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猫と女の子と依頼屋。  作者: 左壱
1/1

すべてのはじまり

初めての投稿です。よければお読みください。

 わたしはろくさいです。

わたしのかぞくはおとうさんとおかあさんと、おねーちゃん。でもおねーちゃんはわたしとちがちがうので、わたしは’みはるちゃん‘とよんでいます。みはるちゃんはびじんさんであたまがよくて、おかーさんはわたしとはせいはんたいだねってよくいいます。

 でもわたしはこうおもいます。

みはるちゃんとわたしはおなじひとではないので、ちがってあたりまえです。というかおなじだったらちょっといやだなっておもいます。わたしがわたしであるゆいいつのしょうめいはわたしがわたしであるとおもえることであるから、わたしとみはるちゃんがちがうとわたしがおもっていることによつてわたしがここにいるのです。

 きょう、おかあさんとけんかをしました。

わたしはいっぱいいっぱいなきました。

おかあさんはわたしをいっぱいいっぱいぶちました。たたきました。

でも、わたしはあやまりませんでした。

みはるちゃんがわるいのです。わたしはわるくないのです。

みはるちゃんのみかたをするおかあさんはわたしのおかあさんじゃない。わたしのおかあさんはもういないって、そんなおかあさんをみておもいました。 おとうさんはわたしのみかたをしてくれませんでした。



 「秋弦、今日はみんなで遊園地へ行くよ。」

 おとうさんがいいました。

 「いや。いかない。みはるちゃんとなんてわたし、いきたくない。」

 おかあさんはまたおこってわたしをしかろうとしました。でも、こんどはおとうさんがとめました。

 「そんなこと言うなよ。みんなで行ったらきっと、たのしいぞ。」

 「いや。わたし、おかあさんとおるすばんしてる。」

 「ポップコーン買ってやるぞ。あぁそうだ、おまえの好きな遊園地のカレーも食べていい。」

 おとうさんはひっしにわたしをさとしてきました。

でもわたしにいくきもちなどありません。

ただ、ぶつだんのまえでそれいじょうはこたえずにじっとすわっていました。おかあさんはあきれたようにあたまをふりました。みはるちゃんはしんぱいそうにためいきをついていました。おとうさんはもうあきらめました。おかあさんとみはるちゃんに「いくぞ。」というと、そのままいえをでていきました。みはるちゃんはさいごにいいました。

 「秋弦、明後日、私学校休みなの。一緒にどこか遊びに行こうね。」

 わたしはうんともいわず、ただそのことばをききながしました。


 「おかーさん、わたしね、きょうあさおきたらね、まどのそとにいたとりさんとめがあったきがしてね」

 わたしがちいさなしかくのわくのなかのおかーさんにはなしをしてもおかーさんはこたえてくれません。ただわたしをあのえがおでじっとみつめてるだけです。

 「ねぇおかーさん、きいてる?」

 おかーさんは、なにもこたえません。



 「ん?」

 おかーさんのまえからはなれ、ごそごそとクローゼットをあさっていたわたしは、あるものをみつけました。

 「きれー…」

 それはわたしのてのひらほどのおおきなかぎでした。そのおおきなかぎは、すごくきれいなおうごんいろでした。こいんにかぎをくっつけたようなもので、こいんにはなんだかよくわからないこまかいもようがほってあって、おしろにすんでいるひとたちがもっているようなかっこいいかぎでした。わたしはおとうさんから「だれのかわからないものにさわってはいけません」といわれていましたが、いまはそんなこともわすれてしまってくろーぜっとのなかからわたしはそのかぎをひっぱりだしました。

 そんなことをしたので、わたしはおかしなことになりました。

かぎをくろーぜっとからひっぱりだして、それをなんとなくてのひらでぎゅっとにぎったそのしゅんかん、わたしはまわりがぐにゃっとゆがんだのをみました。そのゆがんだくうかんはつぎにぐるぐるとうずをまいてわたしのまわりからへやをけしさって、わたしをまっしろいくうかんにひとりにしました。わたしはなにがかんだかわからなくて、もうへやがきえたことをあたまで、りかいしていたのに、かつてうしろにあったはずのおかーさんのぶつだんをさがしました。でも、どれだけうしろをみても、そのほうこうにはしっていっても、わたしのうしろはただのしろでした。おかーさんのぶつだんは、きえてしまいました。くろーぜっとも、きえてしまいました。わたしのまわりのものがぜんぶぜんぶたったいっしゅんでなくなってしまいました。ついにわたしはがまんができなくなって、なきだしました。それがどんどんおおきくなって、わたしはひとり、むげんにつづくしろいくうかんでなきさけびました。

 ―――――――あぁもう、君が持って行ってしまったのか。いくら探しても見つからないわけだよ。

 わたしがそのこえをにんしきするまえに、わたしはいしきをうしないました。



 「………お?」

 めがさめました。せんきゅうひゃくろくじゅうごねん、くがつはつかのことでした。わたしがまだなにもわからなかったころです。まわりをみるとせまいへやでした。びんぼーがくせいがすむような、あぱーとのいっしつみたいでした。そのあぱーとのへやのいっしつで、わたしはふとんによこになってねていたようでした。あのしろいくうかんはなんだったんだろう。ふとまくらもとをみると、あのかぎがおいてありました。チェーンがとおしてあって、くびからさげられるようになっています。だれかがさわったのがわかりました。わたしはとたんにふあんになりました。ここはどこ? だれかいるの? だれがいるの?

 「おかーさぁん…」

 じんわりとまたなみだがこみあげてきました。わたしじしんはなにもかわっていないのに、まわりがあっというまにへんかしてわたしをひとりぼっちにしてしまいました。どうしていいのかわかりませんでした。すごくすごく不安でたまりません。このときばかりはおとうさんやおかあさん、みはるちゃんにあいたくなりました。すこしでもしじぶんのしっているなにかにあいたいとおもいました。

 「目が覚めた?」

 「ひっ」

 とつぜんのこえにわたしはとびあがりました。にんげんのこえがしたので、わたしはにんげんをきょろきょろとさがしました。でも、わたしのよこでそのこえをはっしたのは、にんげんではありませんでした。

 「ねこ…?! なんで、ねこが、しゃべって…?!」

 わたしのよこにはちいさなくろいねこがいっぴき、ちょこんとすわっていました。

しっぽをぴんとたてていて、けなみもきれいなきひんがかんじられるねこです。ねこは、みためはもうかんぺきにねこだったのですが、そのかおにうかべているひょうじょうはにんげんくささがただよっていました。わたしのおどろきにねこがこたえたのは、たっぷりまをおいたいっぷんごでした。

 「失礼だね。僕は猫じゃない。君が猫だと思っているから猫なだけさ。分かるかい?」

 「……?? ううん。」

 ねこはそれいじょうはくちをひらきませんでした。きっと、あまりじぶんのことをはなしたくない……………ひと? なのでしょう。わたしがだまっていると、ねこはとてとてとどこかへいってしまいました。

 わたしはまた、ひとりぼっちになってしまいました。



 「ねえ、起きて。」

 「………うん?」

 わたしはふたたびめをさましました。でもさっきめがさめたときとすこしちがうことがありました。それは、わたしのみぎのほっぺににくきゅうがのせられていてあたたかかったことと、まくらのうえにあったまどのそとがすみでぬられたようにくろくそまっていたことです。ねこは、さっきはなしたねこでした。ねこはわたしがおきたことをかくにんすると、またどこかへいってしまいそうになったので、わたしは、

 「ねこさんまって!」

 といってねこをとめました。ねこはあしをとめるとわたしのほうにふりかえって、

 「うん、なんだい。」

 といってきました。わたしはなんだかひょうしぬけしてしまいました。だって、ねこはあきらかにわたしのおかれているじょうきょうをしっているようなのに、じぶんからなにもおしえてくれないのです。わたしがしっているおとぎばなしやえほんなんかでは、ふつうしゅじんこうがきくまえにいろいろおしえてくれるものです。それなのに、おんなじようなたいけんをしたあと、いろいろしってそうなとうじょうじんぶつがでてきたのに、ねこはなにもはなしてくれません。わたしがそのあとなにもいえずにくちをつぐんでいると、ねこはわらったようなひょうじょうになりました。

 「あはは、ごめん。ちょっと意地悪をし過ぎたようだ。分かっているよ、きみの思っていること。もちろん、分かっているとも。ぼくは君の今いる状況についてついて1時間ノンストップで話し続けるくらいには知っているつもりだし、君の心の整理が落ち着いたらそれを話すつもりだったよ。これで、安心できたかい?」

 「………うん、ねこさん。」

 ねこはやっぱりすべてをしっていました。

わたしのきもちも、わかっていました。

 「でもさ、まず腹ごしらえをしないかい? おなかすいたろう。」

 ねこはおおきなめをぱちくりとさせていいました。わたしのはらのむしはしずかでしたが、ねこのはらのむしはそうとうにうるさいです。そこでわたしはひとつ、ぎもんにおもったことがありました。

 「ねこさんはなにをどうやってたべるの?」

 「そこにあったものを、ぱくりとたべるよ。」

 ねこはわたしをからかうようにころころとわらいながらいいます。いいかげんにわたしもねこのたいどにはらがたってきました。どうやら、たにんのしつもんにすとれーとにかえさないせいかくのようです。しかも、もうひとつわかったことがありました。このねこはひとをおこらせるのがだいのとくいのようで、それをわたしにたいしてじっこうしたねこのいとはわたしにはわかりませんが、わたしのかんじょうはねこのおもうとおりにころがされているのはりかいできました。

 「はぐらかさないで。ねこさんはいままでそのすがたでどうやってせいかつをしてきたの? もしかして、ふつうのねことはちがってにほんあしでたてるの? ふつうねこはあわびをたべるとみみがおちちゃうっていうけど、ねこさんはだいじょうぶなの?」

 「ぼくは猫じゃない。うん、だけれど君にとっては猫だったね。そうだよ、ぼくは二本足で立てるしアワビだって食べる。君の言う普通の猫はアワビを食べちゃいけないっていうのは確かに本当のことだけれど、二本足で立つ猫くらい居るよ。あと、ねこさんじゃなくてぼくのことはユーって呼んでくれないかい。それと、ぼくはこの手じゃ料理は作れない。君が料理できなかった場合、今日の夕飯は煮干しになるよ。いいかい?」

 ねこさんはいままででいちばんおしゃべりでした。しゃべるねこはもちろんはじめてみたけど、こんなにじょうぜつにしゃべるにんげんだっていままでにいちどもわたしはみたことがありませんでした。ねこさんのしつもんにたいし、わたしがただ「うん。」とだけかえすと、もともとかもくなほうではないようなのか、ユーとなのったねこはすこしつまらなそうにして、きようにふすまをあけてへやからでていきました。



 しょくじというよりは、ふたりでむかいあってにぼしをほおばるというさぎょうをおえたあと、ユーはかくごをきめたようにいいました。

 「では、話すよ。でも、ごめんね。僕は全ては知らないんだ。ただ、君が今の状況を納得できるぐらいには情報を得ている。何せぼくはこのことに関して当事者ではないからね。そこを踏まえて話を聞いてくれるとうれしいな。」

 かわいらしいねこのくちからりゅうちょうなにんげんごがでてくるのには、わたしはもうなれていました。ユーのすべてはしらない。ということばにたしょうおちちをしたものの、わたしはまた「うん。」とユーにわんぱたーんなかえしをすると、ユーはあたまのなかをせいりしているかのようなまをいっぷんほどおいて、ゆっくりはなしはじめました。そとはまだくろにそまっています。

 「まず君が今、何処に、誰となって時を刻んでいるのかを話そう。原因から話していては混乱してしまうだろうからね。ぼくは結果から話すのが好きなんだ。ああ、ぼくは本を読むんだけど、ミステリーを読むときだけは後ろから読むよ。最後からたどっていてどういう過程を経てそういう結果になったのか知っていくのが堪らなくおもしろいんだ。まあ、そんな読み方ミステリー愛好家達に言えば批判殺到だろうけれどね。」

 「ユー。それで、わたしはいまどうなっているの? おしえて。」

 「あはは、ごめん。話がずれてしまったね。それで今君は…何処にいるのかというとだね…。あ、君、SFの方の知識はあるかい?」

 わたしはまたユーがはなしをそらしたのかとおもいました。でも、わたしが「そんなこときいてどうするの? はやくおしえて。」とさきをうながすと、ユーはあたまをよこにふりました。

 「そうじゃない。これは君が僕の話をどこまでちゃんと理解してくれるか確かめるための質問だよ。決して与太話じゃない。」

 「あ…そうだったの。うーんと…えすえふって、たいむましんとかたいむすりっぷとか?」

 「うん、そうさ。」

 「じゃあ、わたしは、たいむすりっぷしたの? でもわたしたいむましんなんてもってないよ…?」

 ユーはまたあたまをよこにふりました。わたしをしっかりとみすえて、そのくちからでることばひとつひとつにわたしはきょうせいてきになっとくさせられるようなちからをかんじたきがしました。

 「タイムマシンがなくたってタイムスリップはできるよ。条件さえそろえばね。でも今回、君に条件がそろったのはタイムスリップに関してのじゃないんだ。今日君がした不思議な体験は、タイムスリップなんかじゃない。君はね、別の君の世界へ来てしまったんだ。つまり、平衡世界を移動してしまったんだよ。分かるかな。だから君は今、夏目秋弦っていう名前も見た目も性格も同じな君自身と入れ替わってしまっているんだ。」

 「うーん……?」

 「たとえば、君が秋弦Aで、君が居た世界はaだとするよ。そして、平衡になって続いている線のような世界がある。その世界は、同じように君が暮らしている。でも、細部は少しずつ異なっているんだ。そのうちの世界の一つ、つまり今回君が移動してしまった平衡世界のうちの一つを世界bとし、そこで過ごしていたもう一人の君を秋弦Bとしたとき、今の状況を表すとすると、現在世界aに秋弦Bが、世界bに秋弦Aがいるんだ。分かったかい?」

 「うん…。なんとなくだけど……。ユー、前にあったことあったっけ?」

 ユーはそんなわたしのことばをきいて、ほほえんだようにみえました。

 「うん、いいよ。それでいい。難しい話だったけれど、君はちゃんと理解してくれたね。偉いよ、秋弦。あと、君とぼくは初対面だよ。」

 「ふーん…。えへへ…じゃあユーのことさわってもいい?」

 「いいや駄目だ。ぼくは猫じゃない。故に愛玩動物でもないんだよ。」

 「むー…」

わたしがふふくそうにほっぺをふくらますと、ユーはゆかいそうにわらいながらへやをでていきました。



 それから、わたしのせかいびーでのしずるびーとしてのせいかつがはじまりました。

わたしはユーとはじめてあったあのひからたくさんはなしあいました。ユーはそのはなしあいのなかで、わたしがもとのせかいにかえれるかくりつはかぎりなくむにちかいとなんどもいいました。わたしはそれをきいて、なんかいも、なんかいも、なきました。もう、もとのせかいにかえれないというげんじつが、たまらなくこわかったのです。おかーさんのぶつだんのまえでおはなしすることがなによりのたのしみだった。おとうさんとはよくけんかをしいて、けっしてなかがいいとはいえなかったけれど、たしかにわたしをささえてくれているたいせつなそんざいでした。みはるちゃんとはあってまだひがあさく、あまりしたしくはなくて、はなしたわだいもかたてでおさまるくらい。でも、なんとなく、そこにいてあたりまえのようなそんざいにはなってきていたのです。あたらしいおかあさんは、こわくてつめたいひと。でもおとうさんがえらんだひとならわたしはちゃんとうけいれるつもりでいた。そしてわたしは、じぶんのおかれたじょうきょうと、しょうらいのこと、いまするべきさいぜんのせんたくをまっくらないどのなかからくみあげました。それは、

 わたしがこのせかいびーでしずるびーとしてくらしていき、せかいえーにかえれるちゃんすをまつ、というものです。なんねんたってちゃんすがくるのか、わかりません。もしかしたら、ちゃんすなんてめぐってこないのかもしれません。

でも、もうくつがえすつもりはありません。そして、いまじぼうじきになってじさつなんかしても、それはまったくおろかなこういだということを、なんどもくりかえしたはなしあいのなかでおしえてくれたのはユーでした。いま、わたしはおさなくてひりきなひとりのこどもかもしれません。でも、わたしはせいちょうします。それはほんらいのしずるとしてではありませんが、たしかにわたしはかわってゆくことが、時、というげんしょうにやくそくされているのです。なら、わたしは、しょうらいのじぶんにわたしをたくします。それが、いまわたしができるさいぜんのせんたくだとおもいます。



 きほんてきに、わたしのせいかつはおなじようなものでした。ただてっていてきにちがったのが、がそく、がいないことでした。かぞくがいたしあわせなわたし、しずるえーとちがってしずるびーは、ひとりぼっちだったのです。せいかつひは、とおえんのしんせきがまいつきおくってくれていたみたいでした。それにしても、しずるびーはろくさいでひとりぐらしをしていたのでしょうか。そこがとてもふしぎで、ユーにたずねてみると、「秋弦Bはもしかしたらきみより年上だったのかもね。でも、君がこのせ世界bへやってきたことによってこの世界bが歪んで、細部が変わったんだろうと思うよ。だから君が小学校へ行っても変わらず友達が居るし、近所の人も幼い君を見ても違和感を感じない。…でも正直、本当のことはぼくでも分からないんだ。何せ平衡世界を移動してしまった人なんてぼくは君が初めての人だったからね。」とながくてよくわからないはなしをしてくれました。でも、それいがいはほんとうになにもかわりませんでした。あさおきてがっこうへいき、しずるえーとおなじともだちとはなし、いえにかえったらじりきでかじをして、ユーにごはんをあげて、よるはくじにしゅうしん。そんなにちじょうがつづくといつかこのせかいがわたしのせかいなんだとおもいこんでしまうのではないかとふあんでたまりません。だからわたしは、まっしろいかべにおおきく〈もとのせかいえーにかえる〉とはりがみをしました。

 また、おなじようなにちじょうがそうしてつづいていきました。


 ななさい。ユーがなぜかわたしのたんじょうびをしっていて、ふたりでおいわいをしました。このひ、しずるびーのおとうさんおかあさんのしいんがはんめいしました。こうつうじこだそうです。せいかつひをおくってくれているしんせきのひとにきいたところ、そうかえってきました。はっさい。なにもおこらず。きゅうさい。まったくもっておなじにちじょう。じゅうにさい。しょうがっこうそつぎょう。十四歳。絶賛中二病。ユーのことを友達に自慢しようとし、ユーに初めてキレられる。十五歳。中学校卒業。黒歴史がたくさん出来た。十六歳。高校中退。何も、変わらず。


 いつのまにか、世界bで過ごして十年が経過していた。もう、世界aで過ごしていた時間を上回っている。ユーとは親友よりもっずっと深い仲になって、今はユーの機嫌がいいときにお腹をなでられるほどになっていた。

 「前世で一体何をしたらこんな目に遭うの?」

 「運命なんじゃないかな。違うかな?」

 「知らないわ。私に聞かないで。…もう、駄目ね。私、こっちの生活に慣れてしまってる。今更向こうに帰ったところで何があるの? そうね、ユー。きっと何もないんだわ。だったらもういっそ、この世界bで一生を過ごしてしまった方がいいのかも知れない。違う?」

 ユーはうつむく。

 「何か答えてよ。」

 顔を上げたユーの顔は戸惑っていた。何を答えてよいのか分からないみたいだ。

 「ねぇユー、いつからそんな喋らなくなったの? 私と会ったばかりの頃はあんなに饒舌だったじゃない。どうしたの?」

 「うん、ごめんね。この話題に関してボクはもう君に何もいってあげられないみたいなんだ。ほら、君、ずいぶん賢くなったろう。ボクの知っていることは全部、君が知っていることなんだよ。でも、ボクの方がずっとずっと頭がいいし年を重ねているのは事実だけれどね。ただ、これは君の問題。このことに関してだけはボクは無知だっていうことだ。」

 ユーのその言葉に私は「ふーん、そう。」と素っ気なく返した。時は、私が期待したように何もかも解決してくれるということはなかった。私はただ大きくなり、知識をつけ、生きてゆくためにそれなりに賢くなっただけで、この状況は何一つ変えられていなかった。この件に関して、私は六歳の時のまま。何も分からなかったあの頃のままだった。

 「そうだ、ユー。今日はあなたの好きなグラタンにしない?」

 「うん。ありがとう、秋弦。」

 そういえば私はまだ、ユーが猫の姿で喋る理由を聞いていなかった。




 1975年9月21日。

ようやく夏の猛威が息を引き取った涼しい夜に、私はコンビニにユーのミルクを買いに行こうと思い、アパートから出て街灯もその役目を全うする気のない暗い夜道を歩いていた。そこで、何となく、ほんとに何となく後ろを振り返ってみた。すると、人影が街灯に寄り添うように伸びているのが見えて、思わず息をのみ、固まった。不審者? 異常者? ともかく嫌な予感と思考ばかりが頭に浮かんでくる。こんな夜に街灯の陰に隠れているように見えた人物なんて、どうせ普通の人じゃない。早く逃げなきゃ、と固まった足を動かそうと意識を人影からそらした、その瞬間。

 首筋にひやりと冷たい物が当たった。そしてそれは、薄く光を反射して光っている。刃先の向いている方向から、それは後ろから宛がわれているのだと分かった。再び固まった前進をほぐすには、恐怖心があまりにも勝っていた。ふいに、春風のような心地よい、低音をほどよく含んだ声が耳元で囁いてきた。

 「夏目秋弦から依頼された。夏目秋弦だな。悪いが死んでもらう」

 「へ。ちょ、ちょっとまっ」

 記憶は、そこで途切れた。


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