第六話「最後の審判」JUDGEMENT
メシア暦2016年3月1日、火曜日。今年もまた、卒業と別れの季節がやって来た。思えば私もつい数年前は、中等学校の生徒であった。先日、私の母校である大森貝塚中等学校で、生徒が授業で創った作品などを飾る展覧会行事が、小規模ながらも開催された。卒業生である私も、特に予定がなかったので、これを機に見に行く事にした。「大森」という地名の通り、東京市とは思えない台地上の山林に、我が母校はある。何度訪れても、やはり懐かしい景観だ。今年度の展覧会では、卒業生らによるプラネタリウム上映企画もあるという。なんとなく想定してはいたが、果たして会場の教室に到達すると、そこには「彼女」がいた。
「本日は冬の星座を…あら、久し振りねぇ。まだ生きてたの?」
「あ! あ…あああ亜紀さん? そんな、まだ死んでなかったの?」
「亜紀さんも、この学校には思い入れが深いんだね」
「貴方に言われるまでもないわよ。ヒトは、記憶から逃れられないの」
「ところで亜紀さん、そこに展示してある鉱物って…誕生石?」
「ブラッドストーン? あ、思い出した! 僕らがここの生徒だった頃、亜紀さんに教えてもらったような気が…」
「ええ、あの時の碧玉よ。貴方も少しは、物分かりが良くなったじゃない。私達の思い出も、この中に刻み込まれているかも知れないわね」
私がその誕生石を凝視した刹那、年上の男性?らしきお客さんが声を発した。
「サザンクロスは大森から見えないから、プラネタリウムで観る! ん…あれ、この遺影みたいな写真に映ってる少女は、もしかして…」
「本校の卒業生で、私やこのヒトにとっても、大切な親友です。名は…」
亜紀さんに続いて、私も反射的に口を開いた。
「彼女の名前は、十三宮仁さんって言います」
思い返せば、それは甘く切ない夢物語。当時、この学校の一年生だった私は、幼馴染みの仁さん、そして不思議クール系な亜紀さんと同じクラスに在った。
「じゃあ、今日のイングリッシュはここまで! またね☆」
どう見ても空母なのに、何故か英語教諭をやっているマーシャル先生の授業が終わり、昼休み。私はいつも仁さんと一緒にご飯を食べるが、孤独を愛する亜紀さんは、どの班にも入らずに居た。そんな彼女に、仁さんが声を掛ける。
「でもね、あっちゃんは寂しくなんかないの! だってね、めぐちゃん達が一緒に居てあげるんだもん^^」
「私達三人で、一緒にご飯食べようよ! あなたも、いいでしょ?」
「あ…亜紀さんと? まあ、仁さんがそう言うなら…」
「これはブラッドストーン、今月の誕生石よ。二酸化珪素の石英に酸化鉄の不純物が混入した碧玉で、インド産の物が有名よ。ローマ帝国では、天体観測鏡に使われたとか」
「相変わらず、亜紀さんはそういう話に詳しいなあ…名前の由来は?」
「この赤い斑点は、十字架に磔られた救世主の血とかいう伝承よ」
そう言われて、亜紀さんは少しだけ微笑んだ。私達三人は、地元の小さな私塾にも通っていて、あの年の3月1日は確か、数学講師が別の奴に変わる時期だった。彼女達と、その未来を守り抜く…それが私と友との約束だと、胸に誓った。
「放課後から塾まで、少し時間があるわね。どこか寄ろうかしら?」
明日、3月9日は東インド諸島で皆既日蝕が発生し、日本列島でも部分日蝕が見られるらしい。もっとも、予報では気象条件に不安があるが。
放課後、私達は校舎の屋上にいた。なぜならば、耐震強度を無視したドS鬼畜的強引告白系「壁ドン」により、壁どころか塾の建物自体が倒壊したからである。私がこの件を、性別不明・年齢不詳の中二病先輩こと橘立花に報告した結果、『建物語』という某社のパクリにしか思えないタイトルの漫画小説として出版するとの回答を、大韓共和国(韓国)中央情報機関の無料盗聴アプリケーション「高麗線」経由のメッセージで受信した。私はその時、心の底から「どうでもいいよ」と思ったのであった。
仁さんのこの言霊は、早速企画倒れ寸前だった『建物語』に若干の延命を施すには、あまりにも充分過ぎた。
「どうして? 今度『馬鹿』って言ったら、あっちゃんを刺し殺すよ^^」
「…」
「貴女の目は節穴かしら? せっかく屋上に来たんだから、景観をよく観なさい。関東平野は、周辺を山地に囲まれているの。しかも、ここから大坂に至る視線には、日本アルプス山脈がある。要するに、山が多過ぎて無理よ」
「そうなんだ! じゃあ、お山様にどいてもらえば良いんだね^^」
「…あのね、どうやって? レーザー兵器で山脈を焼き融かすつもり?」
「学校の屋上から『めぐちゃん砲』を連射する仁さん…あ、悪くないかも」
「乱暴なのは良くないね。じゃあ、この学校をお山より高くしようよ!」
「一体何メートルになると思ってるの? ここから大坂までの距離を底辺、山脈の標高を通る斜辺を設定すれば、高さを計算できるかも知れないけれど…」
「めぐちゃん、もう疲れた…味噌煮込み麺を食べてから、おねんねする」
「建築費用を調達するには、何を売却すれば…って、ちょっと聴いてる?」
あの日々から数年後、天下の情勢は著しく変動した。数多の英雄達が現れては、滅び去った。消費増税を延期せざるを得ないほどの垂直落下式世界大恐慌(原因は忘れた)により財政破綻した三鷹公国は、隣接する武蔵野共和国への侵略を開始、世に言う「武蔵野戦争」が勃発した。瞬く間に国土の大半を三鷹軍に占領された武蔵野政府は、東京同盟に救援を求めた。しかし同盟は、豊島台池袋などを支配するアフィリランド王国の反乱に苦しめられていた。この頃、諸事情(詳細は忘れた)により同盟軍化物係に任命されてしまった私は、落合隊長・橘立花と共に、栃木人民共和国との交渉に向かっていた…戦闘機で。
「本当に宇都宮の連中は味方になってくれるでしょうか?」
「そんな事より『バトルフロント(仮)』の新しいイベント、もうやった?」
「僕はまだだけど、やった奴はみんな『運営マジで死ねばいいのに』って言ってたよ」
F-14D「ゲームなんかやってる暇があったら、任務に集中しろ」
「愚者めが…戦争は武道でもスポーツでもないと、何度言ったら分かるんだ?」
「黙れ。天候悪化により視界不明瞭。やむを得ん、陸路で戦場ヶ原溶岩を突破する!」
「ちょ…ちょっと待ってよ司令官! 戦闘機で凍結した道路を走るのって、ダンジョンに出会いを求めるのよりも間違っていると思うんだけど!」
19世紀後葉、明治維新・戊辰戦争によって、江戸幕府は滅び、七百年間に及ぶ「武士の世」は終わった。250~300地域の藩が割拠し、更に維新軍(討幕派)と幕府軍(佐幕派)とに分断されていた日本列島は、朝廷を戴く新政府によって統一された。西南戦争などの士族反乱も次々と撃破される中で、新しき時代から取り残された武士達は、やがて歴史の陰影へと消え去った。そして、それから百五十年の歳月が過ぎた。
数多の戦争・災害と、先般の「武蔵野事変」による混乱を乗り越えた現代日本は、長期安定政権の統治下、オリンピックに象徴される好景気によって、来たるべき新元号の時代を夢想しながら、一時の平和と繁栄を謳歌し、国際的にも、東方アジアの緊張緩和が模索されていた。だがしかし、数十年来の積弊である膨大な借金と、社会保障・教育無料化・五輪開発などの巨額歳出、そして赤字国債の際限なき濫発は、国家予算を未曾有に圧迫し、遂に財政破綻・大恐慌の悪夢を現出した。日本政府の国際的信用が失墜する中で、東京・武蔵野・三鷹・栃木・伊豆・沼津など関東・東海地方の諸都市は、軍産複合国家アフィリランドの支援を背景に、自由都市としての独立性を強め、事実上の小国家群を形成しつつあった。かくして、我が国は再び分裂の危機と、再統合への挑戦、その岐路に立たされる事となった。
一方、数年前の大震災から復興しつつあった東北地方では、ヒトの姿でありながら人肉を捕食する、「食人種」と呼ばれる人喰い族の出没が、相次いで目撃されていた。この情報を把握した、一部の都市国家や軍需産業は、食人種の生態を研究し、生物兵器として軍事利用する計画を進めていた。その結果、人間をゾンビ化させるウイルスが開発され、それはやがて、「第二次武蔵野戦争」と呼ばれる武力衝突を引き起こす事になる。正体不明の未知なる侵略者に対し、都市同盟軍は決死の迎撃を試みるが、食人種ウイルスがパンデミックし、流言蜚語が錯綜する混沌の中で、各地域の住民同士が、互いを「ゾンビ感染者」ではないかと疑心暗鬼し、魔女狩りのように拷問・処刑するという、凄惨な「リアル人狼ゲーム事件」が頻発する。
こうした中、私自身も教会騎士団の一員として、要塞化された東京湾に面し、羽田国際空港を擁する大森・蒲田の軍管区で、戦闘に参陣する事となった。そして、緒戦から最終決戦へと至る中で、比類なき活躍を魅せた謎の義勇軍、通称「アプリコーゼン中隊」の存在を知るに至った。元号が変わりつつある今、生き残った私は、この英雄達の言行録を軸として、武蔵野戦争の軍記編纂に参画し、記憶継承に携わり続けようと決心した。私達は何を得て、何を喪失し、なぜ戦わなければならなかったのかを解き明かし、それこそが、今となっては遠き日に旅立った戦友に対する、最大限の祝辞と成り得る事を祈って…。
「前回のアプリコーゼン!」
﨔木夜慧(長門守)が籠城する廃墟、通称「アプリコーゼン ハムレット」への突入を決行した同盟軍。しかし、中に居たのは心神喪失の﨔木長門だけで、人質にされていたはずの生田兵庫(大允)・斎宮星見・美保関天満(大宰少弐)らは忽然と姿を消してしまっていた。一方、別行動していた塔樹無敎(蘭木 訓)と本行寺道理は、生物兵器「食人種」を繰り出す謎の敵軍に勝利するべく、伊豆半島へと向かっていた…。
「これさ、俺の出番が完っ全にフェードアウトするシナリオだよな…」
「姉さん! 呑川で誰かの水死体が発見されました!」
「あ、まだ生きているようです」
「誰だ?」
「﨔木長州にレールガンを撃たれたが、絶縁防弾を一応装備していたから、見ての通り、致命傷は免れた。ただ、衝撃波で頭を打ってしまい、意識が朦朧になって、その後は…うっ!」
「あ、無理に話さなくても大丈夫です。お姉ちゃんの精神感応で、読心致しますので」
アプリコーゼン室内に居た十三宮顕(寿能城代)は、﨔木長門の無差別砲撃で気絶し掛けていたが、その際に、長門の悲鳴らしき声が聞こえた。意識が少し戻ると、室内には自分と長門しか残っておらず、不審に思った寿能城代は、外の様子を見に行った。そこで、何者かに背後から襲撃され、呑川に突き落とされたのである。ならば、その「犯人」は…。
「状況から考えて、私と﨔木長州を襲った者は、同一人物である可能性が高い」
犯人は、アプリコーゼンの周辺、あるいは内部に居た可能性が考えられる。その場合、﨔木長門が言っていたように、一同の中に「人狼」が潜んでいた…という話も、現実味を帯びてくる。ヒトとしての知性を維持したまま、食人種に変異してしまった「劣性感染者」が、本当に居たのかも知れない。
「…失礼する、面倒な事になった」
義勇軍の用心棒を務める入谷枯桐が、慌ただしくやって来た。冷静沈着な入谷が慌ただしく見える時とは、本当に慌ただしい事態なのだろう。
「新羅隆潮が、生田・斎宮・美保関らを指名手配せんと策している。彼らを、裏切り者ではないかと疑っているようだ」
「何だと? 被害者であるはずの彼らをスパイ扱いとは、奴も遂に痴呆か…入谷様、式部様を暗殺して下さい! 我々に対する、数々の無礼な仕打ち…最早、レッドラインですっ!」
「…不可能ではないが、本当にそれで良いのか?」
「顕ちゃん、落ち着いて下さい! 心を憎しみに染めてはいけませんよ…もう少し、平和的な選択を考えるべきです」
「殺さずとも、方法はある。例えば…」
以前から、寿能城代らアプリコーゼン関係者に不信感を抱いていた新羅隆潮(文部)は、この戦乱を奇貨として、彼らを排除しようと考えていた。しかし、大森蒲田統合軍管区の最高指導者である池上町奉行秀忠との作戦会議に際して、事態は急転する。
「…何? 恋生教徒どもが、妾に対して謀叛…だと!」
「新羅ちゃんが愛生教団を迫害した事に、怒っているみたいだよ。でも、このタイミングで反乱って事は、きっと裏で操っている人が…」
「さては、寿能城代の仕業じゃの? やはり、あ奴も恋生の一味じゃったのか。もう少し早く、潰しておくべきじゃった…して、賊徒の総勢は?」
「公然化しているのは数百人程度だけど、隠れ信者も加勢したら、十万人以上に達するって報告もあるよ」
「じゅ…十万じゃと? ただでさえ戦時中だと云うのに、青少年を不健全な宗教に汚染するなど、断じて許せぬ! じゃが…妾の軍勢は今、生田・斎宮・美保関らの追跡に向かっておる。併せて、寿能城代も片付けなくては…」
「その件は、後回しで良いんじゃない? あの子達が敵国に内応しているって話は、まだ充分な証拠が揃ってないし。それよりも今は、暴動対策を優先しよう」
「…そうじゃの。なれば早速、恋生軍との合戦を始めねばならぬ。我ら第四中隊の主導により、大森に、東京に、果ては天下に…新秩序をもたらすのじゃ!」
愛生教(恋生教)とは、メシア暦2010年以降に急速な勢いで信者数を増やし、一躍有名になりつつある新興宗教である。芸術を司る九人の女神を信仰するなど、ギリシャ・ローマ神話の影響を受けた宗教だと考えられるが、その実体については未だ不明な部分も多い。愛生教徒の特徴として、「信仰告白のために武装して行動する」という点が挙げられる。取り分け、女神を崇拝する儀礼において「ブレード」と呼ばれる光線剣を振り回すなど、その「好戦的」な側面が警戒されている。一説によれば、禅定門念々佳や美保関少弐・寿能城代なども愛生教徒ではないかと言われており、新羅文部が大森義勇軍アプリコーゼン中隊を執拗に敵視して来たのも、それが一つの理由である。
塔樹無敎と本行寺道理は、津島長政(三河守)と共に伊豆箱根を突破し、駿河湾沼津への進軍を開始した。
「ミリオン シスターズ、全軍着陣完了。内浦クレーターに侵攻し、淡島の敵軍を迎撃致します!」
「交戦を許可する、敵陣を業火に没せしめよ」
「ならば俺は、反射砲に近寄る奴らを片付ける。見渡す限り、東西も南北も敵だらけ…絶景だな」
F-35C「あぁっ! またランサーⅣが殺られた、この人で無し!」
この戦争の発端であり、電磁パルスと「人狼ウイルス」をバラ撒き、天下を混沌に陥れた弾頭は、三鷹天文台から発射された事が明らかになった。「ナイアルラトホテップ」と呼ばれるこの兵器は、対小惑星隕石砲の技術を天文台に軍事転用した物であり、水素爆弾や生物兵器を搭載できるだけでなく、遥か上空の宇宙に残る小惑星の破片を、人為的に落下させる事すらも可能である…と分析されている。禅定門念々佳は、全ての元凶を撃ち抜くために、戦友の雅楽莓(神奈川)・黒沢蓬艾(俄勝大姉)らと共に、再び空戦へと向かう。
F-14D「三鷹天文台を制圧し、Nyarlathotepの神話に…終止符を打つ! Roselia各機、状況は?」
「ロゼリアⅠ 禅定門念々佳、愛生!」
「ロゼリアⅡ 雅楽莓、かしこまです!」
「ロゼリアⅢ 黒沢蓬艾、準備良し!」
E-767「攻撃準備完了。敵軍は、対小惑星隕石砲を撃って来るわよ。高度に気を付けて!」
「全機に告ぐ! 任務を完遂し、必ず生還せよ! それ以外は許可しない! Roselia中隊、Deusと共にあれ!」
「「「かしこまっ!!!」」」
「私の同志である愛生教の信徒達が、新羅隆潮に対して騒擾を起こしている。この間隙に、美保関少弐らが脱出できれば良いのだが…」
「友達同士が、お互いを『魔女だ』『狼男だ』と疑って、殺し合うなんて…酷過ぎるよ!」
「食人種のうち、いわゆる『劣性感染者』の存否に関しては、まだ科学的結論が出ていないからな…」
「夜慧ちゃん達が言っていた『人狼』って、本当に居るのかな?」
「今はまだ分からない。ただ…本物の人狼は、案外すぐ近くに存在するのかも知れないよ?」
そう言いながら寿能城代は、愛生教徒の聖典である『学園偶像祭』を開いたが、十三宮仁はその内容に、不穏な違和感を覚えた。それから暫くした後、寿能城代は世を去った。あの年の冬、この国を襲った戦争を、私達は…決して、忘れはしない…!
「僕達にできる事は、限られている。でも…!」
「終わらせねえよ、ここでは…俺は、生きる!」
「翼なんて飾り? 偉い人には、分からないわよ!」
「九頭龍の覚醒は近い…さあ、ゲームを始めよう」
アプリコーゼン中隊、出撃! 諸君らの幸運を祈る…。