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鳥探し  作者: やむつづる
金色の集落
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金色の髪

王政の敷かれたその国は、美しい緑に囲まれた中にあった。


商業や工業も発達し、国は一見安定的に栄えている。王家は森に囲まれた小高い丘の上に城を構え、街はその裾野から遠くまで広がっている。


緑にあふれ、美しく整然とした街に混じって、所々濁った場所が見える。城からも見えるその箇所は、薄汚れたシミのようだった。そのシミの中、雑多で廃材やコンクリートに溢れた一角。


「ルーイ!戻るぞ!」


呼ばれて男は薄汚れたマグから顔をあげた。少し濁りのある水を急いで飲み干す。


「……まず」


ため息と共に呟いて、ルーイと呼ばれた男は自らを呼んだ同じ年頃の青年の方へ駆け寄る。休憩がいつもより短い。


「やばいやばい、ヤツが戻ってきた!はやく!」


彼は落ち着きなく、チラチラ背後を伺いながらルーイを急かした。厚くごわつく作業着に、重く固いブーツには留め具が複数ついており、動きにくい。着用を義務付けられているこのブーツには、彼らの動きを制限するため重りも仕込まれていた。


ルーイはかろうじて水を入れることができた水筒を持って狭く固い路地を急いだ。


ちらりと王都へと目を向ける。今この国の王は病で伏せり、継承権第一位の王子、ルイス・ブルーバードは体が弱く一切公の場に出ない。第二位の王子、カイト・ブルーバードが執政を補佐している。その都の方へと目をこらしても、建設中だか崩れかけだかの建物の群れしか見えなかった。


埃っぽく、がらくたの散らばる路地を急ぎ、こっそり抜けてきた仕事場へ戻る。路地を抜けたところにまた、同じ年恰好の男が立っていた。


「ジェイ!」


ルーイは注意深く辺りを伺っている男に駆け寄った。三人とも、肩の下あたりまである長い金髪。それを無造作に一つに結んでいる。


「よー」


ジェイと呼ばれた男は、もたれていた壁から離れて二人の方を向いた。彼はいつもこうして皆の休憩のタイミングを図っている。


「おまえは休んでんの?」


ルーイが聞くとジェイは肩をすくめて頷いた。


「まあね」

「嘘つき」


ルーイはさっき水を詰めた水筒をジェイの胸元へ押し付けた。鉄製で、表面がボコボコの水筒はひやりと冷たい。何度洗っても鉄の臭いがうつるが、そもそも水自体が臭い。


「お♪」


ジェイはにっと笑って水筒を受け取ると、それをごくごくと飲んだ。ルーイと共に来た青年がジェイに聞いた。


「ジェイ、今度の監督者キツい?オニ?」

「まあな……。やたら見回りさせてんだ。もうすぐこの辺に来る。おまえら今の内に戻れ」


水を飲み干してジェイは答えた。


「あ!全部飲んだ!?」


抗議するルーイにジェイは舌を出す。ぽい、と空の水筒を放って寄越した。


「ヘマすんなよぅ、ディ」

「分かってるよ!行こうぜルーイ」


ディはむっと顔をしかめて応えた。二人が行くのを見送って、ジェイは二人が向かう方とは別の方へ、足を向ける。他の場所で仕事をしている仲間に休息を伝える為だ。



彼らは、金髪というこの国で忌まれる髪色をしている。


重いブーツも、空気の悪い劣悪な環境も、全てそのせいで強いられる。就ける仕事も限られ、居住区も決められていた。


過酷な労働環境から身を守るため、さっきのようにこっそり交代で休憩をとっている。


順番に、仕事の監督者にバレないように、ジェイが計らってくれていた。


「うえー、はまったー……」


ディは顔をしかめて泥沼から立ち上がった。道の悪いところを通って石のレンガを運んでおり、ディは荷を降ろした戻りの道でぬかるみに足をとられた。


「気ィつけろよ。あの監督、マジ鬼畜だぞ」


ルーイはそう言ってディに手を貸した。


彼らの仕事場には、彼らを監視し管理する権限を持った監督者が必ず配置されている。ずっと同じ監督者であることもあるが、大体は日によって変わる。今回はやたらと細かく管理する上に、荒々しい監督者が配置されたのだ。


「ついてねぇ……」


うんざりしたようにつぶやき、ディはルーイの手を借りてぬかるみから抜け出した。ディの背中から足の先までべったりと泥で汚れている。回りには同じような金髪の人夫がせわしなく働いていた。


「おい、そこの!何してる!」

「げ。キチクがきた……」


飛んできた怒号に、ディは助け起こしてくれたルーイの手を振り切って、離れるようルーイを押した。


その場を監視していた男は、泥まみれのディにつかつかと歩みよる。そして歩みよるや否や、手にしていた鞭で力いっぱいディを打った。ディはよろめいたが、倒れずに踏ん張っている。


「ぬげ!」


厚い生地の作業着をはだけたところへ、鞭が振りおろされた。荷がよごれるだろうが!と罵る声と、鈍く重い音が響く。


ディが膝をつくのが見えた。赤い筋から血が流れている。それでも監督者は手を休めず、更にディを蹴り、鞭を叩きつけている。


ルーイは駆け寄りたいのを堪え出そうになった声を噛み潰した。まわりも誰も手を出せない。いや、出さない。下手に庇えば、巻き込まれて殺されかねないのだ。


庇う手段が、ない。


日常茶飯事だ。



これが、自分の置かれている環境なのだ。ルーイは無意識にに奥歯を噛む。


結局ディは、その日仕事場には戻って来なかった。


正確には、『戻れなかった』。

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