第十章 千景と澪
西園寺家賢治が第三六代当主を務める、この詠御師と詠御師補佐の家系の中でも我が木村家同様に近年に入って力ある黄泉戻師を輩出している名家である。
もともとは詠御の力が内面に温存されてしまう詠御師補佐の家系ではあるが武術に秀でているが為に、ヒーリングや気脈を調整する能力を鍛えた増幅師をも生み出している黄泉戻師の一族の中ではサラブレッドと言われる家柄らしいのだが、今日の今日までそんなことこれっぽっちも考えたことなど無かった。
鈴葉の使いっぱとなったアッキー(紀彰)たちと極上卵での朝食の他、プールやフィットネス施設で身体をほぐしていた矢先に、突然に地下施設への招集がかけられた。
何事かと思えば、黄泉戻師の講習会だった。講師は誰あろう、あのクソバ、いや美香、美香さんだ。先日、自己紹介していない若者たちも混じっていた。チカの話では、昨晩から三日間泊まり込みの研修となっているのだというのだ。当然ではあるが、カメもゴミもいた。年少組であるアッキーやウミ(海景)たちも混じっている。
ご存知のようにこの木村健児様は、授業というものがあまり好きではない。ましてや、黄泉戻師の退屈な話など一分で飽きてしまう。美香さんのクドい、いえいえ丁寧で分かりやすい説明を耳元で叩きこまれても、「へ~、そうなんだ〜」なアホヅラで反応する俺が居る。
俺のアホヅラに見かねたのか、突然に美香さんの激が飛んだ、『ケンジ、歯を食いしばれ!』
我が姉貴なら真空飛び膝蹴りやヘッドロック、河津掛けと勝手はわかっているので、昨晩のような不意打ちでもなければ受身をとったり、かけられるポイントを微妙にずらすなどしてやり過ごすのだが、美香さんの攻撃は違ったね。
ライト級のプロボクサーのパンチのような竹刀の突きのような衝撃が全身を襲って来た。俺はたまらず倒れ、丸く屈み込むしか無かったが、周囲からは苦笑さえ漏れ出した。無様な俺がよほど滑稽に写ったのだろう。
俺が受けた攻撃は、初日にチカが俺の右手をへし折らんばかりに仕掛けた螺旋導をまるでマシンガンのように撃ちまきやがったのだ。
本来、このような攻撃は衝撃波などでかわすのだろうが、今の俺は動きのあるものに対しては全く成す術が無い。一度受ければうずくまって丸くなりタコ殴りにされるしか無いのだ。
攻撃が終わって床に大の字となり、呼吸を整えながら天井を見上げればば、視界にチカのパンツいや、ノーパンのフレッシュアワビがのぞいている。たく、この娘は本当にどうしようもねーぞ。コラ、賢治父、どうにかしろ。とんでもねえ痴女に育っちまってるぞ。
とにかく、俺の課題はこの美香さんの流旋導とかいう攻撃をかわす、または防御する方法を身体に叩き込めというのだが、やり方のわからぬ俺は、何度もタコ殴りにあいアザまで出来始める始末だ。流石に見かねたゴミがチカに手本を見せてやれと合図を送った。
するとチカは、普段の明るい痴女ぶりから一変した。目つきは獣のように鋭くなり、目や髪の毛から青赤い靄のようなものが薄っすらと立ち昇り出した。姿勢はやや前屈みとなり、手にはこっちへ行く時に辰巳さん、もとい司令代行から渡された金属の柄を両手に持っていた。
美香さんの攻撃が出される前に場所を移動し、壁を走り、縦横無尽に飛び回る。攻撃が真正面に来ると、両の柄から赤黒く白い雷が走る靄のようなものが扇型に展開し、次々に繰り出される流旋導を消滅させて行った。
攻撃が開始されてから二人はまるっきり呼吸をしていない。いや、非常に短く呼吸している時もある。止めている時はたかだか一分ちょっとだが、彼女らの動きは先が読めない。相当な身体能力であることは疑う余地もない。動きは更に機敏になる。やがて、乱取りのように他の黄泉戻師の連中も入って来る。カメやゴミも混じっている。美香さんの攻撃は一見出鱈目打ちのようにも見えるが、的確に黄泉戻師たちの霊刀を持つ手を狙っている。早速、若年のアッキーが霊刀を落とし、後方に戻って行った。手は結構赤くなっていた。強烈な小手を打たれるのと同じ感覚なのだろうか。アッキーはかなり悔しそうな顔だ。実家の男手でありながら年増の姉にいとも簡単にやられて退陣する訳だから恥ずかしさもあるんだろう。
次々と倒れていく黄泉戻師に代って別の若者が入っていく、美香さんの攻撃は更に激しさを増していく。増幅師というのはこうも凄いものかと驚嘆させられた。
美香さんもここまで来るとポーカーフェイスも崩れ、さながら雷神様のような形相を呈している。雷親父ならぬ、雷ババアと言ったところだろうか。チカもあのふわふわスカートの下がノーパンでさえなければなかなかクールで渋い女戦士ぶりなのだが。いや、あの服がもしも胴着であるならノーパンであることはむしろ神聖であるのか。なんだかんだ言いながら、チカのノーパンが結構普通に見えている自分が恐ろしい。マユとの混浴みたく何も感じて無いんじゃなく、もの凄くいやらしいことを考えているのだから。本当にチカを押し倒して、S○Xしたいと本気で思っているんだ。これもあいつの術なのだろうか。年中無休発情期の健児さまではあるが、どんなに発情させられても第一線を超えないのに不思議だ。
「凄いでしょ、千景さん」
不意に俺は見知らぬ若者に話かけられた。度の高そうなメガネをかけてはいるが、真面目そうで人の良さそうな雰囲気だ。
「彼女は、十二の時から新宿地区のリーダー張ってるんですよ。昔は増幅師のパートナーもいて最強タッグって感じでした。
彼女がいなくなって、ちょっとがむしゃらすぎるところもあって皆心配だったのですが、あなたが来ることで彼女も落ち着くんじゃないかって期待してるんです」
「キミは」
「申し遅れました。朱雀大路と言います。千里眼師です」
千里眼師、聞き慣れない言葉にどう反応していいかわからなかった。
「えーっと」
「千里眼師と言いますのは、増幅師と対極の位置にあるのですが、淀みを制御する力は無くて、生まれつき視力や聴覚を気の集中によって高めることが出来るのです。
健児さんのところにも普段、分厚いメガネかけてる方いませんか?
これは見えすぎる目の力を抑えるためのものなのです」
メガネと聞いて真っ先に思い当たるのは岩崎霧子だった。あいつはそういう能力者なんだっけ、十六夜の説明だと現地スタッフみたいな説明だったが。
「多分、いると思うが、実戦参加している雰囲気は無いなあ」
「そうですね。現代においては我々の能力はそれほど使えないので、実際は事務員のようなことをしてます。基本、戦闘能力もありませんからかえって足手まといになるのです。でも、その分、情報収集や分析という面で戦力貢献してるのです」
なるほど、霧子が地獄耳だったり、俺のアホな行動を察知するのは能力だった訳か。俺を教育する点では有効活用されてるのか。
「これ見ます。二年前の千景さんたちです」
朱雀はブロマイド的な写真を懐から取り出したタブレット端末で見せてくれた。そこには今よりもちょっと幼い感じのチカと鋭くキリッとした澪、脇にゴミとカメが写っていた。
「凄いでしょ。澪さんと千景さんは僕らのアイドルでしたからね。わざと馬鹿やって澪さんに締め落とされる者まで出るくらいでしたから」
「お前らとんでもない変態だな」
「あれ、しょちゅう落とされている健児さんらしからぬ発言ですね」
「俺は別に落とされようと思って落とされている訳じゃ無いんだが」
「彼氏の特権ですか、羨ましい」
なんだこいつ妙に絡むな。それにしても、澪、可愛いなあ。こんなことしてたなんて教えてくれてないから新鮮だよ。俺はタブレットの写真をめくるたびに感動した。
特に水着の写真は大興奮ものだった。チカはヌードよりも水着の方が断然カコイイぞ。澪もすげー。こんな写真撮って配るとは目的は何なんだあ。
「ハイ、もう終わりです。拝観料二万円を健児さんの口座から落とさせていただきました」
「え、何それ。タダじゃねーのかよ」
「ご冗談をこれセットで二十万しますしコピー防止がある上にコピーすると一複製あたり百万の罰金がつきますからね。拝観料の二万円も機能に盛り込まれているんですよ。それに健児さんが握った箇所、指紋照合場所ですから」
なにー、詐欺じゃねーか。クソ、こいつ優しそうな顔して、俺に敵意まるだしじゃねーか。
「言っときますが、健児さんはみんなの敵ですから、五味さんや鬼頭さんが認めて千景さんがあなたに昵懇でも、僕らはあなたの能力を認めた訳では無いのですよ」
なんだー、昨日に続いて、何で俺恨まれてる訳?
澪と俺は幼なじみで、物心つく前から一緒にいるし、恋愛はあいつの方が積極的に攻めてたんだよ。たかだか数年しかいなかったところで人気があったからとかいって、キモイM連中にとやかく言われる筋合いはねーよ。こなりゃ頑張って認めさせるしかねーな。
「でえ、!」
再び雷ババアの攻撃が俺を直撃した。チカが避けたババアの攻撃が俺を直撃したのだ。
「もうケンちゃん、真剣にしようよ。せっかく、チカがお手本見せてるんだから」
戦場を見ると既に残っているのは千景だけだった。ゴミとカメも後方で倒れている。チカ最強だな。
俺に文句を言う間もチカは雷ババアの攻撃を霊刀の形を扇子や刀の形など自在に変えてかわしている。そして、たまにちら見えするマ○コ。もう既にドキリなどせず、見えることが嬉しさに変わっている俺。イカン、俺の性癖が進化させられている。多分、他の奴らには早すぎて見えてないのだろう。
どれにしてもチカは霊刀を自在に使いこなす。十二からやってるだけはあるのだなと感心する。呼吸も常に止めてる訳じゃない。序盤の激しく動く時とは異なり小刻みに短く呼吸をしている。チカをエロチャラい女かと少しでも感じたことを詫たい気持ちである。
俺もなんとなく感じがつかめて来た。辰巳さんからもらった霊刀をようやく取り出した。例によってしっかり見て無かったが、掴んだ瞬間に使い方を理解したような感覚が走った。束は分離、接合が可能なタイプだった。剣道では二刀流をやることもある俺は分離して霊刀を発動させた。周囲はどっとどよめいた。
「ケンちゃん、凄い。刀のパワーが並じゃないよ」
チカの一声で皆が何に驚いたのかを理解した。雷ババアの攻撃はいとも簡単に遮断出来た。柄から勝手に霊刀が繰り出され、霊弾を遮っているのだ。ババアは霊弾のスピードを上げ、発射間隔を短くするが、ババアより早く短く呼吸出来る俺には何の脅威でもない。
いつの間にか俺はチカと背を合わせながら、雷ババアの攻撃をいなしつつ、前進していた。どうやらこの乱取りの勝負はどちらかが打てなくなるまでであると理解した。俺とチカはババアとの距離を徐々に縮めて行く。手前、二メートルというところでチカが変則的な行動に出た。俺がババアの攻撃をかわすと同時に俺の肩に飛び乗ってババアに一撃を見舞おうと出たのだ。
「雷ババア敗れたり!」
俺とチカは勝利を確信した。したのだが、急に人影がババアの前に入ると物凄い衝撃波で弾き飛ばされてしまったのだ。とりあえずふっとばされたチカを受け止め俺は後方へぶっ飛んだ。風圧でめくれたスカートから草原のデルタ地帯が顔を出し、チカの下半身がしっかりノーパンであることを再認識する俺。だが飛ばされただけで、衝撃を感じていない、むしろ心地よい波動を感じとっていた。
人影の正体は、確認するまでも無い。この心地よい波動は澪なのだ。
「澪さん」
「澪さんだぞ」
「澪さんが戻ってこられた」
「澪さま」
皆は口を揃えるように澪の名を呼ぶ。そして、疲弊も忘れたかのように澪の周囲に集まった。
「健児、短い間に随分、成長したね」
澪はいつもとは少しばかり大人っぽい口調で、俺を讃えている。
「ああ、これも澪のおかげだ」
「そうなら、嬉しいわ」
瞬間、周囲に嫉妬の気が渦巻き、ちょっとばかり生き萎える俺。だが、いつも会っている澪とは全く雰囲気が違う戦闘モードの澪も刺激的だと感じている。澪は弓道の胴着を見につけ、周囲に物凄いオーラを立たせている。澪は疲れた果てた雷ババア、もとい美香さんに気を送り、回復させている。
「美香ちゃん、もう年なんだから無理しないで」
美香さんに対してはかなりNG的な言葉なんだろうが、澪にはOKのようで、「年甲斐もなく無理しちゃったかな」と素直に答えている。
「澪ちゃん!」
ふいにチカは起き上がり、俺をはねのけて澪に抱きついた。
「寂しかったよー、二年間も音沙汰無いんだもの」
「ごめん、わたしも家の事とか勉強とか忙しくてね」
「メールくらい出してよ」
「ごめん、それも家族に止められてたの。でも、あの家からは出たから、こうしてまたあなたと会えたのよ」
チカはまるで、だだっ子が母親に甘えるようにいつまでも澪に抱きついていた。