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●問いをかける小著(短編集、裏)

反復の記録:Sさんとラザニア

作者: 黒十二色
掲載日:2026/02/27

 自分でジョークを言った直後に、同じジョークを続けて言ってしまう。


 ――安心確認型言語反復。


 あるいは正確ではないかもしれない。私が個人的に呼んでいる症状名だからだ。


 あえて症状名と言ったのは、私が取り返しがつかないものではないと思っているからだ。


 その人の性質ではない。一時的に陥っている状態異常のようなものだ。


 ジョークのような軽いやりとりにさえ、場を保とうとする緊張が走り、無意識のうちに全く同じ言葉を繰り返してしまうのだと思う。


 私の知る限り、この症状がみられる人は、ブラック企業に心を壊されて退社しているか、ブラック企業でまだ働いているかのどちらかだ。


 思いつく限りで、五人いる。


 そのなかで最も繰り返しの回数が多かったSさん(仮名)を使って、解決法を探ってみたいと思う。


「まるでラザニアだな」


 そんなジョークに、私は何と返したらよいものかと迷うしかできなかった。Sさんは、再び、


「まるでラザニアだな」


 と言った。


 私は何を返したらいいものかと悩んだ挙句、何も返せなかった。


 翌日、Sさんは音信不通になった。おしまいだ。無視されたと思ったのだろう。


 救えなかった。守れなかった。


 これではだめだ。


 Sさんは言った。


「まるでラザニアだな」


 今度は間違えない。私は繰り返しのラザニアがくる前に、


「ピラニアな。日本の川にイタリアは泳いでねーから」


 私は一瞬のうちにツッコミをいれることに成功した。


 翌日、Sさんは音信不通になった。なぜだ。無視が嫌だったわけではなかったというのか。


「まるでラザニアだな。まるでラザニアだな」


 私は、「ピラニアな」と返した。ちゃんと二回言わせてからツッコミを入れた。


 音信不通になった。わからない。否定が心に痛みを与えたのだろうか。


「まるでラザニアだな」


「たしかにな。まるで文系エンジニアでもある」


 まずは肯定した。その後に新たなジョークをかぶせにいった。しかしSさんは「ははっ」と笑っただけだった。


 翌日、音信不通になった。どうなってんだ。何をどうすれば救えるというんだ。


「まるでラザニアだな」


 私は「そうだな。まるでラザニアだ。まちがいない」と返した。


 Sさんは嬉しそうだった。


 翌日、音信不通になった。全肯定もだめとは、どういう理屈なのだろう。突き放しにきこえてしまったのだろうか。


「まるでラザニアだな」


 私は、Sさんの反復を待って、「まるでラザニアだな」と同時に言った。


 ラザニア斉唱作戦である。


 翌日、音信不通になった。失敗した。繰り返しを茶化されたと思ったのかもしれない。


 もはや正解なんか無い気がしてきた。ツッコミも、スルーも、ジョーク返しも、全肯定も、言葉重ねも、Sさんを反復の地獄から救い出すことはできなかった。


 もうこうなったら、正面から要求するしかないと思った。


「まるでラザニアだな。まるでラザニアだな」


 私は、二度のラザニアにこう返した。


「二回言う必要あるか? 一回でよくないか?」


 Sさんは怪訝そうな顔で、


「え、いま、二回言いました?」


 いつにない、違った反応があった。


 それでも翌日音信不通だった。何なんだ。


「まるでラザニアだな」


 私は頷いてみせた。


 Sさんはまた、「まるでラザニアだな」と言った。


 また頷いてみせた。


 翌日、音信不通になった。無言のコミュニケーションも正解ではないらしい。


「まるでラザニアだな。まるでラザニアだな」


 私はしっかりと間を置いてから、


「大事なことだから二回言ったんだよな」


 フォローしてみた。しかしだめだった。翌日、音信不通だ。


 なんかもういいやと私は思った。


 もうSさんは仲間じゃないとか、Sさんのラザニアはきき飽きたとか、そういうわけじゃあない。


 Sさんは繰り返す。だから何だ。


 きっと自分が声を出したことで場が壊れてしまうことへの圧倒的不安が原因の一つなのだろうけれど、それも何だ。


 反復しようがしまいが、私とSさんの関係が変わるわけじゃない。


 たぶん病気なんかじゃなかった。状態異常でもどうでもよかった。


 こんな細けえことを気にする私のほうが病気で異常なんじゃないか。


「まるでラザニアだな」


 私は何か返そうと思ったが、間に合わなかった。


 Sさんは、「まるでラザニアだな」と二回目のラザニアを発した。


 私はどう返したらいいか、全くわからなかった。


 だから待つことにした。


 三回目のラザニアが来るのか、それともSさんが自分で笑ってしまうのか、私が何かを返してしまうのが先か。


 五秒、いや十秒くらい経っただろうか。やがてSさんは、


「ピラニアだったわ」


 と言った。さらにもう一度、「ピラニアだった」と言った。


 私は静かだった。しばらくして、「まあそうだね」が出てきた。


 だから何だと思うだろうか。


 何も起きない時間しかなかったわけだが、しかし、その場は決して壊れなかったのだ。


 劇的な変化と言えないだろうか。


 私とSさんは、そんな感じを共有できるから、きっと世界がどれだけ黒くても大丈夫なんだろうなと思ったりしている。


 翌日、音信不通になったかどうかは、わからない。


 考えるのをやめたので。





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