第二章 ‐3
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スブリキウス橋を渡っている人間はほとんどいなかった。それでルキリウスは後ろ向きに歩いていた。ふざけているアヒルのようだった。
「チルコ・マッシモに明かりが灯りはじめたよ。ミワクテキって言うの? もうすぐあのあたりは『オトナの世界』がはじまるね。興味ない?」
「ない」
ティベリウスに切り捨てられても、ルキリウスはそのくらいではめげなかった。ひょこひょことティベリウスの前に出て、なおも話しかけてくる。
「あそこでトロイヤ競技祭が開かれて、もう一年だっけ?」
十一月のことなので、もう一年を過ぎていた。
「ぼくも観に行ったんだよ」
「だろうな」
とげのある口調で応じるティベリウス。
「君が出られなくて残念だった。楽しみにしてたのに」
そのいけしゃあしゃあとした顔を一度にらみつけてから、またうつむき加減に歩き続けた。相手にするだけ疲れるだけだと、短いつき合いながらわかっていた。
「それにしても華麗な演技だったよね。ぼくはエーゲ海でイルカの群れを見たことがあるんだけど、あのときとおんなじくらい見惚れちゃったよ。馬の動きなんて曲芸並みだし、迫力あるし。どうやったらあの年で自分の体の一部みたいに馬を動かせるのかね? 今度教えてよ。うん、なんだかんだ言って年少組の中では一番君が上手かったよ。練習を見たかぎりね」
「どうもありがとう、いつもいつも見てくれて」
「できれば本番で君の勇姿を見たかったよ。みんなの武具ときたら、ものすごくきらきら光ってカッコよかったんだもの。近くで見たら装飾なんかもすごい凝ってるんだろうな、ご先祖様の勇姿とか彫ってさ。あーあ、いいなぁ、名門貴族の坊ちゃんは。ぼくなんてあんなカッコいい武具を着ることは一生ないんだろうなぁ」
ルキリウスの話は、いつも本心なのか偽りなのか、世辞なのか嫌味なのかわからない。そのいずれでもあるように聞こえ、またそのいずれになるにも込められている感情が乏しいようにも感じる。
ティベリウスが彼を好きになれない、数多くの理由の一つだった。
それでも耐えているただ一つの理由は、彼がティベリウスに好かれようという努力を真面目にしていないからだった。
「みんなの中でも、やっぱマルケルスがひときわ目立ってたよね」
ティベリウスの皮肉にも無視にもまったく勢い衰えず、ルキリウスは話し続ける。メッサラ家のマルクスよりたちが悪い。
「まあ、カエサルの甥だし、競技祭の主役なわけだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。それでもたいしたもんだと思うよ。年少組の中でも年下なのに、立派な組長ぶりだった。期待されて期待に応えるって、並大抵のことじゃないよね」
ルキリウスの言うとおり、マルケルスは立派に年少組組長を務め上げた。競技祭を成功させた。年長組と合わせて落馬した者が二人出たが、ピソやファビウスとともに最後まで沈着に仲間を率い、観客の拍手喝采を浴びた。
競技祭終了後、マルケルスはこれまでにない確固たる自信を持った様子だった。以前よりも精神が安定し、立ち振る舞いに余裕が生まれた。肉体鍛錬に励む際も集中力が増し、積極的に行動するようになった。
友人も増えた。今では一歩家から外へ出れば、その大勢に囲まれるほどだった。内面の成長に加え、生来の素直で優しい性格が広く知られるようになったためである。
「気の早い観客はさ、これでカエサル家も安泰ですなぁとか言って自分のことみたいにゴマンエツだったよ。マルケルスはマルケルス家の長男だってのに。まあ、カエサルと同じ血を引くたった一人の男子だから、そんなふうに思われるものなのかもね、君に兄弟でも生まれないかぎり」
ルキリウスはティベリウスへ片方の眉を上げてみせた。
「そっちのほうのご予定はないの?」
「ぼくに訊くな」
ぴしゃりと退けたものの、不思議な話ではあった。オクタヴィアヌスとリヴィアは結婚してもう七年近くなるが、子どもに恵まれていなかった。両者ともそれぞれ前の相手とのあいだに子どもをもうけていたにもかかわらず。
もちろん、オクタヴィアヌスは子どもを欲しがっていた。カエサル家の嫡男誕生を熱望していた。しかし数年前に一度月足らずの子が流れたきり、リヴィアは懐妊していない。
それでも相変わらず夫婦は仲睦まじい様子なので、自分が気にする問題ではないと思いつつも、ティベリウスはひそかにほっと胸をなで下ろしていた。
「まあともかく、マルケルスの市民へのお披露目は見事成功したわけだ。カエサルだってもちろんゴマンエツだっただろうね」
そのとおりだった。だれよりマルケルスの成長を喜んだ人物は、母親を別とすれば叔父のオクタヴィアヌスだった。競技祭の後、彼は甥にいちだんと目をかけるようになった。暇さえあれば勉学や肉体鍛錬の様子を聞き、そのたびに励ましと助言を惜しまなかった。
「マルケルスは強くなった」
ティベリウスはつぶやいた。するとルキリウスがしげしげと顔を見てきたので、眉をしかめた。
「なんだよ?」
「いや」
ルキリウスは肩をすくめた。苦笑しているように見えた。
スブリキウス橋の終わりまで来た。
「カエサルがアントニウスに勝ったら、またやるかもね、トロイヤ競技祭」
チルコ・マッシモを眺めながら、ルキリウスは目を細めた。その微笑がどこか大人びてもの悲しく見えたのは、夕日の蔭になっていたからなのだろう。
ティベリウスは言ってやった。
「転ぶぞ」
「おっと」
荷馬車からでも落ちたのか、角材が転がっていた。ルキリウスはくるりと跳ねて身をひるがえし、それを飛び越えた。赤い光を浴びて宙に浮いた一瞬が、ずいぶん長かった。
「――っと。そのときは、親愛なる君、年長組組長を期待してるよ」
「なんの話だ。色々と飛躍しすぎだぞ」
「そうかな。ぼくは君が組長にならなかった理由が、なんとなくわかったよ。君の中ではもう、絶対だってわかってたことなんだね」
自分の華麗な舞が気に入ったらしく、ルキリウスは必要もないのにもう一度跳んだ。
「けどさぁ、ぼくは…なんていうの、きみがもうちょっとキョエイシンってやつを持ってもいいと思う」
ローマの夏も終わろうとしていた。
マエケナスを訪ねるオクタヴィアヌスに、ティベリウスは同行させてもらうことになった。マルケルスとドルーススも一緒だった。
アグリッパがオクタヴィアヌスの右腕なら、マエケナスは左腕だった。騎士階級の大富豪で、十年ほど前からオクタヴィアヌスの顧問を務めている。ローマで最も名高い、芸術家の後援者でもある。
マエケナス邸にはこれまでにも何度か来たことがあったが、いつもともすれば夢見心地になってしまう。邸内の洗練された雰囲気もさることながら、とりわけティベリウスを魅了するのは庭の静寂だった。
澄んだ水が満々と流れ、燃えるような緑が生い茂る。花々が咲き乱れ、陽光を浴びた青い果実はもはやはじけ飛びそうだ。そのきらめきと躍動に負けじと、神話を題材とした彫刻の数々が非の打ちどころのない肉体美を誇っている。命あるものも無きものも鼓動し、轟音となって耳を圧倒してくるように感じる。
ときおり楽士の奏でる旋律や、踊り子のささやき声が聞こえてくる。彫刻に交じって庭のあちらこちらでくつろぐ彼らは、まるで妖精のようだ。
温水の池に足を浸し、ティベリウスは茫然とこの楽園を眺めていた。
雲の流れが速かった。
「叔父上は、マエケナス殿になにを相談なさってるのかな?」
マルケルスが隣に腰を下ろした。ティベリウスが向けた目はうつろだったが、気にとめていない様子だった。
「マエケナス殿が仲立ちしてくれれば、もしかして叔父上とアントニウスは対決を避けられるかも」
「……うん」
ティベリウスはようやく目の焦点を合わせた。しかし一縷の望みをかけるマルケルスと考えを同じくする気にはなれなかった。オクタヴィアヌスは遺言状を公開してまでアントニウスの不義を暴いた。先だっては国民に臨時税さえ課し、着々と軍備を整えていた。
オクタヴィアヌスはもはや時間の問題となった事態について、マエケナスと相談しているのだろう。おそらくは来年、冬が去るとともに、来たる時を迎えるのではないか。
ティベリウスは目線を庭に戻した。そのもの思いに沈む様子を見たマルケルスは、考えを改めざるをえなくなったようだ。悲しげにうつむいた顔が水面に映った。
「叔父上はまた行っちゃうんだよね、戦いに。ぼくたちはまた待ってなきゃいけないんだ…」
マルケルスにはそれが一番辛いのだろう。待てども待てども帰って来なかった継父アントニウス。戦場へ赴くたびにあわやという事態になる叔父オクタヴィアヌス。心配して気をもむばかりの日々はもうたくさんなのだろう。
それは、ティベリウスも同じだった。
水面で、マルケルスは唇をかみしめていた。
「アントニウスが一人で帰ってくればいいのに」
彼はうめくように言った。
「けれど、あの女王がいるから……そうだよ、あんな女王さえいなければ、父様はきっとぼくたちのところに帰ってきてくれたに違いないんだ。あんな女王さえいなければ――」
「マルケルス――」
怒りと、煮えたぎるような憎しみに歪む声。それに、顔――。こんなマルケルスを見たことがなかった。焦りに似たなにかに急かされ、ティベリウスは口を開きかけた。
「えいっ」
そこでふいに背中を押された。時が止まった一瞬、マルケルスが目も口もぽかんと開けて宙に浮いているのが見えた。二人は派手な水しぶきを上げて池に落ちた。
大歓声が耳に届いた。水面から顔を出すと、狂喜乱舞する弟と、その後ろでやんやと拍手喝采するマエケナスの詩人たちが見えた。
こっそり背後に忍び寄るドルーススを、彼らは沈黙俳優さながらに身振り手振りで応援していたに違いない。
二人きりで書斎に籠ったまま、オクタヴィアヌスとマエケナスは長いこと出てこなかった。それで、しまいにはマエケナスの妻テレンティアが金切り声を上げだした。夫と恋人がそろいもそろって愛する女をいつまでほうっておくつもりなのか。私とあの髭面アントニウスのどちらが大事なのか。そう扉の前でわめきちらした。
ティベリウスは開いた口がふさがらなかったが、テレンティアはそのローマ一とうたわれる美貌と、気まぐれすぎる気性で有名な女だった。理解不能なわがままと嫉妬は日常茶飯事。そのため夫婦喧嘩が年がら年じゅう絶えないという。ティベリウスにはどこが魅力なのかわからないが、それでも夫マエケナスはこのような妻に惚れぬいているらしい。彼の詩人たちは言う。
「マエケナスなんか同じ奥方と千回も結婚しているじゃないか」
扉の向こうから声が聞こえてきた。
「ぼくの可愛いテレンティア、今すぐ君を抱きしめたくてしかたないが、いい子だからもう少し待っていておくれ」
「私の美しいテレンティア、私のほうがマエケナスより君に焦がれているのだから、私のために待っていておくれ」
ティベリウスはあまり詳しく知りたくないのだが、テレンティア崇拝者名簿の筆頭がオクタヴィアヌスなのだという。オクタヴィアヌスがマエケナス邸を訪れるたび、市民たちは訳知り顔でささやき合った。「愛人と密会ですな」
母リヴィアはどう思っているのだろう。なにも言わないが。
だがそれでも東方の女王よりはましなのだろう。テレンティアは夫をそそのかして世界征服など企まない。
本国ローマのだれも認めていないにしろ、女王クレオパトラは今や東方諸国のほとんどを領有していた。全部「夫」アントニウスから贈られたものである。そしてパルティア遠征成功のあかつきには、かの国の領有も求めていた。
アントニウスがパルティア遠征に失敗した原因はクレオパトラであると、人々は言う。オクタヴィアヌス支持者もアントニウスの友人も、そう口をそろえる。
パルティア遠征の経過は市民に知られていない。アントニウスの仲間が語りたがらないため、詳細が伝わってこないのである。
だが、このごろは女王を嫌って本国に戻ってきた者たちが、重い口を開きはじめたという。
遠征開始までには、実のところ五年もの、十分すぎる時間があった。その間アントニウスはまったく準備を怠っていたわけではなかったが、豪勢な宴やら、女王との恋やら、オクタヴィアヌスとの対立やら、オクタヴィアとの結婚やらで、遠征をことごとく先送りしてきた。
これほど長いあいだローマ軍と隣接していれば、パルティア側も嫌でも対策を考えたことだろう。
四年前の春、アントニウスが率いていた軍勢は十万を超えていた。パルティア軍を圧倒する戦力だった。見送ったクレオパトラをはじめ、味方のだれもが彼の勝利を確信していただろう。
ところが遠征終了後、軍勢は三分の一に減っていた。遠征途上で倒れたのみならず、逃亡した者も多かったという。敗北と言うべき多大な犠牲だった。
パルティア側に完全勝利されたわけではない。だが遠征の目的はなに一つ達成できなかった。その第一は、東方におけるローマの覇権確立だったが、かろうじて現状を維持できたというところだった。目的の第二は、十七年前の大敗の雪辱を果たすことだったが、さらなる恥辱を受ける結果になった。軍旗を取り戻すどころかさらに奪われ、捕虜の返還もかなわず、そのうえまた犠牲を重ねたのだ。
アントニウスはだれよりも失望しただろう。季節はすでに冬。厳寒の砂漠を抜けた彼は、すぐさまエジプト女王の腕の中へ身を投げた。
女王はありとあらゆる手を尽くして彼をなぐさめたらしい。こうしてローマ最高司令官は、エジプト女王なしでは生きていけない男になってしまった。
女王がアントニウスの采配に悪影響をおよぼした証拠は、今のところない。だが彼女は、パルティアという国を欲しがっていた。
ティベリウスは以前、アグリッパに尋ねたことがあった。
「アントニウス殿は、アレクサンドロス大王になるのですか?」
なぜなら当時ローマ市民の多くが、陽気にそう歌っていたからである。息子のアンテュルスとユルスも誇らしげだった。二人よりは遠慮がちだったが、マルケルスも目を輝かせていた。
ところが、アグリッパは大笑いしたのである。
「いやはや坊ちゃん、そうなれば大変すばらしい。でもそこまで大人物にならなくても、皆はアントニウス殿を大いに讃えるでしょう。カッラエの雪辱を果たしてくれるのならね」
アレクサンドロス大王になるとはつまり、パルティアの東の国境、はるか彼方のインドまで征服行を続けるということである。そこまでやるということは、パルティアを滅亡させるに等しい。
だが、女王クレオパトラはそれを望んでいた。アントニウスとの息子にアレクサンドロスという名前をつけ、その子どもにパルティアを与えると公表したことが証拠だった。プトレマイオス朝エジプトの礎を築いたのは、アレクサンドロス大王である。アントニウスが怒涛の勢いでインドまで進軍し、大王に匹敵する戦果を挙げると、彼女は期待した。そして侵略したかの土地は、すべてエジプトに贈らせるつもりでいた。
呆れるばかりの話とティベリウスも思うが、そんな女王のために、アントニウスもまた大望を抱いて遠征に臨んだのだろうか。本当に大事な目的を見失ったまま。だとしたらあんまりだと思う。犠牲になった三万の兵が浮かばれない。
彼を後押ししたのは女王だけではなかっただろう。気楽なローマ市民も東方の民も口々にほめそやし、アントニウスを舞い上がらせたのだろう。しかし、それは国家の最上位に立つ者として、言い訳にならない。
遠征中の采配は、大局に影響しなかったのかもしれない。パルティア領有の野心を抱いた時点で、結果は見えていたのかもしれない。
だがその野心を抱いた張本人は、アントニウスではなく女王クレオパトラだった。
年が明けて春(前三五年)、アントニウスは、彼を助けに来たオクタヴィアと子どもたちを追い返した。クレオパトラと子どもたちに対する扱いとはまったく対照的だった。
翌年(前三四年)、アントニウスはアルメニア王国に攻め込んだ。パルティア遠征時に、裏切りを犯したためである。
勝利は収めた。けれども軍事力と言うよりは甘言を弄して王を捕らえたらしい。そのうえでアントニウスは国王一家を鎖につないで引きまわし、本国ローマではなく、エジプトで凱旋式を挙行した。
ローマ人を激高させた一大事だった。ローマ最高司令官が、異国で異国の神に、それも女神イシスに扮したクレオパトラに勝利を捧げたのである。マルクス・アントニウス、生涯初めての凱旋式だった。
式の終わり、彼は大勢のアレクサンドリア市民の歓呼を浴びつつ、女王と並んで黄金の玉座に腰かけた。その傍らにも小さい四つの玉座が並び、神君カエサルの息子とされるプトレマイオス・カエサリオン、それにアントニウスとクレオパトラの子ども三人が座っていた。ここで両親は宣言した。
双子の息子アレクサンドロス・ヘリオスに、アルメニア王国とメディア、そして侵略できたあかつきにはパルティアを与える。
双子の娘クレオパトラ・セレネに、キレナイカを与える。
末子のプトレマイオス・フィラデルフォスに、シリアとキリキアを与える。
そして最後に、これらすべての上に君臨するはエジプトであり、女王のクレオパトラとその長子プトレマイオス十五世カエサリオンの共同統治とする。クレオパトラとプトレマイオス十五世は「王の中の王」である。
もはやローマ人は激高どころではなかった。気を失うほどあ然とした。
幼いティベリウスでさえ思う。これではアントニウスがもはや正気でないとされてもしかたがない。
いったいアントニウスはなにを考えていたのだろう。女王に感謝されるほかに、どんな利益があったというのだろう。
だから多くのローマ人は言う。アントニウスは女王の色香と毒薬で籠絡された。女王さえいなければ、アントニウスはこれほどローマ人を慨嘆させる言動を重ねなかったはずである、と。
マルケルスも同じ意見だった。女王さえいなければ継父が奪われることはなかった。なにもかもあの魔女こそが悪いんだ、と。
今や女王は世界征服を企んでいる。エジプトはアントニウスのおかげで史上最大版図になった。女王は東方全土を支配したも同然の気でいるが、それで野心が満足するはずもない。次はギリシアを、さらには本国ローマまでをも領有せんと、今このときも戦支度を急いでいる。
そうした見解を、ティベリウスも否定はしない。そのとおりだろうと思う。だが、それでもなお、彼の暗い思考の中で対峙しているのは、アントニウスとオクタヴィアヌスなのである。あいだには、堂々たる神君カエサルの立ち姿が見える。そして三者の背後の暗闇を、父クラウディウス・ネロの影がちらちらよぎる。その腕に抱かれている赤ん坊はティベリウスなのだろう。そんな記憶はないのだけれど。
アントニウスとクレオパトラによる暴挙を、オクタヴィアヌスは一蹴した。元老院を通じて、彼らの決め事などなに一つ認めないという声明を出した。
現在、ローマには二人の男がいる。アントニウスとオクタヴィアヌス。
勝利したほうが、国家の頂に立つのだろう。
そしてもしもアントニウスが勝てば、エジプト女王が征服者としてローマに君臨する。
そうなるのだろうか。




