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第四章 小夜への疑惑

 今日は高校二年、一学期の終業式だ。慌ただしい組織の人事異動は、夏休み時期からの俺の技の習得と技量強化に加え、増加した淀の沈静化、そしてマユに巣くう淀みの完全なる退散である。


 俺は普通に高校生活を送りつつも、人の知らないところで淀みという人知を超えた自然現象と対峙する国家エージェントとして半ば世襲的な仕事に勤しむわけなのだが。

 退魔師なんて、ありもしない悪霊と戦う気のイカれたサイコだと思ってたけど、科学的にとらえると意外と納得のいく仕事なのだと実感する。


 姉ちゃんは夏のボーナス商戦に向けて、世界中の企業からの発注と商談で忙しいてんで、鈴葉の歓迎会の後、速攻で社に戻ったのだが、よりによって俺のバイクで行ってしまった。あのバイクは霧子とチバニーランドへ行った時、デモ機として借りたものとの同型。いいデータが取れたとのお礼で佐々山モータースから届いたばかりのおニューだったのに。オフロード対応もする優れもので、一時間しか乗って無いのにあの馬鹿姉。

 おまけに週末、取りに来いとは勘弁してくれよ。と、思ってはみたが、お泊りOKらしいので鈴葉同伴で行くことになっている。姉ちゃんの家に行くなんざあ、実は初めてなんだな。しかし、何故か会社の方に来いなどとなっているのが気がかりだ。

 姉ちゃんが経営する今や世界のファッション業界をも注目させる出版、工業やファッションのデザイン会社として躍進するリックスカンパニーは新宿のど真ん中に位置する地上、五十階の超高層ビル、フェニックスタワーの三十階に位置するのだ。社名のリックスとは螺旋のことなのだが、黄泉戻師の霊刀が螺旋模様の先端形状であることに由来しているかどうかは不明である。

 それにしても、姉ちゃんの会社は、女性社員と男性社員の比率が、8対2。ほとんど女の園と呼ばれる職場だ。俺のような性欲ぎんぎんでチェリーの男子高校生が出向いて果たして良いのだろうか。どうせ行くのであれば六本木のマンションの方でいいでは無いか。あそこならセレブなお遊びもできるだろう。初給料で新調した本部出張時に着るかもしれないスーツにも袖を通して歩けるしと思ったんだが甘かったなあ。これはきっと何かあるな。

 情報通の霧子の話によれば姉ちゃんの会社は社長室そのものが高級ホテルのスウィートルームなみであるとテレビの取材で報じられていたとか。でも、その取材番組を見た霧子は、取材を受けていた女性社長の名前が木村愛女で無かったので、他人の空似にしてはと最初はびっくりしたのだという。そう、姉ちゃんのビジネス業界での名前とは、比良坂黄泉のアナグラムである坂平美代だったのだ。もちろん、仕事上の名前で登記名は本名の木村愛女となってるとのことだ。

 さて、社に出向いていったい何をさせられるかはお楽しみということだ。姉ちゃんのことだから姉弟妹水入らずでのパーティやっておしまい、なんてことには100パーセント無い。総合部長のマユと顧問の寺坂には家族の用事で夏休みの初日から四、五日は出られない旨を伝えてあるが、この四、五日という長さがけっこう曲者だな。




 さて、俺を鍛えた紗季が、本物の黄泉戻師、小夜であったという事実は今なお信じられないが、小夜は紗季の親父さんが開発に携わったというVOBを使い、紗季の思い出を自身の記憶として定着させ、紗季を知る我々に自身を紗季だと信じ込ませたというから恐ろしいことである。悪用すれば他人へのなりすましも可能なのだから。実際、俺をはじめとして、紗季を知る多くの連中が、小夜を紗季と疑わなかった。


 だが、俺の訓練ミッションにおける小夜のVOBレポートによると俺と澪へは、記憶操作がうまくいかず何度か修正を余儀なくされたと書かれていたとのことだ。そのため、俺には色気攻撃の他、何度となくヘッドギアの装着による再定着を余儀なくされたらしい。

 澪に至っては、当初から俺を鍛える為のミッション協力関係にありながらも、カムフラージュ策であったお嬢様設定を破棄し、いきなり学力を落として、普通科編入など大胆過ぎる行動に翻弄させられたという。

 もちろん、澪の行動は小夜の策略を読んでのものではなかったことが後にわかるが、澪は日増しに、黄泉に反抗的な言動や態度を取るようになっていったのだそうだ。

 そこでこれ以上、澪に勝手な行動をさせないようにと彼女の詠御の力を一時的に削ぐためにと例の危険な行動に彼女をだまして協力させたらしいのだ。


 それがあのマユに憑依した淀みとの直接対峙だった。


 しかし、この戦いは大きな誤算を生み出した。それは力を削ぐ筈の澪の力が増大し、逆に小夜が力を奪われる結果を招いたという事だった。

 俺にとっては全くの他人である小夜は、俺との気のハーモニクスが構築出来なかったのだ。あの時、俺の気は無意識のうちに一旦、澪の力を根こそぎ奪う形を取るが、彼女と長年培って来た気のハーモニクスが均衡するよう働き、結果、彼女をより強くしたらしいのだ。均衡の力は黄泉にも働いた為、あの時点で一番強かった黄泉が力を奪われる結果となったのだ。


 たったの半日でここまで調べるとは、辰巳さんも相当に出来るのだなと尊敬せざるを得ない。

 更に、俺を黄泉戻師として鍛えるのに小夜が紗季をかたった理由は新機能を搭載したVOBの実験という見方が濃厚そうだ。佐々山インダストリーが大金をかけて黄泉戻師だかの仕事の為だけにこんな装置を開発したとは思えないので、実験が成功する実績を望んだのは理解できる話である。

 ただし、あくまでも小夜の行動を肯定していることが前提の話なのだ。


 なぜにそこまで、俺は小夜を疑うのだろうか。


 謎だらけの女、現役の黄泉、神平小夜。俺の『紗季姉との思い出』を仕事の道具利用するなんて、という怒りでいっぱいなだけなのかもしれないのだが、本当にそれだけなのだろうか。

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