第九章 西園寺家
メイド服の前御に案内された部屋は、やはり食堂だった。これだけ広ければ食堂というしかない。長いテーブルが三列は置けそうな広さだが、流石に家族だけなので中央に一列あった。
木村家は大人数で会食するときは一人用の膳を使い、そうでない時はテーブルを囲んで座って食うのだが、ここは流石に洋風だ。
「あ、健兄、お早う」
なぜか鈴葉がいる。そういえば、チカのエロス攻撃のせいで、すっかり鈴葉のことを忘れていた。
鈴葉の横にはしっかりとク○○○アの美香がいる。こいつ西園寺の親戚筋なのか。俺の大事な妹を毒牙にかけおって。
「いやー、君が健児くんだね。君の活躍はかねがね聞いているよ」
大声ではあるも、物腰はやや低めの和服姿の中年のおっさんが、俺の両手を握り喜んでいる。
「君も結構、剣道、強いんだってねー、お手合わせ願いたいな。君のお父さんとボクはね、防衛大学では先輩、後輩の間柄だったんだ」
ボクうう。このオッサン、自分をボクと言ったぞ。腕を見るとそれなりに鍛えてある感じだ。五段は持ってそうな雰囲気だな。
「おっと、自己紹介がまだだったねえ。ボクは千景の父親の西園寺賢治だ。ボクもケンジで次男なんだ。だから、健児くんは親近感を覚えちゃってねえ。うちは一応、剣道の道場をやってる。ボクはこれでも世界剣道連盟の役員もやってるんだ。
よし、次は家族を紹介するとしよう。ほら、お前たち立って、お客さまにご挨拶をなさい」
男の子より女の子が多いという感じだった。やっぱ、育ちがいいせいか、みんないい感じだ。あっ、視界に入れたくない人がいる。
「コラ、健児くん。アタシを避けてるでしょ。それとここに何でいるのかって顔してるわね。
わたしは長女なの。今は単身赴任してるのよ。愛女さんが新宿の支部長になって、副支部長のポストが空いたとかあって、嫁ぎ先の山梨から呼ばれたのよ。これでも一応、三児の母親よ」
「ああ、そうですか。よろしくお願いします。美香さん」
俺はとにかく無理に挨拶をこなした。あとで、グチグチ言われそうではあるが、流石にこの場ではツッコまないみたいで安心だ。
「あたしは、次女の奏恵よ。多分、千景の話の中では、殺されている筈なんだけどね。うちはおじさん、父のお兄さんが病院経営しててね。そこで小児科医やってます。よろしくね」
「お姉ちゃん、名前まで言ってないから、バレてないのに、バラすことないでしょ」
なにー、さっきの話は、作り話なのかよ。
「チカ、貴様。俺をおちょくってるのか」
「健児さん、この娘、嘘つく癖があるから、気おつけて。田舎の恋人さん選んだ方が絶対いいから。こんなのの旦那になったら一生振り回されるから」
「お姉ちゃん、ヘンなこと言わないで」
「ヘンなこと言ってるのはアンタでしょ。あたし、あの時のこと苦になってしょうがないのに、こともあろうに悲劇のヒロインなんかにしないでくれる」
「じゃあ、出られたのは本当なんですか」
「出たには出たんだけど、そういう重大な事態なんて知らされてなくてね。緊急招集としか聞いてなかったのよ。それで、医科大の講義終わってから新宿駅から向かおうとしたら、偶然に高校の時の友達に捕まって、無理やり合コンに連行されてしまったのよ。
それであんな惨事が起きて、出席したことになってたあたしがいないから、行方不明か死亡かみたいな通知が家に届いて、一家騒然だったところに、一日おいて行った訳よ」
「どうして一日おいたんですか?」
「だって、ベロベロに酔ってたのよ、流石に酒気帯び状態じゃ行けないわよ。でも、携帯もメールも届けられなくてね。一時的に停電もしてたみたいでさ。ついた時の気まずさは無いわよ。
もちろん、私を咎める声も無くは無かったのだけれど、健児さんのお家の人がフォローしてくれてね。今の私が居るって訳よ。上の姉の別居状態が解消したら、私が副支部長になることで恩返しをするつもりなのだけどね」
「美香さんて、旦那さんと別居中なんですか? お子さんはどうしてルンですか?」
「奏恵、アンタ何こっちに飛び火させてるのよ」
「わたしはお姉ちゃんやチカと違って正直者なの。人に嘘付けないのよ。そもそも副支部長の話はワタシに来たの。姉貴の権限とかでぶん取らないでよ」
「でも、人の誘いも断われない程、優柔不断だけどね」
「チカ、あんた何言ってんの。もとはと言えば、あんたの嘘が原因でしょ」
ついに三姉妹は俺を無視して、泥沼の喧嘩を始めた。いやはや、修羅場だな。
「やあ、健児くん、初めまして、ボクは礼司で、久遠舞高校三年生、元演劇部の部長だ」
優しくて真面目そうなイケメンのメガネ男子が自己紹介をしてくれた。うちの高校の先輩がいるとは驚きだった。でも、文化部だとなかなか印象に残ってないかもな。だが、この特徴のあるインテリそうな声は、どこかで聞き覚えがあったのだ。
「その声は音冥寺霊士!」
礼司はビクリとする表情を見せた。そして、頭を垂れ、顔を上げると涙目で、暑苦しい顔を寄せて来た。
「済まない健児くん、十六夜さんに頼まれたらNOって言えないんだよ。この通り、謝るからさ。
で、でも、ボクの老けメイクと老け声色はなかなかだったろう」
謝るのか自慢すんのかどっちかにしろよ。たく、なんなんだこの一家は。それにしても、十六夜って、本当に自分勝手で迷惑な奴なんだな。
「いやー、我が娘たちは覇気があっていいなあ。健児くんも大変だろうけど、美香と千景は特によろしく頼むよ。じゃあ、わたしは書斎でやることがあるから、前御くん、あとのことは頼んだよ。食事も自室で取るから」
「僕も留学の準備をしないと、9月からアメリカの大学に入学するんだよ。というわけで、前御さん、僕も自室に食事をお願いします」
早々に立ち去る西園寺家当主と礼司さん。礼司さんって長男なのかな。しかし、あの娘、息子にしてこの親じゃなあ、言い正すも何もねーな。
「健児さん、姉ちゃんたちは荒れ出すと、落ち着くまでしばらくかかりますから、隣の部屋で移って朝食としましょう。うちの朝ごはんは、生卵と海苔、味噌汁、梅干しとシンプルですが味と量は保証します」
「それはありがたい」
俺と鈴葉は、チカの弟くんに連れられて、隣の部屋へ移った。隣は来客用の食堂なのだが、窓から見える景色に驚いた。せいぜい四階建てだと思っていたが二十階はある高さだった。
「ここって」
「ここは健児さんが来ようとされていた、健児さんのお姉さんの会社があるビルの一角なんです。ビル自体はうちの経営でしてね。長男の成彬兄さんが経営してるんです。成彬兄さんは、美香姉さんと双子なんですよ。
さっき見たヘタレメガネは次男でボクは三男です」
次男はヘタレ。なんか他人事とはいえ、傷つくなあ。
「健児さん、お初にお目にかかリます。僕は西園寺紀彰、中学一年です。僕も剣道やってて初段です。敵わないと思いますが、いつか手合わせ願います」
なかなか利発そうでいい男っぷりじゃないか。さっきのダサメガネとは随分違うな。
「よし、九月以降はここにお世話になりそうだから、それまで腕を磨いておけよ」
「はい、分かりました」
「あたしは、西園寺海景、十歳です。弓道やってます。増幅師の修行してます。よろしくです」
おお、この娘は千景を小さくしたような感じだが、この娘はまともな女性に育って欲しいものだ。上があれだと反面教師になってるのかな。
「よろしくね、海景ちゃん。ミカちゃんと呼んで、・・・あ、美香オバサンと被ってしまうな」
「ウミ、ウミと呼んで健児お兄ちゃん」
「ウミちゃんか、わかった」
「今、オバサンって言ったの聞こえてるよ。美香姉ちゃん、地獄耳だから」
なんだよそれ。またなんかされるのか俺。
それにしても子供すげーな。あのお父さん俺の親父の後輩なのに、裕次郎兄貴よりも年上の子供がいるんだもんなあ。
「お前の兄弟姉妹すげーな。お前の親父さん、俺の親父より年下なのに俺の兄貴より年上がいるんだもんな。お前の両親って、学生結婚でもしてたのか?」
「近いですねえ。父はああ見えて、結婚が結構早いんですよ。十八で結婚して、その年に成彬兄さんと美香姉さんが生まれてますから」
「高校三年からフライングかよ、弾けてんなあ」
「いえ、どちらかと言うと母の方が父にせがんだらしいのですけどね。若いお母さんに憧れていたとかで、ちなみに母は十六で結婚しております」
何とー、千代婆ちゃんと一緒かよ。黄泉戻師の一族って、みんなそんなんなんか。俺、もしかして、かなり奥手な方なのか。それにしても、よくもまあ、こんな赤裸々な身の下話を臆面もなく、子供に話す親だよなあ。
「健兄、ウチ使いっぱ出来たで!」
なぬー、忌まわしき言葉、使いっぱとな。妹よ、お前もか。
「せやけど、アッキー(紀彰のこと)気きくさかい、彼氏にでもしたろか思うとるけど、健兄の見立てはどないやろう」
鈴葉お前、いつの間にそんなスキルを入手してんだ。やっぱり、姉ちゃんの血筋ということなのか。
「鈴葉さん、この紀彰めになんなりとお申し付けくださいませ」
たく、お前は、女王陛下に支える騎士かよ。片膝ついて、屈むなんて、いったいお前と鈴葉の間に何があったんだよ。たった一晩で。
「アッキー、面上げてんか、くるしゅうないで」
さっそく、色香で男を手なづけてしまったのかよ、末恐ろしき我が妹よ。