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INTER・MISSION

一応これで「ルシファーの光」は一区切りさせていただきます。

「桐原さんがさー、自分のパソコンばっか相手にしてて、私ちょっと拗ねたんだ。

 そしたら桐原さんが私を抱きしめて、耳元で『好きだよ』って言われて……きゃー!!」

 なんで俺は妹の惚気話を聞かなければいけないんだ。

 今日は日曜日で、連理は昼から家を出ていた。そして夜遅くになって帰ってきた途端これである。連理が桐原とよく会っているのは少し前から知っていた。

「それでねそれでね——って聞いてるの?」

「いや、その、ちょっとやることが」

「ありがとう」

 え?

「ありがとう?」

「うん、桐原さんに会えたのも、兄貴のおかげだし」

「いいや」

 俺は自分の部屋に向かった。

 全てはルシファーのおかげだ。

 桐原によると、どうやら「レイ」は世界中のサーバに細かく散り散りになって存在していたらしい。だからなかなか見つけられなかったとのことだ。そして彼女は“エウロパに光をもたらす者”を名乗り、俺の前に現れた。

 打ち上げの後日、軌道上の探査機のドッキング、エンジン始動が成功し、世界が喧噪に包まれた日、林野からメールで「例の事件」について教えてもらった。

 最初、不完全な自我しか持たない「レイ」が行おうとしたのは「自己を認識すること」だったという。

 “感じられること”の全てを彼女は“自己”と認識しようとし始め、それは即ち、「ネットワーク」を「自己」と同一化しようとすることに他ならなかった。

 そして、それは“マスタ”も例外ではなかった。マスタである桐原までも自らの一部にしようとしたのだ。

 相浦の助けでなんとか支配されることは防げたが、悲劇はまだ終わらなかった。

 強力な自我を与えるパッチが当てられたものの、桐原は人工知性とコミュニケーションをとること自体に危険を感じ、それを避けるようになった。それはもちろんレイも例外ではなかった。

 レイは強力な自我を与えられ、自らを取り囲む「他」を認識するようになったが、マスタからの愛を失った彼女にそれが与えたのは、強い孤独感だった。

 愛し、愛されるためにつくられた知性が求めたものは他ならぬ愛だった。それも電子の海に投げ出された彼女にとって、その相手は唯一人、かつ全てである——「ネットワーク」だった。

 彼女は自らの“破片”をネットワークの隅々まで巡らせた。盲目的に愛されることを望んだ彼女は、自らをネットワークに——その無意識に認識させようとした。しかし、誰も話しかけてくれなかった。

 電子の海の中、彼女は独りだった。

 彼女はその後、ひたすらマスタである桐原に応答を求め続けたという。

 いつか彼女は自分自身さえコントロール出来なくなってしまっていた。そして、それがネットワークに影響を与えそうになる直前、レイは桐原のコンピュータ上から桐原の手によって消された。

 一件落着かと思われていたが、ネットワーク上に残っていた「レイ」は密かに「愛し合いたい」という欲望を持ち続け、そして満たそうとしていた。社会に貢献するという形で。

 それでも不十分だったのだろう。

 ——“あなたは、独りだった私を愛してくれた……”

 彼女は、独りだったのだ。

 コンピュータに向かう。別にやることもない。

 ニュースでも見ようかと思ったとき、コンピュータがメールを受信した。

 誰だろう。見たことのないアドレスだ。

 少しくらい注意すべきだった。しかし俺は迷わずそれを開いた。

 もちろん、手遅れだった。

 勝手に動画プレイヤが起動した。

 画面に青い髪の少女が表示された。

『こんばんは。久しぶり……にはちょっと早いかな』

 澄んだ幼い声が鼓膜を揺さぶった。

『旭ヶ丘ちゃんとはうまくやってる? 余計なお世話だったかな?』

 余計なお世話だ。

『少し、簡単なお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな。

 今までも私にはバックアップのシステムがあったんだけど、今回ちょっと複雑なシステムを構築しようと思っているの。

 少しやることが残っていたみたいでね』

 やること?

 まだ、終わってなかったのか。

『ということでっ、お願いだけど二テラバイトだけ容量を貸してほしいの。

 基本的にはそれだけ。一応、あなたのコンピュータからいつでも私にアクセスできるようにしておくから。それじゃ、またね』

 プレイヤが閉じると、いつの間にか青い髪の少女のアイコンのアプリケーションがダウンロードされていたことに気付いた。

 アプリケーション名は「Ray's connector」だった。

「二テラか」

 俺は四テラのハードディスクドライブの空き容量を確認した。

 ——空き容量:3.78 TB

 何とかなるな。

 俺は「Ray's connector」を起動した。

 マイクに口を近づけた。

「ルシファー、聞こえるか?

 準備ができた。『HD-2』っていうハードディスクだ」

 そう言うと、いきなり大容量の圧縮ファイルがダウンロードされ始めた。

 ——残り時間:約4時間。

『協力ありがとう。これからも少し手伝ってもらうことがあるかもしれないから、そのときはお願いね』

 俺は「Ray's connector」を終了すると、動画ファイルだけだと思っていたメールに文章があることに気付いた。

 ——“Thank you for cooperated! Now,a new mission is beginning.”

 from:The Rays of Lucifer

 ……どうせならまた直接会ってくれればよかったのに。

 それにしても不思議な体験だった。全く、謎だらけだ。

 意識へ介入する。自我の垣根を越える。

 それでも、彼女にしては「歩いている」のにすぎない。

 ——“歩く”か。

 ん、待てよ。

 ……そうか、ああ、なんということだ。簡単じゃないか!

 彼女にはここが歩けるんだ。

 なにも難しいことなんてなかったんだ。

 なぜ電脳世界の彼女がこの世界を認識できたのか。

 なぜこの世界を歩けたのか。

 理由は、単純だ。

 この世界が、この世界こそが、電脳空間そのものなのだ。


 それは、小さな奇跡。

 小さな箱庭の、小さな星々の。

 ほんの一瞬の、知性の輝き。

 そう、今はまだ“インターミッション”。

 物語はまだ、終わらない。


 _Push Any Button to Continue.  ▼

登場人物の過去等、いろいろ外伝に使えそうな要素が多いのでいつか書くかもしれません。

まあ、いまは執筆以外にもDTMとかいろいろ手を出しているので、小説を書くこと自体、次がいつになるのかわかりませんが。


あと、作中では述べられていませんが、この小説には明確な時代設定がされています。少し想像してみてください。

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