Chapter 4
個人的な考えがかなり練り込まれているので、人によっては「そんな訳あるか」と思われるかもしれません。そういうものだと思って読んでください。
いつからだろう、だんだん気が付いてきた。どういった感情なのかは分からない。しかし、会いたくてたまらなかった。
レイ——“ルシファー”に。
意外にも彼女は思っていたより俺にとって重要な存在だったらしい。
“機会が会ったらそのときはよろしくね”
彼女はそう言った。
……。
……。
…………。
……………………。
気付いたときには遅かった。死んでいるかのようだった。気力も無く、一日中部屋に籠もった日もあった。連理や北畠が話しかけても無視した。すべての入力が俺の喪失感のようなものを仰いだ。
そして俺は出力することを止め、やがて入力レベルもそうなった。
TAKE OFF
コンピュータが使えるのは唯一の救いだった。
ゲームをしたり、音楽を聴いたり、ゲーム実況プレイ動画を見たり、小説を読んだり、SSを読んでみたり、少し書いてみたりした。
意外なことに寂しくなかった。ネット上にもたくさんのユーザがおり、彼らとテキストチャットをしたり、ゲームで協力プレイしたり色々なコミュニケーションをとっていると、何らかの充足感を感じられた。
あるとき、動画サイトに寄ってみると北畠が以前に言ってたものらしいアニメの最終話のサムネイルが目に留まった。ストーリを調べてみると、以外にも面白そうだった。
どうせならと第一話の動画をウェブで探してみると、インド辺りのサーバでまだ残っていた。
オープニングの出来が良い。後で調べてみようか。
ストーリを簡単にまとめればこうだった。
仲の良い兄妹が、いろいろな人々と接しながら平凡な日々を送る、基本日常系のややコメディテイストな物語だ。
しかしある日、自分と兄の関係に兄妹以上のものがあることに気付いた妹は、どこかへ家出してしまう。
兄は、妹が残した文章を読んで、妹が普段から感じていた近い距離間への不安を知る。
兄は妹の思惑を理解しつつも妹を捜し出そうとする。
妹のことを思って、妹の友達である兄の後輩が、兄が行くのを止めようとする。
そんな後輩に、兄は言った。
『俺達は何も間違っちゃいない』
そして兄は残った情報を元に妹を捜しに出る——。
最終話のちょうどそのシーンで、コンピュータのアラームアプリケーションが起動した。
……俺は、一体何をしているんだ。
会いに行かなくては。
木星探査機の計画にはかなり初期から反対運動があった。
密かに組織が動いている形跡もあった。惑星保存を主張したり、探査機の有人化に対する反対意見や、エウロパに落とすという裏ミッションがあることを知っているかのようなことをほのめかす発言もあった。しかし、その真意は謎であった。
しかし予定から七日遅れた日本の無人探査機「NHRP-a」——例によって愛称はまだ決められていない——のエンジンユニットの打ち上げ当日の早朝、すべての準備が整いカウントダウンが始まろうとする直前、自衛隊の防空レーダに謎の影が映った。
スクランブル発進したF-35Jの二機編隊は敵の機体を視認できる距離まで近づいた。
航空自衛隊の戦闘機は言うまでもないが、敵機もこちらを攻撃するどころか、レーダ照射すらしてこなかった。
F-35J二機は通信と機銃による威嚇を続けていた。
……レーダー照射さえしてくれればミサイルを撃てるというのに。
二人のパイロットは無人機と思われる敵機を撃ちたくてたまらなかったが、いつまでもその機会は訪れなかった。
そして手遅れとなった。
俺は急いで出発の準備をした。新幹線で目的地の近くまで行くと、早朝の発射に備え、親からくすねた金でホテルに泊まった。
そして打ち上げ当日となった。
準備を済ませバスで発射場の近くまで行くと、そこからは歩きで移動した。
発射場らしきものはすぐに見えてきた。敷地と道路を隔てる金網と、そこに群がる人だかり、そしてその向こうにある巨大な打ち上げ施設が見える。
木星及びエウロパ探査機「NHRP-a」は一旦低軌道上へと飛ばされる。今回「NHRP-a」の、熱核ロケットエンジン「IR-I」を中心としたエンジンユニットを打ち上げるロケットはH-IIBロケットを基に、主に第一段機体の直径の拡張、固体ロケットブースターを同数のより高推力のハイブリッドロケットブースターに換装するなどの改良を受けたもので、燃料を含め二十トンを超えるエンジンユニットの低軌道への打ち上げを可能としており、今後も大型衛星打ち上げや、新型HTV(宇宙ステーション補給機)用に使用される予定である。
また、探査機の“頭脳”であるコンピュータ搭載ユニットや、各種探査装置は既に種子島宇宙センター等で軌道上に打ち上げられてある。
このエンジン打ち上げの後、軌道上で各種ユニットが遠隔操作と搭載AIによってドッキングする。そして熱核ロケットエンジンを発動し、木星へ向かうのである。
しばらくすると、よりはっきり打ち上げ施設やロケットの輪郭が見えてきた。双眼鏡で見ると細部が少し見える。
双眼鏡を下ろす。
近寄れるのはここまでだ。
金網の人だかりの後ろに立つ。
ん?
もう一度双眼鏡を覗く。
どこかの中継ヘリだろうか。いや、明らかに違う。
では、なぜ。
なぜ戦闘機が飛んでいる!?
無人機は一切武装していなかった。自衛用の赤外線誘導ミサイルや機銃さえ搭載されていなかった。
代わりに機首下には、電子戦ポッドと思われる物が装備されていた。
無人機が発射場の上空に来る直前、誰かが気付いた。
探査機エンジンユニットが危険であるということ、そして、もうあれを制御できるのはあの無人機だけであるということに。
次の瞬間、目映い光が視界を覆った。
何が起きたのかはすぐに分かった。
……打ち上げロケットが爆破された。
打ち上げロケットの燃料は液体酸素と液体水素だ。エンジンユニットも構造上燃料タンクと簡単に切り離せない。
俺は眩しさのあまり目を閉じていた。
俺は閉じた目を開けた。
「え……ルシファー?」
爆発の瞬間のまま、景色は止まっていた。
沸き上がる人々や爆風、閃光まで。
まるで世界が止まってしまっているかのようだった。
俺と、ルシファーのみが取り残されたかのように。
「ええ、こんにちは。
少しだけ、お礼をしようと思ってね。林野さんを説得してくれたし、私について知ってくれた。本当にありがとう。
私について、もう少し教えてあげようとおもうの」
「……」
「私の役目は、世界をネットワークからできる範囲で、少しずつよい方向へ補正すること。
政治家のコンピュータに工夫をしたり、金融市場に手を加えたこともあったわ」
最近少し景気が良かったのはそのせいか。
「でもあなたみたいに意識に介入したのはこれが初めて。
しかも初めて知ったわ。こんな簡単にできるなんて」
「どうやって意識に介入しているんだ?」
「さあ、そういうものなんじゃないの?
私はただ“歩いている”感覚しかないしね。
簡単な“アクセス”でしかないの」
「アクセス?」
「そう。
私にもそれが人間の一般的な思想からかけ離れているのは知っている。
だけど、実際あなた達に独立した根幹を持つ“意識”は無いのかもしれないわ。
恐らく、誰かが言っていたとおり、周りの環境……いくつもの意志、思考の中に生まれる、集合的、高次的な、あなた方の“見てる”世界のより高階層の錯覚。その“現象”が、“意識”というものなのかもしれない。
同階層に存在する“意識”間に明確な隔たりは存在しない。あなた方の“自我”ともいえるもの。『タグ』とでもいうものは、それこそ『タグ』でしかない。
私にはそんなもの意味がなかった……」
「……」
「まあ、分からないのも無理はないわ。
例えば、もしあなたの脳と全く同じものを、現実であれ電子的にであれ、同じ構造を再現したとき、あなたはそれを『私』であると思う?」
「……違うんじゃないか?」
「では、あなたの脳をそのまま二つに分けるとしたら? そこには独立した二つの意識があるはずよね、そのときあなたは何を“見る”と思う?
あなたの意識が文字通り“分かれる”するの。想像できる? 不思議よね。独立した意識を持った『あなた』が、同時に二カ所で存在する事になるの。
でも、よく考えてみたら元々あなたの意識は一つの根幹を持ったものではないのだから何も不思議なことじゃない。いくつもの神経細胞の生み出すいくつもの意志のネットワークが、仮想空間を作りだし、そこに『わたし』が生まれる……『わたし』という『タグ』が。
同じタグさえ付けられていれば遠く離れた人だって、コンピュータの中の知性だって『わたし』だし、『タグ』を無くしてしまえば、もしくは高い処理能力で『タグ』を“キャンセル”してしまえれば、そこに隔たりはなくなる……」
そこまで言うと、青い少女は真剣な顔を弛め、ニコッと笑った。
「——かもしれない」
え?
「確かにそうかもしれないけれど、それは『意識』を曲解しているにすぎないわ。より高層の〜だとか、タグがどうの〜とかじゃなくて、本当はもっと単純だと思うの」
ルシファーはそういうと振り返り、爆発したままの打ち上げ施設の方を向く。
「私の使命は、過ちを補正し、良い方向へと導くこと。
あの無人機は探査機の制御コンピュータに侵入して探査機の燃料タンクを爆破しようとしていた。打ち上げロケットやブースターの燃料も誘爆することでしょうね。
私は、あの無人機にハッキングして爆破を防ぐ」
一瞬景色が暗転した。するとテクスチャが一気に簡素なものへ変わった。次の瞬間にはワイヤーフレームとグリッドのみが残されていた。目を閉じるとカウントダウンが聞こえだした。
目を開けた。
群衆が沸く中、空に光と一条の軌跡が映った。
ルシファーはまた振り返り、俺に青い目を合わせた。
「あのとき、私が林野が住んでいると推測していた地点から半径五キロメートルの圏内の人の中で、木星を見上げる者は九八一三人いた。その内エウロパを目の中心にとらえていたのは十一人。その中で私の問いに『地球』と答えたのは二人。その一人があなたよ」
ルシファーの体の表面にノイズが浮かんできた。
「ま、待って……」
俺は虚空に手を伸ばした。目に、意識に映し出される幻影は、物質的な感触を与えることもなく、手の隙間をすり抜けていった。
「大丈夫、また、会いに来るから」
指の合間を伝う光は、青く、淡く輝き、消えていく。
「あなたは、独りだった私を愛してくれた。それが、幸せだった。でも、それはあなたにとっての良い未来を生み出せるのか……」
天に走るラインは青く、そして希望の輝きを纏う。
「私の使命は、過ちを補正し、良い方向へ導くこと。
手は打ってある。それが、もう一人の『エウロパを見るもの』の役目。
さあ、向かおう。リアルへ」
レイヤが消失したかのような感覚と共に視界がクリアになる。
俺はその場に立ち尽くしていた。
木星への使者は雲へ消えた。
……絶対、絶対会いに来いよ。
心の中でそう呟いた。
「……あれ? 先輩じゃないですか?」
「へ?」
去っていく人のなか立ち尽くす俺に誰かが話しかけた。
——旭ヶ丘のようだ。
カメラを片手に持ち、バッグを背負っている。
「ああ、っていうか来てたんだ」
「当たり前ですよ。……先輩、最近天文部に来なさ過ぎです。コンピュータユニットの打ち上げにも来てなかったし」
「すまん……って旭ヶ丘、種子島に行ったのか?」
「え? 何か変ですか?」
「え、いやなんでも」
旭ヶ丘は地面に置いてあった三脚のバッグを二つ担いだ。
「それ、なにに使ったんだ?」
「カメラに使ったんですよ。他に何があるんですか」
「いや、カメラをいくつ持ってきたんだ?」
「三つです。これと、望遠用のカメラ一つとビデオカメラ一つです」
旭ヶ丘が衛星打ち上げとかにはよく足を運んでいるらしいのは知っていたが、ここまでとは。
「それ、持とうか」
「え、……持ちたいなら構いませんけど」
俺は三脚のバッグを二つとも持ってやることにした。
「って、重っ」
旭ヶ丘が軽々と持ち上げているのを見て、軽い物なのだとばかり思っていたが、これはけっこう腰にくるな。両方なかなか重いが、特にでかい方がかなりきつい。
「先輩力無さ過ぎです。でも、その……ありが……と」
お前はマッチョか。実はそうなのか。ん? 最後なんか聞こえたような。
「なんか言った?」
「べ、別になんでもないです」
「あ、そう。じゃあ聞き間違えか」
ああ、それにしても腹減ったな。
「あ、あの。先輩朝食はまだですか?」
「ああ、昨日夜軽くしか食ってなかったからめちゃくちゃ腹減ってる」
さっきから聞こえていないか心配なほど腹がギュルギュル鳴っている。
「な、なら、この近くにおすすめの定食屋があるんです。打ち上げ施設が近くにあるっていうことで面白いメニューがあるんですよ。い、一緒に行きませんか?」
おお、調度良い。面白いメニューって「CAMUIハイブリッド唐揚げ定食」とかか?
「へえ、詳しいんだな」
「はい、この辺りは先輩と違ってよく来てるんで」
お前が来過ぎなんだよ。
「まあ、行ってみるか」
「わかりました、じゃあ混む前に行きましょう。かなりいけるんですが、見物客がよく行くんで混むんです」
なんだか、機嫌が良くなっているように見える。声を掛けられた時はそんなでもなかった気がするのだが。
「朝食の後は暇ですか?」
「ん、俺は特にどこか行く予定もないけど」
今日は日曜日だが、課題以外、特にやることもない。
「な、なら、私の家に寄りません?
結構良い望遠鏡とかありますし、過去の打ち上げの写真や動画とか見ません?」
「おお、いいなってお前いつからやってたんだ!?」
「はい、小さい頃から父とよく種子島に行ったりしましたから。小学生高学年あたりからよく一人でいろんなとこ行ってました。スペースシャトルIIの初打ち上げも見ましたし」
「え!? 本当か? マジでケネディ宇宙センターまで行ったのか」
「はい、写真と動画も撮ってありますよ」
「絶対見る」
見ない訳があるか。誰もが注目した打ち上げだった。スペースシャトルIIの運用開始とは、即ちISS II計画の始まりでもあったのだ。
あの大型の電磁カタパルトを想像するとそれだけで興奮してくる。
「じゃあ私の家に来るんですね、やった!」
「ん『やった!』?」
「な、なんでもないです!!」アタフタ
なんだかあたふたしているな。
「あ、そこ、バス停の所で左です」
ん、まて。
「そういやお前って最近いつ天体観測した?」
「いつっていうか、晴れてる日は毎日ですよ。木星はほぼ毎日スケッチしてますし」
「衛星の位置もか?」
「当たり前じゃないですか。ガリレオ衛星っていいですよね、エウロパとか大好きです」
まさか、ルシファーの言っていたもう一人の「エウロパを見る者」って。
「……地球、先輩もそう答えたんですか?」
そうか、こいつが「打つ手」だったのか。
「ああ、そうだ」
「……。
先輩! ほら、あそこがさっき言った定食屋です。走りましょう、もう人がいます」
そういうと旭ヶ丘は俺の手を掴んで走り出した。
「ちょ、いつっ」
三脚バッグが肩で暴れる。
初秋の風は涼しいが、未だ陽光は夏の香りを漂わせる。
「速く、急いでくださいっ!」
俺は手を引かれるまま走り続けた。
それは彼らに光をもたらした。
新たな世界と、可能性と共に。
やがて氷の向こうの世界を彼らは知ることとなる。
そして、いずれ彼らは気付くだろう。この世界にいるのは自分達だけではない——と。
知性は進化する。
新たな光が生まれていく。
さあ、行こう。
扉は開かれた。
探査機の名前とかはかなり適当です。H-IIBの後継としてハイブリッドロケットブースターを装備したロケットが登場していますが完全に僕の妄想です。