Chapter 2
学園祭向けの名残が多々残ってますね。
あいつは……“レイ”なのか?
まさか。だがそっくりだ。口調も、姿も。
何が起きた? どうやって“現れた”? ただのAIが。アンドロイド? 有り得ない。
化けて出たと考える方がよほど有り得ない。じゃあ本当にアンドロイドなのか。他の可能性を考えた方がいい。
すごくリアルなコスプレ? もしかしたら一番有り得るのか。
しかしあの目、髪、皮膚。まるでCGのテクスチャのような。
……“化けて出た”か。
もしかしたら。いや、まさか。
A・I
かなり以前からコンピュータの頭脳は人間よりも賢くなっていた。しかし、自我を持ち、自ら思考をするコンピュータの開発に関しては、少なくとも表面上は、完成には至っていないことになっていた。
しかし実際には、十年近く前にとっくに完成していた。それは十分人間とコンピュータの“疑似コミュニケーション”を可能としていた。しかも、誰もが予想しなかったことにそれを開発したのは、他でもない名もない日本のオタクと脳科学者……はっきり言ってマッドサイエンティストだった。それも“不純な”理由で。
それは機械に人格がある“かのように”見せるだけでなく、「意志」を生むことと共に、周りとは切り離された事実上の「自我」をソフトウェアによって再現するものだった。
しかし、その“機械”とは単体のコンピュータではなく“ネットワーク”であることを、特別気にする者はいなかった。
斜光が町並みを貫く。黄昏の空は黄色みがかっている。
携帯端末で自分の位置を確認する。町の中心からいい具合に外れたところで、静かな住宅街だ。目の前のコンクリートが黄色がかって見えるのは夕日のせいだけではないだろう。ある程度の歴史はありそうな町だ。それでも比較的新しく建てられたらしい建物もあるようで、最近普及してきたケイ素や水ガラス、炭酸ガスを原料とする素材の薄褐色の壁面がちらほら見あたる。
何というか、とても庶民的で、懐かしさを感じる光景だ。しかしそんな町のアパートの一室に、天才物理学者がいる。
古びた金属製の階段を上り彼の部屋の扉の前に来ると、壁に取り付けられた、かなり古くさい呼び鈴のボタンを押す。
「すみませーん」
しばらくすると足音が聞こえてきて扉が開く。
「来たか、とにかく入んな」
玄関で靴を脱ぎ、居間に通じる引き戸を開ける。
「そこに座りな」
テーブルの向かって左側の床を指す。
狭い室内を足場に注意して進み、かろうじて座れるスペースに腰を下ろす。
そのとき足が積み上げられた「週刊科学」を掠めて崩しそうになった。ぎりぎりのところで手で押さえると、バランスを取り戻した。
ここ十年ほどでアメリカなどに遅れながらも、日本でも電子書籍が普及した。それでも文庫本や雑誌の紙の質が諸外国に比べ未だ高いため、市場における電子書籍と紙媒体の本の売り上げにそれほど差はない。
しかし「差がない」のであり、電子書籍が全然売れていないわけではない。むしろ科学関係の雑誌は最も電子化が進んでいるジャンルであり、このようにそこら中に雑誌のタワーが立ち並ぶのは本来は一昔前の光景だ。よほどコアな科学雑誌ファンなのだろう。
「用があるというのはこれだ」
林野はノートサイズのコンピュータを俺の目の前に置く。画面への映り込みがほとんどないことからして、高級な液晶保護シートを貼っているのだろう。
画像ファイルを開いて、俺に見せた。
「これ、見覚えがあるだろ」
俺はそれを見て驚嘆した。見覚えがあるというレベルではない。
その画像は、ルシファーの姿そのものだった。
「なんですか、これ。彼女そっくりですね」
「やはりか。
……もし、既に人格を持ったコンピュータがこの世に存在するといったら、お前は信じるか?」
「え?」
突拍子のないことを訊かれて驚くが、すぐに答えた。
「可能だとは思いますが。あまりその手の話は聞きませんね。ネットでもニュースになった覚えはありませんし」
「これは『レイ』のCGデータの一つだ」
レイ?
「『レイ』は口調や音声のライブラリ、性格、容姿、行動などのデータパック。平たくいうなら“人格パッケージ”のようなものだ。
俺の知り合いが制作に関係したAIプログラムのためのデータパックで、そのコードネームが『レイ』なんだ」
「そんなものが」
コンピュータはここ十、二十年間性能を飛躍的に上げ続けている。しかし、人間の人格をシミュレートできたというのは聞いたことがない。
「知らないのも当たり前だ。公に発表されたことは一切ない。
あと、レイが作られた頃の最初期の人格ソフトはお前が考えているような高級なものじゃない。コミュニケーションに重点が置かれていて、どちらかというと『会話ソフト』にも近い。確かに“思考”をし、自我を持つが、それは人間のそれに比べればずっと単純だ。
ただ、学習はもちろん、自分から『興味』を持ち、『目的』を設定して『実行』することができた。以前それが原因で大惨事が起きかけたことがあった。彼女……そのAIはネットワークを自分で支配し、自らの思考領域にしようと考えた。
さらに、そのときコンピュータと人間の主従関係が逆転する現象がみられた。コンピュータのAIの持つ目的の実現の補助を、コンピュータの“マスタ”、本来の主が行っていた。
辛うじてネットワークがAIのものになることは防げたものの、もしかしたらインターネットのどこかに影響があったのかもしれない、それがこの出来事に関係があるのかもしれない……」
そこで林野は一旦話すのを中断した。
「それで」俺は口を開いた。
「ん?」
「なぜ、『レイ』は僕たちの前に現れたのですか?」
AIがネットワークを支配しようと、それによってAIが巨大なリソースを得ようと、なんの説明にもならない。
なぜ、『現れた』のか。
「……分からない。
ただのコスプレイヤかもしれない。とにかく、一応レイについて教えておこうと思っただけだ。
だが、お前に『ルシファー』と名乗ったそいつは、明らかに特殊な能力を持っているようだ。なにか、お前の前でおかしなことを起こしたりしたか?」
俺は昨日コンピュータの前で彼女がしたことを思い出した。
「パソコンを触れずに操作した、そして……」
「……やはりネットワークが関係しているのか。続けてくれ」
そして、彼女の体にノイズが……ノイズ?
「ノイズが走った……?」
「ノイズ?」
「体の表面に、一瞬ノイズが走って。パソコンで、その」
あなたの家の住所を調べていた。なんて言えない。
「俺のコンピュータに侵入していたのはそいつか」
「え、あの、え?」
「お前からメールが来てその返信をしたあと、作業を再開したときに動作が重くなっているのに気付いて自分のパソコンを調べた。いくつかの変なプロセスが走っていたからそいつを止めようとしたが、うまくいかなかった。それで再起動してみて、動作が正常になっているのを確認して、もう一度調べてみると、いくつかのファイルがどこかに流出した形跡があった。
なんか変なのが来やがるだろうなと思っていたら、昨日お前等が来た」
「あ、あの、すみません」
「べつに、俺も困っているわけではない。それに、面白いものを見せてもらった」
面白いもの。彼はルシファー……『レイ』に何の関わりがあったのだろう。
「そういえば、今から探査機のエンジンを換えるのって、間に合うんですか」
「今からって、間に合うもなにも、もともと熱核ロケットエンジン用に設計していたんだ。とっくにエンジンは完成しているし、今すぐにでも稼働させられる」
「そうなんですか」
「なんなら見るか? お前こういうの好きなんだろ」
「え、本当ですか」
いきなりでびっくりした。行かない理由があるわけがない。
「例のAIの作成者のとこに寄るついでだ。いつがいい」
「日曜ならいつでも」
「よし。次の日曜にここへ来い。朝十時で」
「え、あ」
す、すごい!
「ありがとうございます!」
激しく頭を下げる。——畳の床が僅かに揺れた。
そして、背後から首筋めがけ落ちてくる直方体に気付く術は俺にはなかった。
「連理ってさ、お兄さんいたよね」
学校帰りに寄った本屋の喫茶店で私、谷村連理は友人、今井令奈の話をなんとなく聞いていた。
「いるけど、なに?」
「いや、ちょっと。私も欲しかったなーって。
仲とか良いの?」
「うーん、どうだろ。趣味も違うし、まあ最近あいつもゲームの良さが解ってきたみたいだけど、仲が良いってほどじゃないかな」
そう、私にとって兄がFPSを始めたということは、正直意外だったとともに、感動の出来事だった。
「格好良いんだろうなー」
格好良いんだろうか。あまり考えたこともなかったが。
「別に、普通じゃない? わかんないけど。
でもいきなりどうしたの」
「なんか、いるとは聞いていたけど、全然会う機会とかなかったからさ、ちょっと会ってみたいかなーって」
「べつに。会いたいならいつでも私の家に来れば」
「いいの!?」
「べつにいいけど……」
「ゲームも得意なんだろうなぁ」
令奈は目を輝かしている。
「言っとくけど、たぶんあんたが想像しているほど顔は良くないよ」
「またまたあ。お兄さんを人にとられたくないからって、そんなこと言っちゃって」
「はあ? なに言ってんの?」
勘違い甚だしい。これだからラノベ脳は。ラノベ脳というのも古臭いか。
私は残ったコーヒーを飲み干す。
「さ、いこ。買いたいのがあるんでしょ」
「そうだね」
私と令奈は立ち上がると、レジで会計を済ます。
「で、何を買いに来たの?」
「んーと、まずは雑誌売場かな」
「まずは、って。他に何買うの?」
「えーと八月に買いそびれていたファミ通文庫の本と、それから角川のマンガをいくつかと……」
「ふーん」
遠い耳で半分聞き流し半分聞かずに、なんとなしに出入り口付近を眺める。
「ねえちょっと聞いてんの」
噂とすれば何とやら。タイミングの悪いことに、ちょうど私の兄が入ってきているところだった。
やけに機嫌が良さそうだ。
「ねえ、どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
で済むと思ってたのが甘かった。
向こうも私に気付いたらしく、手で合図をしてきた。
「ん。連理の知り合い?」
令奈が過剰に食いついてきそうなのが嫌だったが、隠す必要もない。
「いやその……」
林野の家から帰る途中に寄った書店で、連理とその友達と会ったのは完全に偶然だった。
妹の友達……久しぶりにフラグを感じる。
ただ、悪寒も混ざっているのだが。
連理はなぜか不機嫌そうだ。その隣の連理の友達らしき女の子も、最初は興味に満ちた表情をしていたが、今はなぜか不満そうな顔に変わっている。
「こいつが連理のお兄さんですか?」その友達が連理に訊く。
“こいつ”だって? 喧嘩売ってるのか。
「まあ、そうだけど。だから期待しないでって言ったでしょ」
「うん、期待してたのと違う。かっこわるいっていうか、冴えないっていうか」
なんだとおい。
「んで、お前は何しに来てんだ?」
怒りを抑え、連理にどうでもいいことを訊く。
本屋に本を買う以外に何をしに来るというのだ。
「令奈が本を買いに来たいって言ってたから、付き合ってやってんの」
なるほどそいつは令奈というのかそうか。
「その子が令奈?」
「そうよ」
「ふーん」
令奈を見てみると、まだ不満げな顔をしている。
悪かったな。期待外れで。
俺が睨んでいることに気付いたらしい彼女は慌てて俺から目を逸らした。
「で、あんたも本を買いに来たんでしょ」
「ん、ああ。まあ、立ち読みだが」
「貧乏くさ」
「なんとでもいえ」
俺は目当ての雑誌コーナーへ行くと、連理たちと一度別れた。
「妙に機嫌が良さそうだったけど、なんかあったの?」
帰り道で令奈と別れると、連理が訊いてきた。
「はあ? あれで機嫌が良さそうに見えたのか。さんざん冷たい目で見られてへこんでたんだが」実際にはへこむ以上に怒りが感情の多くを占めていたが。
もちろん、令奈のことだ。人のことを不細工だと思うのは自由だが、口と顔に出過ぎだ。
「そのことじゃないって。
本屋に入って来たときさー、なんか機嫌良さそうだったじゃん」
「そうか?」
機嫌が良かったのは事実だ。なんてったって探査機を見せてもらえるのだ。だが、顔に出ていたとは。
しかし、いま気付いたが、あの科学者……林野は、結構自慢好きなのかもしれない。
自分の関わった計画に対する誇りも大きいはずだ。だから計画へ再び参加することを、ためらいながらも考え直したのかもしれない。
「お前、林野って人知ってるか? 林野啓介」
「んー。どっかで、ネットの記事で見たことがあるようなないような」
まあ、そうだろうな。
「天才的な物理学者なんだけど、直接会ってきたんだ」
「へえ。なるほどね」
「次の日曜日また会う予定なんだ。彼が開発に関係した宇宙探査機を見せてくれるらしい。あと……」
「……あと?」
これは言ってもいいのだろうか。
恐らく、彼の言っていたAIは一般に公開されたものではないはずだ。
連理はそれに気付くだろうか。
「高性能AIの作成者と会う」
「それだけ?」
「ああ」
連理の顔を見る。興味のありそうな顔だ。
「……高性能なAI?」
やはり食いついてくるか。
「人格を持ったソフトウェアだ。興味あるか?」
普段はそういった技術的なことには興味があまりなさそうに見えるし、恐らくこうした発表が公式には行われていないことなどは知らないはずだ。
しかしどうも様子がおかしい。
「うん。ある」
やはり食いついてくる。
「お前ってこう言うのに興味あったけ。ゲームとかならやってるのをよく見るけど」
「なんていうかその。人格を持ったソフトなんでしょ?
それって、例えば、好きな声の相手とお話することもできるんでしょ?」
なるほど、幾度となく語られてきたことだ。
サンプリング音声や口調、思考偏差などのデータがあれば簡単に好きなキャラクタとかと会話ができたりするようになる。会話用音声合成ソフト——そうでなくともVoiceloid、UTAU 等の音声合成ソフトとかだったら、すでに音声データが存在しているから、人格化もし易いだろう。
口調や性格の設定なんかは固定にせず、デフォルトの数値を複数用意し、各自で「大人しめ」とか「ツンツン」とか「クーデレ」とか選択、カスタマイズできた方が面白くて良いかもしれない。
画像のデータも、いくつかの表情のイラストがあるだけでけっこうそれっぽくなる。Live 2D のようなソフトを使えばより複雑な表現が可能となる。もちろん、自分で3Dデータを制作する人も現れるだろう。アニメーションソフト用の既存のデータも使える。
話し相手にする、というのは昔からよくいわれるAIの使い方だろうが、それだけでもいくつもの使い道があり、そのどれもが望まれているはずだ。
なんてんたって、いつも画面の向こうに見つめるだけだった理想のキャラクタと一緒に会話し、過ごすことが出来るようになるのだ。
そう考えると、人格ソフトが公表されるのは結構危険なことなのかもしれない。
もし誰も友達や恋人を作らなくなったら……そういうことが現実に起きるのだろうか。
最初は公式に発表していないのが残念に思えたが、問題があるのも事実なのだろう。
「そうだな。そういう使い方は前々から考えられてはいるが、やはりお前でも思いつけるんだな」
「なによ“お前でも”って。
で、その高性能AIを作った人に会いに行くんでしょ」
「そうだが?」
大体言われることは見当がついた。こいつは興味があることを行動に移すのが早い。
「その、出来れば一緒に行きたいんだけど、いい?」
「んー、確認をとらなきゃ何ともいえないが。まあ、いいと思う。俺がいいんだし」
「そう、ありがと」
まあ、大丈夫だろう。
その後メールで林野に家族を連れていく旨を連絡した。すぐに許可するとのメールが来たので一安心した。
とにかく日曜日が待ち通しかったが、それまではまだしばらく時間があった。
天文部
「お前、昨日女の子連れて歩いてなかったか?」
「ん?」
登校するといきなり北畠に声をかけられた。
確かに、女子と歩いていたのは間違いない。
「しかも二人も連れて」
「妹の連理とその友達な」
「はぁ」
よく分からないタイミングで意味深なため息を吐くな、お前は。
「で、その友達はどんな感じだった?」
どうだった、の意味はすぐに理解した。
「えーと、めちゃくちゃ冷たい視線を感じ続けた」
ケラケラと二人で笑う。
その後も適当に世間話ををすると、朝礼が始まる時間に近くなったので北畠が自席に戻った。
まったく、フラグは折ることはあっても折られることはないと思っていたんだけどなあ。
もしくは元々そんなもの無かったのか。
かったるい午前の授業を終え、また昼休みに北畠とゲームや小説の話をし、午後の授業が過ぎ、放課後になった。
「今日何時からサバに入る?」
「今日は部活もあるから、七時くらいからかな」
「わーった」
ゲームの開始(サーバ入り)時刻を話すと部活の違う俺達は別れた。
北畠は理科研究部だ。天文部の俺と仲がいいのはそれも関係ないとはいえない。
俺は天文部の部室に向かう。部員は俺を含め同じ二年生が二人、一年の後輩が一人、三年が二人の五人で、ぎりぎり部活存続に必要な人数となっている。
ちなみにそのうち三年の二人は完全に“ゴーストウォーリア(幽霊部員)”である。同学年の一人もなかなか怪しい。
よって実質的な部員は二人ないし三人である。
部室に入ると既に後輩、旭ヶ丘未宇が来ていた。
彼女はタブレット端末で、恐らく重力場観測干渉計の観測データのようなものを読みながらときどき唸っている。
「こんにちは」
声をかけると、彼女もこちらに気付いたようだった。
「あ、こんにちは」
「それ、なに?」
俺は彼女が見ている画面を指していった。
「DECIGO パスファインダーの観測データが最近公表されたみたい。これはそのデータの一部なんだけれど……」
しばらくその観測データや、レーザー干渉計とかの話をしていたが、結局、すぐ話題がなくなってきた。
「そういえば、俺最近林野さんと会ったんだけど……」
「本当ですか!? 林野って、林野啓介さんですよね」
「ああ」
「うわー、羨ましいな。
でも確か彼って詳細な住所を一度も公開していないはず。どうして会えたんですか?」
うーん、どうしてと訊かれると困る。
実際には「林野のコンピュータに侵入して住所を特定した」のだが、言える訳ないし、第一、俺がやった訳でもない。
「うーん、偶然としか」別に嘘はついていない。なにせ俺は何もしていないのだ。
「いいなー。で、いろいろお話を聞かせてもらったりしたんですか」
というか、半分一方的に要求したんだが。
そう、半分。すべてが俺の意志なのではない。ルシファー——彼女の意志が半分。いや、ほとんどだ。
「ああ、核融合エンジンを見せてもらったり、AIの開発者と会わせてもらう約束もしてもらった」
ルシファーの関係するところを除いて話した。
だが、同時に墓穴も掘ってしまった。
「本当ですか?
林野さんと会えただけでなく、そんなことまで……。
私も行きたいなー」ジトー
もっと増えるのはさすがに許されないだろう。
それに、連理が許されたのは、俺の「家族」であるというのも大きかったのだろうと思う。
計画中の探査機を見せてもらったり、林野や計画の開発関係者と会ったりするにあたって、彼らにとっては他言して欲しくない情報もあるはずだ。
俺一人関われること自体奇跡だ。むやみに人を増やすと約束自体取り消しにされかねない。残念だが、旭ヶ丘には諦めてもらうしかない。
「えーと、無理だと思うけど。でも天文部としてちゃんと情報とか持って帰るから」
「わかりました。
まあ、行けないのは残念ですけど、無理は言えませんし。諦めます。
ちゃんとおみやげ持ってきて下さいね」
その後も、部室には誰も来なかった。俺と旭ヶ丘は適当に会話した後、共に帰路に付いた。
旭ヶ丘の家と俺の家は同じ区内ではあるが、駅でいえば一つ離れた場所にある。
「さようなら」
「じゃあな」
電車の中で別れると、その次の駅で俺は降りた。
俺の家は駅前の住宅地にある。駅が先にできたタイプの街で、比較的新しい造りの家や施設が多い。
駅から真っ直ぐ西に伸びる通りから脇道にそれると、俺の家はすぐそこにある。
時計をみると六時半くらいだった。
北畠との約束の時間までまだ少しある。
家に着いたという旨のメールを送ると、制服を着替えたり、ネットのニュースを少し眺めたりした。七時十分前に北畠からメールが届いた。
『準備OK!!』
俺はゲームソフトを立ち上げた。
GAME
私は自室でノートPCでゲームをしていた。
今回はいつも私や令奈が入っているクランが集まっているサーバとは違うサーバで戦ってみていた。
チームデスマッチ。
始めて少しすると兄貴が帰ってきたのに気付いた。しばらくすると二階のコンピュータデスクに向かったようだった。
ZeroNa:人数ちょうどいいし次からここにしない?
画面脇のチャット欄に令奈からの文章が表示された。
確かに、ここの人数はちょうどいい。PunkBusterもあるからチーターもいない。
HAYATE8:強すぎる人もいないしいいんじゃね
同じクランの人が令奈に賛成する。
みんな強すぎず弱すぎずだ。というか、私にはちょっと弱すぎる。
と、思った矢先だった。
You were killed by NorthWolf
え?
どこから?
メッセージ欄を見る。
NorthWolf[ACR6.8]raiden
NorthWolf[ACR6.8]who?
NorthWolf[Head Shot]MIKUSANTENSHI
NorthWolf[ACR6.8]ZeroNa
次々とメッセージが表示されていく。
HAYATE8:前言撤回。なにこいつ強い。チート?
キルカムを見る。チートを使っているようには見えない。
第一、PunkBusterは簡単に潜れるものではない。
……それにしてもこいつ、どこから撃っているんだ?
私はこのマップは十分熟知しているつもりだ。しかし、キルカムを見てもどこから撃たれたのか見当もつかない。
リスボンしてすぐ身を隠し、チャットを打つ。
Lightning2:キルカム見る限り違うみたい
直後にメッセージ欄に新たなメッセージが表示される。
NorthWolf[Knife]HAYATE8
HAYATE8:あー
soryu:ん、ああそうか、新参か
who?:知らないのか
どうやらこの部屋では有名らしい。
体を翻し、同じチームのプレイヤーと共にレーダー上の敵の多いところに進む。
少し進んだところで味方の一人が撃たれた。
RedMoon[Kriss Vector]Dragoon
打ち合った結果、味方が一人倒れる。
Lightning2[Colt CM401]RedMoon
Lightning2[Colt CM401]I.C.
撃ち合いで弱った敵にとどめを刺す。
アフリカの紛争地帯の市街地をモチーフとしたフィールドを残ったスナイパーと進む。
いた、“NorthWolf”だ。
見つけたと思った瞬間撃たれ、画面上が紅く染まる。瞬時に伏せる。
やはり強い。
姿勢をニーリングにしつつ撃つと、数発敵に命中した。しかし、同時に敵のスタングレネードで目が眩む。
何とか物陰に身を隠すと、スタン状態が治るまで伏せて待つ。
そして敵を撃ちにいく。
物陰から出た途端、目の前で“NorthWolf”とはち合わせてしまった。CM401とACRじゃ撃ち負けてしまう。
だめだ。と思った瞬間。
McMillan[Remington MSR]NorthWolf
後ろのスナイパーがしとめてくれた。
一人のプレイヤーに対してやっとか。
ん? ちょっと待てよ。
こいつが現れたのはちょうど兄貴が二階に行った時だ。
まさか兄貴ではないとは思うが、関係がないとは思えない。
Lightning2:ちょっと離れるね。
Lightning2 left the game
サーバから一度出てゲームを中断する。(リアルで)部屋を出て、階段を上り、ゼンハイザーのヘッドフォンを着けてマックと対面する兄貴に声をかける。
「ちょっとあんた。この“NorthWolf”って誰か知ってる?」
「え? ああ、北畠か」
兄貴が振り向いて答える。同時に、画面に“You were killed by SoundSeaN”と表示される。
SoundSeaN[Head Shot]Zimmy
「あ」つい声が出る。
「え? って、あ〜!
……え、あー、いやなんでもない」
兄はデスクの上のマイクに向けて喋る。誰かとボイスチャットしているのだろう。
「えっと、今話しているのが“NorthWolf”?」
「そうそう、北畠」
北畠というらしい。
「分かった、ありがと」
「どうしたんだ?」
「その、なんだかすごい強いのがいきなり現れたからさ」
「ああ、北畠は強いからな。今の部屋だと大体あいつがトップだよ」
「へー」
私は一階の自室に戻る。
Lightning2 Connected
ZeroNa:おかえりー
ゲームは終了していた。
五十キル四デスで“NorthWolf”がダントツトップだ。
ZeroNa:何してたの?
Lightning2:いや、NorthWolfが兄貴の友達だったってだけで
ZeroNa:え? てことは同じ学校?
Zimmy:おいチャットで何話してんだよ
NorthWolf:“Lightning2”って“Zimmy”の妹か?
Lightning2:北畠っていうみたい
ZeronNa:北畠さん! 付き合って下さい!
NorthWolf:えーと、なんだって?
そのときチャットを見ている誰もが事態に着いていけていなかった。
私も兄貴も、土曜日の午後、下校途中に腕を組んで歩く二人を見るまで、その時起きたことを完全に理解することは出来なかった。
ゲーム中のシーンなんかはわからない人には読みにくかったかもしれません。
例えば
A[AK12]B
と書かれている場合は“A が B を AK12 でキル”という意味です。