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星空の船

beginning  --- 星空の船:番外編 ---

作者: 和泉 利依

 春も終わりの頃。

 葉桜が見事な小道を、拓巳はいつものように部室へと向かっていた。

 校門からまっすぐ歩くと小道が右と左に別れており、右へ進むと部室長屋、左へ進むと昇降口、となる。ほこりだらけのスニーカーは、迷うことなくつま先を右へと向けた。

「拓巳」

 背後からかけられた明るい声に、拓巳は眠そうな目をしばたく。

「おあよ、たっつん」

「おう! どしたん、その顔」

 小走りで眠そうな拓巳の隣に並ぶと、宮本はその背中をばあんと叩いた。

「DVDでも見て徹夜したか?」

「いや、昨日帰ってからランニングに出てさ……」

 予想外の返答に、宮本はあきれたような声をだす。

「元気だなあ、お前。今から気合入れてたら、インハイまでもたんぞ」

 二人は、陸上部の仲間だ。拓巳は短距離、宮本は走り高跳びをそれぞれ選んでいる。

「それでそんなに疲れているのか?」

「……なあ。人って、飛べたっけ?」

「俺は今のとこ2mが微妙な線。拓巳も走り高跳びに転向?」

「そういうわけじゃないけど……」

「なんだよ」

 拓巳は、それには答えないで、そのまま空を見上げた。



「今日は欠席なしだな」

 とんとんと出席表を揃えながら担任の山崎が言った。

「よし、じゃあ、転校生を紹介する」

 窓から射すうらうらとした陽気に半分夢の世界だった拓巳は、その言葉に視線を前へと向けた。

 転校生?

 入学式が終わって一ヶ月。そろそろクラスメイトの名前と顔も覚えて、仲良しグループなんかもできつつある頃だ。人の事情はそれぞれだが、今頃やってくるならなぜ入学式からじゃないのだろうと、そこにいた全員が思った。

「入れ」

 からりと軽い音をたてて一人の少女が前方のドアから姿を表すと、ざわめいていた教室は波が引くように静かになった。

 視線を足元に落としながら入ってきたのは、ひょろりと細長い女生徒だった。まず目をひかれたのは艶やかに流れる長い髪。腰ほどもある黒髪は、全く癖がない。ついで、その黒さを引き立たせている、抜けるような白い肌。伏せ気味の目には、長いまつげが影を落としている。

 まごうかたなき、美少女だった。

 がたっ。

「どうした、梶原」

 のんきな担任の声に、思わず腰をあげた拓巳は我に返る。

「あ、いえ……」

 あわてたように座りなおした拓巳に、その転校生はちらりと視線を向けた。

 拓巳と、目があった。

 驚いて見開かれている拓巳のそれとは反対に、大きくうるんだ瞳には、なんの感情も浮かんではいなかった。

 ほんの一瞬だけ重なった視線は、すぐに少女によってそらされた。

「今日からこのクラスに入ることになった。倉本莉奈さんだ」

 言いながら、担任は黒板に『倉本莉奈』と丸みを帯びた字で白く書いた。

「倉本、自己紹介」

 呼ばれて少女は、正面を向くと微かに頭を下げた。

「倉本、莉奈です」

 しーん。

「なんだ、それで終わりか」

 気の抜けたような声で担任は言うと、続けた。

「倉本は、親御さんの仕事の関係でアメリカから帰国したばかりだ。日本は数年ぶりというから、慣れてないことも多々あると思う。ま、仲良くやってくれ。え、と、席は……」

 言ってから、担任は余っている机がないことに気がついた。

「いけね、机だしとくの忘れてた」

「山ちゃん、またかよ」

 そういう担任だ。まだこのクラスになって一ヶ月だが、若く歳が近いせいか、気安いところが生徒に人気がある。

「今日の週番……ちょうどいい。梶原、事務室行って机もらって来い。用意はしてあるから」

「えー! なんで俺?」

「週番だからだ。お前なら、一人で持てるだろう?」

 身長が170を超える拓巳は、陸上で鍛えているために細いながらも筋肉質だ。確かに拓巳なら、机一組くらいは簡単に持ち運べるだろう。

 ぶつぶつ言いながら拓巳は席を立つと、もう一度倉本莉奈と名乗った女生徒に視線を流してから教室を出て行った。その間も倉本莉奈は、どこを見るでもなく視線を固定したままじっと立っていた。


「はい、倉本さん。お待たせ」

 教室の真ん中の列、一番後ろに机を整えて、拓巳はその女生徒に声をかけた。SHRは終わって、短い休み時間になっている。

「ありがとう」

 小さくそれだけ言うと、倉本は持っていた通学かばんをそっと机の上に乗せた。

「あの……倉本さん」

 遠慮がちな拓巳の声に、倉本は顔をあげた。

「えと……あの、さ……」

「何?」

 そんな拓巳を、やはり感情のない瞳で倉本はじっと見つめる。

「君さ、昨日……えーと……」

「倉本さあん?」

 はっきりしない拓巳の言葉を、明るい声がさえぎった。ふわふわのくせっ毛を揺らしながら、二ノ宮由加里が倉本に話しかけていた。

「次、体育なのよお。ねえ、更衣室、一緒に行こう?」

 語尾をのばすようなしゃべり方が、由加里の特徴だ。男性限定というわけでなく、由加里は誰に対してもこんなしゃべり方をする。特に本人が意識しているわけではなく、単に彼女の個性だ。

「うん」

 短く答えると、まだ何か言いたげな拓巳を残して、莉奈は由加里、そこに加わったもう一人の女生徒と教室を出て行った。

「なに、拓巳振られた?」

 その様子を見ていた宮本が、拓巳に声をかける。莉奈の楚々とした雰囲気に声をかけることもためらわれ、かといって興味がないわけではなかったクラスメイトの中で、全くそれを気にすることなく声をかけたのが拓巳と由加里だ。

「お前、何が言いたかったの?」

 歯切れの悪い拓巳の様子に、宮本も首をひねる。

「や、たいした事じゃないよ」

 そう言って拓巳は、自分も体操着を手にすると更衣室へと向かった。


「あれ? やっぱり倉本さんもこっちなんだ」

 拓巳に声をかけられて莉奈は振り返った。校門をでてすぐのところだ。

「ええ」

 それだけ言うと、莉奈はまた歩き始める。

「一緒に帰っていい?」

 肯定の返事を待たずに隣を歩き始めた拓巳にちらりと視線を送ると、莉奈はもう気にした風でもなく歩を進める。

「ねえねえ、今までアメリカにいたんだって? やっぱり英語とか、ぺらぺらなの?」

「一応、会話には不自由しないわ」

「日本語は?」

「今、話しているでしょ?」

「アメリカにはどれくらいいたの?」

「……身上調査が趣味なの?」

 ようやく莉奈は、拓巳に目を向けた。

「あ、気になったらごめん。悪気はないから許して。ただ、君のこともっと知りたいと思って」

「どうして?」

「そりゃあ」

 拓巳は、一歩進むと莉奈の正面に立つ。

「友達になりたいから」

 まっすぐに向けられた視線を、莉奈は同じように受け止めた。

「……変な人」

「よく言われる」

 かかか、と笑って、また二人は歩き出した。

「ま、これからよろしく。おむかいさん」

「え?」

 拓巳は軽く手を振ると、莉奈が立ち止まったのとは反対方向に足を向けた。

「また、明日」

 そう言って拓巳は自分の家へと入っていった。その向かいにある家のドアに手をかけた莉奈は、ふと後ろを振り返る。

 なんで、ここが私の家だって知っていたんだろう……?

 眉間に寄せたしわをそのままに、莉奈はそのドアをあけて家へと入っていった。




that beginning for two……




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