。

「……出かけた?」

「そうよ。ついさっき。お父さまはご存知ないから、仁志さんに御用を頼んだのね。私が預かっておいて差し上げるわ」

 彼女が手を差し出した。真っ白で綺麗な指。細くてしなやかで、ヴァイオリンより重たいものを知らない。

 彼はびくんとした。慄くように視線を泳がせる。彼女の指と顔を交互に見やった。どこに視点を定めていいのかわからない。動揺だけが蠢く。

「ですけど」

「会社のお仕事でしょう? いなかったから持って帰って来ましたじゃ子どものお使いよ。仁志さん、怒られるじゃないの。私に預けたって言えば問題ないわ」

「はぁ……」

 低く答えて、彼は曖昧に頷いた。ぎくしゃくと身体を折り曲げ、足元に落ちていた封筒を拾い上げる。汚れを払い、彼女を見上げた。

 室内にいるから、彼女の方が目線の位置が高い。出逢った頃と同じくらいの身長差が出来ていた。彼女を見上げるのは久しぶりのことだ。彼が彼女の身長を追い抜いたのは、中学に上がって間もなくだった。

「それなの?」

「……はい」

「随分と厚いのね」

 彼女は上からさっと封筒を掴んだ。指先が触れそうで、慌てて彼は手を離した。

「すぐ会社に戻らなきゃいけないの?」

 彼女が更に微笑む。背中で幻の羽根がやわらかく開いた。天使の降臨だ。神々しくて、直視することも出来ない。

「これを届けたら帰っていいって、言われてます」

 彼はぼそりと答えた。

「だったら、一緒にお茶はいかが?」

「でも……」

 そんなことをしたら怒られますという言葉を彼はぐっと飲み込んだ。この家の主であり、彼の雇い主である会長や、主従関係に厳格な両親に叱責されたとしても、彼女とともに過ごしたかった。

「レッスン少し休憩にして、これからお茶にするところだったの。ちょうどいいじゃない。お父さまやお兄さまになにか言われたら、私が誘ったって言ってやるわ」

 彼女は、まるで冒険小説の主人公のように潔く勇敢に言い切った。

 彼女はたぶん、慄きとか畏れとか、そんな言葉の本当の意味を知らない。いつでも正しい考えが勝つと信じている。恵まれた場所からなら正しいことを振り回しても、空振りにはならない。どこかにぶつかる。理不尽な思いなど一生味わうことなく過ぎるだろう。

 彼が、彼女の美しさに抱く畏れや、彼女の背後にいる大人たちに向ける慄きをわかるはずがない。何気ないお茶の誘いに頷いた後で払わねばならない代償の大きさも。

 以前、彼女に誘われ、この離れで時間を過ごしたことが知られたとき、彼はひどく叱責された。いっそ殴られた方が楽だと思うくらいだった。

 それでも。

後に続く恐怖は見えていても、彼女の誘いを拒み切る強さはなかった。

「入りなよ」

 いつの間にか彼女の隣に少年が立っていた。

 少年は隣家に住んでいる。この家ほどではないが、彼からすれば、身が竦むような巨大な邸宅だ。彼女が在籍していた学校とは別の名門の私立小学校に通っている。同じ町内に住んでいるから、小学生にしては大人びたデザインの制服を着た少年を見かけたことが何度もある。

 そのたびに毅然とした眼差しで見据えられて、ひどく気後れしたものだ。小学生、それもほんの少し前まで幼稚園児だった相手に情けない話だとは思うが。

「黙ってたら、ばれるわけないんだから。ぼくらだって言わないよ」

「すぐ仕度するわ。上がって」

 彼女は首を傾げるように微笑んだ。

ふたりの誘いを受けてもなお、戸惑っている彼の腕を小さな手のひらが掴んだ。どきりとするほど冷たかった。彼は思わず少年の顔を見た。

「身分違いとかつまんないこと考えてると取られちゃうよ」

 少年は背伸びして、耳打ちするような小声で囁いた。妙に悟ったような口調だった。

「取られちゃうって?」

「好きなんでしょ?」

「え……」

 彼は口篭もった。

 ロングフレアスカートの裾を翻して、彼女が部屋を出て行く。ドアを閉めるとき、肩越しに振り返って、彼女はふわりと微笑んだ。

 天使の眩さに眩暈がした。同じ空間にいることが畏れ多くて、息苦しい。鼓動がますます昂ぶる。

「あの人も、仁志さんのこと、好きだと思うよ」

「まさか」

「見てたらわかるよ。ぼくはお似合いだと思うけどな」

 少年はにぃっといたずらっぽく笑った。

 肋骨の内側で、心臓が握り潰されたみたいに悲鳴を上げている。追いつめられた草食動物の気分だった。

 ぎくしゃくと後退さろうとしたこと気づいたのか、少年がぐいっと彼の腕を引っ張った。

「帰っちゃダメだよ。ぼく、途中で帰るから、ふたりでお茶しなよ。兄さんのことなんか気にする必要ないんだから」

「そ、そんなこと……っ」

 彼は慌ただしく頭を横に振った。

 背後で春先特有の強い風が吹き抜けた。振り返ったら、薔薇の彩りが混ざり合っていた。

 赤、黄色、白、ピンク……。

 揺れる。揺れる。艶やかな花びら。色とりどりの波。

「仁志さんは優し過ぎるんだよ」



   *  *   *



 そうっとドアを開けた。赤ちゃんが眠っている。

 血肉を分け、三十六週間胎内で育んだはじめての我が子なのに、ちっとも可愛く思えなかった。生産期より少しだけ早く生まれた小さな手を握り締めて、甘やかなミルクの匂いをさせている。母性が芽生えて守りたいと思うはずの姿が、とてもとても鬱陶しい。

 いまは眠っているから静かでいいけれど、目を覚まして泣きはじめれば憎んでしまう。ミルクを欲しがろうが、オムツが汚れていようが、知ったことではない。どうとでもなればいい。いっそ誰かが連れ去ってくれないだろうか。

 ――だって、いらない……。

 ストールを胸元で合わせる細い指は頼りなく真っ白い。静脈が浮いている。あの子を宿した日から監視がついたし、出歩くことは禁止されたから、もともとの色白が更に抜けてしまった。庭やサンルームで陽射しを感じていいのは一日一時間までだった。

 ラタンの揺り籠の中、白いレースをふんだんに使ったベビー布団にくるまれた赤ちゃんを見やった。ぷくんとした頬。長い睫毛。眠っていても拗ねているみたいな唇。唇の左下にはホクロがある。

 絞り出すような溜め息が出た。

 ――ああ、ほんとうに可愛くない。

 妊娠を知らされたときは確かに嬉しかった。監視や外出禁止もあまり身体が強くないことを案じての優しさだと思っていた。結婚してからの半年間、大事にされてきた。邪険にされたことも、多忙の夫にほったらかしにされたこともなく、大抵の願いごとは叶えられた。だから、愛されているのだと信じていた。

 ――この子はわたしの身体を通過したけど、きっとわたしの子じゃない。

 頭の奥で銅鑼が打ち鳴らされるみたいにがんがんと痛い。誰かの嘲笑まで聞こえるような鈍い眩暈に吐き気を覚えた。

 ――わたしの、赤ちゃんじゃない。

 喘ぐように唇を開閉させてから、真っ白な手のひらを小さな小さな口許へ近づけた。

 ――この子がいなくなれば、わたしの赤ちゃんが帰ってくる……。そうよね、仁志さん。

 甘いミルクの匂いを封じようとしたとき、どこかから赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

 びくんとして、手を引っ込める。泣いているのは、ここにいる赤ちゃんではない。もっと強く激しい気性の泣き方だ。揺り籠の中の子は消え入りそうなか細さで泣く。その泣き声すらいらいらするのだ。

 この家のどこかにもうひとり、赤ちゃんがいるのか。古い屋敷だが、壁も塀も分厚く、庭もだだっ広いから、外の声ならこんなにも聞こえてはこない。

「……どこ、どこ、どこ……」

 うわごとのように呟きながら、ふらりと部屋を出る。泣き声が少しだけ近くなる。間違いなくこの家のどこかに赤ちゃんがいる。

 ――そちらがほんとうのわたしの赤ちゃんだ。絶対にそうだ。

「どこ、どこなの……?」

 うつろな声が自分の鼓膜も震わせる。頭痛がひどくなっていく。足元がふらついてうまく歩けない。早く赤ちゃんのところに行ってあげたいのに。

「……どうしたの?」

 足音も気配もないままに声をかけられ、「ひぃいい」と悲鳴交じりの吐息が漏れた。ぐいっとスカートの裾を引っ張られた。もっと大きな悲鳴になった。

 振り返らずに、スカートを引っ張る手を払い除けた。崩れ落ちるようによろけつつ、長い廊下を逃れ歩く。

「危ないよ! 待って!」

 慌てたような声が追いかけて来る。必死に足を前へ進め続けた。重たくてなかなか進めないけれど、立ち止まれば捕まってしまう。

 ――捕まってしまう? なにに?

 自問に答えはない。ただ逃れ続けるために歩く。歩くしかない。

 ――どこまで? ねぇどこまで?

 赤ちゃんの泣き声がまた激しくなる。背後からの足音も大きくなって、襲いかかってくるみたいだ。

 ――ああ。わたしの赤ちゃんのところに行かなきゃ。そこまでは辿り着かなきゃ。

 頭が痛くて、思考がまとまらない。でも、これだけはわかる。赤ちゃんを抱き締めてあげなければいけない。きっとお腹を空かしている。オムツだって濡れているかもしれない。

 ――わたしの、わたしだけの赤ちゃん……。

 泣き声に向かって手を伸ばす。なにもつかめなくて、空を切った身体がぐしゃりと傾いた。

「は……っ」

 背中に小さな手のひらが触れた、ような気がした。赤ちゃんの泣き声が一際ヒステリックに響き渡った。

 誰かがまるで罠にはまった憐れなケモノを蔑み、嘲り、いたぶるみたいに笑っていた。その凍りついた笑いを不意にピアノの旋律が纏わりつく。

 ――いや……ピアノはいや……。

 霞んで薄れていく意識の中で、力なく首を振った。乱れもつれた髪が頬や項に絡みついた。

 ――もう、『ラクリモーサ』はいや……。

 もう一度、微かに首を振った。







この世の罪を消し去る神の子羊よ

彼らに永久の安息をあたえたまえ




聖なるかな 聖なるかな


――聖なるかな


(モーツァルト『レクイエム』より)





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