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第十三章 地下へ

 深夜十二時を告げる時報が、新宿の町に鳴り響く。深夜の治安の悪化と共に深夜十時以降は青少年による犯罪抑止策の一環として、警察によるパトロールと時報、そして帰宅を促すアナウンスが都条例によっておこなわれている。


 俺の久遠舞町でも一応、実施はされているが、不良と呼べる久商の悪ガキも都会のワルに比べればかわいいものである。あいつらは頭がとにかく悪いから、薬を売ったり、少女にエンコーさせて上前を跳ねるようなことをしても長くは続かない。もっともそこまでやれた奴もそんなに居なかったというか噂があるだけで、実際に居たかは疑わしい限りだ。

 だが、都会のワルともなると話は違う。こいつらは狡猾に組織的に仕事をこなす。大人たちも顔負けするような腕をみせるやつまでいる。俺たちのカムフラージュの連中は、政府に協力する囮捜査官のようなものだが、まじで犯罪に手を染めてるかと思える程、どっぷり浸かっている感じがあって怖い。

 さっきから、カムフラージュ連中のアジトにいるんだが、チカとゴミ、カメのなりきりようが半端ない。ほんの三十分前に警視庁の特捜刑事とかのお偉いさんの説明があり、一斉の手入れをした後で俺たちが入って行く手筈らしいのだ。

 がさ入れが入った時点で一斉検挙にならねえってところがきな臭い。淀み溜は、機動隊やSATが侵入出来ない奥にあり、そこに騒乱の火種がいるとかで、その鎮圧を俺らがするってことなのか。マジかよ。

 いきなり危険極まりないことに巻き込まれるって、聞いてないよお。


「ケンちゃん、結構きまってるじゃん」


 チカは嬉しそうに俺の様を見て、フェロモンと黄泉戻師特有の芳香を放ちながら、むっちりした体をすり寄せて抱きついてくる。俺も黑のシャツとスラックスのちょいといかしたワルのスタイルだ。おまけに夜にもかかわらず黒いサングラスときているのだが、暗視ゴーグルやコンピュータの端末も兼ねる特殊な眼鏡なんだな。耳には小型通信機のインカムいている。

「今時死語だが、『馬子にも衣装』だな」と、ゴミ。

「なかなかの凄みを感じるぜ旦那」とカメがくるりと俺の前を回転して手鏡を差し出して、俺の姿を見せてくれた。


 鏡の中の俺は、ザンバラ髪で、細く冷酷な目つき、そして、今しがた刀を捜査官のお偉いさんから手渡された。

 ズッシリくる重さに真剣だと感じたが、一応鞘を抜いてみた。薄く鋭利な磨き上げられら鋼が見えた。


 ヤバイ、マジで真剣だった。


 ウチにも真剣は爺ちゃんが五振りほど持って居るから見た目でわかる。かなりの業物だ。人はおろか拳銃の弾でも真っ二つにできそうな感じだ。


「すげえな旦那、そいつは名刀【紫電しでん】だな」

「【紫電】?」

「紫の雷と書く、紫電さ。紫電とは鋭い眼光や研ぎ澄ました刃などの鋭い光って意味さ」

「昔そういう名前の日本の戦闘機があったよなあ」

 戦闘機のプラモを作っていた俺の脳裏にある戦闘機が思い浮かんだ。

「それはなあ、川西航空機(現新明和工業)が作った日本の戦闘機の傑作機、紫電と紫電改だぜ、旦那」

「ああ、もう、カメうるさい。軍事オタは黙ってて」

 カメはチカにしっしっしと追い払われた。【紫電】という名前には何か強そうというか、電気的な痺れを連想させそうな名前ではある。

「前の所有者は、お前さんの兄貴の裕次郎さんさ。俺はまだ小学生だったが、あの人がそれを振るだけで淀み溜まりが一斉に浄化されるのを見て震えたね」


 ゴミもガキの頃から参加してたのか、兄貴がこっちに居たという話は初耳だ。しかし、覚えはなんとなくある。兄貴は高校の途中から居なかった感じがしないでもなかった。姉ちゃんもだ。俺が当時気づかなかったのは、小学生と違って中高生は通学時間が早かったし、土日や連休、深夜に道場で会うこともあったから気づいて無かったのかも知れない。あの道を使えば、特別な鉄道を使えばものの一時間そこそこででこっちへ来れるのだから不思議でもなんでもないんだ。

 だが、俺が知る黄泉戻師の霊刀は、螺旋模様の金属の棒である。辰巳おじさんから渡された簡易霊刀も螺旋の筋が入っている。だがこの【紫電】は、ただの刃がついた刀である。人やものに当たれば確実に切断してしまう。


「おいおい、こんなの人がいる所で振り回したら殺人者になっちまうぜ間違いなく」

「大丈夫、大丈夫。相手は死刑か無期懲役も確実な悪人だよ。いざとなればお上がもみ消してくれるさ旦那」

「カメ、ふざけんなよ。例え極悪人でも今の俺には人を殺める覚悟なんかないんだ。だったら俺はこの仕事降りるぞ」

 恐怖と怒りが頂点に達しっていた俺は、怖気づいて辞めるぞと口走ってしまった。だが、これは本心だ。そもそもノスフェラトウの話が出た時に気づくべきだったのだ。

 こいつら俺が思う以上にとんでもない修羅場をくぐらされている連中なんだ。

 そりゃあ、俺だって野育ちだから狩はするさ、動物の命を奪うこともたくさんあったさ。だが、それは食事をする業を背負ってのことだ。殺人の豪など背負ったつもりはないぞ。


「ケンちゃん、気にしちゃダメだよ。ゴミとカメの冗談なんだから。それに力ある黄泉戻師なら、螺旋の筋に頼らなくても螺旋の力は出せるのよ。というか、出せてるじゃない。

 鍛えられた霊刀にはミクロの筋があってそこに黄泉戻師の螺旋の力が隅々まで通るの。それによってとてつもないパワーを引き出せるのよ」

「螺旋の筋が必要なのは、俺たちのように力の弱い黄泉戻師だけさ、あんたは自力で螺旋の力が引き出せる。その力は窮地に立てば立つ程強くなるって話だ。これだけは道場でいくら練習を積んでも無理なんだ。実践あるのみってことなんだ」

「今日、【紫電】が使えなくてもあたしらがフォローするから頑張って、これが使えたら、この地区のノスフェラトウの本拠地は一掃できるから。

 終ったら、あたしが肌身でヒーリングしてあげるから。なんだったら、処女奪ってく?」

「使い方はどうすんだよ。これからどういう事になるんだよ」


 俺は不安でたまらず、脚に震えが来ているのを感じた。今にも腰が抜ける寸前で、立っているのも苦しい程だ。にもかかわらず、チカとゴミ、カメは平然としているのだ。なぜ、そんなに平然としてられるんだ。これも慣れってやつなのか?

 ふいに右足の膝下の裏に軽い衝撃を受けバランスを崩し、よろけた。カメが膝で突っついたのだ。


「心配すんなよ旦那。これは暴走猪と同じだと同じだぜ。あの時と今のあんたは全然違う。さっきさくがそう言ってた」

十六夜咲夜いざよ さくや、黄泉と会ったのか?」

「あんたがいない時に顔を出しに来たな。一応、気はかけられているみたいだぜ。だから、自分を信じてやってくれよ、リーダー」

「ああ」と答えてはみたものの実感がわかない。

 だが、黄泉が、十六夜咲夜が俺を気にかけてくれている。それだけで何故か曇った心は晴れていく感じがした。



 俺たちは、元は複合遊戯施設のあったビルの階段を下層階を目指して下りていく。階段は建物の裏手の機械室にあった。一般人が足を踏み入れることの出来ない、関係者以外立ち入り禁止の区域だった。周囲は火で焼かれたように黒くこげ、何かを流し落としたように水気でじめじめしていた。俺たちがここに入る前に事はなされているという話があった。それがこのこの結果ということだ。階段は続いていく、地下三階以上はある。どこまであるか分からない。闇がずっと続いている。闇の奥から淀みが薄っすらと湧き出ている。背筋も凍るほどに寒気を感じる。

 ゴクリと息を呑もうとしたが、喉は渇ききって口の中は痛みが生じるほどにからからだ。地下十階に達して階段は無くなった。一階が約四メートルとして実に四十メートルだ。学校の競泳用の五十メートルプールの縦方向より十メートル短い高さだが、地下十階という深さの建物があることに驚いた。


 物音らしいものは何もない。ひんやりと冷たい気流のようなものは、肌が感じている。

 淀み溜まりがあるだけなら、それを潰して今日の仕事は終わりだ。実際、そういうことも何度かあるのだそうだが、その期待はどうも裏切られそうだ。

 何かがいる気配がするのだ。これは動物の息遣いだ。人なのか、動物なのかは不明だが、少なくとも哺乳類らしきものが階段を降りた場所の横穴の奥から感じられた。


「おいでなすったな」ゴミがポツリと小声で言う。

「そうみたいね」チカも相槌を打つ。

「行きますよ、旦那」カメも続く。


≪チカ姉、そっから十メートル先の大広間に淀み溜りがあるよ。相当に大きいから気おつけて≫


 チカの妹、海景みかげの声がした。海景は作戦分室だったことを思い出した。

 小学生の子供も頑張っているのだからな。高校生の俺が怯む訳にもいかんだろう。


 さて、行くとするか・・・・

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