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ドラゴン・イン・ザ・ハート  作者: 高槻七夜
1/1

海はもう嫌だ

 今から語るのは人類の罪の記憶。

 それから自分が犯した罪の懺悔である。

 そして僕の生きた証だ。 



 冷たい――――……

 手足の感覚が途切れて、頭だけが空間を漂うような感覚だ。見える世界は真っ白。そして時々黒に変わる。懐かしい場所。思い出の場所。僕の第二の誕生地。

 

 そのときポツリと小さな光が頭上を廻る。

 小さな光はやがて頭から離れて、目の前から少し離れたところで止まる。小さな光はいつの間にか人一人分ほどの大きさになっている。みるみるうちにそれは形を変える。

 

「やぁ、朔真(さくま)。久し振りだね、ここに来るのは」


 今まで形が朧気だったその光の固まりは、今はすっかり人間のような姿になっている。透き通るような蒼い髪と、鮮血が凝固したような濃く紅い双眸。人のようだが、それがまとう雰囲気は明らかに、人とは異質である。男でありながら、女性のようにも見える中性的なその顔はさらに、それを際立たせている。


「うるさいぞ、トカゲもどき」


「僕はトカゲじゃないんだけど?」


 目の前の少年は拗ねたように小首を傾げる。

 その仕草は、とても可愛らしいが、今の朔真にはそんなことを気にしている気分には慣れない。


(ドラゴン)なんてトカゲの同類みたいなもんだろ」


「違うよ! 大きさが何より違うね! 僕たちはトカゲとは比べものにならないぐらいすごいんだぞ!」


 ふん、と鼻を鳴らした少年はこしに手をやり胸を張る。


「で……、用は?」

 

 用件も無しで少年が現れるはずはない。何かしらの意図があってこちらにコンタクトしてきたことは間違いない。

 訝しむように朔真は少年――リュンを睨め付けた。そんな視線など人が息をするようにリュンは簡単に受け流す。そしてリュンの浮かべた無邪気な笑みを見て、質問への返答は済んだ。


「ふふふ、気になるカイ、朔真君――?」


「もったいぶるな、トカゲ」


「もぅ! 口が悪いんだから、朔真君たらぁ」


 リュンの軽口を聞きながら朔真は、ぼんやりと考え事にふける。

 それに気がついたのか、リュンは口元にかすかな笑みを浮かべる。


「外界が気になるのかい?」


「まぁ……」


 この世界に来ると時間の感覚が分からなくなる。心の中の世界。そして彼らとの会合の場。

 一切の物理法則にとらわれないこの世界に、時間の流れは存在しない。常に停止して停滞した空間が、ここ暁朔真(あかつきさくま)の心情世界だ。常にここにあって、普段はふれることの出来ない近くて遠くに存在する世界。ここにはリュンとヒナが住んでいる。


「……で?」


「はぁ、もう少しお話をしてくれても……………分かっているよ。話そうじゃないか。まぁ、用件と外界の状況が無関係というわけではないからね」


 無愛想な朔真の姿勢に降参した、とでも言いたげにリュンは両手を挙げて降参のポーズを取る。小さく溜息をつくと、突然リュンの瞳から妖しげな光が宿る。


「ヴァースキが来るよ」


「ヴァースキ?」


「君たちが第二世代と呼ぶ奴らだね。奴は強いよ」


「第二世代……Aランクかぁ」


 厄災の化身――ドラゴン。

 奴らは世界を滅ぼす存在。神話と童話(ファンタジー)のみで語られた存在。

 そして人類の天敵。俺たち日本人類軍の敵にして殲滅対象。

 数十年前に突如、個体数を増やした彼らはいつの間にか人類から、世界の支配権を奪い取った。


「だから、島には行くな――」


「俺に命令違反をしろと?」


「そうだよ。――――奴は別格だ。君たち『夜叉(やしゃ)』には勝てない」


「やってみなきゃわからないだろ?」


 日本最高のドラゴン殲滅部隊――夜叉。

 そして朔真は暁中隊の隊長だ。

 人類ならざる化け物の一団。ドラゴン殲滅のためだけに造られた部隊。負けを許されない絶対勝利の部隊であり、これまで連戦連勝の常勝の軍団こそが『夜叉』という部隊だ。


「まぁ、どうでもいいけどね。――――でも、くれぐれも体は大事にしてね。

 

 僕のものでもあるのだから――……」


「俺の体は俺のものだ――お前のものではない!」


「まぁ、その内君の体を貰うよ。それまでは死なないようにねぇー」


 そこで不意に意識が糸をはさみでスパリと切られたように途切れる。




              □ □ □ □ □ □ □ □ □




「朔真ぁー……起きてよぉー」


 体を激しく揺らす手によって朔真の意識は現実に戻る。

 船体を動かすエンジン音とともに、潮風に運ばれて磯の匂いが鼻をくすぐる。太陽はすっかり南中してお昼を過ぎたことを知らせてくれる。

 朔真は甲板の隅に倒れかかっていた体を厳かに動かし立ち上がる。

 気持ちが良い風に吹かれ、思わず背伸びをする。


「うぅん――――」


「よく寝てましたね」


「まぁね」


「それより、何か用かい、凜夏(りんか)? 僕はもう少し寝たいのだけれど……」


 気持ちの良い潮風が頬に当たり、睡魔を再び呼び起こしそうになりかける。

 それを直前のところで押し殺す。


「はぁ……まぁ、眠たいなら良いですけど――――――」


 長く伸ばした凜夏の黒髪が風に吹かれて揺れるのを、静かに見詰めながら話を聞いていると、思いもよらい言葉が返ってくる。


「ですが…………」


 その瞬間、大地――否、大海原が大きく揺れる。

 豪華客船を改造して武装させたこの夜叉専用戦闘艦「迦楼羅(かるら)」の巨体は左右に大きく揺れる。

 

 次の瞬間には目の前の水面が大きく膨らみ、船体を優に超える大きさにまでなる。

 一度膨らんだ海面は、今度には一気に海水が下に流れ落ちる。そして最後に残ったのは十メートルを優に超える巨軀を持つ(ドラゴン)が姿を見せる。

 スノーホワイトの鱗と、魚の鰭のような物を持ったドラゴンである。美しいそのフォルムとは裏腹に、頭部には綺麗に生えそろった鋭利な牙を携えている。


「船体がこんな状態でも眠れるのなら――――ですが……」


 そう言って東雲(しののめ)凜夏は甲板を強く蹴り上げて、二階に飛ぶ。


「分かったよ…………」


「はい。というか、朔真が危険海域(レッドゾーン)に入ったら起こせ、といったのではないですか」


「――――そうでした」


 朧気な記憶を呼び覚ましながら、出航前の凜夏との会話を思い出す。


不知火(しらぬい)小隊は迎撃準備を!」


「りょーかいでーす」


 凜夏からの指示に気の抜けたような口調で、不知火小隊隊長の不知火陽人(しらぬいようと)が返事を返す。しかし、その言葉とは反対に、ライフルを構えた小隊員たちの攻撃が水面を勢いよく凪ぐ。

 階段を上って凜夏のいる一段上に辿り着いた朔真と時を同じくして、金剛寺愛梨(こんごうじあいり)が到着する。


「いやぁー、客室で寝てたら頭をぶってさぁー……、って、今はそんな雰囲気じゃないね」


「愛梨! 指揮は任せますね!」


 愛梨がすぐ近くまで来たことを確認すると、凜夏は突然走り出して思いっきり飛ぶ。

 りょーかい……、と愛梨が見送る頃には、凜夏の姿は目の前の巨大なドラゴンの頭上に来ていた。腰に帯刀した対龍兵器、通称「龍刃(りゅうじん)」を構えていた。

 龍の血液を特殊な工程処理すると、美しいコバルト色の結晶を取り出すことが出来る。血晶(けっしょう)と呼ばれるそれを金属に練り込むことでできる「龍鐵(ドラゴン・メタル)」によって、龍刃は作られているのだ。


 常人の数十倍もの脚力で飛んだ凜夏は、龍刃をドラゴンめがけて振りかぶった。

 龍刃の蒼い斬撃が美しい曲線を描く。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――……」


 断末魔のようなドラゴンの叫びと共に、スノーホワイトの体が真っ青な血によって塗りたくられる。海水は血と混ざり合い不気味なコントラストを見せている。


「ふぅ――」


「流石は、凜夏さんです!」


 ドラゴンの顎を蹴り付けて、甲板へと着地する。それを近くにいた陽人がすかさず駆け寄る。

 凜夏自身は全くの無傷。


 返り血を浴びて衣服が真っ青になっているが、青と黒でデザインされた日本人類軍の軍服にはそれほど目立ってはいない。


「ご苦労様でした、不知火中尉――」


「いやぁ、さすがだな凜夏さんはー。あの一瞬の剣裁き、絶妙に致命傷を狙って即殺、憧れますよ~」


 陽人が一生懸命話している横を、凜夏は素知らぬ顔で素通りしてしまう。

 そんな中隊長姿を隊員たちは呆れ半分、応援半分といった面持ちで見守っている。


 先ほどまで指揮をしていた愛梨は遠目で同情の溜息をついている。


「ははは、あの戦闘バカに恋するなんてお前も相当の恋愛バカだな!」


 近くまで寄って肩を叩いた朔真を見て、周囲は再び極大の溜息をつく。

 その隣で拗ねたように朔真を見詰める凜夏の視線に、朔真自身は全く気がついていない。


 今の朔真以外の全員の気持ちを代弁するなら、


 「お前が言うか――」


 が適切だろう。


 誰からともなく吹き出す音が聞こえる。船体全体を覆う笑い声に、朔真は任務を少し忘れ心が和む。

 しかし、いつも通りの日常はつかの間であった。

 ……着いたか。


「さぁ、お前らお仕事の時間だ!」


 目の前に見える島を指さして、朔真は高らかに宣言した。


「仕事って何をするんですか?」


 直前に任務内容を伝える暇がなかったために、今から起こる事を知らない夜叉のメンバーたちが首を次々に傾げ出す。


「あぁ、今回の任務は海上での建設作業の護衛だ」


「海上ですか……」


「そ、これはシー・ベルト・プロジェクトのための依頼だよ」


「では、建設物とは――――」


「そうだよ。――巨大な『龍鐵』の柱の埋設工事だ」


 「さぁ、がんばろう!」という隊長朔真のかけ声と共に、武装客船は入港したのだった。


















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