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別れ、そして新たなるプロローグ

 井戸水の凍るように冷たい水のシャワーを浴びても俺の体は熱を帯びていた。皮膚の表面を針のようにチクチクと刺すような痛覚的な冷水の刺激は感じているんだが、体の底から熱いものが込上がってくるといった感じなんだ。


 我が宿敵、木村正之助十段、俺の爺ちゃんに勝ったのだ。まあ、勝ったと言っても試合じゃない。体力勝負のぶつかり稽古のようなものなんだ。相手はすでに七十歳のご老体、こっちは十七歳の若者だ。勝って当たり前かもしれないが、百戦錬磨の猛者だから剣筋は的確。本物の剣豪だ。もしも、真剣なら一瞬で勝負がつく。将和の柔術家は試合に負けた時、腹の皮に切り込みを入れたと聞く、本当の真剣勝負は負けたら次は無い。俺もそろそろそういう域を考えるべきなのかもしれない。

 真剣でないからすっ飛ばされたり、倒されたりするわけだ。俺はまだ甘いな。


 俺に勝負への執着を与えているのは、昨晩の霧子とのデートだ。もっと言えば、淀みの記憶とやらを通じた時間旅行の果てに行き着いた俺の決意がそうさせているんだ。

 爺ちゃん、御免な。俺、別に不抜けてたわけじゃねーんだ。心が定まってなかったんだ。迷ってたんだよ。でも、もう迷わねえ。それをさっきの剣で伝えたつもりさ。


「健児、あたしはこれから朝練に行く、貴様のことだからサボるかも知れないが、サボったら一撃が来ること忘れんなよ!」

 すっ裸のマユが肩に手ぬぐいを当てて脱衣所へと戻っていく。道場の営業時間なら男女の間仕切がされているのだが、夜と朝は身内しか使わないので広く使うために間仕切は取り払われているんだな。

 全く、学内でトップ五に入るかという程のアスリート美女子が、一糸纏わぬ体をエロエキスでコーティングされた男子生徒の目に晒すとは恐れ入る。恐れ入りまくりで何も感じなくなっちまったぞ。

 おまけに最近、ジャングルの伐採をしたようで、どうだと感想を聞かれる始末だ。あんなところを彼氏でも無い男にマジマジと見せる奴もどうかしてるが、こっちも隠せず晒しまくりで、キャーとも言わねーから調子も狂うわ。


 おまけに俺のジャングルは、前御まえみに更地にされちまうしな。さらには女子たちにいじられ放題で放尿のみならず、男汁放出まで見られる始末だ。修学旅行は2月なんだがそれまでに茂ってくれるのだろうか。永久脱毛されてなきゃいいけどな。


 それにしても、「糞、マユの奴、いったい俺を何だと思ってやがるんだ」

 シャワーを浴びながらこうべを垂れて思わずシャワー室の壁に両拳をドンと叩きつけた。

「何度も言うが、それはキミがペット並みって事なんだよ。つまり、男として意識されてないってことなんだよ」

 聞き慣れたとはいえ、ぐさりと刺さる強烈な言葉に振り向けば爺ちゃんとの稽古を止めた黄泉が隣にいた。当然ではあるが間仕切を超えた隣だが。こいつは食う寝る以外は乙女の恥じらいとやらを俺に対しては見せる奴だから、間仕切を超えて覗こうものなら即座にエルボー打ちや膝蹴りが繰り出される。間合いが近いってんでそういう攻撃に転じて来るわけなのだよ。

 だが最近のこいつはちょっと以前とは違ってるんだな。以前は淀みを拡散させるときとか必ず異様な気を放っていたし、髪の毛や皮膚からドス黒い紫や赤の霞のような気体がかもし出て、瞳の色も赤黒く変色していたというのに最近は見なくなった。一応、淀みは祓えてはいるようなんだが。もっとも俺が今ではメインだからその辺はよくわからないのだな。


「健児、ちょっとだけ聞いてくれ」

 黄泉がキミでは無く、名前で呼んできた。だが、裏にひっかけありのような雰囲気もなさげだ。ま、もはやペイペイの下っ端は卒業させてもらったようだから聞かせていただくこととしてやろう。

 俺はタッパをいかして間仕切の上に腕を組み、黄泉様を見下ろしてやることにした。が、バスタオルをしっかりと身体に巻きつけてやがる。当たり前か。落胆してため息をつき、瞼を閉じたときに両目に指先の圧が来た。

「馬鹿モノ、女性の身体をジロジロ見ようとするな! 全く!」

 早速、下僕としての姉御からの一撃を見舞われた。

「キミって奴は全くもって懲りないな。さて、健児。これからは少々真面目な話になるんでな真剣に聞いて欲しい。例え、わたしのバスタオルがはだけて裸体がもろ見えになってもだ」

 全くなんちゅう例えだ。また、例の生乳ギミックを突然見せて不意の一撃でも見舞おうというのか。まあいい、まあいい。こいつの空気の読めなさは今に始まったことじゃない。黙って、続きを聞いてやろう。

藤崎澪薫ふじさき れいかの、いや、みおの事については本当に礼を言いたい。ありがとう。本部の浅はかさが情けない。本部の方針を知りながら何も出来なかった自分が情ないと本当に思う。許してくれ」

 俺は黄泉が何を言っているのかサッパリ分からなかった。

「澪を俺が助けた?

 いや、助けられたのは俺だろう。マユに取り憑いた強力な淀みが俺を襲って、あいつが俺を通じて気を送ってお前に伝えて撃退したじゃないか。澪とお前がいなかったら俺は死んでいたかもしれないんだぞ。礼を言われなきならんのは俺じゃない、澪とお前だよ」


 俺はすまなさそうに見上げる黄泉を見て、ふと、何かを思い出した。それはあの時、聞いたこの言葉だった。


『がんばります、がんばってみせます』


『これでお別れです。楽しい時間をありがとう』


 まさか、あれは澪が俺に送った断末魔のメッセージだったとでも言うのか。あの時の俺は瞼も開けれず夢遊病者のような状態だったが、あの言葉と身体を通り抜けていく熱いエネルギーの波動はハッキリと覚えている。

 そして、俺は下総正盛しもうさのまさもり百鬼姫ひゃっきめ討伐の記憶を紐解きはじめた。正盛の恋人の一人でもある澪は、正盛に気のバリアーを張り巡らせて息絶えた。まさか、あの時の澪(藤崎澪華)も同じ役目にあったと言ってるのか!

「あの淀み憑依されたマユの攻撃から、わたしと澪がお前を助けたと思っているならそれは間違いだ。本部の作戦は澪を増幅器として淀みのエネルギーを吸い上げ反転させて打ち消すものだった。その時にかかる澪への負荷は図り知れなかったのだ。私が本物の詠御師ではないからな。澪の生死は保証されないことが確実だった。あいつはそのことを知っていたかは定かでは無いが、志願してくれた。志願しなくても本部はやらせたと思うんだ」

 黄泉の話にとめどもない怒りが体の底からこみ上げて来た。下手をすれば黄泉とて容赦なくぶちのめす程の怒りだ。だが、俺は気を鎮めようと懸命につとめた。

「なぜ、澪は助かったんだ」俺は冷静に訊ねた。

「これは本部も予想して無かったことだが、キミは内部的には既に覚醒してたのだ。キミと澪の体内で淀みの反作用エンジンが二つになり、次第にキミのエンジンが増大化して、消沈しかけた澪の身体を活性化させたんだ。

 もしも、それが起きなかったらキミも私も命を落とした筈なんだが、落とす前に特殊部隊がわたしとキミだけを拘束して生かしたことだろうな。そして、藤崎澪華は不慮の事故で死亡となり舞台から消えていたのだ。

 その後もわたしは何食わぬ顔で作戦を進め、キミたちをいいように使っていた。本当に馬鹿な上官だ私って奴は。キミを婿に取るとかも為政者気取りの上から目線の者の考え方だ」

 黄泉は、ボロボロに泣きじゃくっている。こんなこいつの顔なんか今まで見たこと無かった。でも、なんで急にこんなことを言い出す気になったのだろうか。任務遂行にあたっては鋼的な強さを持った女であった筈なのに。

「わたしは近々、この任を降りる事になる。わたしの後任も既に決まっている。わたしはキミを守り育てたが、結局は組織の飼い犬で、成金セレブの庶民知らずだった。

 だが、キミへの気持ちだけは、キミを好きだという気持ちだけは本物だそこだけはどうしても伝えたかった。

 そして、これから訪れる事には真剣に立ち向かってもらいたい。決して、怯むことなく、怖気づくことなく、ぶつかって欲しい。相手が誰であってもだ」

 え、何を言ってるんだ。


「健児!」


 黄泉の唇が俺の唇を覆った。なんともいい感じの呼気に、舌触りって、舌入れスカ。澪以外で舌を入れられたのは黄泉様が初めてですぜ。と、いうか霧子を入れてもキスは三人しか経験ねーんだけど。あ、マユんとこのマヤも入れてやらにゃな。三人と一匹だな。あ、そうなるとマユも一カウントになっちまうのか?

 いや、あれはノーカウントだ。あいつの意志じゃなかったんだからな。

 ま、黄泉とのキスは初めてでも、佐々山紗季とのキスならこれで二度目だな。覚えてなかった訳じゃない。なんか照れくさかったんだ。それと素直に教えてくれなかったんで、反発したんだよ。

紗季姉さきねえ!」

 まるで時間が止まったようだった。黄泉は佐々山紗季に戻り、俺の初恋の女に戻った。

 澪には申し訳ないが、幼少期の俺には恋のように感じてはいなかったのだ。あいつを女として意識し始めたのはあいつが二十三区へ引っ越してから後なんだ。俺の初恋の女性は、コジローこと、この佐々山紗季なんだ。

 永遠のように長かったと思われたキスはやがて終わった。そして、彼女はヘッドギアのようなものを被せた。キイーンという低い音がし始めると、急に眠気が襲ってきた。黄泉の声がする。

《健児、何度も済まないな。この記憶はしばらく、思い出すきっかけを心の奥底に沈めさせてもらうよ。百鬼姫の話もな。

 澪と霧子がやった方法じゃ記憶は埋没出来ない。一時的には出来てもな。これは高度な技術なのだ。霧子との思い出も消えてしまうかもしれないが、霧子への思いは消えたりはしないさ。キミが誰を選び、どんな家庭を築くのか興味は尽きないが、わたしとのことは忘れてくれていい》


 忘れねえ、絶対に忘れるものか、絶対に、ぜったい・・・・に、




****

***

**




 俺の目の前に、スレンダーながら肉付のいい女体がしっかり、目に焼き付いた。そして、間髪いれずに飛び膝蹴りが来た。

「馬鹿、何、上から覗いてるんだ!」

 その場に崩れ去る俺。一瞬、見えたような見えなかったような。湯気でぼやっとしてもいたから、はっきりは見えてねえ。


 学校行きゃあ、予告通りマユの一撃が入りやがる。もはや日課だ。だが、今日は教室がやけにそわそわしている。昼休みに入ると澪とマユがそそくさと教室を抜けて行った。連れションか?

 俺は弁当箱を開けて弁当をかっ喰らいはじめた。今日は黄泉に呼ばれてねーから久しぶりに弁当をしっかり味わえる。

 まずは唐揚げ、くー、ジューシーでうめーぜ。飯も冷えてるが、爺ちゃんが漬けてる婆ちゃん秘伝の梅干しの酸味が食欲をそそる。

 二段目の弁当を食おうとした時だった。遠くから俺の名を連呼しながら、走ってくるバカ1と3の声がする。その声の主たちは教室になだれ込んできた。

「健児、どうして教えなかったんだ!」

 バカ1、マサが切り込んで来た。

「お前、同居人だろ!」と、バカ3の田上が続いた。何度も言うが俺がバカ2な訳だが、この呼び名の由来は、俺達の誕生日と出生時刻に由来する。三人とも四月一日生まれで、後は出生時刻順というわけだ。別に頭が悪いから、バカと言われている訳じゃない。

 いや、確かに少しは悪いが、うちの高校は都立高校の中でも中の上に位置する一応進学校だ。特別クラスは私立を含めた全高校でベスト三を争うレベルなのだ。つまりはうちの久遠高校は超頭のいい学校と並以上は頭のいい学校が隣接する日本でも珍しいハイブリッド高校なのだ。

「おい、健児。聞いてんのかよ!」

「なんだよ、おめえら血相かかえてよ!」

「何だじゃねーよ、竜崎、神平小夜が、今日、転校すんだよ!」

「なにー!」

「やっぱ、知らなかったのか。無理もねーか。

 女見りゃ股間に巨大なミミズばれを隆起させちまうような奴じゃ、千年の恋も消し飛ぶよな」

「お前のおかげで、俺達まで飛んだとばっちりだぜ。運動部の部長連中と学業成績優秀者はよう、昼休みに行われる彼女のお別れ会に出席できるってのに、お前の一派だからとか言われて、俺達、参加を拒否られたんだぜ」

「これって差別だよな絶対に!」

 動揺しなかったといえば、嘘になる。健児一味は参加させるなという教師共の嫌がらせにも腹は立ったが、俺はなんとなくだが、俺に教えなかったあいつの気持ちを汲みたくなったので、バカどもの嘆きをよそに弁当を平らげて、狸寝入りを決め込んだ。午後の授業を終えて、部に少しだけ顔を出して俺は家路についた。

 隣の部屋を見ると、案の定片付けられていて、新たな荷物が届けらてていた。届け主の苗字、『神宮寺』が僅かに見えた。『神宮寺』と言えば、母ちゃんの旧姓だ。ということは母ちゃんの親戚筋ってことか。誰だろうないったい。剣道の防具も届いているから、剣道やるんだろうが、母ちゃんの親戚筋ってほとんどやってるから想像つかねーな。学生、それとも社会人かな。男か女か気にはなるが、他人の荷物を物色するなどはしたないことはやめて~な。


 そして、俺の勉強机の上には置き手紙があった。差出人は黄泉であった。むしゃくしゃするので、服を着替え黄泉の手紙をズボンのポケットに入れて下へ降りた。そのまま小屋へ行き、メットを被って、オフロードバイクを出し、夕闇迫る空を見ながら裏山へと走り出していた。裏山はアップダウン激しく、まっすぐ走れるところでは無いが、俺は荒れ地を進みたくなったのだ。子供の頃はBMXバイクで慣らし、今はオフロードバイクでむしゃくしゃするときはアタックしている。剣道の打ち込み稽古とは違い、自然と戦うことに夢中になれるのだ。


 荒れ地の斜面を降りきった俺は河原へと向かった。途中、甘味屋で特濃牛乳とたい焼きを買い求めた。あいつに何回買ったこという思いと、うまそうに食べるあいつの笑顔が目の前に浮かんだ。

 そして、河原の土手の草むらに寝そべって、黄泉様お薦めのたい焼き食コースを堪能する俺。


「ああ、うめえ」と自然に声が漏れる。


 黄泉と初めて出会った日もこんな赤い夕焼けだった。パシリで始まった俺も立派に勤めを果たせるまでに成長させられたものだよ。

 俺は黄泉の手紙を開けて、読み始めた。これまでのいろいろないきさつが淡々と書かれており、所々で懐かしさがこみ上げて来た。マユに降り掛かっている脅威は終わった訳じゃないんだが、あいつは次の一手は売ってあると書き記していた。

 あいつが退く話はこれまで、そこはかとなく耳に聞かされてはいたが、こんなに急に来ると、体の一部を持っていかれたようで、半分抜け殻にでもなった感じだ。


『健児、さだめのもとにまた会おう!』


 これが手紙の最後に書かれた言葉だった。いったいどういう意味なのか、あいつ特有のジョークなのかは不明だが、何とも意味ありな言葉だった。


「あばよな、黄泉」


 ポツリと言葉が漏れた。寂しさもあるが、清々しさも感じる妙な気分である。気せずして一迅の風が山から川下へと吹き降りて行った。まるでその風にあいつが乗っているかのようにさえ感じられた。


 赤とんぼが飛ぶ季節では無いが俺は空を見上げた。すると、土手の上に人影があることを確認した。はっきりは分からないが黒い袈裟のようなものを纏た髪の長い人物だ。

 体のラインからして女と分かった。背中には長手のものを背負っている。刀とも弓ともこの角度からではハッキリとは確認出来ない。

 スカートらしき下からはカモシカのようにしなやかで美しい素足がのぞいている。足の付け根のトライアングルゾーンは影になって全く見えない。顔も髪が長いのと影になってハッキリとは分からない。

 だが、その出で立ちはある人物にそっくりだった。

「黄泉、か?」

 その人物が黄泉、佐々山紗季などでないことは十分に気の感じでわかったのだが、彼女の出で立ちは黄泉としか言いようが無かった。


 彼女の口元が少しばかり、微笑んだかのように見えた。

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