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第一章 黒衣の少女再び

 黒衣の少女は、すたすたと俺の頭のすぐ真上まで降りてきた。なんという大胆な奴だ、そんなことをしたら、この角度だとさっきは影で見えなかったトライアングルゾーンがみ、見えてしまうではないか。こやつ、痴女か、マユは置いといて、澪ですらチラ見せしかせんと言うのに。こんな位置に来る奴が悪いのだからな見えても事故だからな。見たところそこそこ可愛いかなって感じだし、ちょっとLUCKYとかでいいんじゃないかな。


 俺は気を落ち着け、体はそのままにそーっと目玉だけを上へと動かした。うっすら見えるトライアングルゾーンに固唾を飲んだ。

 やべえ、これは澪のチラ見せとは違った色気がある。全く見せない霧子のうなじと同じくらい新鮮なエロ刺激じゃねーか。


「神様ありがとうー!、これは感涙ものだぜ」と、浮かれるのもつかの間だった。突然、少女の右足が上がり、俺の顔面目掛けて落ちてきた。俺は寸前で頭を右にずらして交わした。だが攻撃は終わらない、少女の右足は何度も、何度も俺の顔を踏みつけようとする。

 自分からスカートの中を見せておいて、逆上するとはまた新手の痴漢妄想女だ。だが、少女の攻撃は手に取るように分かるのでただの一撃も食らうことなどない。


「コラ、避けんな!」


 初めて少女が声を発した。イントネーションは東京のものじゃ無い。関西系だ。母ちゃんが関西の出身だからな。たまにあっちの言葉で話すことあるんだ。ということはこいつが新しい同居人で、こいつが新しい黄泉ということなのか?

健兄けんにいなんで避けんねん」

「健兄だあ?」

 懐かしい響きに油断した俺は、少女の足を股間に入れさせてしまった。言葉にならない悶絶をする俺。だが反撃してやった。そのまま足首を掴み前転させてやったのだ。スカートは尻の上までめくりあがり、パンツ丸見えになっちまった。しかも、青と白のシマシマパンツである。続に言う【標準装備】というやつだな。太からず、細すぎらずのむちっとした健康的な足に、秘部の盛り上がり部の皺加減がいい感じなんだが、なぜだか俺の不肖のムスコは静かだ。やはり、突然の黄泉の退陣のショックは俺にもダメージを与えているようだ。


 それにしても、この少女はなんだ。これが新しい黄泉なのか。結構、間抜けだな。人材不足にしてもどうにかならなかったのか。これでは黄泉に鍛えられる前の俺の方がまだマシだ。

 少女は尻に手を当て、めくれ上がったスカートをもとに戻し、ゆっくり立ち上がると、こちらを振り返った。半べそで、顔は真っ赤だ。髪は艶のある黒さで長く、ポニーテールで纏めてある。左目の下には泣きボクロがあって、肌艶もよく、泣いてなければキリッとした目線をしてそうで意外と可愛いというのは間違いない。巨乳ではないも、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んで均整のとれたオンナのカラダ付きをしている。

「健兄のあほー、えっち、ド変態!」って、いきなり三連辱攻撃さんれんじょくこうげきか!

 波乱含みの展開だが、土手の向こう側で何やらガラスを爪で引っかくのと同じくらい耳障りな機械油のきいてなさそうな業務用チャリの急ブレーキ音のようなものが鳴っている。そして、パキンという音とともにブレーキ音がなくなり、すこし間をおいてドスンという重い音がして静かになった。いったいどこのバカなのか。よくもまあ傾斜三十度近くの急斜面を急ブレーキで減速できると思ったものだ。


 俺の注意は少女に戻る。俺を健兄と呼ぶ奴はそういない。明らかに年下で、女の子に呼ばれることが多いのだが。

 少女の容姿は、姉貴や千代婆ちゃんの中学時代の雰囲気にどことなく似ている感じがする。だが、俺の下に妹がいた記憶はない。

「ま、まさかこの少女は、父ちゃんの隠し子で、俺の腹違いの妹とかいうラブコメにありがちなアレなのか?」思わず大声で叫んでしまった。

「誰が隠し子作っとるか!」

 後頭部に強烈な一撃を見舞われた俺は、前のめりに倒れ込んだ。起き上がって見るまでもないことだが、我が父上様の降臨だ。夕方は書き入れ時というのに店はいいのかと突っ込もうとする俺を制止して、父ちゃんは叫んだ。

「全く、お前に鈴葉を駅まで迎えに行かそうと思ったら勝手に出て行きやがるし、愛女あやめがたまたま帰ってきたから、母さんと店任せて来てみりゃ、ご近所さんが聞いたらとんでもない噂になりかねないことを、なに大声で口走っとるんだお前は!」

 父ちゃんは、割烹着姿で、汗だくで、息を切らしている。膝から下は、土手に激突しったっぽい汚れ具合だ。さっきの暴走自転車野郎は父ちゃんだったのだ。

「よその女にガキ産ませる甲斐性が俺にあると思うのか?」

「確かに」と、俺は右手の平に左拳で叩いて納得した。

「即座に納得するな。少しは、間を入れろよ。俺はこれでもナイーブなんだぞ」

「健兄も、お父ちゃんも、ウチのこともかもうてや」

 さっきまで、泣きじゃくっていた青のシマシマパンツの少女が俺らを呼んでいる。

「やっぱ、お父ちゃん言うとるやんか!」電光石火的に父ちゃんにツッコミをいれた筈なのだが、

「鈴葉、お帰り」

「お父ちゃん、ようウチの場所わかったな」

「鈴葉に教えてもろうた、SNSでわかったぞ。こう見えても、お父ちゃんなあ、IT機器は得意なんやぞ」

「さすがは、ウチのお父ちゃんや。おふくろ食堂の通販ページよく出来とるもんなあ」

「そうか、じゃ行くか。皆も待ちくたびれてるかもな」と、親父は突っ込む俺を無視して、少女の手を引いて土手を登って反対側へと降りて行った。

 聞き覚えのあるバイクのエンジン音が鳴り、猛スピードで急な坂を上り、遠ざかって行く音がする。


「しまった!」

 気づくのが遅すぎた。親父のやつ、バイクの合鍵持ってやがった。土手を登って下れば、そこには前輪の歪んだ業務用自転車が乗り捨ててあった。あの鬼親父め。そっちはアップダウンが激しいもののわずか一キロ程度の道程。普通の道を行きゃ、こっからだと五キロはあるし、この時間帯は人混みの繁華街を通ることになる。みんな集まるときは遅れりゃ必ず罰ゲームがあるからな。そうそう毎回、罰ゲーム受けるわけにもいかんさ。


 この急斜面の先は、トライアル仕様のオフロードバイクをしてもと容易にこなせない難所コースだ。かといって、夜道を歩いて抜けるのは流石に厳しい。段差もそこそこあるから、跳躍力の高いモノで無いと容易に昇っていけない。下りとは言え、よくノーマル自転車でここまで来れたものだ。さすが、親父と言わざるをえまい。

 だが、俺には秘密兵器があるのだ。地の利のよさと結うべきだろうか。『天は我を見放さなかったのだ』

 俺はベルトのホルスターからスマホを取り出し片手で、画面暗証パターンを素早く入れると、韋駄天いだてんと書かれた電話番号ショートカットをタッチした。電話はすぐにつながった。

「ああ、俺だ。朝比奈、韋駄天頼む!」

 ものの十分も立たずに、パッカラ、パッカラとヒヅメの音と、ひひーんと獣の鳴き声がした。

「早かったな」

「だって、俺んちすぐそこじゃないスか」

 朝比奈正晴あさひな まさはる、俺の一年後輩で剣道部員、家は牧場で、甘味屋の特濃牛乳は、朝比奈牧場が納めている低温殺菌の新鮮牛乳なんだぞ。あの黄泉が金にもの言わせて、毎日、五百ミリリットル瓶をキープしてやがったんだな。

「いつもスマン」

「いいですよ。こいつももう年だけど先輩といるのが好きみたいですからね。先輩のお婆さんの匂いのようなものを感じているのかもしれませんね。

 なんてたって、こいつは千代様の愛馬、轟天建武の曾孫ですからね。

 返すときはケツ叩いて下さい。それで戻りますから。それとくれぐれも学校には乗って来ないでくださいよ。俺が怒られますから!」

 俺は、韋駄天にまたがると、朝比奈への礼もそぞろに颯爽に山道を駆け出した。親父のバイクの腕じゃ、少々遠回りするだろうからな。意外と俺が早かったりしてな。


 韋駄天は、朝比奈牧場きっての名馬である。俺とは子供の頃からの付き合いだ。馬術でも障害物競技は何度も優勝してるが、こいつの器用さは群を抜いてやがるんだ。病気で視力は殆ど無い代りに天性の感覚の鋭さのおかげで、俺はこいつの動きに振り落とされないよう、バランスをとるだけなんだな。


 森に入って、わずか十数秒で左斜め前方にバイクのエンジン音が聞こえた。やはり、この暗さだ、ヘッドライトをつけても平地の少ない斜面には苦労しているようだ。ただ、初めてしては上出来だ。わずか十数分で中間点を過ぎているのだから、あの親父いつの間に訓練したんだか。


 やがて、俺たちは家の裏手の斜面に差し掛かり、韋駄天は大きくジャンプをした。だが、その側面を俺のバイクも飛翔していた。なんと、後部座席に乗っていたのは父ちゃんで、運転してたのは女の子だった。父ちゃんは着地前にタイミングよく後方に飛び降り、勢いづいたバイクは俺を抜いて、座敷手前の中庭まで走り込み、右旋回をきかせて止まった。

 女の子は軽くゴーグルを上げ、ニッコリと親指を立てた。


「なんだこの娘は!」


 俺は驚きを隠せなかった。あの癖のあるバイクを乗りこなし、韋駄天より早く抜けたことに驚愕したのだ。それに、何故この子は俺を健兄と呼ぶのだろうか、俺を健兄と呼んでた子はあまたいるが確かに親近者がいた記憶はある。


 ある夏の日の川遊びでの日の記憶を掘り起こしてみる。ツインテールの女の子が俺にねだっている。年は幼稚園には上がっている年齢っぽい。

 子供の頃のマサやマユがいる。マユがいて、夏ということは小三以降ってことだ。つい最近も思い出したような気がする。

《健兄、アホなことしてんとウチに泳ぎ教えてや》

 そうだ。確かにこの娘はいた。

 俺は、韋駄天を降り、女の子に近づく。女の子は俺に走りより抱きついてくる。成長過程の胸の山がちょっと感じるが、不肖のムスコは無反応だ。普通なら熱い血流があっても不思議ないのにこれはいったいなんだ。

「健兄、ウチやっと帰れたんや、これからよろしゅうにな」

 俺はひざまづいて、じっとその子の顔を見る。小さな頃のツインテールの子の顔と重なって、記憶がさざなみを立てるように頭の中に湧き出て来た。

 そうだ、この子は俺の妹だ。三つ下の。あの夏の日、大地震があって川に落ちて溺れた妹を俺は助けて、怪我をして入院して、澪が見舞いに来て転校して、マユとサキ(紗季)にチ○コいじられて、・・・・?

 少し記憶が違うと俺は感じた。サキは川にはいなかったのか。地震が来て川に落ちて溺れたのは、泳ぎが達者でなかった妹の鈴葉。でも、紗季は当時、うちに来ていた筈だ。家族同然の扱いだったし、川遊びには兄ちゃんと姉ちゃんが引率してくれてたし、不安は無い筈だ。そうか、俺やマサがやらしい目で見るからという理由で誘いを断られたのだったな。

 マユと鈴葉はその場で水着に着替えて、それを目の当たりにしたマサが鼻血出したっけ。でもなあ、前に見た記憶と微妙に違うんだよなあ。


 それにしても鈴葉は、何故家に居なかったのだろうか。俺は記憶を手繰り寄せることにした。

 まず、姉ちゃんのことを思いだした。姉ちゃんと俺が初めて出会ったのは、小一くらいの時だった。澪に母ちゃんが弓矢の手ほどきを教えているときに、年上のオンナの香りを漂わせ俺の目の前に現れ、俺を抱いたのだった。その後、澪に締め落とされ泡を吹いたのだ。.........なんちゅうことしてるんだあいつは。


 そうか、比良坂家だ。あの本家のしきたりだ。力あると認められた女子は、その時点から数年間の修行が義務付けられていたんだ。鈴葉は、千代婆ちゃんの孫であり、愛女姉ちゃんの妹という期待もあり、生まれてまもなく里子に出されたが、能力が育たなかったことを理由に五歳の時に返されている。母ちゃんの姉ちゃんの家で世話になっとったから関西弁になっちまったんだ。そして、例の事故があって、その後で能力が開花して、再度里子に出されたのだ。俺の人工呼吸で詠御の力が活性化したのは紗季じゃなく、鈴葉だったんだ。では、佐々山紗季は、人工じゃなく本物の黄泉だったのか?


 俺は柄にもなく考え込むのだが、基本バカの俺にそれ以上の思慮も無いのでどうしようもないと気づくのが、また情けない。

 

 それよりも、鈴葉だ。鈴葉の帰りを祝ってやらねばなるまい。

「鈴葉、お帰り!」

 俺は大サービスのつもりで大声で叫び、鈴葉を抱いた。頬ずりをして、全身で嬉しさを表現した。半分は演技だったのだが、自然と忘れていた彼女に対する愛情がこみ上げ、熱い涙がとめどもなく溢れ出したのだ。

 ようやく、兄貴の事故で忘れさられていた最後の記憶が今やっと蘇ったのだ。俺は大声で鈴葉の名前を叫びながら、ただただ泣いた。泣き崩れるほどに泣いた。




 鈴葉の歓迎会が終わり、鈴葉は今日は母ちゃんと一緒に、姉ちゃんがほぼ専有していた母屋に隣接する露天風呂の方へと行った。


 一方、俺は風呂には入らず、中庭の井戸で褌一丁になって水をかぶった。夏とはいえ、やはり井戸水は冷たい。どうして、井戸水をかぶるのかと言えば、釈然としないものがあるからだ。それは、おれの中のサキの記憶が以前と少し違うことだ。

 佐々山紗季、神平小夜、黄泉戻師の黄泉は今日まで存在していた。これは確かだ。決して、夢などでは無い。佐々山紗季は、佐々山の爺ちゃんの若い頃によく似ていた絶対に血縁者だ。

 だが、俺の記憶は兄貴の惨事を見て詠御師の力が暴走したとかで、兄貴の惨事を思い出さぬよう記憶を辿らぬよう記憶の深層に留めさせ、関係性を断ち切られ、その副作用で俺が最も気にかける者の記憶まで思い起こせなくされてしまったのだ。

 だが、それも兄貴の現在を見てから徐々に解かれていった筈なんだ。そうなっていく中でにも紗季との幼少期の思い出が違っているように思えて来る。やはり、バカの俺では答えに行きつけない。




 万策尽きると、ただ夜空を眺め、ため息しかつけない。そろそろ寝るかと着物を着ようとするとスマホに通知が来た。上司の入れ替えの知らせだった。確認すれば、神宮寺辰巳とある。年は二十五歳。出身は大阪市服部。職業は、高校教諭。勤務先は、うちの学校だった。

 恐れていたことが実現した。俺の部屋の隣がこいつなのだ。母ちゃんの親戚筋ならイケメン確定だ。


 俺の興味は、すっかりその男へと移ってしまった。まずは会ってみるしか無い。それにしても、黄泉といい、鈴葉といいい、この男といい、何でこんなあと数日で夏休みという時期に、慌ただしくも入れ替わってしまうのだろうか。新学期からではまずい理由でもあるのだろうか。

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