プロローグの前日談 その三
「霧子」
「健くん」
きらびやかに夜空を彩る花火をバックに、見つめ合う正装をした俺と霧子。互いの瞳に互いの姿が映り込む。下の方では霧のカーテンが施されそこに3Dの映像が投影されている湖を挟んで対面になるこの広場はおそらくVIP客専用の広場なのだろう。お客たちもそこはかとなく、小奇麗で慎ましい雰囲気がある。
ここは東京チバニーランド。東京と言いながら実は千葉県にあるというテーマパークのことではない。ここは、日本が誇る世界的アクションアクター、ソニー・チバがハリウッドで活躍し稼いだ莫大な金で湾岸の埋立地に建てた世界初のアクションテーマパークなのだ。
とは言うものの相手はか弱き女の子。最初は、定番のトルネードローラーコースターや、リニアカードライブ、アクティブ観覧車など目玉の乗り物やアトラクションなどを楽しむというごく一般のデートコースを楽しんだ。
その後、食事をしながら一息つけるこんな落ち着いた場所が無いかとボーイに聞けば、この場所に案内されたというわけだ。さすが黄泉様、プラチナカード様だ。
タキシードだかなんだかよくわからんが豪華そうな衣装まで貸出され、鏡で見た自分らがどこのドイツ様かわからぬ程だった。
それにしても、とても不思議な感じがした。霧子とは小学校の頃からの知り合いではあるが、このように互いをじっと見つめあったのはそうそう無かったからだ。
次第に俺達は唇を寄せ合い、すっと重ねた。長年、澪との吸いまくりでキスだけは上手に出来ると自負している。に、にしてもこのキスはたまらん。このまま押し倒して、結合しちまいたい雰囲気だ。俺のムスコは既にかっちんかっちんだ。
に、しても、今日の霧子は最高だ。どう時間がたったらあのガリガリのメガネ女が、こんないい香りのする柔らかい女子にさせてしまうというのだろうか。でも、無理してメガネ外して大丈夫なのか、コンタクトもしていなかったようだが。いや、そんなことは考えまい。
俺は、霧子の手をとり、中学の学芸会で覚えたダンスステップを思い出しながら踊りはじめた。そういえばあの時の相手は霧子だった。姉貴が一生懸命教えてくれていたのを覚えている。そのおかげもあって、学芸会最高の劇になったと激励された。卒業生でもある元演劇部部長だった姉貴が残した自筆脚本の再演だったわけだが、踊りが難しくてみんな辞退して、俺らが貧乏くじ引いたんだが。今にして思えば、あれは宝くじ引いてたのかもしれない。
高校では女子と総合の合気道部の部長を務めた姉貴が、中学では演劇部だったのかと言えば、武道は家でやっているから、運動部で無いものに取り組みたかったのかな。いや、そうじゃない。木村家のお隣が稀代の名女優、早瀬真理子だったからだ。姉ちゃんは、早瀬真理子の熱烈なファンだったからな。あ、早瀬真理子というのがマユの母ちゃんなんだな。年はまだ四十越してないんだぜ。ちなみにマユには二歳年上の姉がいるんだ。いったいいくつで子供生んでいるんだが。まあ、他人様の家の詮索はほどほどにしないとな。
そういえば、俺が彼女と知り合ったのは、確か小学校の入学式の時だった。当時からメガネをかけていた彼女は、入学式が終わった後のクラス分け後の時だった。担任の先生が入学式後に気分が悪くなったというクラスメートを保健室へ連れて行くということで、少々の時間が出来た時のことだった。いかにも声がデカイだけで頭の悪そうなバカの声がメガネ、メガネと騒ぎはじめた。人だかりの中心でうずくまっていたのは明らかに女の子だった。
弱い者いじめを許せない俺は、近くにあったものさしを拾い、いじめの中心にいた奴を「おい、きさま」と呼びつけ、面を食らわせ尻もちをつかせた。更に澪が背後から締め落として泡を吹かせた。それを目の当たりにしたとりまき連中は、「ごめんなさい」と謝ってそそくさと席についたっけ。
俺は、泣きじゃくるその子に声をかけた。
「悪者はやっつけてやったぞ」
泣き面を手で覆い、うずくまっていたその子はおずおずと手をどけ、俺の顔を見上げた。
赤縁の少々大きめのメガネがあまりにも強烈で俺も思わずメガネと言いそうになった。いや、言いはじめていた。口からメガネの『メ』が出かかった時、俺の頭を背後から左手と脇に挟んでぐきりと曲げ固め、白い右手がにゅっと差し出された。
「はじめまして、あたしは、澪。あなたは?」
「き、霧子。岩崎霧子よ」
「この馬鹿は、健児よ」
『・・・・・!?』
ちょっと待て、小学校時代の澪ってこんなキャラだったけ!?
これマユか郷田だろう。この澪、めちゃくちゃ体育会系なんですけど。でも、マユが転校してきたのは二年生のニ学期からだよな。郷田は一学年上だし、俺の記憶まだ混乱してるのか?
記憶の中の澪は、不気味な笑顔を俺にたむける。
『いえ、これが正しい記憶です澪さま』
周囲のカップルたちも俺たちに感化されたのか、互いに手をとりあって、それぞれが思い思いに踊りはじめた。
さすがセレブ連中というべきか、嗜みでダンスは普通にこなせている。即興のはずなのに見てくれだけは、俺達の踊りに合わせてくれているのだ。芝生の広場はさながら野外舞踏会場となっていた。
会場のスタッフも気をきかせ、照明を明るくし、スポットライトも動かしている。きっと有名な人たちがいるのかもしれないが、セレブに疎い俺は誰だかサッパリわからぬという感じだ。
さて、我が姉、木村愛女オリジナルの脚本の劇とは果たして、どんなストーリーだったのか。今となっては、はっきりは覚えていないが、ラストで身分を隠していた町娘と同じく身分を偽っていた王子がお互いの正体をあかして、踊りあかし、それぞれの道へ別れて行く話だった。
俺達は何かを隠していることなど無いつもりだったが、俺は淀みという災害や人の生死をも左右するという淀みの調律を司る一族の末裔で、彼女はそれを補佐する一族の末裔なのだ。しかも、俺達は遥か遠い血縁者でもあったりするのだ。
おや、記憶消えてねーぞ。下総正盛の西方の蛮族、百鬼姫の討伐の話、一旦は澪と霧子に消されたところまで覚えている。どうなってんだ。
まあいいさ。あれは不幸な時代の話だ。俺は、霧子を不幸にする奴がいたら許さねえさ。
やがて、花火も音楽も終わり、俺達は踊りを終えた。周囲からはやんやの歓声と拍手が湧いた。
俺達は、中学の学芸会の時のように手をつないで、観衆に一礼をして専用のスイートルームへと戻った。ここで霧子との初夜をと行きたいところだが、明日は学校だ。今から着替えても十二時前には戻らねばならない。シャワーも風呂もベットルームも二つあると来たもんだ。これだから金持ちは、とぼやきながら、俺達は身支度を急いだ。
地下の公道に行き、メットを被ってバイクに跨り、エンジンをかけて俺達は走り出した。流石は佐々山モータースの最新鋭のハイブリッドバイクだ。ここへ来た時以上にスムーズな加速をしている。最新のAI搭載していて、ライダーの運転の癖を理解し、走りを最適化してくれるというシロモノであると、来るときにメット内にしこまれた通信装置とモニターに黄泉様の説明ビデオがそれを教えてくれていた。
俺は、霧子を絶対に不幸にさせない。恋人になるとかならないとか、結婚するとかしないとかそんなことじゃなく、かけがえのない大切な友達を失いたくはないんだ。あの霞のように。澪だって、正盛を助けるために命の火を使い切るなんて、あり得てなるものか。
百鬼姫、あれは一体なんだったんだ。正盛の実の姉が、正盛の敵になるだけでなく、罪も無い人々の命をもて遊び、世を惑わすなど、なぜそのようなことをしたのだろうか。
一族に反目する裏の一族が、黄泉戻師にはいるということなのか。一体、何の為に。
だが、俺には一つとして謎を解くことなど出来はしない。出来なくてもいい。俺は、霧子を、澪を、マユを俺の大切な人々を守りたい。いや、守ってみせるぞ!
【用語解説】
AI :(エーアイ)人工知能(Artificial Intelligence)
VIP:(ヴイアイピー/ブイアイピー、ヴィップ/ビップ) 頭字語 [編集] 要人(Very Important Person) - 「非常に重要な人物」の意